Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

ふるさと納税 - 高知県高岡郡四万十町 

2015/08/16
Sun. 18:46

shimanto2015.jpg夏もまだまだ中盤(?)というところで、前にもらった新潟県五泉市の特産品アイスクリームを消費してしまったので、ふるさと納税で、再び(昨年のもカウントすると三度目)アイスクリームを調達。

今回は、高知県四万十町道の駅、あぐり窪川のアイスクリームの詰め合わせ(→)。
地元JAがその日の朝に集荷しメーカーへ出荷する前の搾りたて生乳を使用して作られたもので、塩ミルク、いちご、マルセイユメロン、チョコレート、生姜、緑茶、ブルーベリー、フレッシュミルクの8種類がそれぞれ2個ずつで、計16個(通常販売価格は4300円らしい)
高知県の特産、生姜、マルセイユメロンなんか、楽しみだなー♪

そして、「おまけ」として付いてきたのが、海洋堂ホビー館が作っているという、「土佐弁キャラクター」のストラップ
ワタクシがもらったのは、”たるばー”という黄色いキャラクターで、意味は”思う存分”という意味らしい。これ、人気が出るとも思えないんだけど・・・(苦笑)。
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【ウィーン&ザルツカンマーグート旅行 : 最終日(移動日)】
(フランクフルト→ 成田)


フランクフルトから成田へは、JL408便。
これまであまり見なかった日本人がぐっと増え、「飛行機に乗ったらそこから日本」という昔のJALのキャッチコピー(?)を思い出した。

無事に成田に到着。
お天気に恵まれ、この旅行を企画した時に”天から降ってきた”、緑の山、青い湖と青い空、を十分に満喫できた旅でした

【今回の旅行の振り返り(雑感)】

iPhoneのデフォルトアプリに入っている万歩計(?)なので、あまりあてにならないかもだけど、8/2(日)~8/8(土)の1週間、1日平均24,191歩も歩いていたらしい

よほど特徴がない限り、ワタクシは、ヨーロッパの都市は旅先としてはあまり好きではない、という発見があったというか、改めてそう実感した旅だった。よく、ウィーン、プラハ(←まだ行ってない)、ブダペストの3都市を巡る旅とかあるけれど、ワタクシの中では、ウィーン<<<<<ブタペスト。

円安のせいもあるんだろうけど、いやぁ、オーストリアは物価が高かった。さすが、ヨーロッパの先進国。ビールとフライドチキン(+付け合せのポテト)のランチで2500円、ハイシーズンとはいえ、アメニティゼロ、クーラー無し、もちろんポットもミニ冷蔵庫もセキュリティ・ボックスも無し、朝食のみのペンションで1泊1万円だもんなぁ・・・


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ウィーン&ザルツカンマーグート旅行:8日目 

2015/08/08
Sat. 17:14

【ウィーン&ザルツカンマーグート旅行 : 8日目】
(ザルツブルク → フランクフルト → 成田)


今日も良いお天気本当に今回の旅行は(も?)、お天気に恵まれた。
朝ホテルをチェックアウトした後、ザルツブルク中央駅のコインロッカーにスーツケースを預け、まずはミラベル庭園を散策(↓)。
庭園の正面、遠くには、ホーエンザルツブルク城塞が見える。こういう構図も、計算して造られているんだろうなぁ・・・
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映画『サウンド・オブ・ミュージック』のドレミの歌にも登場した、ペガサスの泉(↓)。
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ミラベル宮殿は、大司教ヴォルフ・ディートリヒが愛人サロメ・アルトのために1606年に建設したもので、1818年の火災の後、再建されたもの。現在は市役所や図書館として使用されているのだという。

続いては、昨日行けなかった、ホーエンザルツブルク城塞へ向かうべく、ケーブルカー乗り場へ。ケーブルカー、今日はちゃんと動いてて良かった~。

城塞内部の観光は、グループでのガイドツアーのみで可。といっても、ガイドは時間を見計らって道案内をするだけで、説明はすべて音声ガイド。
最初の部屋では、城塞が11世紀に築かれてから、17世紀半ばにかけて、どのように拡張されてきたかの変遷が模型を使って説明されていた。印象深かったのは、このザルツブルクは宗教的権威の大司教と、世俗的権威の領主が、1人の人物に集約されていて、それゆえ中央集権が早く進んだ、という話と、他方、それだけ権力をもっていた大司教領主が、ナポレオン戦争の混乱の中、あっさりと(戦うことなく)ハプスブルク家にこの城塞を明け渡してしまった、という話。

ツアーの最後は、見張り台=展望台へ。
見張り台からは、ザルツブルクの町が一望できるうえ(↓左)、城塞の様子もよく見えた(↓右)。
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a8-6.jpgこのほか、城塞博物館、ライナー博物館という博物館があり、それらは個人での観光が可能。
さらーっと覗いてみたところ、大司教の居室では、コンサートも開かれているようだった。

再びザルツブルクの旧市街に戻り、いくつか賞を獲っているらしい『シャッツ(Schatz Konditorei)』というカフェで一休み
11時過ぎという中途半端な時間にもかかわらず、店内はほぼ満席で驚いた。
オーダーしたのは、メランジェと、アプフェルシュトゥルーデル(アップルパイ)。これも生クリームにはほとんど甘味がなく、ケーキと一緒に食べるとちょうどよい甘さになった。

ザルツブルクの町とも、これでお別れ。
中央駅に戻り、荷物をピックアップして、ローカル(路線)バスで空港へ。

帰りはフランクフルト経由のフライトだったのだけれど、ザルツブルクでチェックインしてもらった搭乗券で、フランクフルトから成田へのフライトが2時間半ほど遅れていることに気付く。どうやら、成田からの出発が遅れたようだ。

最初のフランクフルト行きのOS7265便は、定刻通りに離陸。
フランクフルトでの乗り継ぎ時間は6時間超と長いものになったのだけれど、本を読んだり、ネットをしたり(USB電源確保)、何とか時間を潰せた。

(最終日)へ続く。

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ウィーン&ザルツカンマーグート旅行:7日目 

2015/08/07
Fri. 17:13

【ウィーン&ザルツカンマーグート旅行 : 7日目】
(オーバートラウン → バート・イシュル → ザルツブルク


オーバートラウンのホテルをチェックアウト、電車でバート・イシュルへ、バート・イシュルからはバスでザルツブルクへ。
a7-1.jpgザルツブルク中央駅内のツーリスト・インフォメーションで、24時間のザルツブルク・カードを購入。ザルツブルク・カードは、バス乗り放題に加え、主な観光スポットの入場料も含まれている。

早速購入したカードを使ってバスに乗り、今日の宿泊先にチェックイン。バス停からホテルが見えていた(通りを渡ってすぐ)だったので、迷いようがなかったのは幸いだった。
ザルツブルクは夏の間、国際的に有名な音楽祭が開かれることもあって、この時期のホテルはどこもかしこも高かったので、いつもは駅の近くor見どころの近くなど、場所最優先でホテルを選ぶワタクシも、今回は価格優先で、駅から少し離れたところに宿をとったのだ。

