Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

ダイドードリンコの株主優待(2014年9月) 

2014/09/19
Fri. 21:26

旅に出ていたので、受け取るのが遅くなったけれども、ダイドードリンコの株主優待がやってきました♪

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左上から、

定番のダイドーブレンド・コーヒー3缶、
デミタス・コーヒー3缶、
世界一のバリスタ、新発売の泡立つデミタスエスプレッソ、ブレンドBLACK各1缶、フルーツネクター、新発売のいちごラテ
たらみのゼリー“くだもの屋さん”6個、
株主優待では定番となった燕龍茶、ジャスミンティー、ミネラル・ウォーターのmiu各1本、
ミルクセーキ、オレンジの炭酸飲料、乳性飲料、ミルクティー。

毎度のことながら、大充実の内容。

自宅のおやつ(?)ストックが切れているので、ゼリーとっても嬉しい♪
ありがたく、いただきまーす!
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南アフリカ4か国周遊旅行:最終日 

2014/09/15
Mon. 21:22

【南アフリカ4か国周遊旅行 : 最終日】
(ヨハネスブルグ → 香港 → 成田)


引き続きの移動。あとは帰国するだけ・・・と思うと、かなり淋しい&現実が待っていると思うと少し気が重い・・・

terumae2.jpg香港から成田への機内では、『テルマエ・ロマエⅡ』(2014年・日本)を見た。

ローマ皇帝ハドリアヌス(市村正親)の時代、テルマエ(公衆浴場)の設計技師であるルシウス(阿部寛)が、時空を超えて現代の日本と行き来し、日本の風呂文化に刺激を受け、ローマでも人気のあるテルマエを造っていく物語の第2弾。
正直、初回のほうが面白かったけれども、今回は、遠征によりローマ帝国最大の領土を築き上げたハドリアヌス帝の時代にあって、これからは平和なローマでいるか、さらに領土を拡大すべく戦争を続けるか、というテーマが絡むので、スケールは大きくなっていた感じ。



良いメンバーにも恵まれ、とても楽しい旅だった。
チョベでのサファリが期待以上で、サファリにはまる人の気持ちがほんのちょっとわかった気がした
次にサファリを楽しむなら、やっぱり野生のライオンさまが見たいなー!

あと、50歳までに50か国を訪れるという、ワタクシの“中計”も、この旅行で達成
50歳までにはまだまだあるので、さて、次なる中計はどうしようかなー?

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【南アフリカ4か国周遊旅行 : 9日目 リヴィングストン(ザンビア)】
(ヴィクトリア・フォールズ → リヴィングストン → ヨハネスブルク)


実質の最終日。。。
今日はザンビア側からヴィクトリア・フォールズを観光し、その後は帰国の途につく、というスケジュール。

sa9-6.jpgジンバブエからザンビアに入国する際に、驚いたことが2つあった。

1つは、エボラ熱対策として入国時に体温を測られたのだけれど、その看護士(?)がこんな人(←)だったこと。
金髪のかつら(ウィッグというには気が引ける)に看護士キャップが縫い付けられているようで、なにこれ?コスプレ???とワタクシたち一同、笑いが止まらない。本来、国境での写真撮影はNGのはずだけれど、この人はみんなのリクエストに応じて、被写体になってくれていた。

もう1つは、薬剤をしみこませたスポンジで、靴底を洗う(踏み踏みするだけなのだけれど)ことが求められこと。
ザンビアは銅が豊富に産出され、ジンバブエに比べると格段に豊かであるという事情があるようなのだけれど、それにしても、「ジンバブエは汚い」と言っているようで、良い印象は持てなかった。

ザンビア側からのヴィクトリア・フォールズの観光
ザンビアでは、“ヴィクトリア・フォールズ”ではなく、“モーシ・オワ・トゥーニャ(Mosi-oa-Tunya)”雷鳴のする水煙の意、というのが正式名称なのだとか。

水量が多い時期は、こちらザンビア側のほうがジンバブエ側よりも水量が多くなるらしいのだけれど、逆に水量が少ない時期にはザンビア側のほうが水量が少なくなるとのこと(ちょっと不思議)、確かに昨日のジンバブエ側から見た滝のほうが迫力があった。
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リヴィングストン氏の銅像はザンビア側にも(↓左)。銅の産出国らしく、純銅製だと思われる。
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繰り返すようだけれど、ザンビア側は豊かなせいか、観光客に対する案内板なども整備がされていた。
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余談だけれども、豊かになりつつあるザンビアに、南部アフリカの盟主の座を奪われたくない南アフリカが意地悪をして、南アフリカの前にザンビアに入国した人に対しては、黄熱病の予防接種(イエローカード)を義務付け、観光客がザンビアを訪れにくくしている、と添乗員が話していた(※)。
ホントかぁ?とも思うのだけれど、イエローカードを義務付けるとパッケージツアーの参加者が減るといのはどうやら事実らしい。

滝を見た後、そのままリヴィングストンの空港へ。
まだ工事中の部分があったけれど、新しくきれいな空港だった(Wi-Fiも無料で問題なく使えた)。

13時10分リヴィングストン発のSA49便でヨハネスブルグへ、さらに乗り継いで香港へ
南部アフリカよ、さようなら~(T_T)/~~~

最終日に続く。
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【南アフリカ4か国周遊旅行 : 8日目 ヴィクトリア・フォールズ】


