Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

エチオピア・ダナキル砂漠旅行:初日+2日目 

2015/12/26
Sat. 22:52

【初日+2日目】
(成田 → アディスアベバ → メケレ)


この年末年始は珍しく帰省せず、エチオピアの秘境、ダナキル砂漠に行ってきた。
かなり辺鄙な行きづらい場所なので今回はパッケージツアーに参加、すべておひとりさま参加の11名(男性4名、女性7名)+添乗員1名、総勢12名のグループでの旅となった。

【初日】
12月25日、20:45成田発のエチオピア航空673便にて、香港経由(給油ストップ)でエチオピアの首都、アディスアベバへ。
成田ー香港は5時間半弱、香港ーアディスアベバは約10時間。夜行便だったこともあり、大半の時間を寝て過ごした。

【2日目】
朝8時前に、定刻から30分ほど遅れて、アディスアベバのボーレイ国際空港に到着。
空港は新しく作られたもののようだし、アフリカのハブ空港を目指しているということもあり、それなりにきれいだった。
普段は混雑するという入国審査やバゲージクレームもスムーズで、1時間ほどで空港を出ることができ、アディスアベバの観光スタート。

まずは、地元の銀行に行き、エチオピアの通貨”ブル”をゲット。土曜日なのに市中の銀行が営業しているというのは、ちょっとびっくり~。
ツアーは食事付きだし、お土産を買うような場所にも行かないため、現地通貨はほとんど要らないと思ったので、ビール代として10米ドルのみを両替。10米ドルで210ブル(1ブル=約6円)。
ツアーメンバーの10名あまりがこの程度の少額を両替するのに、40分くらい時間がかかったのだけれども、その間の我々の待っている態度に、銀行員が「あれは何人だ?中国人ではないよな、奴らだったらじっと座ってないし、あんなに静かにしていない!」とガイドに感嘆の声をもらしていたのだという。

ethiopia1-1.jpgさて、アディスアベバのプチ観光スタート。
アディスアベバとは、エチオピアの公用語アムハラ語で、「新しい(Addis)花(Ababa)」という意味をもつ。
1886年にエチオピア皇帝メネリク2世(在位:1889年 - 1913年)により建設された、2000年を超える古い歴史をもつエチオピアの中ではまだ新しい町。アフリカ連合(AU)や、国連アフリカ経済委員会(ECA)の本部も置かれている、アフリカの中心都市。

まずは、空港から、アディスアベバの町が一望できる郊外のエントット山へ。
この道すがら、ECAの本部、旧王宮(現首相官邸)、アメリカ大使館などを車窓から観光した。

山の中腹にバスを停め、町の写真を撮っていると(↑)、薪を背負ったロバや老婆(※シャレではありません!)が坂道を下りてきていた(↓)。なんでもこの薪はユーカリの木の枝で、1束で30kgくらいあるのだという。薪は、エチオピアの主食であるインジェラを焼くのに用いるのだとか(インジェラについては、コチラへ)。
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ethiopia1-4.jpg続いては、アディスアベバ大学内の民俗学博物館の観光。
の予定だったのだけれど、急遽、本日は閉館で入館できないと言われてしまう・・・
ガイドさんがいろいろと事情を聞いているうちに、なんと、この時にこのアディスアベバ大学の門(←)のセキュリティ・ガードに立っている方が、あの「裸足のアベベ」で有名なマラソンのオリンピック金メダリスト、アベベ氏の実の娘さん(四女)であることが判明。大撮影大会となったのでした。。。


民俗学博物館の観光ができなかったため、代替として三位一体教会(↓左)へ。
この三位一体大教会は、エチオピア最後の皇帝ハイレ・セラシエ(在位:1930年 - 1974年)により、第2次世界大戦直前の対イタリア戦勝利を記念し1941年に建立された教会。皇帝ハイレ・セラシエの墓(↓右)、その隣にも妻マナンの墓も安置されている。
が、このハイレ・セラシエの墓は彼の死後30年近く経った2001年になって、ここに納められたもの。それまでは、クーデターを起こし皇帝を廃した独裁者メンギスツにより亡骸は地下に隠されていたのだとか。
ethiopia1-5.jpg ethiopia1-6.jpg

続いて訪れたのは、国立博物館(↓左)。
ここの目玉は、エチオピアの北東部ハダール村付近で発見された“ルーシー”と名付けられた、約318万年前の猿人アウストラロピテクス・アファレンシスの化石(のレプリカ)(↓右)。
発見された化石人骨を組み立てたところ、頭蓋骨、骨盤など1つの個体の40%に相当し、体重30㎏、身長110㎝、18~24歳の女性のものであることが判明。俗称のルーシーは、当時流行っていたビートルズの楽曲、『Lucy in the Sky with Diamonds』にちなんでつけられたのだという。
ethiopia1-7.jpg ethiopia1-8.jpg

博物館見学の後は、その隣にあるレストランにてランチ。
ワタクシは他のものをオーダーしたのだけれど、ツアーの参加者のうちの一人が、さっそく、エチオピアの主食で日本人旅行者からは「見た目雑巾、味○ロ」とも評されているインジェラのセットメニュー(↓)にチャレンジしていたので、写真だけ取らせてもらう。インジェラは、豆や野菜(裕福なところではチキンやラムなどの肉入りのものも)などのシチュー?ソース?(ワットと呼ばれる)につけて手で食べるのが本来の食べ方とのこと。このレストランは外国人観光客が多いせいか、ワットの種類も豊富で、盛り付けもこぎれいにされていた。
ethiopia1-9.jpgethiopia1-10.jpgエチオピアは意外なことに、ビールの種類が豊富だった。豊富なのは、民族が多様で、しかも各地域で独自の文化が成り立っているせいなのかも?今回ワタクシがいただいたのは、DASHEN(ダシン)という、ゴンダール地方で作られているビール。あっさり、さっぱり、すっきりな味でした。
ビールの横の水色の瓶は、AMBO(アンボ)という、エチオピアのガス入り炭酸水

遅めのランチを済ませ、国内線で移動するため、空港へ移動。
15時10分アディスアベバ発、エチオピア航空104便にて、エチオピア北部のメケレという町へ。
1時間ちょっとで、メケレの空港に到着。国際空港らしいのだけれど、かなりこじんまりした空港(→)。
バスに乗って市内のホテルにチェックイン、少し休憩してから夕食。

長い1日が終了。明日からは絶景の旅が続きます!
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