Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

【マルタ&シチリア旅行:3日目(その2)スリーシティーズ】
(ヴァレッタ → スリーシティーズ → ヴァレッタ)


malta72.jpg malta73.jpgヴァレッタのバスターミナルから1番のバスに乗り、スリーシティーズのうちの一つ、セングレア(マルタ語ではイスラ)へ。
スリーシティーズとは、ヴィットリオーザ、セングレア、コスピークワの3つの町の総称。
ロードス島を追われた騎士団がその複雑な地形を利用して、1530年にマルタに最初に砦を築いたのがヴィットリオーザ(マルタ語ではビルグ)。内陸のイムディーナでは、来るオスマン帝国との戦いの防御に備えて不都合があると考えたのだろう。
1番のバスを終点で下車、するとここもマルタらしい、マルタストーン一色の町並みが広がっていた(←)。マルタの階段の段差が小さいのは、重い甲冑を身に着けた騎士たちでも上り下りがしやすいように、とのことらしい。

途中、マルタ十字と魚を組み合わせた、不思議なドアノブを発見!ドアの色も鮮やかなグリーンで、海を泳ぐ魚のよう。
malta74.jpgセングレアの町の先端、岬の部分は公園(ガードヨーラ公園)になっている。
ここにはユニークな監視塔ヴェデッテがあり、また対岸のヴァレッタ、そしてヴィットリオーザの町がとてもきれいに見える。
監視塔には、目と、耳と、そして鶴が彫られている。

こちら(↓)は、ヴァレッタの眺め。
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セングレアから海沿いを歩き、対岸のヴィットリオーザへ。
この旧市街には、珍しい宗教裁判官の館(Inquisitor's Palace)(↓)が公開され、博物館になっている。
当時の拷問のやり方を記した書類だとか、拷問に用いられた器具などが展示されていた。ここでの宗教裁判は、18世紀末、ナポレオンの支配下に入るまで続けらていたという。
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こちらは尋問がおこなわれた場所(↓左)。ろくな事実検証などなく、異端とされた人は有罪宣告を受けたのだろう。
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malta86.jpgmalta87.jpgヴィットリオーザはヴァレッタよりも古い町なので、観光客がいないと静かで、ちょっと「しっとり?はんなり?」した感じ。
当初ヴィットリオーザに置かれていた騎士たちの宿舎(オーベルジュ)も少なからず残っている。

ヴィットリオーザの岬の先端には、聖アンジェロ砦がある。
ここには、イタリア出身の画家で元マルタ騎士団員であったカラヴァッジォが、彼を誹謗した騎士団員を襲い、重傷を負わせた際に収監された鳥籠と呼ばれる牢獄もあるのだとか。
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ここの内部もは博物館になっていて、マルタや十字軍の歴史が映像で紹介されていた。伝統的なマルタの小舟(釣り船)に乗って映像を見るといった趣向も。
こういうときは、英語が公用語というのはありがたい。
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しかし、まだ動力が蒸気機関でなかった時代に、こういった要塞をよく築いたなぁ、、、と感心する。
石を切り出し、運び、積み上げるのに、どれだけの労力がかかったのだろうか。
これをやり遂げられる人員動員力=権力や、そのための大義があったということなのか。

ヴァレッタへの帰路は、ビルグ(ヴィットリオーザ)からヴァレッタまで出ているフェリーに乗って移動し、フェリー下船後はバラッカ・リフト(砦に沿って設置されているエレベーター)を使おうと計画していたのだけれど、なんと!この日の花火大会の準備のため、午後早い時間にフェリーもリフトも営業を終了してしまったとのこと
ということで、往路と同じようにバスに乗ってヴァレッタへ。

3日目(その3)に続く。
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