Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

【エチオピア・ダナキル砂漠旅行:7日目+最終日(移動日)】
(アワシュ国立公園 → アディスアベバ → 成田)





ethiopia6-3.jpg朝、アワシュ国立公園内をサファリ・ドライブ
こちら(←)は、アワシュ渓谷展望台からの眺め。アワシュ川が低いところを流れているのがよくわかります。
ethiopia6-2.jpgイボイノシシの一家を発見。写真には写っていませんが、子どもたちも一緒に行動していました。
ethiopia6-4.jpg立派な角を持つ、雄のガゼル
ガゼルは鹿の仲間かと思いきや、なんと牛の仲間なんだとか。
ethiopia6-5.jpgホロホロチョウボツワナのチョベでもたくさん見ました。

↓左は、ゾウガメ
甲羅はものすごーく硬かった。

サファリといっても、あまりたくさん動物は見られず・・・まぁ、こんなものなのでしょう。。。

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国立公園内にも、エチオピア―ジブチ鉄道の旧線路(↑)が走っていた。近くに新線は見当たらなかったので、ここはルート変更するのだろうか。

ethiopia6-16.jpgここから、一路アディスアベバへ。
アダマという町からは高速道路が通っていて(中国資本によりつい最近完成したとのこと)、アディスアベバまでの約100㎞はなかなか快適だった。

途中、クレーター湖のほとりのレストランで昼食。今日でお別れの、ランクルを運転してくれたドライバーさんたち(→。左から、ガイドさん+1号車から5号車までドライバーさん5名)と、写真撮影大会を開催(笑)。
みんな気のいい、良く働いてくれたドライバーさんたちでした。どうもありがとう!!!

15時ごろ、アディスアベバに到着。
時間があったので、2日目に入場できなかった民族学博物館(↓左)へ。
この民族学博物館は、現在はアディスアベバ大学のキャンパス内にあり、もともとは皇帝ハイレ・セラシエの宮殿であったところ。

入場料の看板を見たところ、「エチオピア人の大人は5ブル、外国人の大人は100ブル」と書いてあり、20倍の違いを堂々と掲示しているところにちょっと驚く。100ブルといえば5米ドルほど、そんなに高いわけではないけれど・・・
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展示内容は、エチオピアに暮らす多数の部族の風習を、人間の誕生、成人、結婚、死などのライフステージに沿って紹介するものがメインだったが、それ以外にも多岐に渡っていて、黒い鬣を持つエチオピアの象徴アビシニアン・ライオンの剥製が出迎えてくれたかと思えば(↑右)、エチオピア絵画(祝いの席でみんなでインジェラを食べている)が至る所に飾られ(↓左)、さらには皇帝ハイレ・セラシエの寝室の様子も当時のまま残して展示してあった(↓右)。
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3階は宗教画や十字架などエチオピア正教に関連するものが展示されていて、これまでワタクシが知っている西ヨーロッパやギリシア正教のものとはずいぶん趣が異なっていて興味深かった。
今回の旅は、自然の絶景をめぐる旅で、エチオピア正教の文化的な遺産に触れることはなかったのだけれど、今度はゴンダール、アクスムといった古都、そしてラリベラの岩窟教会群もぜひ訪れてみたい(ダニが心配というか、対策がひどく面倒くさそうだけれどもー)
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続いては、お土産調達タイム。
まずは、最近東京にも支店を出したというエチオピアのコーヒーの老舗、トモカコーヒーへ。100gのパック入りの豆、挽いた豆が販売されていて、お土産にはピッタリ。
続いては、小さなスーパーマーケットへ。しかし、ここで「Made in Ethiopia」のものを探すのはなかなか難しく、はちみつ、ピーナツバターなど重たそうなものばかり。お菓子類は大半がトルコ産のものでした。

ethiopia6-14.jpg旅の最後は、エチオピア民俗舞踊を見ながらの夕食
食事自体はバイキングだったのだけれど、最後なのだからと、果敢にインジェラ&ワットに挑んでみた(←)。何度も同じことを書いている気がするけれど、インジェラ単体ではまずくても、味の濃いワットと一緒なら大丈夫。。。ここのレストランに並んでいたワットは、ピリ辛のものが多かったので、その辛さでまぎれた感じ?で、インジェラ1枚も無事完食できた。ビールは、St, Georgesという、エチオピアでおそらくもっともメジャーなもの。かなり軽めです。

ethiopia6-15.jpg民俗舞踊は、首や肩の動きに特徴があったものの、残念ながらあまりぱっとしなかった。踊り子さんは、いろんな部族の踊りを覚えないといけないので、大変なのかもしれないけれど。

コーヒーセレモニーで淹れてもらった美味しいエチオピアコーヒーで締めくくり、食事を終えてから、空港へ。

22時45分発のエチオピア航空672便にて、香港経由、成田へ。
年越しが機内でしたが、どうやら眠ってしまったようで、気が付いたら年が明けておりました

今回の旅は、これまでワタクシが旅した中では、もっとも「秘境」といえる場所だったのではないかと思う(No.2は、ブラジルのレンソイスだと思うけれど、道なき道を走った距離は、今回の比ではなかった)。
行きづらい分、たどり着いたところで待っていた絶景は本当に印象深く、地球のパワーだけでなく、過酷な環境でもたくましく生きるアファール族はじめ、人間の力強さにも圧倒されました
まだまだ自分の知らない世界がたくさんあるんだと、再認識できた旅でもありました。
だから旅は、やめられませぬ
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エチオピア・ダナキル砂漠旅行:6日目 