8日目の今日は、ヴィクトリア・フォールズ近くの小学校(チャマモンド小学校)を訪問
土曜日で小学校はお休みなのにもかかわらず、有志の子どもたちがわざわざ集まってくれ、「しあわせなら手をたたこう」の歌を披露してくれた(↓左)。
小さな校舎にもかかわらず、この小学校にはプレ1年生から7年生までが学んでおり、生徒数は約1700人(!!!)もいるのだという。校舎も運動場も狭いため、午前が低学年、午後が高学年という風に分かれて授業がされていて、さらに青空学級もあった(↓左)。制服の色がビビッドで、なかなか可愛らしい(男の子がベージュ、女の子は緑)。
教科書は全員には渡らないので学校が管理していて、宿題は黒板に書かれたものを児童がノートに写して、それをやってくるのだとか。ただ、一応パソコンを使った授業もあるらしい(ぜひ寄附してください!と説明してくれた副校長が話していた)。
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sa8-3.jpgsa8-4.jpg続いては、この旅のメインイベントのひとつ、ヴィクトリア・フォールズ(ジンバブエ側)の観光。
ヴィクトリア・フォールズは、最大幅がおよそ1700m、もっとも落差のあるところで高さ108mにも及ぶ、世界の三大瀑布のうちのひとつ。

イギリス人宣教師で探検家でもあるリヴィングストン(↓右)によって“発見”される前からも、現地の人たちから“雷鳴の轟く水煙”と呼ばれて知られていたとのこと。


このヴィクトリア・フォールズの水量が最大となるのは4月で、ワタクシたちが訪れたのは、かなり水量の少ない時期
とはいえ、ジンバブエ側の散策ルートでは虹が見られ、水しぶきもけっこうかかって帽子がぐっしょり濡れたほど。
雨季は大雨(?)状態になるらしく、写真を撮るのも一苦労(防水じゃないとカメラが壊れる)らしい。
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sa8-11.jpg向こう側のザンビア側には、水量の少ない時にだけ現れる”デヴィルズ・プール”という天然のプールがあり(水量が多い時期には水で覆われてしまう)、遠目にではあったけれど、そのプールに入っている人たちが見えた(←)。
今回参加したパッケージツアーでは、時間の余裕もなく、このプールに入るというオプションはなかったのだけれど、せっかくここまで来たのだから、入ってみたかった気もする・・・でも、一歩間違えれば滝に飲み込まれてしまうわけで、想像するとちょっぴり怖い・・・まさに”デヴィルズ・プール”!


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sa8-14.jpgこちらは、ジンバブエとザンビアの国境でもあるヴィクトリア・フォールズ橋
色が変わっているところが、ちょうど国境になっている。


sa8-15.jpgsa8-16.jpgランチは、ヴィクトリア・フォールズの観光施設内のレストランにて。
フィッシュ&チップスがメインだったのだけれど、こういう場所にしては珍しく(?)揚げたてが出てきて嬉しかった。
デザートのアイスクリームの盛り付けもちょっと凝っている???


ランチの後は、ジンバブエの名産、動物の木彫りの民芸品が多く取り扱われているクラフト・マーケット(↓左)へ。南アフリカで売られている木彫りの人形も、大半はジンバブエ産なのだという。

大きなものから小さなものまで、Big 5(ライオン、ゾウ、バッファロー、ヒョウ、サイ)を中心に、キリン、シマウマなどいろいろな木彫りが売られていた。硬くて丈夫(細工はしにくい)木材、チーク材のものが最も高価なものとのこと。値段は交渉次第、自分が彫ったものを自分で売っているお店が多いので、あまり安い値段を言うのも気が引けるけれど、総じて売り手が最初に提示する値段はかなり高めの設定だった。
同じツアーの参加者が、60cm近く高さのあるキリンの木彫りをお買い上げ・・・機内持ち込みサイズを超えてるけど、無事無傷でご自宅までもって帰れたのかなぁ?
sa8-17.jpgsa8-25.jpg木彫りを買うつもりのなかったワタクシがここで購入したのは、ジンバブエで以前(2009年まで)使われていた紙幣(←)。

インフレ(というか、貨幣価値の下落)が凄まじく、なんと50 billion = 500億ジンバブエ・ドルのお札があったのだとか!!!
ただ、デノミを繰り返しても追いつかず、現在ではジンバブエ・ドルは発行停止で使われていない(基本的には、米ドルが、他は南アフリカ・ランドなど他国の通貨が使われている)。

続いては、ヘリコプターからのヴィクトリア・フォールズ観光
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ヘリコプターに乗る前には体重測定もあった。その様子はカメラマンによって撮影され、後で購入することができる。
体重測定時のほか、ヘリコプターに乗り込むところ、降りてくるところも撮影されるので、写真を買う気のある人は、乗り降りのときに顔をあげておくと良いだろう(ワタクシたちはその事前情報がなかったので、下を向いている写真しかなかった・・・)。
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sa8-22.jpg水量が少ない時期のせいか、上空からの滝は、残念ながら迫力不足が否めない・・・

ヴィクトリア・フォールズの説明で興味深かったのは、実はこの滝、ゴンドワナ大陸の地殻変動で最初の滝が造られてから、今の滝で”第8代目の滝”なのだという。
2代目以降は、浸食作用によって削られる場所がどんどん滝の位置がずれていったことによるもので、現在進行形で、第9代目の滝が造られつつあるのだとか。


ヘリコプターに乗るまでの待ち時間もそれほど長くなく、かなり早くに観光が終わってしまったので、樹齢1,000~1,500年のバオバブの大木(↓左)を見に行くことに。
高さは23m、枝の広がり18mという立派なバオバブ。花が咲くのは初夏とのこと、花を咲かせたこの立派なバオバブも見てみたいなぁ・・・・
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あと、南アフリカ観光局が絶賛売出し中(?)のジャカランタの花も、早咲きのものが咲いていた(↑右)。
とはいえ(、添乗員いわく)、このジャカランタ・キャンペーン(?)に反応したのは日本人観光客くらいらしく(日本人は花見が好きだから???)、毎年シーズンの10月になると大挙してプレトリアを訪れる日本人を見て、現地の人は、「今、日本はイースターなのか?」と不思議がるのだとか。