さて、ザルツブルクの観光は、旧市街の最も賑やかなゲトライデガッセに面したモーツァルトの生家(←)からスタート。
モーツァルトの生家の中は写真撮影禁止。モーツァルトが子供のころに使ったとされる子供用のバイオリンや、モーツァルトの演奏旅行時の荷物や所持金をどうやりくりしたか、オペラ『魔笛』の舞台装置の模型などの展示が印象に残った。モーツァルトは、人生で17回、10年2か月超にも及ぶ期間、旅に出ていた計算になるのだという。

a7-2.jpgゲトライデガッセを直進、さらに少し歩いて、ザルツブルクの町が一望できる近代美術館へ。この美術館への近道は、メンヒスベルクのエレベーターと言われていて、ザルツブルクカードで利用できる(ただし何度でも乗れるわけではなさそう)。

メンヒスベルクのエレベーターを上ってすぐの展望台から見たザルツブルク(←)。
丘の上にそびえる堂々としたホーエンザルツブルク城塞が、町を見守っている。

a7-3.jpgこちら(←)は、映画『サウンド・オブ・ミュージック』にも登場した、馬洗い池
音楽祭のメイン会場となる祝祭劇場の前を通って、旧市街をうろうろ。
ザルツブルクの旧市街は、ウィーン以上に道が複雑で、それぞれの建物の位置間隔がつかめるまでは、何度も同じところを行ったり来たりしてしまった。

こちらは、大聖堂(↓)。
モーツァルトはここで洗礼を受け、またオルガン奏者も務めたとのこと。
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続いては、この地方ではもっとも古い修道院が始まりの、ザンクト・ペーター教会へ。教会の墓地は、花々が咲き乱れ、ちょっとした憩いの場(?)にもなっていた。また、同じ敷地内には初期キリスト教徒の祈祷のためのカタコンベもあり、入場もできるようになっていた。
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こちらはザンクト・ペーター教会の内部。この、薄い緑色の装飾がなんとも優しい色合いで、心が落ち着く感じがした。
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この後、ホーエンザルツブルク城塞へのケーブルカーに乗ろうと思っていたのだけれど、なんと故障か何かで、運転中止中。早くて2、3時間後にしか復旧しないと言っていたので、明日に持ち越すことにする。歩いても上れるみたいだけど、この暑い中、40分は歩きたくない・・・

気を取り直して、博物館めぐりをすることに。
ザルツブルクのドーム広場の周辺には、レジデンツ(大司教の宮殿)、レジデンツ・ギャラリー(美術館)、ドーム博物館(大聖堂の2階部分)があり、内部でつながっていて(これがまたけっこうフクザツ)、共通の“ドームクオーター・チケット”で入場ができる。このドームクオーター・チケットも、ザルツブルクカードで無料になる。

博物館内は写真撮影禁止。
レジデンツでは、モーツァルトがピアノを演奏した騎士の間や、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世も訪れたという玉座の間などが見どころ。大司教の居室は、階級の高い人を招く部屋ほど奥にあり、奥に行けば行くほど部屋の広さは狭く、しかし調度品はゴージャスになっていくのが露骨で面白かった。
こちら(↓)は、ドーム広場側から見た、レジデンツ広場。向かいの大きな建物が新レジデンツで、ここにもザルツブルク博物館、パノラマ博物館が入っている。
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レジデンツ広場の向こうには、モーツァルト像(↑右)の建つモーツァルト広場がある。

旧市街はひと通り歩いたので、新市街に移り、モーツァルトの住居(↓左)へ。
ここは、子どもたちが成長するにつれ、モーツァルトの生家が手狭になったので、一家が引っ越したところ。
ここにはモーツァルトの肖像画がたくさん展示されていたのだけれど、実はモーツァルトがモデルではないもの(モーツァルトと誤解されているもの)も多いのだという。そんな中、オーストリア皇帝から演奏の褒美にと賜った薄い藤色の大尉服(もともとは皇太子のものだったらしい)を着た7歳のころの肖像画(↓右)は、モーツァルトの父が描かせた本物なのだとか。
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今日もいっぱい歩きました~
明日はとうとう事実上の最終日です。1週間、早いなぁ・・・

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【ウィーン&ザルツカンマーグート旅行 : 6日目(その2)】
(オーバートラウン → クリッペンシュタイン → ハルシュタット → オーバートラウン)


世界遺産に登録されているハルシュタットは、「世界で最も美しい湖畔の町」というキャッチフレーズが付いているが、世界遺産に登録されたのは、その美しさゆえではなく、現在でも稼働している世界最古のハルシュタット岩塩坑を巡るその文化歴史にある。
ここハルシュタットは、塩の交易を通じて先史時代から繁栄し、初期鉄器時代(紀元前800年~400年)には”ハルシュタット時代”と呼ばれる時代を築いた。

と、いうことで、その原点、ハルシュタット岩塩坑の観光へ。
ハルシュタット・ラーンのバス停から5分くらい歩いたところに、岩塩坑へのケーブルカー乗り場がある。
こちらがそのケーブルカーと岩塩坑の入場チケット(↓)。小さな塩は、おみやげにもらったもの。
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パンフレットの地図(↓左)が示すように、ケーブルカーを下りてから岩塩坑まで、上り坂を15分以上は歩かなければならない。
その途中には、ハルシュタット湖とダッハシュタイン山塊が見える展望橋がかかっていたり、この岩塩坑で働いていた古代人の埋葬の様子が展示されていたり、と少し見どころもある(ただし、音声ガイドがないと何の展示かわからないもの多数)。
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a6-13.jpg(↑世界遺産展望橋)
a6-14.jpg(↑埋葬されていた坑員を再現して展示したところ)


てくてく上ること10分、岩塩抗のガイドツアーの受付をしている建物(↓左)に到着。個人での自由な見学は不可で、しかも専用の防護服(上下のつなぎ)を着なければならない。
こちら(↓右)、岩塩抗の入り口。中はひんやりしていて気持ちが良かった。
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この岩塩坑ツアーの人気の秘密のひとつは、この木製の滑り台(↓左)。
実際にここで働いていた坑員たちも、塩坑内の移動に利用していたものなのだとか。2度ほど滑るのだけれど、その2回目は遊園地のアトラクションばりに、写真撮影とスピード測定がある(ちなみにワタクシのスピードは、時速27.8km。けっこう早いほうだった
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塩坑内の展示も、そもそもなぜこの場所に岩塩ができたのか塩の作り方、岩塩を掘り進める坑員の仕事ぶり塩の交易でどのようにこの地域が発展していったのか、などが映像を交えて説明されていて、なかなか興味深かった(ドイツ語で、英語字幕あり)。
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a6-21.jpgこちら(←)は、2002年に発見された、ヨーロッパ最古の(現存する)木製の階段
青銅器時代、今から3000年くらい前のものがこんなに良い状態で残っているというのも珍しいのではないだろうか。