2015/12/30
Wed. 19:35

【エチオピア・ダナキル砂漠旅行:6日目】
(セメラ → アワシュ国立公園)


さて、本日もひたすらの移動日。
セメラからひたすら南下し、アワシュ国立公園までをひた走る。

昨日も、ジブチへつながる幹線道路を通ったけれども、今日はエチオピア―ジブチ鉄道の建設中の新線と、かつて使われていた旧線を目にする。
エチオピア―ジブチ鉄道(旧線)は、エチオピアのアディスアベバと、ジブチの首都ジブチを結ぶ、1894年から1917年にかけて建設された、全長782㎞、標高差2400mにも及ぶ鉄道。当初はエチオピア皇帝メネリク2世によって計画されたが、のちフランスの支援によって完成。20世紀末以降は、老朽化により道路輸送に切り替えられたが、現在は中国資本によって、全線の電化を伴う大規模修繕工事がおこなわれている。
ethiopia5-1.jpg夕方近くになり、アワシュ国立公園に到着。
この国立公園は、1966年に国立公園に指定され、その広さは約756㎢。

今日の宿泊地は、国立公園内にあるアワシュ・フォールズ・ロッジ(←)。

ethiopia5-2.jpgロッジからすぐそこにある、アワシュの滝(←)を観光。
乾季の今は水量が少なく、ちょっと物足りない感じもするし、しかも近くに何かの工場があるらしくその排水の臭いがしてとても美しい滝とは思えなかったけれど、エチオピアにとっては重要な水源であり、大切な滝なのだという。

滝のそばでは、ワニが日向ぼっこをしていた(↓左)。口の中が黄色くて、なんだかちょっと気持ちが悪い。。。。
ワニに加え、ベルベットモンキーも発見(↓右)

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このアワシュの滝の近くは、蚊がたくさんいると聞いていたのだけれど(ロッジのベッドには蚊帳がかけてある)、ワタクシたちが訪れた日はマシだったようで、虫よけスプレーだけで事足りた。多いときには、ロッジの中で蚊取り線香を焚かないと間に合わないらしいので、ラッキーだったのだろう。

なんだかんだで、明日が実質上の最終日。早いなぁ・・・

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エチオピア・ダナキル砂漠旅行:5日目 

2015/12/29
Tue. 18:41

【エチオピア・ダナキル砂漠旅行:5日目】
(エルタ・アレ火山 → アフデラ塩湖 → セメラ)




ethiopia4-1.jpg朝5時半。再び火口へ。
薄明りの中で見る火口は、暗闇の中で見るものよりも迫力は劣るものの(活動自体も活発でなかったこともあり)、色彩が豊かでちょっぴり幻想的
ethiopia4-2.jpgもっと明るくなると・・・火口はグレーの溶岩質より、暗闇のほうがマグマの赤さが映えますね。
ethiopia4-3.jpg30分ほどで、再び山頂のキャンプ地へ。
日が高くなって気温が高くなる前に下山しないと、体力的に厳しくなってしまうのだ。

朝6時20分ごろには、朝日が出てきた。
遠くに見える白い煙の部分が火口。山頂のキャンプ地から火口までは、こんな道のりだったんだ~。


ethiopia4-4.jpgキャンプ地でオレンジジュース、クラッカーなどの軽食を済ませ、下山開始。
昨日は暗くて、どんなところを歩いてきたのかまったくわからなかったけれど、明るくなってみると、確かに勾配はゆるやか(→)。でも凸凹が多く足元が悪いので、暗い中の上りは良くても、下りだったら怖かっただろうな~。

そうそう、このエルタ・アレ火山、途中でケガをしたり具合が悪くなったりしたら、ラクダに乗って登山・下山をすることができる。どのパーティーも、荷物運び用のラクダとは別に、救急用のラクダを一頭連れていくことになっている模様。

今日は天気が良く、それなりに気温も上がってきたけれど、風が強い日だったので、その風にずいぶん助けられた。
現地ガイドは、年に4~5回ほどこのエルタ・アレ火山を訪れるらしく、その中でも今回が「Best weather!」であると何度も繰り返し話していたので、よほど歩きやすい天候だったのだろう。

3時間ほどかかって、エル・ドーム・ベースキャンプに到着。
ここで遅い朝食をとり、少し名残惜しみつつも、エルタ・アレ火山にサヨウナラ

ethiopia4-5.jpgまた悪路をひた走り(悪路の様子はコチラ)、途中、この地域に暮らす部族、アファール族の民家(←)を訪問。
木の枝を骨組みにして、編んだゴザをかぶせて作られたこの住居は、遊牧民らしく持ち運びが可能とのこと。
エチオピアの宗教といえば、エチオピア正教が思い浮かぶけれど、アファール族はイスラム教徒が多く一夫多妻をとっていて、妻とその子供たちのために、この住居が1つずつ作られるのだという。
この小屋の近くには、生まれたばかりのヤギ(家畜)を暑さから守るための小屋も作られていた。
ethiopia4-6.jpg溶岩台地のでこぼこ道、砂埃を巻き上げての砂地の道を走り終えると、ここからは舗装された道路(←)。
最近のエチオピアは比較的平和な状態が続いており、中国を中心にインフラ投資もさかんにおこなわれているようで、道路の整備も進んでいるようだった。