観光が早く終わり、ホテルでの休憩時間が長かったので、夕食の前に同じツアー参加者と、“女子会”という名の酒宴を開催。同じ旅好きの人たちとのおしゃべりは、とても楽しかったのだけれど、この旅行も実質はあと1日で終わり・・・

9日目に続く。

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【南アフリカ4か国周遊旅行 : 7日目 チョベ国立公園(ボツワナ)】
(ヴィクトリア・フォールズ → チョベ国立公園 → ヴィクトリア・フォールズ)


今日は、ボツワナのチョベ国立公園でのサファリを楽しむ1日。
ジンバブエのヴィクトリア・フォールズからは、ボツワナのチョベ国立公園までは、車で約2時間の旅。
ボツワナでの入出国手続きはシンプルでビザも不要。

チョベ国立公園では、まずサファリ・ドライブを楽しむ(↓)。
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sa7-3.jpgチョベ国立公園はゾウが身近に見られることで知られ、土埃が上げて走る道は、もともとはゾウの通り道でもあったのだとか。

で、しばらく走ると、遠くにゾウが見えた(ここでも双眼鏡が大活躍!!!)。
アフリカの野生動物でBig 5と言われるライオン、ゾウ、バッファロー、ヒョウ、サイの5つの大型動物のうち、まずは1つを見られて満足(この後、ゾウはたくさん見ることになるのだけれど)。

うっすらと見える白い縦縞が特徴のクドゥ(カモシカの仲間)、
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華奢なインパラの群れ
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この後ワタクシたちも乗り込む予定のボートサファリのボートに乗った人間や、ゾウの頭蓋骨(ガイドが正しければ)にも遭遇。
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くちばしがヘラのようになっているヘラサギ(↓左)、頭部がカラフルなほろほろ鳥(↓右)、
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どこかのメーカーのチョコレート菓子のシンボルのよう(?)、ピンク色の喉が特徴的なアフリカハゲコウ(↓左)、立派な角のある雄のインパラ(↓右)。
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名前不明の水鳥(?)と、リラックスしているワニ
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イボイノシシ、こちらもくつろぎ中(?)のバッファロー
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遠くの方に、少し小さ目のキリン発見!!!
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ゾウのファミリーともご対面
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サファリカーが近くにいても、ゾウは少しも動ぜず、悠々と道を横切り、歩いて行く。
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sa7-19.jpgちょっと珍しい(?)座っているキリン
正直なところ、2時間かそこらで、これだけたくさん見られるとは思っていなかったので、期待以上ですごく楽しかった!!!


さて、これにて陸上でのサファリ・ドライブは終了。
お昼を食べて、お次はボート・サファリ
昨日のザンベジ川サンセット・クルーズと、似たような感じ(もちろん、ここは飲み放題ではないが)。

草をはむバッファロー
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水鳥と戯れる(?)大きなカバ
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お尻に白い輪があるのが特徴の、ウォーターバック
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sa7-22.jpgゾウの御一行様が現れた!
と思ったら。

ずんずん川に入って行き、
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鼻を水面上に出してスイスイ泳ぎ、
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足がつくところからは歩きだし、
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草が豊富にある向こう岸に到着!!!

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泳ぎが苦手で溺れかけている1頭もいたのだけれど(しかも、鼻が牙にひっかかって、うまく鼻が使えてなさそうだった)、その1頭も何とか向こう岸にたどり着くことができ、御一行様みんなが無事、お食事タイムを楽しむことができたようで、見ているこちらも一安心。

チョベでのサファリ、楽しかった~。
ゾウが泳ぐところも見られたし、いやぁ、動物っていいなぁ☆

夕食は、いろいろな野生動物の肉を食べされてくれる“ボマ・レストラン”へ。ダンスもあって、雰囲気抜群~♪
前菜(ワニの肉)の後は、バイキング形式で好きなお肉を取ってくるスタイルのレストランで、
ほろほろ鳥のシチュー、バッファローの煮込み、クドゥ、インパラ
などを試しに食べてみた(↓左)。
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あと、食べた人には賞状(?)がもらえるとのことだったので、芋虫も食べてみた

ちなみに、これら野生の動物たちは、もちろん勝手に猟をしてはならず、許可を得た分だけハンターが捕獲するのだという。
ちょっと変わっているのが、イボイノシシ(そこらへんをウロウロ歩いている)の捕獲の仕方で、アルコールをしみこませたパンを食べさせ、酔っぱらってふらふらになったところを捕まえるんだとか(笑)。

大充実の7日目はこれにて終了。
8日目に続く。

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【南アフリカ4か国周遊旅行 : 6日目 ヴィクトリア・フォールズ】
(ヨハネスブルグ → ヴィクトリア・フォールズ)


sa6-1.jpgsa6-2.jpg今日も朝から移動。
ヨハネスブルグの空港で少し時間があったので、免税店やおみやげもの屋を物色。
南アのリキュールでゾウのラベルが印象的なアマルーラ(←←)、ビーズを使った人形たち(←)、木彫りの人形、動物のぬいぐるみ、動物がプリントされたTシャツ類、ルイボスティーなどなどが目立ったものだった。意外とワインは少なかったような気がした。

