Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

カゴメの株主優待(2014年3月) 

2014/05/24
Sat. 09:24

kagome_201403.jpgカゴメの株主優待がやってきました。

今回は、ドリンク多めの夏バージョンで、内容は、

・ 野菜生活100 900mlペット1本
・ 野菜生活100 さくらんぼミックス 200ml 1本
・ あまいトマト 200ml 1本
・ カゴメカットトマト
・ カゴメ 王道の味 ナポリタン
・ サラダ涼麺つゆ


いつもよりちょっと少ないかな?という気がしなくもないけれど、ありがたく、いただきます!
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【ポルトガル旅行:9日目 想定外の(?)ロンドン】


さて、1日遅れのフライトで帰国することになったので、ロンドンをちょこっと観光することに。
ホテル(←インド人の団体観光客がいっぱいで、朝食レストランはすごいことになっていた・・・)からシャトルバスに乗り空港に行き(大きな荷物がないので楽ちん!!)、そこから地下鉄で市内へ。
ヒースロー空港から市内へは、「ヒースローエクスプレス」という特急電車もあるのだけれど、往復で40ポンド近くもするので、ケチりました(成田空港と東京間も馬鹿高いけど、距離が違うからなぁ・・・)。時間を取るか、お金を取るか・・・まさに選択を迫られます。

london1.jpgそれでは!と向かったのは、ロンドンのシンボル、ビックベン(国会議事堂)。あいにくの曇天(そして、ポルトガルに比べるとずいぶん気温が低い!)だけれども、多くの観光客でにぎわっていた。

そのお隣には、ウェストミンスター寺院へ。
2012年のエリザベス女王戴冠60周年記念、そして1977年の25周年記念の足跡も残っていました。
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続いては、大英博物館へ。

そうそう、ロンドンの地下鉄はけっこう工事や整備が多いようで(オリンピック終わったのに)、「本日は、このラインのこの駅からこの駅までは、利用できません。他のラインを使ってください」とか、「このラインのこの駅はいつからいつまで停まりません」とか、そういう案内が多かった。こんなところで、東京の地下鉄の偉大さ・素晴らしさを再発見。

大英博物館は、じっくり見ていたらきりがない&時間が限られていることもあり、マップに「必見(Don't miss)」と書かれていたアイテムを中心に見学することに。
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↓左は、世界最古のボードゲーム、ウル王朝の双六。ウルはメソポタミアのシュメール都市のひとつで、紀元前2600-2400年ごろのものだという。こういう娯楽があったということは、人々の暮らしに余裕があったということなのだろう。もちろん、身分の高い人たちだけの特権だったのだろうけれど。
↓右は、エジプトのミイラたち。数が多くて、かなり充実した展示だった。
後で出てくるアッシリアのレリーフもだけれども、中近東はイギリスの植民地だったところも多いせいか、もう、略奪し放題、という感じ。そういう意味では、中国や日本の展示は数も少なく、「友好的に」贈られたものが多いように感じた。
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パルテノン神殿の彫刻、エルギン・マーブル(ホンモノ)。
大英博物館に初めて行った17歳のとき、ワタクシはこれが一番の目的だった。というのも、アテネを訪れた時、アクロポリスの丘に建つ神殿の彫刻はレプリカだと知りショックを受け、どうしてもホンモノが見たいと思ったから。。。
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アッシリアのライオン狩りのレリーフ
紀元前7世紀のアッシリアの王アッシュールバニパルが行ったとされるライオン狩りのレリーフ。新アッシリア王国の首都だったニネヴェにあったもの。広い展示室いっぱいに、レリーフが飾られていて、圧巻だった。の
アッシリアは、素晴らしいレリーフが残るペルセポリスを都としたアケメネス朝ペルシャよりも前の王国で、アッシリアの文化がその後にも引き継がれたということが感じられた。
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でも、こういうものは、本来あったものにあったほうが、もっといいのにな、、、、と少し残念というか、フクザツな気持ちになった。確かに、ここで保管されているから安全で保存状態も良く、多くの人に見てもらえるのだということもよくわかる。でも、やっぱりオリジナルの土地にあったほうが、たぶんいろいろ感じることも多いんだと思う(しかし、イラクにライオンがいたのか?アフリカから連れてこられた?)