今日は基本的には移動日なので、ただただひたすら南下を続け、途中、アフデラ塩湖(↓左)で写真ストップ。
海抜マイナス110mのところにある、広さ120㎢の塩湖で、その塩分濃度は死海よりも高いとのこと。
塩湖の近くには、塩湖の水をパイプでくみ出し、塩田に塩水をためて乾燥させて作られた大量の塩が、山盛りに積まれていた(↓右)。

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途中走ってきた隣国ジブチへ通じる幹線道路は、石油を運ぶタンクローリー、コンテナを運ぶトラックがたくさん走っており、そんな車の横転事故にも遭遇。
エトルリアの独立後、エチオピアは海岸線を持たない国となったため、海への玄関は隣国ジブチに頼っている。それゆえ、国内が電力不足で停電していても(実際、よく停電する)、ジブチへの電力供給(輸出)は決して止めないのだという。

午後7時ごろ、ようやく今日の宿泊地、セメラに到着。
ぬるま湯だったけれど(ボイラーで沸かしたのではなく日中自然に温められたもの)、久しぶりにシャワーを浴びて、すっきりしました!

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エチオピア・ダナキル砂漠旅行:4日目 

2015/12/28
Mon. 18:56

【エチオピア・ダナキル砂漠旅行:4日目】
(アブハラ → エル・ドーム ベースキャンプ → エルタ・アレ火山)


キャンプ地でテントなどを撤収している間、アブハラ村を散策。
こちらは水を汲んで生計を立てている貧しい家族のお家(↓左)。コンクリート造りの家もある中、かなり質素な造りになっている。
朝、ちょうど学校へ行く時間だったこともあり、たくさんの子供たちが学校へ向かうところに遭遇(↓右。女の子が持っているのは教科書とノート)。エチオピアの小学校は6年生で、授業は公用語であるアムハラ語でおこなわれるが、1年生から英語の授業もあるのだという。
女の子が学校に通っていることをちょっと意外に思ったところ、このエリアはこの町(アブハラ)の中心地であり、公務員なども多く暮らしていることから、そういう家の子供たちは、女の子であってもきちんと学校に通うことができているとのこと。
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ふらふらと散歩をしていると、インジェラを焼いているお母さん(↓)を発見。
インジェラとは、テフと呼ばれる栄養価の高い雑穀の一種。これを石臼で挽いて粉にして水を加え、2~3日ほど発酵させ、ゆるめの生地にした後、蓋付きの土鍋でパンケーキ(というよりクレープ?)状に焼いたもので、エチオピアの主食。蒸し焼きにするので片面しか焼かないが、表面にぷつぷつと細かい気泡がたくさん均等についたものが良いインジェラとされる。その理由は、気泡にワットと呼ばれるソース(シチュー)が良くしみるから。
この村で見せてもらったように、薪を使って焼くのが正式だが、アディスアベバなどの都会ではホットプレートのような、インジェラ焼き器が使われているのだという。
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焼きたてを試食させてもらったけれど、酸味が強くて・・・
この酸味は発酵させるところからきているのだけれど、インジェラ単体で食べると正直なところ美味しくない。でも、ピリ辛の豆のワットとかがあると、それなりには食べられる。

さて、午前9時半ごろに、アブハラ村を出発。
村を出てしばらくは舗装した道をひた走り(この日も霧雨が降っていて視界が悪かった)、そのあとは砂地を疾走(↓左)。
3時間ほど経ったところで、クルスワット村というところに到着。ここでランチをとりながら、事務手続きが済むのを待った。
エルタ・アレ火山の一帯を支配(?)している部族の長に、いくばくかの入山料を払う必要があるのだという。現地ガイドいわく、その入山料は、部族の長のその日の気分によって変わるらしく、村人に仕事を与えるため、ガードマンや道先案内人として何人か村人を連れて行け=雇え、というような要求がなされることも珍しくないらしい。
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この手続きを終えた後は、砂地から一転、でこぼこの激しい溶岩台地の上を走る(↑右)。
どれくらい道が悪いかというと、距離にすると24㎞ほどを進むのに、2時間以上かかるくらい。乗っているこちらは遊園地か何かのアトラクション気分で楽しいし、しばらく続くと車内で眠れるくらいにこの揺れにも慣れるのだけれど(実際、ワタクシは途中、寝ました。でも、エアコンが壊れたりしたら、暑さをとるか砂埃をとるかの選択を迫られて悲惨だっただろう・・・)、ドライバーさんは大変だっただろうなー。お疲れ様でした!!!

