Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

【ポルトガル旅行:6日目(その2) バターリャ・ファティマ】


ランチの後、再びバスに乗って、バターリャという町へ移動。
この町にも世界遺産に登録されている、歴史ある立派な勝利の聖母マリア修道院(↓)がある。
“バターリャ”というのはポルトガル語で“戦い”という意味で、この近郊で1385年に、王位を狙って攻めてきたカスティーリャ軍をポルトガルが撃退して勝利をおさめたのが町の名前の由来。この戦いは、ポルトガルの独立を守った歴史上非常に重要な戦いで、その勝利を記念して、この修道院も造られたのだという。

ただ、ここも残念ながら、修道院内部の観光はできず、教会のみだった
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5-fatima5.jpgアルコバサの修道院を手本として造られたとのこと、教会の内部の様子もとてもよく似ている(→)けれど、こちらのほうがより洗練されている印象。


さて、最後の目的地は、カトリックの聖地として知られるファティマ
ファティマは、第一次世界大戦中の1917年、3人の子どもが聖母マリアに遭遇するという奇蹟が起こった場所と言われており、聖地となったところ。その奇蹟を記念して造られたバシリカの前には、何十万人もの巡礼者が集える大きな大きな広場がある(↓左)。最初に聖母マリアが現れたという5月13日には、世界中からの巡礼者でこの広場が埋め尽くされるのだという。ちなみに、前ローマ法王 ヨハロ・パウロ2世がバチカンで襲われた日が5月13日で、重傷を負った法王が回復したのは、聖母マリアが守ってくれたからだ、ということで、さらにこのファティマへの巡礼は盛んになったらしい。
うーん、たった(?)100年前の出来事から、これだけの聖地ができるなんて、宗教を持たないワタクシにはちょっと信じがたい・・・・
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5-fatima8.jpgバシリカ内はこんな感じ(←)。
さすがに大航海時代の富を費やした教会のようなゴージャスさはなく、ややシンプル・質素(?)。

5-fatima9.jpg5-fatima10.jpgバシリカ内には、聖母マリアに遭った3人の子どものお墓(←)もある。


こちら(↓)は、出現の礼拝堂
この場所に、聖母マリアが現れたとのことで、巡礼者が奉げるろうそくの火がたくさん灯されていた。
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このほか、聖三位一体教会という、何かイベントでもできそうなホールのような教会もあり、その地下の展示スペースには、聖母マリアに遭った日の子どもの日記の抜粋や、3人の子どもたちの写真などの資料が展示されていた。
あまり興味はなかったけれど、このファティマでは自由時間がたっぷりあったので(個人的には、ここでこんなに時間を取るなら、オビドスの散策に時間を使いたかったし、もっと言うと、アルコバサ or バターリャ、どっちか一つでよかったので修道院内部に入りたかった)、とりあえず覗いてみた。

ファティマで今回のバスツアーの観光はおしまい。

リスボンに戻った後、ホテルから歩いて5分ほどのところにあった某サイトでクチコミ評価の高かった『Sessenta』というレストランでディナー。
こちらのレストランは、メインが選べるセットメニューがあり、一人でも食事がしやすかった(残すのは申し訳ないので、食べきれるポーションというのはポイント高い)。
いただいたのは、前菜のタコの入ったサラダ、本日のスープ、
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メインにマグロの赤身のステーキ(たたき風?)とアサリのリゾット、そして追加でデザートにチーズケーキ w/ パッションフルーツのソース。
5-fatima15.jpg 5-fatima16.jpg

ポルトガルらしい料理だったかというと疑問だけれども、フツーに美味しかったです。

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