Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

イラン旅行 ~6日目(その1)~ 

2010/05/04
Tue. 22:04

【6日目 : シラーズ → ペルセポリス → ナクシェ・ラジャブ → ナクシェ・ロスタム → シラーズ → テヘラン】

今日6日目は盛りだくさんな日。
実際に観光した順番は上の(→の)とおりなのだけれど、旅行記は、(その1)でペルセポリスについて、(その2)でシラーズ、ナクシェ・ロスタム、ナクシェ・ラジャブについて書いていくことにする。。。写真の色がすべて茶色の日記になってしまうけれど(笑)。

ペルセポリスは、アケメネス朝ペルシャの祭事上の首都だったところ(行政上の首都は、パサルガダエからスースに移った)。ダレイオス1世(在位紀元前522-紀元前486年)が建設に着手し、その息子クセルクセス1世(在位紀元前486-紀元前465年)の時代に完成した。

シラーズからバスに乗ること1時間弱でペルセポリスに到着。
みやげもの屋(数軒しかなくこじんまりしていたのに驚いた)やツーリストインフォメーションのある場所から数分歩くと、遺跡の入口の大階段(↓)に到着。
大階段は、左右両方に広がっており、初っ端からスケールの大きさを感じさせられた。
iran2010-6-1.jpg
写真を見てわかるとおり、階段の段差がかなり小さい。これは、馬に乗っていても乗り降りが容易にできるようにとの配慮からだという。

大階段を上ると、立派な牡牛像と人面有翼獣神像を伴った、都への正門であるクセルクセス門(↓左)がお出迎え。
偶像崇拝を嫌うムスリムに顔を削られてしまっているのは非常に残念だけれども、人面有翼獣神像(↓右)のレリーフには圧倒された。
テレビや書籍などで、ペルセポリスをペルセポリスたらしめているのはレリーフだということは知っていても、こうやって実際に見ると、想像以上でかなりワクワク、テンションが上がった
iran2010-6-2.jpg iran2010-6-3.jpg

この(↓)写真は、クセルクセス門を横から見たところ。左側(牡牛のお尻が見えているほう)が入口に近い。
iran2010-6-4.jpg

iran2010-6-5.jpgクセルクセス門を直進すると、イラン航空のシンボルマークにもなっている双頭鷲像がある。
近くで見ると、なんだか愛嬌のある顔をしていた。


直進せず右手に曲がると、“謁見の間(アパダーナ)”へ繋がる。
この“謁見の間”は一段高くなっており、北側、東側の階段には見事なレリーフが残っている。

北側にあるのは、ペルシャ人とメディア人の高官が交互に並んで手を繋いだり肩に手を置いたりしているもの。
もともとアケメネス家はメディアの支配下にあったので、平和の象徴として描かれたのだろう。
iran2010-6-6.jpg

同じく北側の階段には、牡牛を襲うライオンのレリーフもあった。
これは、牡牛が冬、ライオンが夏を表し、季節の変わり目を表しているのではないかと解釈されているという。
ちなみに同じ構図のレリーフは、東側の階段やその他ペルセポリスの至るところ(というとちょっとオーバーだけど)にある。よっぽど好まれていたのか、それとも何か特別な意味がこめられていたのだろうか。
iran2010-6-8.jpg

東側の階段には、属国の使者が王に贈り物を献上するため行進しているレリーフがある。
面白いのは、使者の衣装や贈り物にお国柄が出ているところ。
そして、謁見の間に遠い階段(下のほう)には地理的にも遠い属国のレリーフ(最も遠い一番下の段にはエチオピアからの使者のレリーフ)があり、謁見の間に近い階段には地理的にも遠い属国のレリーフ(最も近い一番上の段にはメディアの使者のレリーフ)があるというのも興味深い。