午後3時すぎに、エルタ・アレ火山へ行く旅人たちのための、エル・ドーム・ベースキャンプに到着。山頂にもっていく寝袋、帰りの分の水などの荷物をラクダに運んでもらう荷造りを済ませ、しばしベースキャンプで休憩。
午後5時半ごろには早めの夕食をとり(↓左は、コックのマンデラさんと、ベースキャンプの小屋の前で)、いざ、標高613mのエルタ・アレ火山へのトレッキングに出発!(↓右に見えている、なだらかな山がエルタ・アレ火山)。
IMG_6896.jpg ethiopia3-8.jpg
出発したのは午後6時ちょうど。最初は砂地をだらだらとゆるやかに上る道を歩く
1時間くらい歩くと、砂地から溶岩台地へと変わり、ゴツゴツしていて足元が悪くなってきた。日が落ちて暗くなると、みなヘッドライトをオン。今回気づいたんだけど、ヘッドライトの明かりがあまりに明るいのも問題だな、と。というのも、自分の後ろの人のヘッドライトが強いと、自分の姿が影になって足元が見づらくなってしまうことに気付いたため。強いあかりでなく、周囲をぼやーっと照らすようなあかりが適しているようだ。
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1時間に1度は休憩をとったのだけれど、休憩中には満点の星空が楽しめた。オリオン座の三ツ星の間にもいっぱい星が見えて、どれがどの星座だかわからなくなるほど(って、もともと知らないって???星空アプリが使える状況でもなかったしね・・・)。
ただ、午後9時過ぎには東の空から明るい月が出てきたので、目に見える星の数は月明りでずいぶん減ってしまった。

そうこうしているうちに、前方にぼーっと赤い煙が!あそこがゴール、エルタ・アレ火山の火口だ~!(→)と思うと俄然、元気が出てきた。ちなみに、エルタ・アレとは、現地のアファール族の言葉で、「煙の山」という意味だそう。

午後10時5分ごろ、山頂のキャンプ地に到着。
先に到着していたラクダ隊がマットレスをもってきてくれていたので、小屋の中に運び入れ、寝袋を出して仮眠の準備を整えた。



ethiopia3-10.jpg不要な荷物を置いて、火口へと出発。
山頂のキャンプ地からは徒歩15分ほど。最初に、急な崖を下りなければならないので、軍手は必携。
ただその崖を下りた後は平坦な道なので楽ちん。ただし、溶岩灰の地面なので、たまに踏んだところが「バリッ」と音を立てて割れたりするので注意は必要。

ジャジャーン、火口に到着!
マグマがぐつぐつ、ふつふつと湧きあがっていて、すごい熱気。

たとえが稚拙極まりないけれど、USJのアトラクション『バック・ドラフト』のクライマックスで感じる熱気をずーっと感じている状態。
ethiopia3-11.jpgこのエルタ・アレ火山のマグマ(玄武岩質溶岩)の温度は1200℃程度とのこと、粘度が低くさらさらしているため、大爆発は起こさない。
この日のマグマの活動はかなりアクティブだったようで、風向きが変わると、有毒であろうガスが目に染み、むせてしまうほど。
ethiopia3-12.jpgずーっと見ていても、まったくもって飽きません。

普通の夜景モードで人物+火口の写真が撮れるので、たくさん写真も撮ったけれど、写真では伝わらない熱気、マグマが湧き出す音、ガスのにおい・・・どれをとっても、本当にここに来た甲斐があったと感動ひとしおでした。
ethiopia3-13.jpgマグマの活動がちょっと落ち着いたところで、仮眠のため、いったん山頂のキャンプ地へ戻る。
明日の朝、明け方にもう一度見に来ます。




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【エチオピア・ダナキル砂漠旅行:3日目(その2)】
(ダロール火山 → アブハラ)










ethiopia2-12.jpgさて、山頂付近に到着!
この不思議な、地球ではなく別の惑星に降り立ったような景色に、テンションは最高潮
もちろんパンフレットなどの写真で見てはいたけれども、実際に目にすると、息をのんでしまうほど(硫黄臭が強いというのもあるけれど)。
ethiopia2-13.jpg蛍光色の黄色は硫黄、緑色は強酸性、茶色や紫色は酸化鉄の色とのこと。
ちなみに、「ダロール」とは、この地の部族アファール人の言葉で、「溶解、崩壊」を意味するのだとか。
ethiopia2-14.jpgなんとも不気味?いやいやフォトジェニックな光景が続く。
ethiopia2-15.jpgどこを切り取っても絵になります~。
ethiopia2-16.jpg塩田ならぬ、硫黄田?
ちなみにこの近くには(硫黄でなく)カリウムの加工工場があるらしい。
ethiopia2-17.jpgイソギンチャクのような口からは、ぼこぼこと音を立てて硫黄が湧き出している。
ethiopia2-18.jpg硫黄が充満しているため、あまり長時間の観光はできず、名残惜しみつつもこの光景にサヨウナラ、下山開始。

下山後、リゾート地(?)にいるかのように、水際(湖畔?海岸沿い?)で遅めのランチ。
ランチは、キッチンカーで同行してくれているコックさん(マンデラさんというキュートな男性)が作ってくれているのだけれど、彼の料理はかなり美味しく、キャンプ中の食事は思ったよりもずーっと充実していた。現地ガイドさんいわく、その旅行会社(※)ではマンデラさんはNo.1のコックなのだという(※ダナキル砂漠は個人では訪れることができない。エチオピアまでは個人で行くにしても、現地の旅行会社のツアーに参加する必要がある)
ethiopia2-19.jpgダロール火山を後にして、続いての観光スポット、アサレ湖へ。
その途中、遠くにラクダのキャラバンが見えた(←)。こうやって遠目に見ると、こちらもなんともフォトジェニック
ethiopia2-20.jpgラクダが運んでいるのは、塩のブロック。ここから塩田まで、かなり遠いと思うのだけれど、ラクダさんは働き者ですねー。