↓左は、ウェッジ・ウッドのデザインのオリジナルとなった、ローマ時代の花瓶
↓右は、世界の七不思議とされるハリカルナッソスのマウソロス霊廟。ほぼほぼレプリカで、一部の彫刻のみがオリジナル。
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↓左は、イースター島の石像。4メートルくらい。
↓右は、16~17世紀ごろのアフリカの象牙のマスク。アフリカ文化に接することってあまりないけれど、これは非常にアフリカらしい。しかし、このどんな大きさの象からこの象牙は取ったんだろう???
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ポンドを両替しすぎたので、ミュージアムショップでおみやげ(主に自分用)を購入、
エジプトものが充実していることもあり、気づけばワタクシが購入したのもエジプトばかり。
スフィンクスのあひる(お風呂のおもちゃ。遊ばないけど)、ミイラの缶ペン(なつかしい響き)と、ロゼッタストーンのUSB。
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名残惜しい気持ちもあったけれども、そろそろ空港へ行く時間。
再び地下鉄で空港へ向かい、無事に予定の便に乗って帰国。
(ちなみに、TAP航空が手配してくれたチケットは、エコノミークラスではあるものの、正規チケットだったので、ディスカウントなしでフルのマイレージが付いた。ちょっとラッキー?!)

最後にトラブルはあったけれども、そのおかげで大英博物館にも行けたし、充実した旅行でした♪

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ポルトガル旅行:8日目 再びのベルン 

2014/05/10
Sat. 22:00

【ポルトガル旅行:8日目 再びのベルン】


さて、今日はいよいよ最終日。。。
午後の便なので、午前中は観光ができるということで、昨日じっくり見ることができなかったベルンへ。
昨日も来ているので、市電に乗り間違えることもなく、歩き過ぎることもなく、発見のモニュメントに到着。

この発見のモニュメントは、大航海時代の立役者であるエンリケ航海王子の没後500年にあたる1960年に建てられたもの。モニュメントの先端には、カラベル船を手に持ったエンリケ航海王子の像があり、その後ろには、大航海時代に功績を遺した偉人たちが続いている。

エンリケ航海王子の後ろの後ろ=3番目がヴァスコ・ダ・ガマ
6番目がマゼラン
12番目が喜望峰に到達したバルトロメウ・ディアス
16番目(下から2番目)が日本人になじみのあるフランシスコ・ザビエル
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このモニュメントの前の広場には、世界地図が描かれており、ポルトガルが「発見」した国と年号が記されている。
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7-lisbon7.jpg日本が「発見」されたのは1541年で、これはポルトガル船が豊後に漂着した年なのだという。ワタクシは、あくまでも「ポルトガル人が」日本を「発見」した年、なのだったら、それはそれで良いようにも思っていて、これに不快感は覚えなかったのだけれど、不快に思う人もいるようだ。これで、日本の歴史が否定されたわけでもないと思うんだけれどね。
ポルトガルには、ポルトガルの国旗にも描かれている王家の紋章が埋め込まれていた。この地図だけ見ると、スペインに侵攻しているように見えなくもない・・・