全部で23の属国があり、レリーフも23種類あったのだけれど、そのうち一部(わかりやすいもの)を紹介。

まずはインドからの使者(↓)。
正装であるドーティを着ている。天秤に入っている贈り物はスパイスか?
iran2010-6-9インド

これ(↓)は、パルテアからの使者
あごひげは地位の高さの象徴なんだとか。
iran2010-6-10パルテア

これ(↓)は、ガンダーラからの使者
長い槍と大きな盾を持っている。連れている動物は牛だろう。
iran2010-6-11ガンダーラ

これ(↓)は、バクトリアからの使者
フタコブラクダのレリーフがきれいに残っている。
iran2010-6-12バクトリア

これ(↓)は、イオニアからの使者
布やトウモロコシを持っている。顔や髭の感じなんかも、なんとなくギリシャ人っぽい。
iran2010-6-13イオニア

これ(↓)は、アッシリアからの使者
連れている2頭の牡羊のレリーフは見事!!!
iran2010-6-14アッシリア

これ(↓)は、カッパドキアからの使者
馬(種馬らしい)や布を持っている。
iran2010-6-15カッパドキア

これ(↓)は、バビロニアからの使者
写真は途中で切れてしまっているけれど、牛を連れている。
適当な写真がなくて今さらながらの説明になるけれど、この写真に写っているように、それぞれの属国のレリーフは糸杉で区切られている。この糸杉のレリーフもとても細かくて見事だった。
iran2010-6-16バビロニア2

これ(↓)は、アルメニアからの使者
グリフィンを模った壷を持っている。
iran2010-6-17アルメニア

そして最後(↓)は、エラムからの使者
ちょっと見づらいけど、ライオンを連れている!
iran2010-6-18エラム

東階段を上りきると、“謁見の間”に到着。残念ながら今は柱が数本残るのみなのだけれど、そのまま残っていた柱頭はテヘランの考古学博物館に展示されている。
iran2010-6-20.jpg

“謁見の間”の近く(南側のスロープだったかな?)にあったレリーフ。
王にご馳走を捧げている様子とのこと。下にある花は、花びらが12枚あり、1年を表しているらしい。
iran2010-6-19.jpg

東階段の後ろには、“百柱の間”(↓)がある。
当時は本当に100本柱があったんだろうなぁと思わせるほど、柱だっただろう石が規則正しく(?)転がっていた。
iran2010-6-21.jpg

“百柱の間”のゲートにあたる部分には、50人の武将のレリーフ(↓左)と、玉座に座る王のレリーフがある(↓右)。この玉座は従者に担がれていて、これはアケメネス朝の王が属国を支配していることを表しており、王の頭の上には“翼ある日輪”で表されたアフラ・マズダ神がいる。
iran2010-6-22.jpg iran2010-6-23.jpg
ちなみにダレイオス1世は、ペルセポリスの碑文に、
「天地を創造し、人間を想像し、且つ人間に至福を与え給うたアフラ・マズダこそは、偉大なる神である。」
と彫らせていたとのこと。

少し戻って、“謁見の間”の奥にあるのが、“タチャラ”と呼ばれるダレイオス1世のプライベートな宮殿。
内側にはたくさんレリーフが残っているらしいのだけれど、残念ながら立ち入り禁止で見ることができず
iran2010-6-24.jpg

この後、ペルセポリス内にある博物館を見て、待望の(?)フリータイムとなった。
ペルセポリスを一望できるスポットである、アルタクセルクセス2世の墓(↓。“百柱の間”の写真の奥に写っているものと同じ。)に登ってみた(登ると言っても丘の中腹にあるので、10分もかからない)。
当時の王墓については、(その2)ナクシェ・ロスタムのところで説明する予定なので、ここでは割愛。
iran2010-6-25.jpg

そしてこれ(↓)が、アルタクセルクセス2世の墓から見たペルセポリス
中央に写っているのが“百柱の間”、テントで屋根が作ってあるのは東階段(レリーフ保護のため)、その奥が“謁見の間”。“謁見の間”の左、写真の隅に見えているのが“タチャラ”。クセルクセス門は“謁見の間”の右手のほうだけれど、この写真には写っていない。
iran2010-6-26.jpg


2時間半近くフリータイムがあったので、思い思いに写真を撮りながらペルセポリスを散策。
途中少し雨がぱらついた(青空が見られなかった)ことと、イラン人の若者たちが「一緒に写真を撮らせろ」とまとわりついてきた(ワタクシはそういうのは無視するのでマシだったけど、無視できない人はかなりしつこくつけ回されていた)こと、この2つがちょっと残念だったけど、ペルセポリスを満喫できた。


これで、ヨルダンのペトラシリアのパルミラ、そしてこのイランのペルセポリス、いわゆる“中東の3P”を制覇


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