Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

ギアナ高地&レンソイス旅行 ~8日目~ 

2011/07/13
Wed. 21:02

【8日目 : サンルイス → バヘリーニャス】


今日は、オプショナルツアーのレンソイス・マラニャンセス国定公園の遊覧飛行からスタート。
オプショナルツアーだったけれど、ツアー参加者7名全員が参加だったので、サンルイスの空港から午前10時過ぎに出発。

用意されていたセスナ(↓左)はパイロット含め9人乗り。最初、パイロットの隣の席は乗ってはいけないと言われてしまい、そうすると窓際に座れない人が出てきてしまう・・・「決して安くないオプショナル料金を払っているのだから、遊覧飛行で窓際の席でないなんてありえない!」とごねたところ、結局パイロットの隣の席に座ってもよいということになり、なんとかこの問題は解決。

サンルイスを飛び立つと、緑の中に町があることがよくわかった(↓右)。
vb8-1.jpg vb8-2.jpg

30分ほど飛んで、ようやくレンソイスの景色が見えてきた!!!
パンフレットでよく見る真っ白な砂、真っ青な青い空とラグーン、という美しいコントラストを期待していたので、
正直このぼんやりした感じのコントラスト(ラグーンは茶色いところも多いし・・・)にはちょっぴりがっかりしたのだけれど、
それでもこんな景色が自然に作られる不思議に感動
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あ・・・レンソイスの説明を忘れてました・・・
マラニャンセスというのは“マラニャン州の”というポルトガル語で、レンソイスとは“シーツ”を意味する言葉。
なので、マラニャン州にあるシーツのような真っ白な砂丘、というのがこのレンソイス。砂は100%石英(クオーツ)で、それが太陽の光に反射して白く見えている。この地に砂丘ができたのは、気が遠くなるほどの年月をかけ、川で土や泥が砕かれ残った石英が河口から海岸に流れ、それが強い風に吹かれて積もったため。
ホントに自然ってすごい!!!

で、この白い砂丘の下は硬い岩盤になっていて、雨季(通常1~6月ごろ)の間に降った雨が地下から浸み出してきて、無数の湖(ラグーン)ができるというわけ。
このラグーンにいる魚には、ラグーンが干上がってしまう乾季の間には仮死状態になって砂に潜るという不思議な性質をもつものもいるのだという。
vb8-4.jpg

せっかく(?)デジカメで撮ったんだし、ちょっぴり画像処理しちゃったのが↓左の写真(↓右がオリジナル)。
そうそう、この風景が見たかった&撮りたかったのよ~。
(画像処理でここまで変えられるってことは、実はパンフレットの写真も処理されてたりして・・・?!)
vb8-6.jpg vb8-5.jpg

15万ヘクタールにも及ぶ広い広いレンソイス、ゆっくり遊覧飛行してくれたらよかったのに、砂丘を一直線に横切り海岸に出たところでUターンして終わってしまった。
ワタクシはパイロットの隣の席に座っていたのだけれど、どうやら反対側の席のほうが太陽光線の加減など条件が良かったようで、そちら側にすわった人たちは「けっこうきれいに見えたよ~」と話していた。そういえば、パイロットも操縦しながら自分のデジカメでパシャパシャ写真撮ってたっけ。
エンジェルフォールの遊覧飛行の時みたいに、旋回していろんな方向から見えるようにしてくれればよかったのに・・・搭乗前にすったもんだしたのがパイロットの機嫌を損ねたのかな~。


遊覧飛行後は、サンルイスの歴史地区へ。ポルトガルの町並みが残るこの地区は、世界遺産に指定されている。(とはいえ、世界遺産としては残念な部類に入る。ペルーのリマの歴史地区もそうだったけど、南米の西洋建築が残る町の世界遺産というのは、こんなもんか~という程度のものが多いのかも・・・)
散策の前にまずは腹ごしらえ。もともとは電話局だったという建物(→)を利用したレストランで昼食。

食事はビュッフェで、ブラジルといえばシュラスコをはじめとする肉料理という印象が強いけれど、ここは海が近いせいか、お魚の料理も出されていた。
vb8-7.jpg

続いては2つ教会を訪問。
左側は、カルモ教会(上が外観、下は内部の祭壇)、右側は、イエズス会によって建てられたセー教会(同じく上が外観、下は内部にあったお墓)。
どちらの教会の前にも小さな広場があり、広場はモザイクタイルで飾られていた。同じポルトガルを宗主国とするだけに、マカオの歴史地区になんとなく雰囲気が似ている。
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vb8-9-2.jpg vb8-10-2.jpg

こちら(→)は、ライオン宮殿
サンルイスは、その名が示すとおり、ヨーロッパからはフランス人がいち早く進出した町。
1612年にやってきた彼らはここに海沿いに要塞としてこの宮殿を築いたが、本国からの支援が得られず、1615年にはポルトガルに敗れ、それ以降この地はポルトガル人が支配する町となった。

サンルイスは、サトウキビやカカオ、タバコのプランテーションで成功した裕福な商人たちが、自分たちの富を誇り競って建物をタイルで飾り立てたため、“タイルの町”として知られている(町にはタイル博物館なるものがあるようだけど、我々は観光せず)。

タイル張りの信号機(↓左)も発見、おしゃれ♪と思っていたら、これは本物のタイルでなくビニールを張っていただけだった・・・がっかり~。
vb8-11.jpg

vb8-8.jpg vb8-12.jpg

vb8-13.jpgこの後、ポルトガル通りと呼ばれる一角(↑&←)を散策。
本国ポルトガル人もここはポルトガルかと間違えるということからこの名が付いたらしい。
狭いエリアには小さなマーケットがあり(マーケットに干しエビが並んでいて驚いた)、みやげもの屋が並んでいた。
みやげは“タイルの町”らしくタイルが多く、ワタクシもマグネットを2つほど購入。そのほか、この町で黒人と白人の架け橋になったというカテリーナという黒人女性をモチーフにしたカラフルな置物(↓)、毎年6月に行われる牛追い祭りをモチーフにした黒い牛の置物などが目立っていた。
vb8-14.jpg


散策終了後、サンルイスからレンソイス観光の拠点となるバヘリーニャスという町へ移動。
1度のトイレ休憩をはさんで車で約3時間半、ドライバーさん、お疲れ様でした。

明日は実質の最終日、レンソイス・マラニャンセス国立公園を訪れます!
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この記事に対するコメント

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

賞罰なし #- | URL | 2013/07/19 23:08 * edit *

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