午前10時50分発(出発は1時間近く遅れた)のヨハネスブルグ発のSA40便に乗り、ジンバブエのヴィクトリア・フォールズへひとっ跳び

sa6-3.jpgヴィクトリア・フォールズの空港は、新しい建物を建設中だったのだけれど、本当に小さな空港だった。
ジンバブエの入国手続きをここでしたのだけれど、いったんジンバブエを出国してボツワナに入り、また入国するため、“ダブルビザ”を取得。米ドルで45ドル也。

添乗員いわく、入国手続きには時間がかかるかも?と言われていたけれど、ほとんど待ち時間もなくスムーズに入国。
空港を出たところでは、ジンバブエのウェルカム・ダンスが待っていた(←)。


空港からバスに乗ってホテルへ、チェックイン後に少し休憩してから、ザンベジ川サンセット・クルーズへ。
このクルーズ、なんとアルコールを含むドリンク飲み放題!
ジンバブエのビール“ザンベジ”ビールがあったので、最初の1杯はこちらをオーダー。
缶のデザインもヴィクトリア・フォールズが描かれていて良い感じ。
なお、ヴィクトリア・フォールズはザンベジ川の途中にあり、ザンベジ川はアフリカで4番目に長い河川。
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このクルーズでも、双眼鏡と20倍ズームのコンデジが大活躍。
船長さんが、いち早く動物たちを見つけて「あの方向に何が見える!」とちゃんと教えてくれたので、思ったよりもたくさんの動物を見ることができた。

ワニ、カバ(口を開けているシャッターチャンスを狙ったけれど、ピントが・・・)と遭遇。
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ゾウも発見、俄然テンションが上がる
動物を見つけるとどうしても騒いでしまうけれども、動物たちは人間の声で驚いてしまうので、静かにするよう何度か注意されてしまった。
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sa6-10.jpgサンセット・クルーズにふさわしい景色(←)。
アルコールも入って気分上々、楽しかった~

7日目に続く。
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【南アフリカ4か国周遊旅行 : 5日目 ヨハネスブルグ】
(ケープタウン → ヨハネスブルグ)


早朝にホテルをチェックアウト、午前7時30分ケープタウン発のSA314便にのって、ヨハネスブルグへ移動。
フライト時間は約2時間、早起きだったので爆睡していたので、あっという間に着いた(笑)。

移動後、すぐに観光スタート。
最初は、南ア最大のタウンシップ(旧黒人居住区)、ソウェト(South West Township)へ。
こちらは、ヘクター・ピーターソン記念碑(↓)。
1976年6月16日、学校の授業をアフリカーンス語(主にオランダ系白人が話している言葉)でおこなうと決めた政府に対し、ソフェトで黒人による反対デモが起こり、その制圧のため警官隊が発砲、それをきっかけに一般市民を含む死者700名、負傷者4,000名以上を出した事件が起きたが、その最初の黒人の被害者となったのが、ヘクター・ピーターソンという13歳の少年だったとのこと。
sa5-1.jpgsa5-2.jpg写真(←)で抱えられている少年がその人で、彼を抱えている人は現時点でも誰か特定されていないのだとか。傍に立っているのが少年のお姉さんは、現在、隣接するヘクター・ピーターソン博物館で働いているという。

sa5-3.jpg車窓から見た町の様子(←)。
国の政策で、新しい家を造って整備は進んでいるエリアもあるものの、まだまだこういうほったて小屋も少なからず残っている。
添乗員の説明によれば、“世界一治安の悪い都市”ヨハネスブルグの治安を悪くしている最大の要因は、大都市ヨハネスブルグに仕事を求めてやってくる不法移民なのだという。南ア国民であれば、所得に応じて政府の設けている支援制度を利用して家も借りられるが、不法移民だとそうはいかず、そうした人々がまだこのような小屋で暮らしているらしい。

続いて訪れたのは、ネルソン・マンデラ氏が、1963年に逮捕されるまで暮らしていた家、マンデラ・ハウス(↓)。
ワタクシたちは外から見るのみで入場はしなかったが、学校の課外学習と思われる子供たちがたくさん訪れていた。
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博物館も入れなかったし、もうちょっとゆっくりしたい気もしたけれど、ソウェトの観光はこれにて終了(パッケージツアーだと、こういうのを受け付けない人もいるのだろう・・・)。

続いては、アウストラロピテクス・アフリカヌスの頭蓋骨が見つかったことで有名な=世界遺産にも登録されている=、スタークフォンテン洞窟へ。
ここ(↓左)から中に入り、徒歩で約40分ほど、洞窟内を散策。アフリカゾウのように見えるこんな鍾乳石(?)もあった(↓右)。このスタークフォンテン洞窟、もともとは石灰の採集場だったとのこと。
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ここで発見されたアウストラロピテクス・アフリカヌスの頭蓋骨は、その後の研究により、約200万年前の女性のものと判明、“ミセス・プレス(Mrs. Ples)”と呼ばれている(ただ、その後のさらなる調査で、どうやら若い男性のものということが分かったらしい)。で、そのミセス・プレスを発見したのが、ロバート・ブルーム博士(1886年~1951年)で、洞窟ツアーの最後に、博士の銅像が待っていた。
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sa5-16.jpg隣接するビジター・センターでは、地球の成り立ちから始まり、人類(の頭蓋骨)の進化についての説明が展示されていた(←)。
展示品は多くはなかったけれど(しかも、残念なことにミセス・プレス(本物)はここにはなく、プレトリアのトランスヴァール博物館というところに保存されているらしい)、近未来的な感じでなかなか面白かった。


