Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

チュニジア旅行 ~7日目(その1)~ 

2012/07/14
Sat. 23:49

【7日目(その1):ガマルタ → カルタゴ】


いよいよ今日は最終日・・・まずは、チュニジア旅行のハイライト、カルタゴの遺跡観光へ。
最初に訪れたのは、フェニキア人が築いたカルタゴの中心だったビュルサの丘へ。(フェニキア人についての豆知識はコチラへ)。
住居跡などが少し残っているだけで、遺跡としての見どころは乏しいのだけれど、ここからは遠くにシチリア島が見える。もしかしたら、この地に名将ハンニバルも立ったことがあったのかと思うとなんかワクワクする。
7-1t.jpg 7-2t.jpg
ビュルサの丘にあるカルタゴ博物館へ。
↓の左側はフェニキア人時代の、右側はローマ時代のカルタゴ。
第3次ポエニ戦争(BC149~BC146年)に勝利したローマは、カルタゴを徹底的に破壊したけれど(なので、フェニキア人のものはあまり残っていない。ただし、ローマが塩をまいたというのはデマらしい)、それから約100年後、シーザーがこの地に新たな植民市を作ることを決定。その後はアフリカ最大、西ローマ帝国領ではローマに次ぐ2番目の大都市に発展した。フェニキア人の作った軍港と商港が、ローマ時代もそのままの形で利用されているのは興味深い。
7-3t.jpg 7-4t.jpg

これ(↓)はフェニキア人の残した奉納石
フェニキア人は神に捧げ物をする際に、この奉納石を納めたのだという。
7-5t.jpg
奉納石の上部の三角形部分には(模様がわかるように、写真の濃淡を調整)、フェニキア人のお守り(?)とされた手の絵柄が描かれている(※)。
7-6t.jpg
中央の部分には捧げ物のナツメヤシの木が描かれていて、その下にはフェニキア文字が刻まれている。
7-7t.jpg


こちら(↓)のスフィンクスは、ケルクアンのフェニキア人の遺跡で見つかったもの。貿易などを通じてエジプトの文化も取り入れていたのだろうか。
その隣は、ハトの形をした哺乳瓶。使いにくそうな気がするけれど、赤ちゃんはこういうファンシーな感じを喜んだのかも???
7-8t.jpg 7-9t.jpg

続いては、奉納石がたくさん集まるトフェ(↓)という場所を訪れる。
ここは、フェニキア人が信仰していたバール神とタニト神を祀った聖域とされていたところとのこと。ギリシア人の残した記録によれば、フェニキア人には神に生贄を奉げる習慣があったという。
アーチ状の天井をもつ地下室のような所もあったのだけれど、こちらはフェニキア人の遺跡でなくローマ末期ごろのもので、穀物庫として使われていたらしい。
7-10t.jpg 7-11t.jpg

バスでの移動中(前述のようにカルタゴは大都市だったため、遺跡も点在しており、歩いて移動するというわけにはいかないので注意が必要)、軍港だった場所(↓)を通りかかる。現在は、大使館なども立ち並ぶ閑静な高級住宅街となっているカルタゴにあってはオアシスのように見えるけれど、ここからフェニキア人たちが地中海へ出て行ったんだと思うと、なんだか不思議な感じ。
7-12t.jpg 7-13t.jpg

7-14t.jpgカルタゴ最後の観光は、ローマ時代の遺跡、アントニヌスの共同浴場
古代ローマの五賢帝のひとり、アントニヌス・ピウス(在AD138~161年)により建設された広大な共同浴場。
造られた当時は2階建てで、更衣室、温浴風呂、水風呂、サウナ、プール、談話室、トイレなど100を超える部屋が左右対称に配置されていたのだという。

↓の写真でイメージできるかどうかはわからないけれど、この共同浴場の規模の大きさには、本当にビックリ
カルタゴという都市が抱える人口の多さ、豊かさ、これだけのものを造れることができるローマの財力、技術力、そして造ってしまうローマ人の風呂への愛情(?)・・・まさに、『テルマエ・ロマエ』の世界!?

7-15t.jpg 7-16t.jpg
人の大きさでその規模の大きさがわかります?
7-17t.jpg 7-18t.jpg

以上でカルタゴの観光は終了、次の観光スポットへ。

(その2)へ続く。
IMG_0154.jpg(※) フェニキアの手のお守りと“ファティマの手”

イスラム圏を旅行すると、ドアのところに“ファティマの手”と呼ばれる魔除け、お守りが飾られているのを見かける。ムハンマドの娘のファティマの慈悲深い手をお守りとしている、五本の指はイスラムの五行(信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼)を示している、などと説明されるけれども、ガイド曰く、もともとはフェニキア人の手のお守りが起源なのだ、とのこと。
なので、このようなお守りは、フェニキア人が活動した地中海世界のみで使われていて、イスラム発祥の地であるメッカやメディナには存在しないらしい。サウジアラビアには行ったことがないけれど、確かにイスラム圏ではあってもペルシャ(イラン)では見なかったな・・・


スポンサーサイト

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://small2talk2.blog13.fc2.com/tb.php/543-e2c6e1f7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2017-08