ちなみに発見のモニュメントに入場すると、展望台があり、この地図の全体像が見えるらしい。


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続いては、ベルンに来たらここは外せない、いやいやリスボンで最も美味しいエッグタルト(ナタ)を出すという有名店、パステイス・デ・ベレンへ。
やはり人気で行列ができていた。なお、この行列はテイクアウトの行列で、中にはカフェスペースもあり、そちらはそんなに並んでいなかった。
ナタの他にも、いろいろ焼き菓子があったけれど、オーソドックスなナタを2つオーダー。
お店の人は手際がよく、まだ温かいナタに、粉砂糖とシナモンをかけてくれた。
濃厚なクリームはどっしりずっしり、甘いのは甘いけれどびっくりするほどの甘さではなく、2つペロッと食べてしまった。
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続いては、ベルンの駅の近くにある国立馬車博物館へ。
そんなに広い博物館ではないけれども、クラシックな馬車が一堂に会する眺めは、壮観だった。
天井の絵も、馬車や馬にちなんだもので、2階には馬具などの展示もあった。
馬車の博物館は珍しいのか(ワタクシはここ以外知らないし行ったこともない)、けっこう人気のある博物館のようだった。
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もう少し時間があれば、ベルンからダウンタウンへ戻る途中にある国立古美術館にも行きたかったのだけれど、時間がなくて断念。
ダウンタウンでおみやげをいろいろ調達して=ワインは、緑、赤、ポートワインの3本を購入=、ホテルでパッキングを済ませ、いざ、空港へ。
泊まっていたホテルから空港までは地下鉄で1本。
空港も大きくないので、地下鉄の駅からターミナルまでも近く、スムーズに帰国・・・かと思いきや。。。

な、な、なんと。
リスボンからロンドンまでの便が、ロンドン(ヒースロー)の空港の混雑により、飛び立てないということで1時間ほど遅れてしまう。ロンドンでの乗り継ぎ時間は2時間しかなかったので、いや~な予感はしたのだけれど、機内で隣に座った初老のご婦人が、「ヒースローの混雑での遅れなんて、よくあることよ。次の便も遅れるかもしれない、乗れるといいわね」と言ってくれたので、ちょっと安心したのだけれど。。。

ヒースローに到着したのは、ロンドン→羽田便の約30分前。
ターミナルが異なるのでバスに乗り、セキュリティを通り、免税店の間を抜けて、猛ダッシュでゲートへ向かうも、無常にも羽田へ行く定刻に出てしまった・・・

fishandchips.jpg幸い、航空会社(ポルトガルTAP航空)が、ホテル(夕食、朝食、昼食のバウチャー付き)、ホテルまでの往復バスのバウチャーと、翌日の便を手配してくれたのだけれど、TAP航空のカウンターは、到着したターミナル。
また戻って、入国審査もして・・・と、かなり面倒だった。
しかも、スーツケースが羽田便のターミナルに移動してしまったとのことで、取るのにものすごく時間がかかる=取らないでくれ、とのこと。洗顔用具もないまま、ヒースロー近郊で1泊することに。。。

でも、救いだったのは、同じ便で日本に戻ろうとしていたご夫婦がいらっしゃったこと。空港ターミナル間の大移動も、ホテルまでの移動も(空港ホテルにしては、ずいぶん遠くてバスで30分以上かかった)、3人で行動できたので心強かった。
ホテルに着いたのは、もう22時近く。ホテルのレストランで、ご夫婦と一緒にビールを飲みながらフィッシュ&チップスを食べる。

あー、疲れた!!!

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【ポルトガル旅行:7日目(その3) リスボンの夜】


シントラからリスボンへ戻ると、あらあら、いいお天気
ちょうど夕暮れ時だったので、ロシオ駅から歩いてサン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台へ。
駅から階段を上っていくと、そこからの眺めもなかなかステキだったので、写真を一枚パチリ
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夕景に映えるサン・ジョルジェ城、今回は時間もなく、実際には訪れられなかったのがちょっと残念。
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リスボン最後の夜、せっかくレストランも多い地区にいるのだし、ということで、ファド・レストランに行ってみることに。
一人でも入りやすそうな店はないかなぁ・・・、あまりに空いている店もいやだなぁ・・・と、かなりウロウロして、そこそこ繁盛していたレストランに入ってみた。
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オーダーしたのは、カルド・ヴェルデ(ジャガイモとキャベツの入ったスープ)と、バカリャウ・コン・ナタス(干しダラ入りのグラタン)
グラタンは、バカリャウの塩加減とクリームソース、ジャガイモがちょうどよくて、なかなか美味しかった。ボリューム満点で半分も食べられなかったけれど(量が多すぎる!)
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ファドはずーっと歌われているわけではなく、ワタクシが聴いたのは男性歌手が歌った2曲、女性歌手の2曲。
男性のファドはコインブラでも聴いたけれど、女性のは初めてで、女性のほうが哀愁というか、郷愁というか、そういうものが強く感じられた・・・もちろん、歌手それぞれの個性や選曲にもよるのだろうけれど。