メケレで出会ったラクダたちは、車道を平気で歩いていたけれど、このあたりのラクダはあまり車に慣れていないのか、車が近くを通ると怯えてしまい、歩みを止めて列を乱してしまっていた。写真を撮るため追い越したり、追い越されたりして、何度も車とすれ違うことになったことで、ラクダにストレスを与えてしまった模様。ごめんなさい、ラクダさん。。。
ethiopia2-21.jpgさて、アサレ湖に到着。
まるでボリビアのウユニ塩湖のような(ってワタクシは行ったことないけど・・・)、真っ白な塩原が広がっている。
青空も広がっていたため、ここではちょっとしたトリック写真にチャレンジ!(↓)

ethiopia2-22.jpg本日の、盛りだくさんの観光はこれで終了、まずは、アハメッド・エラのキャンプ場に戻り、そこから乗った軍人さんを下ろし、そこから宿泊地であるアブハラ村へ。

アブハラ村は、アファール族の暮らす、標高の高いところにある村で、今晩の宿泊先は、地元の人が民家の庭を観光客用のキャンプ地として提供してくれているところ。ただ、しとしとと雨が降ったりやんだりで、かなり涼しい・・・というか、寒いくらい。
コック、マンデラさんの作ってくれた温かい野菜スープがとっても美味しかった。

通常の天候であれば、暑いのでテント内で寝ないで外で寝ることもあるらしいのだけれど、この日はテント内で長袖を着て、かつ寝袋に入ってちょうどよかった。
雨が降ったりやんだりで、満点の星空を見ることができなかったのはちょっと残念だったけれど、当初宿泊予定だったアハメッド・エラ(←こちらは低地なので雨は降らない)と比べると、ずいぶん清潔で快適なキャンプ場だったので、これはこれで良かったのでしょう。

明日は、この旅のもうひとつのハイライト、エルタ・アレ火山へ向かいます!

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【エチオピア・ダナキル砂漠旅行:3日目(その1)】
(メケレ → アハメッド・エラ → ダロール火山)


ethiopia2-1.jpg朝5時起床。まだ夜が明ける前、5時40分にメケレのホテルを出発。5台の四駆(ランクル)に分乗して一路、この旅のハイライト、ダナキル砂漠へと向かう長距離ドライブが始まった。メケレは標高2,000mを超える高地にあるため、朝はけっこう涼しい。
まだ暗い中、車道を往くラクダのキャラバン(→)に遭遇。このラクダは、砂漠で働く人たちに生活に必要な物資を届けに行くのだという。

ドライブを始めてしばらくは、舗装された道路をひた走る。
乾季に当たるこのシーズンは、通常雨が降ることなどないのに、この日はしとしとと霧雨が降り、現地ガイドさんやドライバーさんたちもびっくり。車の窓の外も真っ白で、かなり視界が悪かった。

2時間ほど走ったところで、キャラバン・ステーションを通りがかった(↓)。
キャラバンが休憩するところで、ラクダが背中から荷を下ろし、草を食んだりのんびりと過ごしていた。
(写真からも、天気の悪さがわかるでしょ?)
ethiopia2-2.jpg ethiopia2-3.jpg

ethiopia2-5.jpg8時ごろにベル・アハレ村に到着。
ここでこれからダロール地区へ入るための事務手続きを済ませる。事務手続きには時間がかかるとのことなので、ここで地元のカフェ(?)待合所(?)で、エチオピアの伝統的な淹れ方(コーヒー・セレモニー)で淹れたコーヒー(→)をごちそうになった。コーヒー・セレモニーは、床に青草を敷き、火鉢を用意してお香をたくところからスタート。
まだ生のコーヒー豆(緑色)のものを火鉢で煎り、香りを客人に楽しんでもらう。煎った豆を鉄の棒(小さい杵のようなもの)で細かく砕いて粉にし、水と一緒に沸かす。こういう工程に時間がかかるので、おつまみにポップコーンが用意される。
コーヒーは正式なセレモニーでは一人当たり3杯淹れられるのとのこと。1杯目が一番濃く、2杯目はだいぶまろやかになる。3杯目はすでに薄いので、ミルクを入れたりして子供でも飲めるのだとか。
ethiopia2-4.jpgコーヒーをいただきながら時間を潰していると、添乗員さんが「塩の取引所にラクダが到着しましたー!」と知らせてくれた。この休憩所のすぐそばには、砂漠の塩田から運ばれてきた塩のマーケットがあったのだ(←)。
ラクダが背負っているブロック状の塩は、だいたい1枚3㎏程度