ツアーの最後は、これまた木製のトロッコに乗って出口へ(ツアー中は下ってばかりなので、最後は上る)。
おみやげもの屋で、おみやげ(ばらまき)用の塩などを購入。
ここも歩く距離が長かったり、ツアーの待ち時間があったりと、思っていた以上に時間がかかり、すっかり夕方になってしまった。

ハルシュタットの町の中心を散策。
ハルシュタット・ラーンから町の中心へと向かう目抜き通り、ゼー通りには、可愛らしい木造建築が並んでいる(↓左)。
こちらはマルクト広場(↓右)。
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続いて訪れたのは、カトリック教会(↓)の墓地の中にある、納骨堂バインハウス(→)。
狭い土地で墓地が十分にとれなかったハルシュタットでは、埋葬後10~20年後に遺骨を取り出し、次の遺体を埋めるという風習があり、取り出された遺骨の頭蓋骨がここ納骨堂に納められたのだという。
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十字架や花、蛇など、頭蓋骨に描かれた絵柄にも、それそれ意味があるらしい。
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a6-27.jpg次に訪れたのは、ハルシュタットの代表的な写真撮影スポット、湖畔のハルシュタットのベストショットが撮れる場所(→)。
といっても、もう夕方で影がずいぶん長くなってしまっていたので、写真はイマヒトツ。。。ここでの写真は、午前中が良いようだ。

ハルシュタットからオーバートラウンへ向かう最終のバス(バスといっても、タクシーの車両が使われていて、最初バスだと気付かなかった・・・)に乗り、ホテルに戻って、盛りだくさんの一日が終了。
明日は、ザルツブルクへ移動します。

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【ウィーン&ザルツカンマーグート旅行 : 6日目(その1)】
オーバートラウン → クリッペンシュタイン → ハルシュタット → オーバートラウン)


a6-1.jpg朝の出発(バスの時間)まで少し時間があったので、ホテル周辺の湖畔(←)をお散歩。
空気も水も澄んでいて、とっても気持ちがいい。

朝9時過ぎのバスに乗って、ダッハシュタイン山塊を臨む展望台、クリッペンシュタイン行きのロープウェイ乗り場へ。
ロープウェイは第1~第3区間まであり、ワタクシのお目当ての氷穴は第1区間、ファイブ・フィンガーズは第2区間下車なので、第2区間までと氷の洞窟またはマンモス洞窟のどちらかに入場できるチケットを購入(行きのバスのチケット提示で少しだけ安くなった)。

ロープウェイ乗り場へのバスの本数はかなり少ないので、帰りのバスの時刻は事前に確認しておくべし。

ワタクシは第1区間で下車、駅のレセプションのようなところで、「Ice Caveに行きたい」というと、「あと20分か25分後に出発予定の第2グループ。ここから氷の洞窟の入り口まで歩いて15分くらいかかるから、時間に注意してね」と言われる。氷の洞窟は、約50分のグループツアーのみで観光が可能なので、ここでグループ(と時間)を指定してもらう必要がある。
氷の洞窟の入り口までは、ほぼ1本道の上り坂。標識もたくさん出ているので迷うことはないだろう。
入口に到着後は、防寒対策として、靴下を重ね履き、トレーナーを羽織った後、山用のレインウェアの上下を着て、さらに軍手も準備。中は氷が解けない温度、つまり氷点下なわけなので、夏の軽装で行くと寒くて観光どころではなくなってしまう。

ガイドツアーはドイツ語がメイン。英語もちょこっとしゃべってくれるけど、情報量はものすごく少ない。
暗いのでちょっと読みづらいけど、各国語の案内カード(日本語アリ)が入口のところに用意されているので、もらっておくとよいかもしれない。

氷の洞窟に入ってすぐのところは、まだ氷はなく、こんな感じの鍾乳洞が広がっている(↓左)。なぜか怪しげな紫色のライトアップ(笑)。
さらに進むと氷が残っている部分に到着。この氷の山(柱?)は、この氷穴のシンボルとして、よくパンフレットなどにも掲載されている。
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奥に進むと、氷の厚さがどんどん厚くなっていく。もっとも厚い氷の底の部分は約500年前にできたものとのこと。
氷の厚さで、過去の気温変化などもわかるのだとか。
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a6-6.jpgこちら(←)は、氷の洞窟のツアーの出口から少し歩いたところ(入口と出口が異なる)。
Wiki先生によれば、ダッハシュタイン山塊は、東アルプスの一部である北部石灰岩アルプスであり、およそ20×30 km の広がりを持つのだとか。石灰岩質ゆえ、洞窟も多く、先に訪れた氷の洞窟やマンモス洞窟もそれら洞窟の仲間。

ロープウェイの駅に戻り、第2区間まで上る。ロープウェイの運行間隔が思ったよりも長くて、けっこう待ち時間があった。
第2区間駅周辺は何か観光施設が増えるのだろうか、工事が進められていた。

第2区間駅から、展望橋“ファイブ・フィンガーズ”までは、徒歩約30分(片道)。とはいっても、あまりアップダウンはないので楽ちん。

途中にも広い展望台があり、ここからは山頂に残る氷河がよく見えた(↓)。
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ハルシュタット湖が見えるなだらかな場所では、パラグライダーがどんどん飛び立っていった。
気持ちいいんだろうなー!!!
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a6-9.jpg目的地である、ファイブ・フィンガーズ(←)に到着。
5本の指ごとに、それぞれ趣向がこらされていて、額縁が付いているもの、足元がガラス張りになっていて下が見えるもの(ただし、ガラスが汚れていてまったく見えなかった・・・)、足元に丸く小さな穴が開いているものなどなど。

正直、もっと大きな展望橋を想像していたので、「え?こんなに小さいの?」と思ってしまったんだけれど、ここに来るまで景色を堪能してきたので、まぁ良しとしよう。
a6-10.jpg第2区間のロープウェイ乗り場に戻り、帰路に着く。
ここのロープウェイは区間ごとに乗り換えが必要で、それぞれうまく接続しているわけではないので、第1区間駅で10分近くも待つことに・・・余裕を持って出たつもりだったけど、帰りのバスの時間ぎりぎりになってしまった。

帰りのバスは、オーバートラウンでなく、ハルシュタット・ラーンというバス停で下車。
このバス停は、ハルシュタットの町の南端にあり、そこから町の中心を見ると、こんな感じ(←)。

(その2)へ続く。

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ウィーン&ザルツカンマーグート旅行:5日目 

2015/08/05
Wed. 17:09

【ウィーン&ザルツカンマーグート旅行 : 5日目】
(ザンクト・ギルゲン → ザンクト・ヴォルフガング/シャーフベルク → ザンクト・ギルゲン → オーバートラウン)


