Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

一休 -とんち小僧の正体-@五島美術館 

2015/11/01
Sun. 15:56

ikkyu_goto2015.jpg五島美術館で開催されている、開館55周年記念特別展『一休 とんち小僧の正体』に行ってきた。

展示内容と印象に残った展示などをメモ

第1部 風狂僧の実情
1.瘋癲(ふうてん)漢の面構え
一休宗純の肖像画に一休が賛を入れた掛け軸がずらり。どの肖像画も、まゆげが八の字。
もともと禅宗では、このようなものを弟子に与える習慣があったとのこと、一休の賛は高齢になってから(60代~80代)のものが多かった。賛の文字は全体的にこまやかで繊細な印象。

2.狂雲子の筆のあと
可愛がっていたスズメが死んでしまった際に与えた道号が多数。こちらは筆使いが大胆なものも。

3.詩作と行状・その源泉
書き込みのある写本などの展示があり、一休の代表作「狂雲集」が後代に受け継がれ、学ばれていたことがわかった。

4.虚堂七世をめぐる人々
宋代の高層、虚堂智愚(きどうちぐ)を尊敬していた一休は、自らを「虚堂七世孫」と称していたらしい。
なお、一休の出自については、は後小松天皇の落胤というのが有力なのだという。

5.風餐水宿(ふうさんすうしゅく) - 乞食僧の姿
一休が実際に使用していたという笠、硯、尺八、団扇、髑髏面の展示があった。
恥ずかしながら、「正月の髑髏」という話、この展示会にいって初めて知りましたー。

第2部 とんち小僧の誕生
6.伝説化する一休
江戸時代に広まった「一休ばなし」や、蜷川親当との狂歌問答などが展示されていた。
蜷川親当は、アニメ版の一休さんの“新右衛門さん”。実在の蜷川親当が使えていたのは足利義満ではなく足利義教であり、一休との交流が生まれたのは親当が出家した後のことだったという。親当は、歌人としてもすぐれた人だったとのこと。

7.芝居と浮世絵の世界 - 地獄太夫と一休
地獄太夫は絶世の美女と言われた遊女で、一休と出会った際に見事に歌を返したことがきっかけで、一休の弟子になったと言われる。
8.生き続ける一休 明治から現代まで
アニメ一休さんのセル画や、絵本、台湾で発行されている一休さんのマンガ本などがあり、なつかしい気持ちになった。子ども時代のとんち小僧という姿は、後世につくられたものらしい。

久しぶりに、アニメの一休さんを見たくなった。
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