午前10時ごろ、アハメッド・エラのキャンプ場に到着。
このキャンプ地は、ダロール地区やエルタ・アレ火山を訪れる観光客が利用するところとして一般的。
ワタクシたちも今晩はここでキャンプの予定だったのだけれど、季節外れの雨によってここからエルタ・アレ火山へ続く道が冠水してしまったため、急遽旅程を変更し、別のキャンプ場で泊まることになったので、結局このキャンプ場は利用しなかったのだけれど、ゴミの量が多くとても衛生的とは言えないところだった。
ダナキル砂漠は、エトルリアとの国境にまで広がっているため、ツアー・グループにもエチオピアの軍人が同行することになっているようで、ここで軍人3名が加わった。





ethiopia2-6.jpgキャンプ場から30分ほど走ったところで、塩の採掘場(←)に到着。
かつてこの地は、アラビア半島と陸続きになっており、それが大地溝帯の活動によって離されたのち、海水が干上がったことにより、今ではここに塩田が広がっている。
このアファール盆地と呼ばれる地域(ダナキル砂漠を含む一帯)は、海抜マイナス100m以上、地球上でもっとも平均気温が高い場所のひとつ。通常の乾季であるならば(乾季は気温が低い)、気温は30~40℃くらいとのことなのだけれど、何度も触れているようにワタクシたちが訪れた日は奇跡的に涼しい日だったこともあり、塩田で働く人々も、暑さでばてることもなく、仕事に精が出ているようだった。
ethiopia2-7.jpg塩のブロックは、てこの原理を用いて、まずは大きな塩の塊を地面から掘り起こし(写真↑)、そのあとで、整形して一定の大きさのブロックに整えていく(←)。これらの作業は分業制になっていて(各作業にスペシャリストがいる)、1グループ3~4人の人間とラクダで1つのワーキング・グループが作られているのだとか。
ethiopia2-8.jpgさらにランクルは進み、ダロール地区へと向かう。
この地域はさすがに雨は降らないが、高地で降った雨が地下水となり、その地下水があふれてきて冠水してきていたため、通常であればカラカラの砂漠であるはずの場所が、この通り、一面の水たまりになっていた(←)。
この冠水のため、残念ながら、大地から硫黄が湧き出ている硫黄泉は観光できず(なぜなら完全に水につかってしまったから)、また高さ50mほどの塩の奇岩群も遠目に眺めるのみ(近くに行こうとした別のツアーグループの車が水&泥にはまって身動きが取れなくなってしまったらしい)となってしまった。
まぁ、自然が相手のことだから、こんなハプニングもありますよね
ethiopia2-9.jpg一面の水たまりを、慎重にそろりそろりと走ることさらに1時間半、ようやく(予定よりずいぶん遅れて)、ダロール火山(←)に到着!
ダロール火山は、山頂の標高は、海抜マイナス48m、世界で最も低い火山の噴火口。山頂が海抜マイナスって、なんだか奇妙ですねー。

冠水のため、何やら島に上陸したみたい(笑)、ここから溶岩でザクザク、ゴツゴツした道なき道を、高低差50mほど登ります。
溶岩が冷え固まった地面は、紫色、黄色、茶色、緑色・・・いろんな色があって、かなり不思議な光景でした。
ethiopia2-10.jpg30分程度の登山の途中には、こんな大量のエビの尻尾が並んでいるような地形(←)や、
ethiopia2-11.jpg木の切り株みたいな、天然のテーブル&椅子ができている地形(←)など、目まぐるしく景色が変わり、歩いていてとっても面白かった。
気温もたぶん25℃程度で、全然暑くなかったのも幸いだった。通常のこの時期だと、やっぱり40℃近く気温があって、30分歩くのもかなりしんどいらしいので。

山頂の絶景は、(その2)に続く。


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エチオピア・ダナキル砂漠旅行:初日+2日目 

2015/12/26
Sat. 22:52

【初日+2日目】
(成田 → アディスアベバ → メケレ)


この年末年始は珍しく帰省せず、エチオピアの秘境、ダナキル砂漠に行ってきた。
かなり辺鄙な行きづらい場所なので今回はパッケージツアーに参加、すべておひとりさま参加の11名(男性4名、女性7名)+添乗員1名、総勢12名のグループでの旅となった。

【初日】
12月25日、20:45成田発のエチオピア航空673便にて、香港経由(給油ストップ)でエチオピアの首都、アディスアベバへ。
成田ー香港は5時間半弱、香港ーアディスアベバは約10時間。夜行便だったこともあり、大半の時間を寝て過ごした。

【2日目】
朝8時前に、定刻から30分ほど遅れて、アディスアベバのボーレイ国際空港に到着。
空港は新しく作られたもののようだし、アフリカのハブ空港を目指しているということもあり、それなりにきれいだった。
普段は混雑するという入国審査やバゲージクレームもスムーズで、1時間ほどで空港を出ることができ、アディスアベバの観光スタート。