今朝も良いお天気
今日は、朝9時発のザンクト・ヴォルフガング行きの船にのり、そこから登山列車に乗ってシャーフベルクに上って、ザンクト・ヴォルフガングの町を散策後、次の目的地オーバートラウンへ向かうという旅程。

a5-1.jpg登山列車と船はコンビチケット(→)が販売されていて、昨日チケットを買っておこうと思ったのだけれど、あいにく夕方でオフィスが閉まっていたので、朝早め、8時ごろには船着き場のチケット売り場へ。というのも、登山列車が人気で混みあうとのガイドブック情報があったから。
チケット売り場に行くと、先客がすでに3名。早朝ザルツブルクを出てきたという韓国人男性一人旅が2組と、同じペンションに止まっていて朝食をご一緒した日本人女性一人旅が1組。
しかーし。この日たまたまかもしれないけれど、実際にオフィスが開いたのは8時45分を過ぎてから。。。早く来て並ぶ意味はほとんどありませんでした




a5-2.jpgさて、ほぼほぼ定刻通りに、船はザンクト・ギルゲンを出発。
朝日を浴びてキラキラ光る湖面をぐんぐん進んでいきます。
a5-3.jpgところどころ、湖岸に花が飾られた大きめの建物、リゾートホテルらしきものが目に入り、ここはリゾート地なんだなー、と実感。近代的な建築のホテルが一つも目に入らなかったのは、さすがヨーロッパ、というところか(アメリカだったら高層ホテル作りそう・・・)。

40分くらいたったところで、ザンクト・ヴォルフガングの町が見えてきた(←。ただし朝は逆光になるので、この写真は午後(帰り)に撮ったもの)。
a5-4.jpg船着き場を下りて(ちなみに、ザンクト・ヴォルフガングの船着き場は、このシャーフベルク登山鉄道の駅の近くと、町の中心地の2か所がある)、少し歩くと、シャーフベルク登山鉄道の駅に到着。

この登山鉄道は、映画『サウンド・オブ・ミュージック』で、マリアが子供たちを連れてピクニックに行く場面に登場しており、観光客にとても人気がある。
予定通り、午前10時発の登山鉄道に乗り、いざ山頂へ、Let's go!
a5-5.jpgこちら(←)は車窓からの眺め。
ガイドブックにも書いてあるけれど、行き(上り)は、進行方向左側の方が車窓からの景色は楽しめる。ただし、高度が上がっていくと逆に右側のほうが良くなる。

途中、1か所停車駅があり(途中下車して歩く人もいるみたい)、35分ほどで山頂駅に到着。
到着後には駅で、帰り(下り)の列車の整理券をもらっておく必要がある。
ハイシーズンの好天の日は、臨時増便がされるようで、この日はほぼ20分間隔で列車が運行されるようだった。
a5-9.jpg整理券ももらって一安心、『ドレミの歌』を鼻歌で歌いながら、シャーフベルク山頂の散策スタート

山頂はレストランがあり(ホテルもある)、くるっと1周まわる遊歩道が整備されている。食事をせず、普通にゆっくり歩いて写真撮影をする分には、1時間くらいあれば足りるはず。
山頂のレストランでの食事に限らず、サンドイッチを持って来たりするのも良さそう。

さきほど乗ってきた登山列車を見下ろす(←)。

モント湖アッター湖が臨める大パノラマ
雄大な眺めに声も出ません(鼻歌も止みました)。
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切り立った断崖絶壁(↓左)と、遊歩道の途中にあった謎の(?)十字架(↓右)。
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散策を楽しみ、11時55分発の下り列車でザンクト・ヴォルフガングの町へ戻った。
ここのところ、あまりまともな食事をしていなかったので、今日のランチはしっかり、ヴォルフガング湖の名物の魚料理を食すことに。
オーダーしたのは、ビールと、パイクパーチというスズキ科の淡水魚の切り身とイワナのロースト
白身の淡白な魚に白ワインベースのソースがかかったもので、なかなか美味しかった(まぁ、どこにでもありそうな料理ではあったけれど)
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腹ごしらえをした後、ザンクト・ヴォルフガングの町をぶらぶら。
こちらは町の中心の広場(↓左)、そしてこの町のシンボルの教区教会(↓右)。
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a5-14.jpgこの教区教会には、15世紀後半にミヒャエル・パッハーによって手がけられた、聖母マリアの生涯と聖ヴォルフガングの伝説が描かれた祭壇(→)があり、見どころのひとつになっている。
ミヒャエル・パッハーは、チロル生まれの芸術家で、イタリアから”ルネサンス”を北ヨーロッパに持ち込んだ一人とされている。

15時発の遊覧船に乗り、ザンクト・ギルゲンへ。
遊覧船から振り返ってみるザンクト・ヴォルフガングの町(↓)、真っ白な教区教会がこの町のシンボルなのだなぁ、と実感。
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ザンクト・ギルゲンのペンションで荷物をピックアップし、バード・イシュル行きのポストバスに乗り(バスはだいたい時刻表どおりに来た)、バード・イシュルへ。
そこから電車で、ハルシュタットの隣町、今日と明日の宿泊地であるオーバートラウンへ。

駅を下りても、駅前にはなーんにもない・・・レンタル自転車?がたくさん停められていたから、人がいる観光案内所とか売店とかがあるかな?と思ったけど、それもない。あるのは、簡単な地図版のみ。
ホテルまでの道のりに自信がなかったけれど、地図版を頼りにとりあえず歩き出してみると、前方に観光客らしき人を発見。
その後を続いてみると、ペンションの並ぶ一角に到着、ワタクシの宿泊先も無事見つけられた(↓左)。
道に自信がないときって、短い距離でもすごーく長く感じるよねぇ。荷物があると、なおさら。。。
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ホテルにチェックイン後、明日使うバス停の場所を教えてもらったので、下見がてらに周辺を散歩。
と、このホテル(湖畔にある)のすぐ近くに、地元の人がウォータースポーツを楽しんでいる公園(↑右)やレストラン、シャワー&更衣室もあることがわかった。水着持ってきてもよかったかなぁ・・・・

明日は、世界遺産ハルシュタットとダッハシュタインを訪れます!

