Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

エチオピア・ダナキル砂漠旅行:5日目 

2015/12/29
Tue. 18:41

【エチオピア・ダナキル砂漠旅行:5日目】
(エルタ・アレ火山 → アフデラ塩湖 → セメラ)




ethiopia4-1.jpg朝5時半。再び火口へ。
薄明りの中で見る火口は、暗闇の中で見るものよりも迫力は劣るものの(活動自体も活発でなかったこともあり)、色彩が豊かでちょっぴり幻想的
ethiopia4-2.jpgもっと明るくなると・・・火口はグレーの溶岩質より、暗闇のほうがマグマの赤さが映えますね。
ethiopia4-3.jpg30分ほどで、再び山頂のキャンプ地へ。
日が高くなって気温が高くなる前に下山しないと、体力的に厳しくなってしまうのだ。

朝6時20分ごろには、朝日が出てきた。
遠くに見える白い煙の部分が火口。山頂のキャンプ地から火口までは、こんな道のりだったんだ~。


ethiopia4-4.jpgキャンプ地でオレンジジュース、クラッカーなどの軽食を済ませ、下山開始。
昨日は暗くて、どんなところを歩いてきたのかまったくわからなかったけれど、明るくなってみると、確かに勾配はゆるやか(→)。でも凸凹が多く足元が悪いので、暗い中の上りは良くても、下りだったら怖かっただろうな~。

そうそう、このエルタ・アレ火山、途中でケガをしたり具合が悪くなったりしたら、ラクダに乗って登山・下山をすることができる。どのパーティーも、荷物運び用のラクダとは別に、救急用のラクダを一頭連れていくことになっている模様。

今日は天気が良く、それなりに気温も上がってきたけれど、風が強い日だったので、その風にずいぶん助けられた。
現地ガイドは、年に4~5回ほどこのエルタ・アレ火山を訪れるらしく、その中でも今回が「Best weather!」であると何度も繰り返し話していたので、よほど歩きやすい天候だったのだろう。

3時間ほどかかって、エル・ドーム・ベースキャンプに到着。
ここで遅い朝食をとり、少し名残惜しみつつも、エルタ・アレ火山にサヨウナラ

ethiopia4-5.jpgまた悪路をひた走り(悪路の様子はコチラ)、途中、この地域に暮らす部族、アファール族の民家(←)を訪問。
木の枝を骨組みにして、編んだゴザをかぶせて作られたこの住居は、遊牧民らしく持ち運びが可能とのこと。
エチオピアの宗教といえば、エチオピア正教が思い浮かぶけれど、アファール族はイスラム教徒が多く一夫多妻をとっていて、妻とその子供たちのために、この住居が1つずつ作られるのだという。
この小屋の近くには、生まれたばかりのヤギ(家畜)を暑さから守るための小屋も作られていた。
ethiopia4-6.jpg溶岩台地のでこぼこ道、砂埃を巻き上げての砂地の道を走り終えると、ここからは舗装された道路(←)。
最近のエチオピアは比較的平和な状態が続いており、中国を中心にインフラ投資もさかんにおこなわれているようで、道路の整備も進んでいるようだった。

今日は基本的には移動日なので、ただただひたすら南下を続け、途中、アフデラ塩湖(↓左)で写真ストップ。
海抜マイナス110mのところにある、広さ120㎢の塩湖で、その塩分濃度は死海よりも高いとのこと。
塩湖の近くには、塩湖の水をパイプでくみ出し、塩田に塩水をためて乾燥させて作られた大量の塩が、山盛りに積まれていた(↓右)。

ethiopia4-7.jpg ethiopia4-8.jpg

途中走ってきた隣国ジブチへ通じる幹線道路は、石油を運ぶタンクローリー、コンテナを運ぶトラックがたくさん走っており、そんな車の横転事故にも遭遇。
エトルリアの独立後、エチオピアは海岸線を持たない国となったため、海への玄関は隣国ジブチに頼っている。それゆえ、国内が電力不足で停電していても(実際、よく停電する)、ジブチへの電力供給(輸出)は決して止めないのだという。

午後7時ごろ、ようやく今日の宿泊地、セメラに到着。
ぬるま湯だったけれど(ボイラーで沸かしたのではなく日中自然に温められたもの)、久しぶりにシャワーを浴びて、すっきりしました!
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