続いては、本日のメイン・イベント(?)、ライオン・パークへ。
ここは、赤ちゃん~子ども(生後6か月くらいまで)のライオンの檻の中に入って、一緒にライオンと写真を撮ることができる観光客に人気のスポット。
sa5-17.jpg檻の中に入るのは、1グループ最大12人まで(確か)、時間も何分と決められている。訪れた時間帯は夕方前、西日の強い時間帯で暑かったこともあり、ライオンくんたちは隅っこの日蔭に集まってしまっていたのだけれど、サービス精神旺盛な(?)1、2頭のみが、中央の岩山での写真撮影に対応していた(←)。

ちなみに、数年前まではライオンの赤ちゃんをだっこすることができたらしいのだけれど、観光客(日本人の団体旅行客の一人)がライオンに噛まれ、破傷風対策だのなんだので入院せざるを得なくなって大事になってしまい、それ以降はだっこ禁止になったとのこと。ちょっと残念。

こちらは、ホワイト・ライオンの子ども(↓左、生後6か月前後)、じゃれる赤ちゃんたち(↓右)、どっちもカワイイぞ~
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sa5-12.jpgsa5-13.jpgここでは、ライオン以外の動物も暮らしている。

キリン
(←←)は、餌をやることができ(もちろん勝手にやることはNGで、指定の餌を購入する必要あり)、一緒に写真撮影ができるとあって大人気。

一時(?)日本でも流行ったミーアキャット(←)の姿も。
やっぱりミーアキャットは直立してくれないとね。

こちら(↓)は、チーターハイエナ
写真を撮るとき、手前の金網にピントが合ってしまって、けっこう苦労した。写真もうちょっと勉強しようかなぁ・・・(と毎回旅行のときに思って、結局していない
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この後、ホテルへチェックイン。
ヨハネスブルグでは治安が良いと言われるサントン地区のヒルトン・ホテルだったのだけれど、チェックインにものすごーい時間がかかってちょっと疲れた。。。

6日目に続く。

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南アフリカ4か国周遊旅行:4日目 ケープ半島 

2014/09/09
Tue. 21:11

【南アフリカ4か国周遊旅行 : 4日目 ケープ半島】


sa4-1.jpg4日目も、とってもいいお天気
今日は終日、ケープ半島の観光。
最初の観光スポットに向かう途中、12人の使徒山と白砂のビーチの眺めが素敵なキャンプス・ベイのビュースポットで写真撮影。
このあたりのエリアは、テーブルマウンテンと12人の使徒山が風を遮ってくれるので温暖な気候に恵まれており、古くからの人気の高級リゾート地なのだとか。

sa4-2.jpgさて、今日の最初の観光イベントは、ハウト・ベイというところから船に乗って、ドイカー島(別名シールアイランド)に暮らすオットセイを見に行きます。乗船時間はだいたい45分ほど。けっこう揺れて、しかも座った場所が当たり(?)だったのか、時折波で海水を浴びてしまった。

島には上陸することなく、船に乗ったままオットセイの様子を観察。
今回の旅は後半にサファリがあることもあり、双眼鏡を持参したのだけれども、双眼鏡の力を実感。
同じツアーで参加した人は、ヨーロッパに行く時も教会内のステンドグラスなどを堪能するため、必ず持っていくのだという・・・なるほど!ちょっと荷物になるけれど、参考にさせていただこう

遠くからだと、何が何だかよくわからないほどウジャウジャ居て、島一面を覆い尽くしているオットセイたち(↑)・・・。
望遠レンズで見てみると、完全に油断しきっているリラックスしている様子、ここでの生活はきっと快適なのでしょう。
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船を下りた後は、再びドライブ。ケープ半島の断崖絶壁に沿って走る、チャップマンズ・ピーク・ドライブを走ります。
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ドライブの途中、車窓から動物たちにも遭遇。ダチョウの雄(↓左。黒と白のおなじみの姿)と雌(↓右。茶色でちょっと地味)。ダチョウは雄のほうが美しさを求められるのね?
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sa4-21.jpgランチにはロブスターをいただく。
付け合せのイカのフライとの大きさの比較で、そんなに大きなロブスターではないことがわかるとは思うけれど、1人で食べるには十分の大きさ。バターが少しかかってはいたけれど、シンプル・イズ・ベストなお味でした。

パッケージツアーでの参加ということもあり、日本人の口に合うものが出されていたのかもしれないけれど、ケープタウンでの食事は全体的にシンプルで、味付けも思ったほど濃くなく食べやすかったと思う。


ドライブを続け、喜望峰を臨む(↓左)ベスト・スポット、ケープ・ポイントに到着。
ケーブルカー(↓右)に乗って、灯台の立つ展望台まで上ります(・・・といっても、実は、徒歩でも15分程度の距離)。
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sa4-11.jpgこちらが、展望台からの喜望峰の眺め(←)。
この喜望峰、大航海時代のポルトガルの探検家ヴァスコ・ダ・ガマがここを経由してのインド航路を“発見”したことで有名だけれども、実はそれ以前、1488年に同じポルトガルの探検家バルトロメウ・ディアスが到達していた。あまりに海が荒れる海域なので、当初は“嵐の岬”と名付けられていたが、ここを回ってのインド航路発見とその後のポルトガルの繁栄から、ポルトガル国王マヌエル1世が、“喜望峰”と改名したのだという。

この南ア旅行の前の旅先、ちょうど(たまたま)ポルトガルだったので、このままヴァスコ・ダ・ガマの足跡を追って、次はエチオピアとかインドのゴアとかに行ってみてもいいかな~などとも思った。

なお、歴史上、喜望峰は重要なポイントとされているけれども、地理上は、アフリカの最南端ではなく(最南端はアガラス岬)、さらに大西洋とインド洋が交わる点でもない(喜望峰からインド洋は見えない)のだとか。

