Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

【南アフリカ4か国周遊旅行 : 2日目 ケープタウン観光(その1)】
(ヨハネスブルグ→ ケープタウン)


ヨハネスブルグには、定刻より少し早く到着。
添乗員いわく、この時間帯は香港からの2便(南アフリカ航空のみならず、キャセイもほぼ同時刻で飛んでいる)や、スイスからのフライトが到着するので、遅れると入国審査に時間がかかることもあるらしいのだけれど、今回は早く着いたので、非常にスムーズ。
ヨハネスブルグの空港は、2010年のサッカーのワールドカップ時に改装・整備したのだろう、近代的でなかなかキレイで、ここだけを見ると“世界一治安の悪い都市”の空港とは思えなかった。

sa2-1.jpg国内線のターミナルに移動し、ケープタウンへのフライト、SA323便に搭乗。

短時間(約2時間10分)で、しかも昼間のフライトだったので、ここは窓側の席を指定。
その甲斐あって、空からケープタウンのテーブルマウンテン、ライオンズ・ヘッドを見ることができました!!!(→)
ちなみに、成田のANAカウンターで窓側の席をリクエストしたのだけれど、「前方で開いている窓側の席は、翼で外が見えません。後方でもよいですか?」とちゃんと聞いてくれた、さすがANA、素晴らしい!

ただ、ケープタウンの空港の周りは・・・“ほったて小屋”としか言えないような家々が立ち並んでいて、ちょっぴり気が滅入ってしまった。やっぱり貧富の差が激しく、ヨハネスブルクよりはマシなんだろうけれど、ここでも治安の問題は避けて通れないんだろうな・・・と実感。

さて、ケープタウンに到着後、そのままバスに乗って観光スタート。
まずは、ケープタウンのシンボルであるテーブルマウンテン(高さ1,087m)にロープウェイで上ります。
ロープウェイは風が強い日は運休となったり、週末の時間帯によっては乗るまでに大行列があったりするとのことなのだけれど、ワタクシたち一行はラッキーなことに、待ち時間なし!
しかもこのロープウェー、円形をしていて、昇降中に角度が変わるので、どこに乗っても景色を楽しむことができるという優れモノ。

あっという間に山頂に着き、テーブルマウンテンの山頂を散策。
雲一つない快晴で、気持ちがいい♪
↓左は岬のほうの風景。海の青さが、太平洋のものとはちょっと違う気が(そして冷たそう)。
↓右は、山頂が平らであることがわかる写真。山頂はもっと岩でごつごつしているのかと思ったけれど、草花も生えていて、自然の厳しさというよりは穏やかさを感じた。
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ケーブタウンの街並み(↓右)と、ライオンズ・ヘッド(669m)とライオンズ・ランプ(↓左)。高さ350mほどのライオンズ・ランプ(お尻)のほうは、時刻を知らせる大砲があることから“シグナル・ヒル”とも呼ばれているとのこと。
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こちら(↓左)は、ロープウェイが写った1枚。お隣は、山頂で見つけたケープハイラックス。イワダヌキ科ハイラックス属に属する動物らしい。
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テーブルマウンテンの山頂を徒歩でくるっと一回りして、次の観光地、カーステンボッシュ植物園へ。
カーステンボッシュ植物園は、もともとは、かつてダイヤモンド市場を独占していたデビアス社の創業者セシル・ローズが所有していた庭園だったという。南アフリカ固有の植物が大半を占め、この地が原産でない植物はごくわずか、とのこと。

ここでは、さまざまな色・形のピンクッション(↓)の花が見られた。
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こちらの2つは、どちらも珍しい花。↓左は、南アフリカの国花、キング・プロテア。ピンク色(枯れていくと深い赤になる)のプロテアはここ南アにしか咲かず、しかも咲く季節も限られているとのこと、このシーズンに来て、美しく咲いている姿を見られるのはラッキー
そのお隣(↓右)は、マンデラ・ゴールドという名前がついた、黄色の極楽鳥花。オレンジ色の極楽鳥花はあまり珍しくないけれど、黄色というのは希少で、南アフリカの、いや世界の偉人ネルソン・マンデラ氏の自宅の庭に咲いていたことからこの名が付いたとのこと(花の後ろにマンデラ氏の胸像があるの、わかりますか?)。
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広大な庭園は、絶好のピクニック場所。
家族連れがビニールシートを広げてくつろいでいたところに、エジプトガンの親子の姿も見られた(↓右)。なんとも微笑ましい♪
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植物園の後は、カラフルな家々が並ぶことで知られるマレー・クオーター(↓)というエリアへ。
オランダ人によって開拓(というのが正しいかどうかはちょっと疑問だけれども、他に言葉が思い浮かばない・・・)された南アには、当時オランダの植民地であったマレー半島の人々がたくさん奴隷、労働力として連れてこられたという歴史がある。ここで暮らすようになったマレー出身の人々の多くは字が読めなかったので、自宅の色によって自分の商売を示した、いわば色を塗ることが看板替わりになったので、このようなエリアが生まれたのだという。
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これにて2日目の観光は終了。
前日は機内泊だったので、早めにホテルにチェックイン。夕食もホテルのレストランで済ませ、ベッドでゆっくり休みました

3日目に続く。
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