Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

チュニジア旅行 ~5日目(その2)~ 

2012/07/12
Thu. 23:44

【5日目(その2):ケロアン → ナブール → ケルクアン → ガマルタ】


美しいシディ・サハブ霊廟の観光を終え、バスに乗り込もうとしたところ、目の前に飛び込んできたのはディズニーの有名キャラクターのネズミさん。しかしよく見ると、『KIDS LAND』と書いてある(↓左)。あらら、こんなところにまで・・・(苦笑)。
バスの中で、ガイドさんが各参加者の氏名をアラビア文字で書いたもの(書道、カリグラフィ)を配ってくれた。ワタクシの名前、読み上げられた時におかしかったので、おそらく間違ってるかと思うけど(間違ってるからこそ?)、こんな風になるそう(↓右)。
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続いては、陶器の産地として知られるナブールへ。
17世紀にスペインを追われたアンダルシア人たちがここに定住し、緑や黄色のうわ薬を使った陶器が作られるようになったのだという。
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5-16t.jpgナブールのスーク(市場)は、歩行者天国になっていて、道の左右にはずらりと陶器の店、土産もの屋が並んでいた。少し自由行動があったのでショッピングタイム。
とはいえ、荷物になるし、割れ物だし、実用的な器を買う気はゼロのワタクシ。気に入ったタイルとか絵皿があれば買おうかな~程度で店を覗いていたら、あっという間に時間が経ってしまった。こちらのスークは、かなりのにぎわいを見せていたのだけれど、海外からの観光客よりも国内からの観光客のほうが多かったように思う。
ナブールの陶器はチュニジアの人たちにはとてもなじみのあるもののようで、ワタクシたちのバスのドライバーさんも、「ナブール行くならあれとこれと買ってきて!」と奥さんに頼まれでもしていたのか、自由時間中に大量に買い物をしていたのには笑ってしまった。

5-18t.jpgナブール観光の次は、古代フェニキアの都市遺跡の残るケルクアンへ。
古代フェニキア人の都市は、ローマによって破壊されてその上にローマの都市が建てられているところが多いので、その姿が残っているところは非常に少ないのだけれど(カルタゴが好例)、ここケルクアンは、ローマによって滅ぼされる前に何らかの理由によって=ガイド曰く、ギリシャとの戦争による敗戦とのこと=棄てられたため、紀元前4~3世紀ごろのフェニキアの都市の遺構がそのまま残っている、貴重な遺跡なのだという(→。世界遺産にも登録されている)。

ローマの都市遺跡のように、大きな構造物もなく(アーチの技術がまだ無かったらしい)、発掘されずに雑草が生えたままになっているところも多いけれど、発掘が終わったところからは、この町には石工、左官、陶工、ガラス職人など工房の跡が見つかっており、職人の町として栄えていたことがわかったのだという。

こちら(↓左)は、床のモザイクが残っている部屋。後のローマのモザイクとは異なり、かなりシンプルなものだけれども、フェニキア人が信仰していた豊穣の神タニトのモザイクがくっきりはっきり残っていて興味深い(↓右)。
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その他、浴場の跡や、そこからスフィンクスが見つかったため(7日目の日記にて紹介)“スフィンクスの家”と呼ばれるようになった家の後などもあった。
遺跡の入り口にある小さな博物館には、当時の都市の様子が模型で示されていたり(↓左)、発掘された彫刻などが展示されていた。彫刻は、それと比べると精巧ではないけれど、ギリシャの影響を受けているように見えた(↓右)。
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ここで、フェニキアについてちょっと解説。

・ フェニキアは、もともとは地名で、現在だとレバノンのあたりを指す。レバノン杉で優れた船を作り、紀元前15世紀ごろから古代ギリシャが台頭する頃まで、エジプト、メソポタミアの文明圏の海上交易で繁栄、地中海世界の主役だった。旧約聖書に出てくるシドンやティルス、ビュブロスといった都市国家も、フェニキア人の都市。
・ フェニキア文字は、アルファベットの元になったことで知られる。
・ 海上交易のため、地中海の沿岸に植民都市を建設。イベリア半島から北アフリカまでその範囲に含まれ、紀元前9世紀ごろ建てられたカルタゴは特に有名。本拠地(レバノン)で居場所を失った後も、紀元前1世紀にローマに滅ぼされるまでカルタゴは大いに繁栄した。
・ フェニキア人の信仰の中心は、メソポタミアのバアル神と地母神アシュタルテ。この女神アシュタルテは、カルタゴではタニト神と同一とされる。ちなみに、アシュタルテはギリシャでは美の女神、アフロディーテとなったとのこと。
・ ローマ人は、カルタゴのフェニキア人たちのことをポエニと呼んでいた。第1次~3次に渡るローマとの戦争、ポエニ戦争はあまりに有名。


あー、レバノンにも行ってみたいんだよなぁ・・・(とこれを書きながら強く思う)。


この日の観光は、ここケルクアンで終了。
チュニスの北にあるリゾート地、ガマルタへ移動し、リゾートホテルへチェックイン。
明日は、チュニジアで最も保存状態の良いローマ遺跡ドゥッガや、チュニスの誇るバルドー博物館などを観光する予定です。
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