帰りは徒歩で降りてきて、下から灯台を見上げてみた。なかなか絵になる1枚(↓左)。
春という季節も、そして晴天も幸いしてか、緑がとても美しく、自然豊かでとっても気持ちの良い場所だった。
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sa4-14.jpgさらにドライブを続け、どんなガイドブックにも必ず掲載されている、喜望峰の標識の立つ撮影スポットへ(←)。

標識には、
英語:CAPE OF GOOD HOPE、
アフリカーンス語(オランダ語から派生した南アの言葉):KAAP DIE GOEIE HOOP、
東経18度28分26秒、南緯34度21分25秒
との表示があった。


続いては、ケープ・ペンギン(アフリカ・ペンギン)の生息するボルダーズ・ビーチへ。
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sa4-17.jpgここボルターズ・ビーチは白砂の小さなビーチで、もともとは人間も泳いでいたビーチだったのだけれども、なぜかペンギンさんたちがここをお気に召したようで(?)、数がどんどん増えていったのだとか。
ケープ・ペンギンは、皇帝ペンギンと比べると(ってテレビや映画でしか見たことないけど!)かなり身体が小さく、よくよく観察してみると、ひとつひとつの動作がなんとも愛らしい!(↓)

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この後はホテルに戻り、ホテルのレストランで夕食。
明日は早朝にヨハネスブルグに移動するため、荷物の整理をして、早めに就寝。
5日目に続く。

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【南アフリカ4か国周遊旅行 : 3日目 ロベン島とケープタウン】


3日目は、ネルソン・マンデラ氏が収容されていた刑務所としてよく知られる、ロベン島へ。
ケープタウンの沖合約14kmのところにあるこの島は、古くはハンセン病患者の隔離先として、アパルトヘイト時代は黒人の政治犯専用の刑務所として使われていたが、アパルトヘイトが終わり、現在は島ごと博物館になっている。

ケープタウンのウォーターフロントから出ている船で、いざ、出発。
港からは、テーブルクロスのかかったテーブルマウンテンがきれいに見えた(↓左)。晴天の青空のもとのテーブルマウンテンもいいけど、クロスがかかっているのもなかなかステキ。
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船の乗り場には、マンデラ氏やロベン島にまつわる資料が展示されていたのだけれど(↓右)、乗船時刻がせまっていたこと、ツアーでの団体行動だったこともあり、ゆっくり読むことができず、ちょっぴり残念だった。

ロベン島までは高速船だと約30分で着くらしいのだけれど、我々が乗ったのは、“Susan Kruger(スーザン・クルーガー)”という、刑務所だった頃には実際に囚人やその面会に訪れた人々を乗せた船(↓左)。この船だと50分程度かかるのだけれど、多少時間がかかっても、多少揺れても(酔い止め飲んどいた)、この船で往復できてヨカッタと思う。
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sa3-5.jpg船上からも、クロスのかかった美しいテーブルマウンテンが見えた(↑右)。

ロベン島に到着。
この島(博物館)は、自由に見学・観光することはできず、必ずガイド(博物館の英語ガイド。刑務所の建物内のガイドは、過去にここに収容されていた人がガイドになっている)の付いたツアーに参加しなければならないとのことで、我々は、まずバスに乗って島内を巡り(1時間ほどの車窓からの見学)、その後、刑務所の建物内を見学するという流れで、ここを見学することになった。

島内には囚人たちのほか、看守ら刑務所で働く人たちとその家族も生活していたので、島内には墓地、モスク、
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教会、学校などがあった。この教会、現在でも機能していて、ここで結婚式を挙げるカップルもいるのだとか(ガイドの説明によれば、2014年になって10数組がここで結婚式を挙げたらしい)。
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sa3-11.jpgこちらは、囚人たちが就労させられていた石灰の採掘場(←)。
照りつける太陽の下での、ここでの労働は相当に酷だったものと思われる。特に、サングラスの着用など許されなかったため、目を悪くした、失明した囚人(あくまでも当時の扱い。アパルトヘイトに反対した政治犯なので、今の価値観でいえば、何も悪いことはしていないので、正確に言えば収容者)が少なくなかったのだという。ただ、ここでは複数の人が同時に働いていたので、その機会を利用して、字を学んだり(教えたり)、情報を交換したり、などということも行われていたのだという。


島内一周バスの旅(?)の後は、刑務所として使われていた建物内の見学。
ガイドは、自分がアパルトヘイト反対の政治活動に参加することになったきっかけ、子どもの頃に母親のお使いでパイとコーラを買い行ったら、店主に裏口に回れと言われ、裏口に回ったら注文を取らないままお金を払わされ、パイとコーラではなくパンと薄いミルクが出てきた、という理不尽な目に遭った、その悔しさが原点になった、というようなことを話してくれた。
↓右は、囚人たちが収容されていた部屋。ベッドがあるが、これは赤十字が視察にやってくることをきっかけに用意されたものなのだとか(このほか、赤十字の要請(?)により、食事が改善されたり、サッカー場(運動場)が刑務所内につくられたりしたのだとか)。
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こちら(↓左)は、ネルソン・マンデラ氏が日記を書いていた場所として知られる刑務所内の畑。そのお隣(↓右)が、マンデラ氏の収容されていた独房。もちろん、自分だったら耐えられないとも思うけれど、ただアウシュビッツを訪れたことのあるワタクシとしては、ここなら窓もあるし、まだマシかも・・・などとも思ってしまった。アウシュビッツの過酷さが改めて思い起こされた、と言った方がより適切か。
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アパルトヘイトが政策として確立されたとされているのが1948年、より激化したのは1960年代から。
1980年代後半、先進国が経済制裁を行うなか、最大の貿易相手国として日本人は有色人種ながらアパルトヘイト下でも“名誉白人”として扱われていた(ちなみに、南ア国内の中華レストランの料理人も名誉白人だったらしい、そうしないと白人が中華料理を食べられないから!)、国際社会はそんな日本を批判していたとのことだけれど、よくよく考えれば、公民権運動だって、その当時からほんの20年ほど前のこと。
時代の流れはどんどん早くなっていて、批判される側がする側に回る切り替わりの早さに文句をつける気はないけれど、20年やそこらでこれだけ変わっているものがあるのに、我が国と隣国の問題は、どうしてここまで長引いてしまったのだろう・・・そんなことも、ちょっと考えてみたりした。