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【ウィーン&ザルツカンマーグート旅行 : 4日目(その2)】
(ウィーン → ザルツブルク → ザンクト・ギルゲン)


a4-8.jpgザルツブルクからバスで約45分、ザンクト・ギルゲンに到着。
ザンクト・ギルゲンは、ザルツカンマーグートの中でもその美しさで人気の高い、ヴォルフガング湖の西側に面した町。
途中、車窓からも山や湖が見えてテンションが上がった♪

バスターミナルから歩くこと数分、本日の宿泊先(→)にチェックイン。
家族経営のペンションで、クーラー無し(まぁ、このあたり一帯、クーラー無くても普通なんだろうけど)。

バスターミナルからすぐのところに、十二使徒山(ツヴェルファーホルン)に上るロープウェイが出ていて、お天気も良いのでこれに乗ってみることに。
ロープウェイの料金が往復23.5ユーロもしてビックリしたけど、結果的には、それだけの価値は十分あった。


a4-9.jpgロープウェイはぐんぐん上って行く。思ったよりも長いロープウェイで、15分弱くらいは乗っていただろうか。。。
ロープウェイは、約1500mの高さの地点が終点。
そこからの眺めは、まさに絶景!!!
深いエメラルド・ブルーの湖面、深い森の緑、そしてこの青い空。
自然と、アルプスの少女ハイジの歌(アルプスじゃないけど)が口ずさまれた。

♪口笛はなぜ 遠くまで聞こえるの あの雲はなぜ わたしを待ってるの
教えておじいさん 教えておじいさん 教えて アルムのもみの木よ♪
 
a4-10.jpg山頂近くは、遊歩道が整備されていて、気持ちが良いのでぷらぷらとお散歩。
うーん、気持ちがいい
a4-11.jpg東側に広がるヴォルフガング湖
細くなっているところの対岸が、明日訪れるザンクト・ヴォルフガング(のはず)。

散策していて気付いたのは、ガイドブックでの取り上げ方が違うのか、ザンクト・ブルクやザンクト・ヴォルフガングなどは、日本人観光客が少なく、韓国人が多かったこと。宿に限りもあるので、団体客というのはあまりいない(いてもザルツブルクからの日帰りになる)のだけれど、2人とか3人組みの若いグループがけっこういて、ちょっと意外だった。

町に戻って、小さな町を散策。
こちら(↓)は、市庁舎と可愛らしい子供時代のモーツァルト像
モーツァルトがこの町を訪れたという事実はないのだけれど、モーツァルトの母アンナがこの町の出身であり、また姉のナンネルもこの町に嫁いだとのことで、ゆかりがある土地なのだとか。
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市庁舎から、教会の敷地内にあった墓地(↓左)の前を通って坂を下ると、モーツァルト・ハウス(↓右)に到着。モーツァルトの母親アンナの生家で、今はちょっとした博物館になっているとのこと。
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さらに歩くと、湖岸に到着。水遊びができる場所があり、その正面には、尖った山頂が特徴的なシャーフベルクが。
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本日はこれにて終了。
明日は、シャーフベルク登山鉄道に乗る予定です。

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【ウィーン&ザルツカンマーグート旅行 : 4日目(その1)】
(ウィーン → ザルツブルク → ザンクト・ギルゲン)


ウィーン最終日の今日は、午前中にシェーンブルン宮殿を観光し、その後ザルツブルクを経由して、ザルツカンマーグート地方の入り口、ザンクト・ギルゲンへと移動する。
ホテルをチェックアウト後、ウィーン西駅に行ってコインロッカー荷物を預け、地下鉄を乗り継いでシェーンブルン宮殿へ。




a4-0.jpgシェーンブルン宮殿は、皇帝レオポルド1世が、「ベルサイユ宮殿を凌ぐ宮殿を」と意気込んで建設をはじめ(計画は後に縮小)、マリア・テレジアの時代の1743年に大改築を行って今の姿になった、ハプスブルク家の離宮。
ナポレオン失脚後のウィーン会議がここで行われたことでも知られる。
a4-1.jpg宮殿内部は、2階の一部の部屋が公開されている(宮殿内には1400を超える部屋がある)。
通常のチケットだと、ツアーの時間指定がされるらしいのだけれど、シシィ・チケットでの入場だと、時間指定なしで部屋の観光ができる。朝いちばんに行ったので並ぶこともなく、スムーズだった。

宮殿内は、残念ながら、写真撮影不可。ここでも音声ガイドがあり、かなり丁寧な説明が聞ける(ただし、全般的に長いのと、フランツ・ヨーゼフ1世やシシィの話などは繰り返しも多く、全部聞いてはいられない)。
a4-2.jpg宮殿内の観光後、いざ、庭園)の散策スタート。
丘の上に立つのは、グロリエッテと呼ばれる展望台()。
ほとんど日陰がないけれど、日傘をさしてがんばってこれから歩きます

こちら(←)は、ネプチューンの泉といわれる噴水。
a4-5.jpg噴水の裏側からも、流れる水越しに、宮殿が見えるようになっている(←)。
a4-3.jpgてくてく、てくてく歩くこと10分強で、ようやくグロリエッテ(←)の近くまで到着。

グロリエッテにはカフェがあり、そのカフェからでも眺望は楽しめたのだけれど、せっかくここまで来たのだからと、お金を払ってグロリエッテ2階の展望テラスにも上ってみた。
テラスからは、宮殿のみならず、ウィーン市街も見渡すことができる(↓)。

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a4-6.jpg帰りは下り坂なので、少しは楽ちん(しかし、日差しが強くて日焼けした)。
きれいに手入れをされたお庭越しに見る宮殿は、左右対称で端正な佇まい。
a4-7.jpgしかし、王宮といい、シェーンブルン宮殿といい、写真撮影が全面不可とは・・・フラッシュなしでOKにしてくれればいいのに。

シェーンブルン宮殿での見どころは、マリア・テレジアが夫の死後に思い出の部屋として改装した漆の間や、丸い中国の小部屋など、漆塗りが使われた東洋的な部屋たち(それはワタクシが東洋人だから、というわけではなく、他の部屋に比べて特徴が際立っているせいだろう)。

思っていたほど混雑していなかったこともあり、予定よりも早くに観光終了。
西駅で荷物をピックアップ後、私鉄ウェストバーンに乗って、ザルツブルクへ。
ウェストバーンの切符は、ネットで買うか、車内で車掌から購入するか、のいずれか。そうそう、お昼時で車内でサンドイッチなどを食べている人も多かったのだけれど(ワタクシも駅構内のスーパーで、食糧を調達していた)、車掌がごみを回収してたりしてびっくりした。私鉄ならではの、サービスの一環なのか?!車輛も新しくなかなか快適だった。
運賃も安いし、人気があるようなので、発車時間ぎりぎりでなく、少し早めにいって座席確保したほうがよさそうだった。

ザルツブルクに到着後、駅前のバスターミナルから、バート・イシュル行きのバスに乗り、本日の目的地へ、いざ出発。

(その2)へ続く。

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ウィーン&ザルツカンマーグート旅行:3日目 

2015/08/03
Mon. 17:05

【ウィーン&ザルツカンマーグート旅行 : 3日目】
(ウィーン → ヴァッハウ渓谷 → ウィーン)