まずは、地元の銀行に行き、エチオピアの通貨”ブル”をゲット。土曜日なのに市中の銀行が営業しているというのは、ちょっとびっくり~。
ツアーは食事付きだし、お土産を買うような場所にも行かないため、現地通貨はほとんど要らないと思ったので、ビール代として10米ドルのみを両替。10米ドルで210ブル(1ブル=約6円)。
ツアーメンバーの10名あまりがこの程度の少額を両替するのに、40分くらい時間がかかったのだけれども、その間の我々の待っている態度に、銀行員が「あれは何人だ?中国人ではないよな、奴らだったらじっと座ってないし、あんなに静かにしていない!」とガイドに感嘆の声をもらしていたのだという。

ethiopia1-1.jpgさて、アディスアベバのプチ観光スタート。
アディスアベバとは、エチオピアの公用語アムハラ語で、「新しい(Addis)花(Ababa)」という意味をもつ。
1886年にエチオピア皇帝メネリク2世(在位:1889年 - 1913年)により建設された、2000年を超える古い歴史をもつエチオピアの中ではまだ新しい町。アフリカ連合(AU)や、国連アフリカ経済委員会(ECA)の本部も置かれている、アフリカの中心都市。

まずは、空港から、アディスアベバの町が一望できる郊外のエントット山へ。
この道すがら、ECAの本部、旧王宮(現首相官邸)、アメリカ大使館などを車窓から観光した。

山の中腹にバスを停め、町の写真を撮っていると(↑)、薪を背負ったロバや老婆(※シャレではありません!)が坂道を下りてきていた(↓)。なんでもこの薪はユーカリの木の枝で、1束で30kgくらいあるのだという。薪は、エチオピアの主食であるインジェラを焼くのに用いるのだとか(インジェラについては、コチラへ)。
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ethiopia1-4.jpg続いては、アディスアベバ大学内の民俗学博物館の観光。
の予定だったのだけれど、急遽、本日は閉館で入館できないと言われてしまう・・・
ガイドさんがいろいろと事情を聞いているうちに、なんと、この時にこのアディスアベバ大学の門(←)のセキュリティ・ガードに立っている方が、あの「裸足のアベベ」で有名なマラソンのオリンピック金メダリスト、アベベ氏の実の娘さん(四女)であることが判明。大撮影大会となったのでした。。。


民俗学博物館の観光ができなかったため、代替として三位一体教会(↓左)へ。
この三位一体大教会は、エチオピア最後の皇帝ハイレ・セラシエ(在位:1930年 - 1974年)により、第2次世界大戦直前の対イタリア戦勝利を記念し1941年に建立された教会。皇帝ハイレ・セラシエの墓(↓右)、その隣にも妻マナンの墓も安置されている。
が、このハイレ・セラシエの墓は彼の死後30年近く経った2001年になって、ここに納められたもの。それまでは、クーデターを起こし皇帝を廃した独裁者メンギスツにより亡骸は地下に隠されていたのだとか。
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続いて訪れたのは、国立博物館(↓左)。
ここの目玉は、エチオピアの北東部ハダール村付近で発見された“ルーシー”と名付けられた、約318万年前の猿人アウストラロピテクス・アファレンシスの化石(のレプリカ)(↓右)。
発見された化石人骨を組み立てたところ、頭蓋骨、骨盤など1つの個体の40%に相当し、体重30㎏、身長110㎝、18~24歳の女性のものであることが判明。俗称のルーシーは、当時流行っていたビートルズの楽曲、『Lucy in the Sky with Diamonds』にちなんでつけられたのだという。
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博物館見学の後は、その隣にあるレストランにてランチ。
ワタクシは他のものをオーダーしたのだけれど、ツアーの参加者のうちの一人が、さっそく、エチオピアの主食で日本人旅行者からは「見た目雑巾、味○ロ」とも評されているインジェラのセットメニュー(↓)にチャレンジしていたので、写真だけ取らせてもらう。インジェラは、豆や野菜(裕福なところではチキンやラムなどの肉入りのものも)などのシチュー?ソース?(ワットと呼ばれる)につけて手で食べるのが本来の食べ方とのこと。このレストランは外国人観光客が多いせいか、ワットの種類も豊富で、盛り付けもこぎれいにされていた。
ethiopia1-9.jpgethiopia1-10.jpgエチオピアは意外なことに、ビールの種類が豊富だった。豊富なのは、民族が多様で、しかも各地域で独自の文化が成り立っているせいなのかも?今回ワタクシがいただいたのは、DASHEN(ダシン)という、ゴンダール地方で作られているビール。あっさり、さっぱり、すっきりな味でした。
ビールの横の水色の瓶は、AMBO(アンボ)という、エチオピアのガス入り炭酸水

遅めのランチを済ませ、国内線で移動するため、空港へ移動。
15時10分アディスアベバ発、エチオピア航空104便にて、エチオピア北部のメケレという町へ。
1時間ちょっとで、メケレの空港に到着。国際空港らしいのだけれど、かなりこじんまりした空港(→)。
バスに乗って市内のホテルにチェックイン、少し休憩してから夕食。

長い1日が終了。明日からは絶景の旅が続きます!
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スター・ウォーズ/フォースの覚醒 

2015/12/19
Sat. 20:52

SW7『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(2015年/米国 原題:Star Wars : The Force Awakens)を観てきた!
本当は公開日の昨日18時半から鑑賞したかったのだけれど、チケット争奪戦に敗れたため(こういうとき、東京に住んでいるのはちょっと不利だ・・・)、翌日の午後の会を予約。パンフレットは鑑賞日が入ったメモリアル版をゲット。