刑務所内の見学後は、ケープタウンに戻り、ケープタウン近郊のワイナリー内レストランで昼食。
ワイナリー内のレストランなのだけれど、出てきたメイン(↓右)はなぜか(?)マレー風(南アに、マレー料理がある理由はコチラ)。
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残念なことに、こちらのワイナリーで試飲したワインは、どれも「これ!」といった決め手はなく・・・
ということで、ここでは南アのビール“CASTLE”を紹介(↓左)。こちらもこれといった特徴のあるビールではなかったけれど、ツアーメンバー(の一部、特にひとり参加の同世代女性陣)がけっこう飲んだので、今回の旅ではビールのオーダー率がかなり高かった
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その後は、ケープタウンのウォーターフロント(↑右)エリアでのショッピング・タイム。
スーパーマーケットがあったので、ルイボスティーやら、アマルーラ(南アの甘いリキュール)入りのチョコレートなどの土産を調達。アマルーラ入りのチョコレートは、まったく同じ商品を免税店のほぼ半額の値段で買うことができたけれど、ルイボスティーは免税店のほうが、お土産らしい、パッケージが凝っていて見栄えのするものが豊富にそろっていた。

sa3-20.jpg夕食後、ケープタウンの夜景を見に、シグナル・ヒル(ライオンズ・ランプ)へ。
高い建物があるわけではないけれども、半島の地形が複雑なので、なかなか美しい夜景だった(香港の夜景の美しさでなく、函館とか長崎と似た感じ)。
折しもスーパームーンの前夜で、お月様もとっても大きく明るかった。

4日目に続く。

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【南アフリカ4か国周遊旅行 : 2日目 ケープタウン観光(その1)】
(ヨハネスブルグ→ ケープタウン)


ヨハネスブルグには、定刻より少し早く到着。
添乗員いわく、この時間帯は香港からの2便(南アフリカ航空のみならず、キャセイもほぼ同時刻で飛んでいる)や、スイスからのフライトが到着するので、遅れると入国審査に時間がかかることもあるらしいのだけれど、今回は早く着いたので、非常にスムーズ。
ヨハネスブルグの空港は、2010年のサッカーのワールドカップ時に改装・整備したのだろう、近代的でなかなかキレイで、ここだけを見ると“世界一治安の悪い都市”の空港とは思えなかった。

sa2-1.jpg国内線のターミナルに移動し、ケープタウンへのフライト、SA323便に搭乗。

短時間(約2時間10分)で、しかも昼間のフライトだったので、ここは窓側の席を指定。
その甲斐あって、空からケープタウンのテーブルマウンテン、ライオンズ・ヘッドを見ることができました!!!(→)
ちなみに、成田のANAカウンターで窓側の席をリクエストしたのだけれど、「前方で開いている窓側の席は、翼で外が見えません。後方でもよいですか?」とちゃんと聞いてくれた、さすがANA、素晴らしい!

ただ、ケープタウンの空港の周りは・・・“ほったて小屋”としか言えないような家々が立ち並んでいて、ちょっぴり気が滅入ってしまった。やっぱり貧富の差が激しく、ヨハネスブルクよりはマシなんだろうけれど、ここでも治安の問題は避けて通れないんだろうな・・・と実感。

さて、ケープタウンに到着後、そのままバスに乗って観光スタート。
まずは、ケープタウンのシンボルであるテーブルマウンテン(高さ1,087m)にロープウェイで上ります。
ロープウェイは風が強い日は運休となったり、週末の時間帯によっては乗るまでに大行列があったりするとのことなのだけれど、ワタクシたち一行はラッキーなことに、待ち時間なし!
しかもこのロープウェー、円形をしていて、昇降中に角度が変わるので、どこに乗っても景色を楽しむことができるという優れモノ。

あっという間に山頂に着き、テーブルマウンテンの山頂を散策。
雲一つない快晴で、気持ちがいい♪
↓左は岬のほうの風景。海の青さが、太平洋のものとはちょっと違う気が(そして冷たそう)。
↓右は、山頂が平らであることがわかる写真。山頂はもっと岩でごつごつしているのかと思ったけれど、草花も生えていて、自然の厳しさというよりは穏やかさを感じた。
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ケーブタウンの街並み(↓右)と、ライオンズ・ヘッド(669m)とライオンズ・ランプ(↓左)。高さ350mほどのライオンズ・ランプ(お尻)のほうは、時刻を知らせる大砲があることから“シグナル・ヒル”とも呼ばれているとのこと。
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こちら(↓左)は、ロープウェイが写った1枚。お隣は、山頂で見つけたケープハイラックス。イワダヌキ科ハイラックス属に属する動物らしい。
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テーブルマウンテンの山頂を徒歩でくるっと一回りして、次の観光地、カーステンボッシュ植物園へ。
カーステンボッシュ植物園は、もともとは、かつてダイヤモンド市場を独占していたデビアス社の創業者セシル・ローズが所有していた庭園だったという。南アフリカ固有の植物が大半を占め、この地が原産でない植物はごくわずか、とのこと。