今日は、ウィーンを飛び出し、日帰りでヴァッハウ渓谷のドナウ川クルーズの予定。
珍しく朝寝坊して慌ててホテルを飛び出すと、なんとウィーン市内は雨しかも、傘をささないとかなり濡れてしまうレベル。天気の悪い日のクルーズってどうよ?と思いつつ、とりあえずはウィーン西駅へと急ぐ。
当初乗ろうと思っていた、西駅発7:56発の電車になんとか間に合い(前日にチケット=追記参照=買っておいてよかった~!)、いざ、メルクへ出発。
乗り換え駅のザンクト・ペルテン(St.Pölten)で下車して、次の電車のホームを確認しようとしたら・・・なんと「Bus」との表示が。
理由が何かさっぱりわからないけれど、バスでの振り替え輸送になってしまい、駅を出てすぐのところのバスターミナルへ。
案内も何もなく、かなり不親切だったのだけれど、ワタクシと同じようにここで乗り換えてメルクを訪れる観光客が他にもいて、どのバスに乗れば良いのか近くにいた係員に聞いてくれて助かった。

本来なら9時にはメルクに着くはずが、だいぶん時間をロスして9時半過ぎに到着。このころには、朝の雨が嘘のように、ピーカンのお天気
次の船の時間もあるので、可愛らしいメイン・ストリート、ハウプト通り(?↓左)を抜け、丘の上にそびえ立つメルク修道院(↓右)を目指す。
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メルク修道院は、11世紀に建てられたベネディクト派の修道院がその始まりで、18世紀に大々的に改築され、このバロック様式の壮麗な姿になったとのこと。中庭(↓左)の左手の奥に入口があり、ここからガイドツアーまたはフリーで観光ができる。かなり団体客が多かった。
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修道院のテラスからの眺め(↓)。
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この修道院のハイライトは、中世の時代から修道士たちが続けていた写本や手書きの原稿の数々が納められた図書室。ただし、残念ながらここは写真撮影禁止。
こちらは修道院内の教会(↓)。フレスコ画は、ヨハン・ミヒャエル・ロットマイヤの作。
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a3-10.jpg修道院をひととおり見て、人が次々と下りてくる坂を逆に上ってみると、大型バスが停まる駐車場に到着。その付近からは、修道院のキレイに手入れされた庭園(←)が見えた。
再び修道院の入り口付近に戻り、お土産屋さんの入っている建物に入ると、エレベーターが!どうやら展望台があるようだ(階段もある)。早速上ってみると、堂々とした修道院の姿が見えた(↓)。あまりに堂々としていて、まるで要塞のよう?
ちなみにこのメルク修道院は、中世から続く由緒ある修道院として尊重されており、ルイ16世に嫁ぐマリーアントワネットも、フランスへ向かう途中、この修道院で宿をとったのだという。

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さて、メルク修道院を後にして、ドナウ川クルーズの船の乗り場へ。
修道院からは歩いて10分くらい。“Sightseeing Ship”という道しるべが至る所に出ているので、迷うことはないだろう。
今朝ウィーンで差して濡れた晴雨兼用傘が、メルクでは日傘として大活躍。日差しが強く気温も高かったので、あっという間に乾いた。
11時メルク発のクルーズ船(↓。ただしこの写真はメルクでなく、デュルンシュタインで撮影)で、いざ、出発。出発時間ぎりぎりになって、大型観光バスが続々到着し、船内はほぼ満席になった。
出発してしばらくすると、シェーンビューエル城とシェーンビューエル修道院(↓右)が見えてきた。ここは、少女時代に後の皇妃シシィも訪れたことがあったのだという。
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12世紀から続く、キューンリンガー家のアクシュタイン城跡(↓左)と、シュピッツの船着き場(↓右)に到着。
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16世紀初めに建てられた聖ミヒャエル城砦教会(↓)。遠くに、ケーリンガー城跡が見えてきた!
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ブドウ畑に囲まれたケーリンガー城跡のアップ(↓)と、デュルンシュタインの町並み。青い教会の塔がインパクト大。
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a3-22.jpgデュルンシュタインで船を下り、まずはランチ(朝食を摂っていなかったのでおなかペコペコ)。地元の白ワイン(微発砲だった)も1杯。
腹ごしらえを済ませ、いざ、ケーリンガー城跡へ。
このケーリンガー城跡は、十字軍時代に活躍した英雄、リチャード1世(獅子新王)が幽閉された場所。オーストリアでなぜイングランド王が?と思って調べてみたら、第三次十字軍中に、リチャード1世はオーストリア公レオポルト5世に恨みを買っていて、父ヘンリー2世に愛された弟ジョンがイングランド王の王位を簒奪しようとした企みに協力したためなんだとか。

階段を上り、歩くこと約20分で、丘の頂上付近に到着。ここから城跡を見上げると、なかなかの迫力(←)。
a3-23.jpg城に上がり、デュルンシュタインの町を見下ろす。
おー、いい眺め、気持ちがいい!!!

暑い中、歩いた甲斐がありましたー。お天気良くてよかった
a3-24.jpgさらに上って、ドナウの眺めを堪能。

坂を下って、再びデュルンシュタインの町へ。
みやげもの屋の並ぶハウプト通りをふらふら歩き、ヴァッハウ地方の名物、アプリコットのジャムとアプリコットの種のスナック(おつまみ)購入。
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a3-25.jpgこれで、デュルンシュタインの観光終了。クレムスへ向かうバス停のほうに歩いて行くと、デュルンシュタインの城壁とブドウ畑が見えた。こちらもなかなかの眺め。

デュルンシュタインからクレムスのバスは、1時間に1本しかないので乗り遅れると大変。
クレムスの町を散策する時間もあったのだけれど、町歩きの気分ではなかったので、クレムスは素通り、そのままウィーンへ戻った。

いったんホテルに戻り、フロントで今夜のウィーン・モーツァルト・コンサートのチケットを手配してもらう。
そもそもそんなにクラシック音楽が好きというわけでもないんだけれど、せっかくウィーンに来たし、コンサート会場が楽友会館のゴールデンホールだったし、まぁ、勢いで f(^ ^ ;)。
チケット代の一部をホテルに払い、バウチャーをもらって、残りは会場で払ってくださいと言われる。ふーん、そういうシステムなんだ~。
部屋で少し休憩してから、ウィーン市内へ。午後7時過ぎという中途半端な時間ゆえ、混雑していないだろうと踏んで、カフェ・ザッハーへ。名物のザッハー・トルテとアインシュペーナー(グラスに入った温かいコーヒー+ホイップクリーム)をいただく。
さすが、元祖ザッハー・トルテだけあって美味しい。甘いのは甘いんだけど、ホイップクリームにほとんど甘味がないのと、アプリコットジャムの酸味がちょうどいい。
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a3-29.jpgウィーン・モーツァルト・コンサート(↑)は午後8時30分のスタート。
楽友会館のゴールデンホールは観光客でいっぱい。高い良い席ではなかったこともあり、アジア系の観光客がいっぱいで、しかもけっこう小さな子どももたくさんいて驚いた(黙って寝ててくれればいいけど、途中でぐずったりする子も・・・・)
演奏は、オペラ『ドン・ジョヴァンニ』の序曲、交響曲第39番第4楽章、オペラ『フィガロの結婚』の序曲などなどなど。どこかで聞いたことのある曲が多く、それなりには楽しめた。

コンサートが終わって出ると、楽友会館がきれいにライトアップされていた。
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盛りだくさんの3日目はこれでおしまい。
明日の午後にはウィーンを離れ、いよいよザルツカンマーグートへ向かいます!