公開されてまだ間がないので、ネタバレっぽい感想はなし、まずそうなところは白字で。。。

新3部作のスタートとしては上々!!!これまでの作品の世界観がちゃーんと引き継がれていて、続きが楽しみ♪帝国軍の残党ファースト・オーダーと反乱軍改めレジスタンス(カタカナになっただけで一緒か)の戦いはエピ4のヤヴィンの戦いにあまりに似ていたけれども。。。

・主役のレイ(デイジー・リドリー)も、マスクをとった素顔のカイロ・レン(アダム・ドライバー)も、どちらも美形。フォースの力だけでなく、目力の勝負でも、レイの圧勝?!カイロ・レンにはこれからまだまだ強くなってもらわないと、これから面白くなくなっちゃうよー。

・予想通り、BB-8は可愛いらしく、人気が出そうなキャラクター。ワタクシ個人的には、階段を下りてるところの動きがツボ。R2と並ぶとかなり小さくて、2体もちょっと親子っぽかったり(笑)。

・メイン・キャラに並ぶ活躍を見せてくれると予想していたキャプテン・ファズマが、ぜんぜん強くなくて残念な姿でちょっとがっかり。次回作以降に活躍してくれるのかしら。

・最大のハイライトは、ハン・ソロ(ハリソン・フォード)とカイロ・レンの父子対峙のシーン。ここで簡単にカイロ・レンが改心するわけもなく(それでは話が終わってしまう!)、ハン・ソロが最期を迎えてしまうのだけれど、この時のチューイの表情がなんとも印象的。

ラストは、姿を消していたルーク(マーク・ハミル)が見つかり、レイルークのライトセーバーを手渡そうとするところで終わり。え?ちゃんと手渡す前、手を伸ばしたところで終わり?ってことは、実はまだ返せなかったりするわけ???次回作は、ルークがなぜ姿を消したのか、幼いころのレイベン(←カイロ・レンの本名)に何があったのか、そのあたりがちゃんと描かれるのかしら?エピソード8も、楽しみです!!!

ほかにもいろいろあるけれど、第1回目の感想は以上でおしまい。
2回目はIMAX 3Dで観てみようかな。

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ふるさと納税 - 神奈川県秦野市 

2015/12/08
Tue. 21:13

hatanoshi2015.jpg年の瀬も迫ってきて、ふるさと納税もラストスパート?
今回届いた特産品は、神奈川県秦野市の、宮村農園のこだわりみかん(2Lサイズ)10㎏
低農薬で肥料にもこだわって作ったみかんなのだという。

早速1つ食べてみたところ、んー、ごくごく普通のおみかん、という感じ。
かごに入れてこたつの上に置いて、家族みんなで気が向いたときに食べる、という普段使いにはピッタリ。


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ふるさと納税 - 鹿児島県曽於市 

2015/12/07
Mon. 20:52

soo2015.jpg鹿児島県曽於(そお)市のふるさと納税の特産品が届いた。

某テレビ番組でも紹介されたという人気の冷凍焼き芋「わたしのお芋さま」3袋(1袋500gで、3~5本入り)と、ほしいも2袋のセット。
どちらも、吉川農園というところで栽培されている”べにはるか”を使っているものだという。

冷凍焼きいもをレンジでチンして朝食にしてみたところ。
たしかに、ねっとり、お菓子のように甘い!!!
さつまいもの自然の甘みってスゴイなー。

時間のある週末には、自然解凍した後でオーブンで温めて食べてみよっ♪

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劇団四季『アラジン』 

2015/12/06
Sun. 20:48

aladdin.jpg劇団四季のミュージカル、『アラジン』を鑑賞。

[この日の主要キャスト]
ジーニー  瀧山久志
アラジン  海宝直人
ジャスミン  岡本瑞恵
ジャファー  牧野公昭
イアーゴ  酒井良太

アラビアン・ナイトの世界、きらびやかな衣装やダンスのシーンは、すごく舞台映えして見応えがあったし、何よりジーニーのキャラクターが際立っていて笑いどころも満載、悪役ジャファーとそのお付きのイアーゴの凸凹コンビもユーモラスで、とても楽しかった。

唯一ひっかかったのは・・・歌詞の日本語訳が悪いのかもしれないけれど、アラジンのテーマ(?)、「(天国にいる)母さんの自慢の息子になるんだ♪」というところ。んー、それが善い行いをしようというインセンティブになるの???

でも、全体としては楽しくて大満足でした。
こういう単純明快でなーんにも考えずに楽しめるミュージカルも良いものです

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亀田製菓の株主優待(2015年9月) 

2015/12/05
Sat. 12:46

kameda201509.jpg亀田製菓から株主優待がやってきた。

定番の、柿の種
ハッピーターン バターしょうゆ味
うす焼サラダ
海老のりあられ
揚一番
携帯おにぎり わかめ、鮭 各1

の詰め合わせ。

携帯おにぎりは、尾西食品という亀田のグループ会社のアルファ米の商品で、この袋の上部を開き、お湯または水を注いで袋を振ってなじませ、お湯だと15分、水だと60分でおにぎりができるというもの。賞味期限は2017年4月まで。
年末年始の旅行先は、食事の評判がすこぶる悪い国でもあるし、ミニキャンプも予定されているので、これを非常用として持って行ってみようかな。

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2015-12