Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

大仙古墳と南宗寺 

2010/12/19
Sun. 21:01

仕事で大阪に行ったので、例によって週末は実家で過ごした。
甥っこ姪っことお昼ご飯(大阪らしく、お好み焼き)をいっぱい食べたので、食後の運動を兼ね、大仙古墳(ワタクシの時代は、仁徳天皇陵と習った。今でもこの呼び方のほうがメジャー?!)をサイクリングすることに。
実家からは片道15分程度で前方後円墳の円の端っこ部分に到着。そこからところどころ立ち止まりつつ正面へ(↓左)。
お濠のまわりの木々や、山のように見える古墳の森のせいか、空気が澄んでいて気持ちが良かった。ここもプチ・パワースポット?!
daisenkofun1.jpg daisenkofun2.jpg

正面には黄色いジャンパーを着たボランティアの人たち(みなさんリタイア後と思われる)が数人いて、

大仙古墳は百舌鳥古墳群の一部で、古市古墳群といっしょに世界遺産登録を目指していること(甥っこ姪っこは、「登録されるころには英語が必須、がんばりやー」とおっちゃんに発破をかけられていた)、
・「陵」という字は「みささぎ」と読み天皇の墓を意味すること、
・この古墳が作られた5世紀前半は海岸線がこのあたりまで来ており、海岸線に古墳を配することで朝鮮(百済)から船でやってきた人々に朝廷の権力を誇示したのではないかという説があること、
・宮内庁が管理しており発掘調査ができないため、仁徳天皇の陵だとされているが正確なことはわかっていないこと、

などの説明をしてくれた。

ボランティアのガイドさんが、「これから行くとこ決めてないんやったら、徳川家康の墓があるというお寺に行ってみたら?ここから自転車で10分くらいやし」と薦めてくれた。
仁徳天皇よりも徳川家康のほうが身近な人だったようで、甥っこ姪っこが行きたいというので、それではとそのお寺、南宗寺(なんしゅうじ)へ。

南宗寺は、戦国大名の三好長慶が創建した三好氏の菩提寺。入り口はぱっとしないけど(失礼)、中はかなり広かった。
↓右は、ここで修行したといわれる千利休の一族の供養塔なんだとか。
nanshuji1.jpg nanshuji3.jpg 

nanshuji5.jpgで、こちらが家康の遺体が一時保管されていたという跡(建物は太平洋戦争中に消失)。
そもそもどうして「ここに家康の墓がある」という話になったかと言うと、この寺の境内にある「坐雲亭」という建物に、第2代将軍徳川秀忠と、第3代将軍家光が訪ねてきた、ということが書かれた板額がかかっていて、いくら堺が重要な町だとはいえ、わざわざ将軍がこの寺を訪ねてくるというのは何かがある、ということになったらしい。
で、大阪夏の陣の際、後藤又兵衛という槍の名手が家康の乗った籠を刺し、家康はそれがもとで命を落としたが、戦の最中だったのでいったんここに遺体を隠し、家康の死を伏せたのだ、という伝説が残ることになったようだ。


こちらは仏殿の天井に描かれた“八方にらみの龍”。狩野派の絵らしく、どこから見ても龍と目が合うように描かれている。
nanshuji6.jpg nanshuji7.jpg

こちらの南宗寺にも黄色いジャンパーを着たボランティアの人がいて、いろいろ説明してくれたのだけれど、甥っこ姪っこにとってもっとも印象に残ったのは、水琴窟の音色だったのではないだろうか。

ここからもう一度大仙古墳に戻り、残っていた半周を自転車で走ってサイクリング終了。
帰りは「この道知ってる!」と言った甥っこに任せたところ、ずいぶん遠回りしてしまったけど、無事帰宅。
いい運動になりました~。
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