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旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

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トルクメニスタン旅行:3日目 

2016/05/02
Mon. 13:52

【トルクメニスタン旅行:3日目】
(マリー → マルグッシュ遺跡 → メルブ遺跡 → アシガバード)


マリーのホテルを出発、マルグッシュ遺跡に向かう途中、石窯で焼いたナンやサモサ(?)を売っている露店付近でちょこっと休憩。
焼きたてのナンを味見させてもらったら、アツアツでとっても美味しかった~。しょぼい(失礼)ホテルの朝食よりも、ここで朝ごはんを食べたほうがよかったと思ったくらい。ナンを焼いていた女性たちから、一緒に写真を撮ってほしいとリクエストされ、一枚パチリ。トルクメニスタンの女性は、民族衣装を着ている人が多かった。
t-day3-1.jpg t-day3-2.jpg t-day3-3.jpg

2時間半ほど走って、マルグッシュ遺跡に到着。
ここマルグッシュ遺跡は、紀元前3,000年から紀元前1,000年ごろに栄えた古代都市で、世界最古の文明を持ったとされるメソポタミアの民が移住してきたのが始まりとされている。まだ発掘・研究があまり進んでいないが、いわゆる「四大文明」に匹敵する高い文明があったと考えられている、とガイドが説明してくれた。
こちら(↓左)は漆喰の跡、その隣(↓右)は、土器を焼いたかまどの跡
かまどの跡は、大小さまざま、この遺跡の至る所から発見されていた。土が緑色に変色しているのは、高温での化学反応によるものらしい。
t-day3-4.jpg t-day3-5.jpg
こちら(↓左)は、都市の一番外側にあった城壁の跡。三角の窓は(修復されているが)、明かり取りだったと考えられている。
城壁の内側は、中央に宮殿や、ゾロアスター教の起源となった宗教観に基づく火を祭った神殿(?)があったのだとか。
こちら(↓右)は、ここで発見された土器の破片。レプリカでなく、オリジナルとのこと。このほか、水道管の跡なども見ることができた。
t-day3-6.jpg t-day3-7.jpg
城壁の外側には、いわゆるネクロポリスがあったとされ、研究の結果、独特の埋葬様式をもっていたことが明らかになっている。
ロバや、ラクダ、犬、車輪(青銅部分はレプリカ)などが埋葬されているところ(↓)が発見されていて、見学できるようになっていた。
t-day3-8.jpg t-day3-9.jpg
t-day3-10.jpg以上でマルグッシュ遺跡の観光は終了。

車での移動途中、旧ソ連時代に造られたバス停(←)で、写真ストップ。
19世紀に生まれたトルクメニスタンの偉大な詩人、マグトゥムグリがデザインされている。
トルクメニスタン独立後、旧ソ連の英雄(?)がデザインされたバス停は次々と壊されてしまったけれど、このマグトゥムグリはトルクメニスタンの英雄だったこともあり、今でも残されているのだとか。
ちなみに、トルクメニスタンの諸都市で、2番目に大事な通りは「マグトゥムグリ通り」と名付けられていることが多いのだという(最も大事な通りは、「ニヤゾフ通り」)。

さて、メルブ遺跡に到着。
ここメルブは、紀元前6世紀ごろ(この時期に、マルグッシュ遺跡の近くを流れていた川の流れが変わり、都市がここに移ってきたとも考えられている)、アケメネス朝ペルシャ支配下のオアシス都市として発展して以降、13世紀初めにチンギス・ハーンによって滅ぼされるまでの間、人々が暮らしていた中央アジア最大の都市遺跡。世界遺産にも登録されている。

最も古い紀元前6世紀ごろの都市は、エルク・カラと呼ばれ、今は小山のようになっている(↓左)。トロイに代表される、過去の都市の上に新しい都市が築かれるスタイルではなく、このメルブは、過去の都市に隣接したところに新たな都市が築かれたのだという。
エルク・カラの後、紀元前2世紀から紀元後3世紀ごろのパルティアの時代に栄えた都市は、ギャウル・カラと呼ばれていて、ここからは仏塔や仏像が発見されていることから、メルブは仏教伝搬の最西端地であったとも考えられているのだとか。
t-day3-12.jpg t-day3-11.jpg
↑右は、メルブ遺跡のシンボル、大ギズ・カラ
少女の砦(要塞)という意味のこの巨大な建物は、以前の研究ではイスラム教伝搬前のものと考えられていたが、今はイスラム後にできたものではと、学説が分かれているらしい。
残念ながら、ここ大ギズ・カラは修復中で中に入ることはできなかった

t-day3-13.jpgこちら(←)は、メルブが最も栄えたといわれる、セルジューク朝時代(11~12世紀)に造られた、スルタン・サンジャル廟
外壁を飾っていた青いタイルはすべて失われてしまってはいるけれど、廟そのものはオリジナルのもの。
内部は修復されていて、これがオリジナルそのものなのかどうかはわからないけれど、かなりシンプルな装飾だった。

マルグッシュ遺跡は我々のグループのみの「貸し切り」状態だったけれど、さすがにここメルブは他にも観光客がいて、写真を一緒に撮ろうと話しかけられることも。


t-day3-14.jpg t-day3-15.jpg t-day3-16.jpg

以上で本日の観光は終了。マリーの町へ戻り、再び国内線でアシガバードへ。
明日はいよいよ、この旅のハイライトのひとつ、地獄の門を訪れます!
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