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【ウィーン&ザルツカンマーグート旅行 : 2日目(その2)】
(ウィーン)


トラムに乗って、ベルヴェデーレ宮殿(↓)へ。
この宮殿は、18世の墺土戦争の英雄プリンツ・オイゲンの夏の離宮として建てられたもの。ベルヴェデーレとは、「良い眺め」という意味で、小高い場所にある上宮からは、ウィーンの街並みが良く見える。
広い庭園を挟んで、上宮(↓)と下宮があり、この上宮は美術館になっていて、19世紀末にウィーンで活躍したクリムト、シーレ、ココシュカ、マカルトといった画家の作品が充実している。
とりわけ、クリムトの『接吻』、『ユーディット』は見応え抜群!!!
『接吻』は、思っていたよりもずっと大きい絵で、圧倒されたし、『ユーディット』の表情は何とも言えずセクシーというか、なんというか、見る人を捉えて離さない、不思議な力があった。
この2枚を見るだけでも、ここに来る価値はあると思う。
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a2-17.jpga2-18.jpg再びトラムに乗ってリンク内に戻り、歩き疲れたのでカフェで一休み。
ということで、”ザッハトルテ戦争”で有名な、オーストリア王室御用達の『デーメル』へ。
奥にはお菓子を作っているところが見える席もあったのだけれど(←こんなシューでできたシシィ(?)がディスプレイされていた)、混雑していたので手前のカウンターで、ウィンナー・コーヒーの代表メランジェアンナトルテ(←)をいただいた。アンナトルテは激甘!!!

観光客でにぎわうグラーベン(↓左)。こちらは、ペスト(黒死病)の収束を祝って建立された三位一体柱(↓左)。
どこかで似たようなものを見たな、、、と思ったら、あ、ブダペスト王宮で見たんだ、と思い出した。
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ウィーンのシンボル、シュテファン寺院へ。
こちらも、ブダペストのマーチャーシュ教会と雰囲気が似ている(マーチャーシュ教会のほうがずっと大きく立派だったけれど)
南側、北側、両方にある塔に上ることもできたのだけれど、ここまで観光してきて、なんとなくワタクシはこのウィーンの町がそんなに好き!と思えなかったので(理由は自分でもよくわからない。直感で惹かれなかったというだけ)、塔には上らず(いちいち全部有料だし・・・)。

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明後日訪れる予定の、シェーンブルン宮殿を除いては、ウィーン市内観光はもうおなかいっぱいかなー、とも思ったんだけど、まだ日も高く、時間があったので、地下鉄に乗って、少し離れたところにある宮廷家具調度品コレクション・ウィーン家具博物館へ。ここは、シシィ・チケットで入場できる。
見た目はかなり地味な感じのこの博物館(↓)、ハプスブルク家が代々に使ってきた、膨大な数の家具類が展示されていた。
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a2-24.jpga2-25.jpgものすごくゴージャス!という感じではなく(ゴージャスなものは、王宮博物館のほうに展示されているせいだろう)、質より量に圧倒された。椅子の数とか、どんだけあんねん?!

旅を好んだシシィが特別に造らせた鉄道車両のレプリカなどもあった。
こちら(←)は、のゆりかご。

この後、地下鉄に乗ってウィーン西駅に行き、明日のため、ヴァッハウ・コンビチケットを購入し、明後日のために、コインロッカーの場所と利用料金をチェック。オーストリアの主要な鉄道駅には、大きなスーツケースが入れられるコインロッカーがちゃんと整備されているようだ(国営なので利用料金も統一されている)。

次の予定もあったので、少し早めの夕食をとるべく、ブルクハウスの近くの老舗カフェ、ラントマン(Landtmann)へ。ここは、ウィーンカードを買った時にもらえるクーポンブックで1ユーロ引きになる(1ユーロって割引としては小さいけど、ここウィーンは思っていた以上に物価が高いので、使えるものは使わせてもらおう)。
オーダーしたのは、ビールとウィーン名物の、ウィンナー・シュニッツェル
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a2-30.jpgウィンナー・シュニッツェルは、いわゆる”仔牛のカツレツ”で、もともとは北イタリアの料理。
ヨハン・シュトラウスの行進曲でも有名ならラデツキー将軍(1766年~1858年)が、北イタリアの独立運動を制圧しに行った際、ミラノから持ち帰ったのがルーツとも言われている。
レモンを絞ってアツアツをいただくと美味。ラズベリー(?)のジャムも付いていたので試しにちょこっとつけてみると、思ったより甘味がおさえられていて、酸味が良いアクセントになって、こちらもなかなか美味しかった。

本日最後のイベントは、20時からペーター教会(→)でおこなわれる、オルガンコンサート
オルガンコンサートと言えば、まずこの曲でしょうと、バッハのトッカータとフーガニ短調♪から。

いやぁ、良く歩いた1日でした。明日は、ウィーンを出てヴァッハウ渓谷を訪れます。

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【ウィーン&ザルツカンマーグート旅行 : 2日目(その1)】
(ウィーン)


a2-1.jpgさて、今日は終日ウィーン市内の観光。
朝一番に、混みあうと聞く王宮(←)へ。
王宮は、13世紀後半から第一次世界大戦終了後の1918年まで、600年以上に渡りハプスブルク家が住居としてきたところ
皇帝の部屋、シシィ博物館と銀器コレクションの3か所が共通のチケットで入場観光できるほか、これにシェーンブルン宮殿のグランドツアー、宮廷家具調度品コレクション・ウィーン博物館も入場できる共通チケット、”シシィ・チケット”があり、ワタクシはこの“シシィ・チケット”を購入(↓)。

余談だが、ウィーンの中心にある観光施設は、音声ガイドが用意されているところが多いのだけど、日本語バージョンも充実していた(ただし、「宝物」を「ほうぶつ」とか、「逸品」を「いつひん」だとか、誤読がちらほら)。

