Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

トルクメニスタン旅行:5日目 

2016/05/04
Wed. 19:05

【トルクメニスタン旅行:5日目】
ダルワザ(地獄の門) → アシガバード
 → トルクメンバシ)


日の出の時間にあわせて起床。
まずは近くの小高い丘に登り、地獄の門(ガスクレーター)の様子を見て(↓左)から、日の出を待ってみた(↓右)。
t-day5-1.jpg t-day5-3.jpg
t-day5-2.jpgこちらは日の出前の様子。空が少し明るくなって雲がピンク色に焼けて、キレイだったなー。
写真に凝っている人とも話していたけれど、ぴーかんのお天気よりも、多少雲があるほうが、空も絵になるからいいよね、と。

テントを撤収し、アシガバードへ戻る。
途中、風紋の写真ストップ(↓左)。とはいえ、ここカラクム砂漠は砂砂漠というよりは、草が生えているところも多かった。ちなみにこの風紋、数日前に雨が降ったようで、風が吹いても流れず、すっかり固まってしまっていた(そのおかげで、埃っぽくなくて観光しているワタクシたちは助かった)。

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t-day5-6.jpg休憩をとっていると、遠くに長い長い貨物列車が見えた(↑右)。なかなか絵になる風景。

町が近くなり、舗装された道路のそばの砂漠には、葦のような草が格子状に植えられている。
これは、この葦が風よけになって背の低い草の成長を促し、その草が風で砂が流れることを防ぎ、結果として、道路が砂で埋まることを防ぐための方策で、中国などでもよく見られるものなんだとか。

アシガバードに戻り(↓左。車窓から、またもや不思議なモニュメント発見)、ギョクテペという町にある、300年以上続く歴史あるアハルテケの飼育所を訪れた。

t-day5-12.jpgt-day5-11.jpgアハルテケというのは、トルクメニスタンが誇る名馬で、漢の武帝もこれを求めて西域に攻めていったという汗血馬の子孫ともいわれる馬。トルクメニスタンの国章にも使われており(←)、さらに「Ministry of Horses(馬省)」という国の役所もあるとのこと(ちなみに、同じくトルクメニスタンの名産を司る「Ministry of Carpet(絨毯省)」という役所もあるらしい。

アハルテケは、非常にタフで、水なしで砂漠を駆け抜けることができるらしい。
外見的な特徴としては、足、首が細く、毛は短いが、シルクのようになめらかであることが挙げられる。確かに、光の加減によってはシルクのように光沢があり、黄金に輝いているようにも見えた(↓右)。
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青い目の白馬(↓左。ものすごく高い値段が付くらしい)、生後7日の子馬(↓右)なども、見せてくれた。
鬣(たてがみ)は邪魔になるので、カットしているとのこと。
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トルクメンの遊牧民にとって、馬は家族も同然で、朝起きて挨拶する順番は、家長である父親に次いで2番目なのだとか。

ちなみに、このギョクテペという町は、19世紀後半からのロシアの南下政策、中央アジア征服戦争が完結した「ギョクテペの戦い(1880年)」があった町としても知られているらしい。

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t-day5-15.jpg再びアシガバードに戻り、初代大統領ニヤゾフが故郷のキプチャク村に造った、中央アジア最大のモスク、魂のモスク(↑左)を訪れた。
一見、豪華ではあるがふつうのモスクに見えるこちら、実は、本家本元のイスラム教徒が見たら激怒(?)するかもしれないもの=コーランではなく、ニヤゾフが記した『ルーフナーマ』の一説=が刻まれている(↑右)。
このモスクに隣接して、ニヤゾフ廟が建てられている(←)。

ニヤゾフは数字にこだわりをもっていたとのことで、このモスクの数字にもいろいろな蘊蓄があり、たとえば、
・ 最も高いミナレットの高さは、トルクメニスタンが独立した1991年にちなんで、91メートル
・ 窓の数は、大地震の起こった1948年にちなんで、48か所
・ 塔の高さは、大地震の起こった年(1948年)からこのモスクの完成予定(2003年)までにちなんで、55メートル
などなど。



ここで、サパルムラ・ニヤゾフについて少し紹介。
1940年にキプチャク村で生まれたニヤゾフは、1942年に父を第二次大戦で亡くし(ドイツ軍と戦い戦死)、1948年の大地震(当時の人口の3人に一人に相当する16~18万人が犠牲になった)で母、兄を亡くして幼くして孤児になってしまった(その家族の棺(中身は空)がこのニヤゾフ廟には納められている)。
成績優秀で、レニングラード工科大学を卒業、水力発電の電気技師として働いていた。
1984年にゴルバチョフ書記長に見いだされて出世、トルクメニスタンの政治家トップとなり、旧ソ連崩壊後に国民投票によりトルクメン共和国の大統領に選出され、個人崇拝をベースとした独裁政権を樹立。
豊富な天然ガスで豊かな国を作ることを掲げ、ロシアと距離を置くべく「永世中立国」を宣言、電気・ガス・水道代をほぼ無料にするなどの人気取り政策をおこなったり、大好物のメロンの日を祝日(8月の第2日曜日)に制定したり、男性の長髪を見苦しいと禁止したり、トルクメンの女性と外国男性が結婚するときには外国人男性に高額の国に税金(?)を納めさせたり、などなどの珍政策も多数実施。
2006年に死去するまで大統領職にあり、アシガバードの市内には、数十メートルおきにニヤゾフの肖像画や銅像が設置されていた。



この後、国内線でカスピ海沿岸の町、トルクメンバシへ移動。
アシガバードの空港で、トルクメンバシで仕事(プラント建設?)をしているという日本人エンジニア2名に遭遇。こういう国での仕事は、大変だろうなぁ・・・。

明日は、この旅のもう一つのハイライト、ヤンギカラへ向かいます!
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