ここでは、さまざまな色・形のピンクッション(↓)の花が見られた。
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こちらの2つは、どちらも珍しい花。↓左は、南アフリカの国花、キング・プロテア。ピンク色(枯れていくと深い赤になる)のプロテアはここ南アにしか咲かず、しかも咲く季節も限られているとのこと、このシーズンに来て、美しく咲いている姿を見られるのはラッキー
そのお隣(↓右)は、マンデラ・ゴールドという名前がついた、黄色の極楽鳥花。オレンジ色の極楽鳥花はあまり珍しくないけれど、黄色というのは希少で、南アフリカの、いや世界の偉人ネルソン・マンデラ氏の自宅の庭に咲いていたことからこの名が付いたとのこと(花の後ろにマンデラ氏の胸像があるの、わかりますか?)。
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広大な庭園は、絶好のピクニック場所。
家族連れがビニールシートを広げてくつろいでいたところに、エジプトガンの親子の姿も見られた(↓右)。なんとも微笑ましい♪
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植物園の後は、カラフルな家々が並ぶことで知られるマレー・クオーター(↓)というエリアへ。
オランダ人によって開拓(というのが正しいかどうかはちょっと疑問だけれども、他に言葉が思い浮かばない・・・)された南アには、当時オランダの植民地であったマレー半島の人々がたくさん奴隷、労働力として連れてこられたという歴史がある。ここで暮らすようになったマレー出身の人々の多くは字が読めなかったので、自宅の色によって自分の商売を示した、いわば色を塗ることが看板替わりになったので、このようなエリアが生まれたのだという。
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これにて2日目の観光は終了。
前日は機内泊だったので、早めにホテルにチェックイン。夕食もホテルのレストランで済ませ、ベッドでゆっくり休みました

3日目に続く。

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南アフリカ4か国周遊旅行:初日 

2014/09/06
Sat. 20:27

【南アフリカ4か国周遊旅行 : 初日】
(成田 → 香港 → ヨハネスブルグ)


さて、本日9月6日(土)より、南アフリカ4か国=南ア、ボツワナ、ジンバブエとザンビア=を周遊する10日間の旅へと出発。
今回はみどころが点在していて移動距離が長く、さらに治安が少々怪しいところもあったので、効率重視でパッケージツアーに参加することにした。久しぶりのパッケージツアー、大丈夫かなぁ???と思ったけれど、例によって、一人参加の人も多くて(23名中11名が一人参加。連休もかかるので働いている人にピッタリの土曜日出発・月曜日の祝日帰国という日程のせいもあり、同世代も多かった!)、ちょっぴり安心した。

旅行会社からの指示もあり、南アフリカの通貨・ランドを成田空港で両替。
日本円から南アフリカ・ランドに成田で両替できるとは、ちょっぴり意外・・・でも取り扱っている両替所は少ない模様、もちろん取扱い量も少なく手数料も高いこともあり、5千円を両替して380ランド(1ランドあたり約13.16円)

sa1-1.jpg最初の目的地である南アの景勝地ケープタウンへのアクセスは、成田から香港経由でヨハネスブルグ入りし、ヨハネスブルグからケープタウンへ飛ぶ。香港までは全日空のNH911便、香港からヨハネスブルグは、南アフリカ航空のSA287便。
添乗員からは、荷物はいったんヨハネスブルグでピックアップして入国手続きをするので、必ずタグを確認するようにとの指示があった。

香港までは、約4時間の空の旅。
機内食が1回出た(→)。ANAの機内食はエコノミーでもそこそこ美味しいとは聞くけれど、でも、どうしていつも「蕎麦」とか「蕎麦もどき」が出るんだろう???(これはANAだけでなく、JALでも言えること)。そんなに美味しいものでもないし、しかも蕎麦だったらアレルギー体質の人も少なくないのに・・・外国人に蕎麦アレルギーは存在しないのだろうか?それとも蕎麦粉が一切入っていないのか(確かめていないけれど、なんとなく後者が正しい気がする)。

chokosoku.jpg食事の後、『超高速!参勤交代』(2014年/日本)を見た。

貧乏藩主がお江戸の家老に目を付けられ、莫大な費用のかかる参勤交代からようやく藩に戻った直後、たった5日のうちに再び参勤交代せよ、とのお達しがあり、そのため藩主とその家臣たちが奮闘するというコメディ。
閉所恐怖症で籠に乗れない藩主、知恵のはたらく筆頭家老や忍びの者などなかなか個性的な面々が活躍。時代劇らしく予定調和でありつつも、小気味よいテンポで話が進み、フツーに面白かった。大笑いできるというよりも、何度もクスリとさせられる作品。

そうこうしている間に、香港に到着。
香港の空港で、福岡空港出発の人たち、名古屋空港出発の人たちと合流し、今回のツアー23名(+添乗員1名)のツアーが始まった。
maleficient.jpg香港からヨハネスブルグへは、13時間という長時間フライトながら、深夜便ということもあり、爆睡・・・
なので、映画も見たのは『マレフィセント』(2014年/米国 原題:Maleficent)、1本のみ。

眠れぬ森の美女の悪役、オーロラ姫に呪いをかけるマレフィセントの視点から描いたストーリー。
“真実の愛のキス”が、マレフィセントのオーロラへのキス、というところといい、『アナと雪の女王』の展開といい、最近のディズニーは王子様とお姫様というお決まりのパターンからかなり距離を置いて、別路線を走っている模様。
女性が強くなったとか、自立したとか言われているけれども、世間一般ではおそらく自立した強い女性と思われるワタクシでも、やっぱり王子様に守られるってのは憧れるので、またいずれ、“原点回帰”するのかも???とも思った。

2日目に続く。

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2014-09