まずは、銀器コレクションから入場。
おびただしい数の食器類が並んでいる中で、印象に残ったのは、特徴あるナプキン折り(↓左)、ルイ16世とマリー・アントワネットの婚姻が決まった際にフランス王ルイ15世からマリア・テレジアに贈られたという緑のリボンの模様の食器類(↓中央)、細かい細工の施されたテーブルセンターピース(↓右)など。
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a2-0.jpg続いては、シシィ博物館へ。こちらは写真撮影不可。といっても、ワタクシ自身、そんなにシシィ=ハプスブルク家の事実上の最後の行程、フランツ=ヨーゼフ1世の皇妃エリザベート。大半の公務を放棄しヨーロッパ各地を旅し、最期は暗殺されたことでも有名=に興味があるわけではないので、この博物館はほぼ素通り。説明のトーンは、皇妃だった頃は人気もなく評判が良かったわけでもないが(公務を放ったらかしにしたわけだから、ある意味当然。ただし、ハンガリーでは人気があったのは事実)、センセーショナルな死と、その後の映画化によって悲劇の美しい皇妃というイメージが固まった、というものだった。

皇帝の部屋も、写真撮影不可。
皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の執務室には、エリザベートの写真が机の上に飾ってあったのが印象的。ずーっとずーっと、片思いだったのかなぁ(切ない)。
エリザベートの部屋には、スタイルを維持するためトレーニングに使ったという吊り輪が取り付けられていた。エリザベートは、髪を洗ってセットしてもらっている間は(数時間かかったそう)、語学の勉強をしていたんだとか。

王宮の周辺には、この3か所の他にも、スペイン乗馬学校、王宮宝物館、国立図書館ブルンクザールなども入場できるけれど、全部入場していたら時間もお金も足りないので(特に、どこに入るにも入場料が高く、無料の博物館や美術館は皆無)、スルー。

アルベルティーナというこれまた広い宮殿(美術館になっている)の前を通り、しばらくすると、国立オペラ座(↓)に到着。
現在公開中の『ミッション・インポッシブル / ローグ・ネイション』の舞台にもなり、ワールドプレミアも開催された国立オペラ座、もっと派手なところかと思っていたら、外観は意外と地味だったというのが率直な印象。
内部もツアーに参加すれば観光できるようだけれど、そんなに興味があるわけでなく、オペラ座自体の内部観光はブダペストで経験済みだったので、今回はパス。
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a2-5.jpga2-6.jpgブルク公園内を散歩して、モーツァルト像をひやかす。

ブルク公園の向こう側には、”新王宮”という大きな建物が建っていて、そこにはエフェソス博物館、狩猟・武器と古楽器コレクション、民族学博物館が入っている。
王宮、新王宮あわせて、いったいどれくらいの数の部屋があって、どれくらいの人がここに暮らし、維持するために働いていたんだろう???

続いて訪れたのは、美術史博物館(↓左)。美術館の前の広場には、子供たちに囲まれたマリア・テレジア像が建っている(↓右)。
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a2-9.jpg美術史博物館に入場してすぐの、大階段の上にある天井画は、オーストリアの画家ムンカーツィの『ルネサンス賛歌』という作品(←)。
この絵の中には、ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロ、ティツィアーノといったルネッサンス絵画の巨匠達が登場しているのだとか。

階段を上った2階が絵画の展示になっていて、有名どころ、ブリューゲルの『バベルの塔』(↓左)、アルチンボルトの『夏』(↓右)、
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a2-11.jpga2-12.jpgフェルメールの『絵画芸術』(←←)、ラファエロの『草原の聖母』(←)などなどを鑑賞。

そうそう、この美術館の絵画部門は、大きく”オランダ・フラマン・ドイツ絵画”と、”イタリア・スペイン・フランス絵画”の2つに分けて展示されていて、前者には、ブルーゲルをはじめ、デューラー、ルーベンスの絵が充実していた。


1階には、古代エジプト、ギリシャ、ローマ時代のコレクションが展示されていた。
その中で充実していたのが、ローマ時代のカメオ、”アウグストゥスの家宝”(↓左)。2000年前にこんな細かい細工がなされた装飾品が造られていて、さらにそれがこんなにきれいに残っていることにも感動。
ニューヨークのメトロポリタン美術館の人気者、ウィリアムにそっくり(?)な、古代エジプトの青いカバの小像も印象深かった。
ちょっと調べてみると、ルーブル美術館にも兄弟(?笑)の青カバくんはいるみたいで、どうやら古代エジプトでは、水の中に生息するカバに自分の災いを封じ込め、カバを身代りにさせるという風習があったのだとか。
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(その2)に続く。

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ウィーン&ザルツカンマーグート旅行:初日 

2015/08/01
Sat. 16:56

【ウィーン&ザルツカンマーグート旅行 : 初日】
(成田 → ヘルシンキ → ウィーン)


今年の夏休みは、ふと、青空の下の山と湖の風景がワタクシの目の前に下りてきて(天から降臨し)、映画『サウンド・オブ・ミュージック』の舞台、ザルツカンマーグート地方とウィーンを訪れることにした。
ここ数年は9月の祝日にかけて夏休みを取ることが多かったけれど、山に行くなら真夏のほうがよいでしょ、ということで、今年はこの8月第1週に旅に出た。

出発は、成田空港から。10時30分発のJAL413便で、まずはヘルシンキへ。
機内で、(本来は機内で見るような映画じゃないけど)『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015年/米国)、『駆込み女と駆出し男』(2015年/日本)を観て時間を潰す。あ、そうそう、自分で作る(?)モスバーガー”AirMOS”が2度目の機内食に出た。

ヘルシンキに到着後、EU諸国への入国手続きを済ませ、17時05分発のAY767便でウィーンへ。
ヘルシンキは成田から(相対的に見て他のヨーロッパ都市より)近いし、空港はコンパクトだし、電源やUSBも使える数が多いので、乗り継ぎにはもってこい。しかも、成田だけじゃなくて関空やセントレアからの便もあり日本人利用者が多いせいか、日本語を話せるスタッフが常駐しているみたい(トイレの中で日本語のアナウンスが流れてびっくりした)。

ウィーンの空港から市内へは、リムジンバスを利用。
ウィーンでの宿泊は、リンク(ウィーンの旧市街をぐるっと囲んでいた城壁を壊した後に造られた環状道路)の少し外側、2本の高い塔が目印のヴォティーフ教会(↓)の近くのすぐ近くのホテル。
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ウィーン在住の中高時代の友人がホテルまで来てくれ、市庁舎(→)前でおこなわれているフィルム・フェスティバル(と言っても、スクリーンが遠い場所に座ったので、まったく観も聴きもしなかった)へ。
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市庁舎前の広場に屋台がたくさん出ているので、ここで久しぶりの再会に乾杯。
ワタクシはおなかもすいていたので、ウィーン風ローストポーク:シュヴァインツブラーテン(Wiener Schweinsbraten)とビールをオーダー(↓)。
ほんの2時間ほどだったけれど、がんばっている友人と話して、たっぷり元気をもらった。忙しい中、わざわざ時間作ってくれたIちゃん、どうもありがとう♪
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さて、明日からウィーン観光スタートです

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2015-08