Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

イスラエル旅行 ~8日目(前編)~ 

2011/05/07
Sat. 13:13

【8日日 : 死海(エン・ボケック) → マサダ → エリコ → テルアビブ → ヤッフォ → テルアビブ】


イスラエルでの最終日は、マサダの観光から。
ここマサダは、ローマ軍に追い詰められたユダヤ人たちが籠城した要塞。ユダヤ人たちは、ここで3年半にも渡り抵抗を続けたが、最終的には捕虜となる辱めを受けるより死によって自由になることを選択、紀元70年に967人が自決した。
このユダヤの精神は、「マサダは二度陥落せず」というスローガンとなり、独立運動の際にユダヤ人団結に貢献したと言われ、ヤド・バシェムと並び、ユダヤ人にとって非常に重要な場所とされている。
マサダは崖の上に作られた自然の要塞。歩いて登ることもできるが、ワタクシたちはロープウェイを利用。楽ちん、楽ちん。
8-1.jpg 8-2.jpg

このマサダ、もともとは紀元前100年ごろに大祭司イェホナターンがこの地形を利用して作った要塞。
その後、ヘロデ王が補強増築し、豪華な冬の宮殿を建て、今もその一部が残っている。
ローマ帝国と同盟関係を築きユダヤ人を治めたヘロデが作った要塞が、100年もしないうちにローマ帝国への反乱軍の拠点となるとは、、、ヘロデは想像もしていなかったに違いない。

4万トンもの水をためられる貯水槽、穀物粉、フレスコ画の残る浴場の跡、石切り場などの遺跡を観光し、その後王宮跡を観光。下の写真の模型は、ヘロデが作った宮殿のテラスを説明したもの。崖を使って3段のテラスがあるのだけれど、すべて建築様式が異なるというこだわりよう。
8-3.jpg 8-4.jpg

崖沿いの道を下りてテラスに向かう道(↓左)を撮影。雲の形の影をこんなにはっきり見たのは生まれて初めてだったかも。
↓右は一番下のテラス。一部当時のフレスコ画が残っているところもあったけど、カラフルな色がついているのは主に修復による。
8-5.jpg 8-6.jpg

要塞から地上を見ると、ところどころに四角い陣地のようなものが書かれているのが見える(↓左)。
これは、ローマ軍がマサダを落とすために配備していた軍の駐屯地だったところを示しているという。

「捕虜となって辱めを受けるより・・・」という考え方が良いのかどうかの判断はできないけれど、このマサダ陥落が古代イスラエルの終焉であり、ディアスポラの時代の始まりだと思うと、ユダヤ人が「ノー・モア・マサダ」と語り継いできたことも納得できるような気がした。

8-7.jpg

続いては、エリコのテル・アッスルターンの観光。
エリコは約1万年前から人が住んでいたという世界最古の町で、テル・アッスルターンは小高い丘。メギド同様、古い町の上に新しい町ができ、それが繰り返されたので丘になっている。
↓左の写真は、紀元前7800年ごろのものとされる円形の見張り台。
↓右の写真は、テル・アッスルターンから見た“悪魔に試みられた誘惑の山”。イエスが40日間断食・瞑想し、悪魔の誘惑を受けたとされる場所で、ここには古くから修道僧が隠れ住んでいたのだという。
現在はロープウェイで頂上に上がれ、パノラマが楽しめるらしい。
8-10.jpg 8-9.jpg


以上で午前中の観光は終了。
バスでテルアビブに戻ります。
スポンサーサイト

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://small2talk2.blog13.fc2.com/tb.php/399-56262c44
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2017-04