明日はもう最終日。
リスボンは近郊含めて楽しい町なので、もう少し滞在したかったなぁ。。。

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【ポルトガル旅行:7日目(その2) ロカ岬とシントラ】


さて、午後は“ここに地終わり、海始まる(Onde a terra acaba e o mar começa)”で有名な、ユーラシア大陸最西端のロカ岬と、リスボン近郊の景勝地で世界遺産にも登録されているシントラを観光。

ただ・・・プランニング大好きなワタクシとしたことが、計画をミスしてしまった。というのも、ロカ岬やシントラは、午前中のほうが天気がよく、午後は海流の影響もあり曇天になってしまう、ということを事前にチェックしていなかったのだ。
ということで、見事なまでの曇天

ロカ岬へは、電車でベレン駅からカスカイス駅へ移動。カスカイス駅のバスターミナル(駅の向かいのデパートの地下にバスターミナルがある)から出ているローカルなバス403番で行ける。この403番のバスは、カスカイスからロカ岬を経由してシントラへ行くので、同じバスに乗ってシントラへ移動できる。
カスカイスからバスに乗った時は、ピーカンのいい天気だったのに、山を上り下りしているうちに、どんどん曇行きが怪しくなり、ロカ岬に着いた頃の空模様は、こんな感じ(↓)。海=大西洋=が写真ではまったく見えません。
そして、何よりも風がめちゃめちゃ強くて寒かった!
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403番のバスは、1時間に1本しかなく、しかもロカ岬では小さなツーリスト・インフォメーションがあるだけなので、かなり時間を持て余した。ふらふら散歩して、写真などを撮ってみた(↓)。
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ローカルバスに揺られてシントラに到着。シントラ駅近くのバス停でバスを乗り換え、丘の中腹へ。
緑に囲まれ、その中に建つ建物は、とっても絵になる(↓)。
詩人バイロンが、ここシントラを“この世のエデン”と呼んだのも、なんとなーくわかる気がした。
でも、残念ながらこちらでも、見事なまでの曇天まぁ、晴天の美しい写真はガイドブックでも見られるし、こういう写真は実際に行ったからこそ!ということで。。。。
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6-sintra5.jpgこちら(←)は、シントラの王宮
イスラム教徒が残した建物をディニス王が居城とし、14世紀にジョアン1世が増改築をおこなったとのこと。
この王宮のシンボル、2本の煙突も14世紀の増改築時に造られたのだとか。


こちら(↓)は、アズレージョで飾られた“紋章の間”。アズレージョは狩猟の絵柄で、“紋章の間”と呼ばれるのは、おそらく天井に王家の紋章の装飾が施されているからだと思われる(↓右)。
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こちら(↓左)は、“白鳥の間”。天井一面に、27羽の白鳥が描かれている。それぞれ絵柄が違っている。
↓右は、(たぶん王の)寝室。ベッドヘッドの装飾が凝ったもので、どことなくイスラムっぽさを感じた。
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6-sintra11.jpgこちらは、ディニス王が造ったチャペル
ここの天井もものすごく凝っていて、圧倒された。壁には白い鳩が描かれている。
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この王宮は、たくさんの部屋があったけれど、天井に特徴がある部屋が多かった。


6-sintra15.jpgバスに乗って、さらに丘の上へ。
次に訪れたのは、おとぎ話に出てくるような姿が印象的な、ペーナ宮殿(←)。
霧に覆われ、なにやらミステリアスな雰囲気。魔女とか出てきそう!!!

ペーナ宮殿は、19世紀に女王マリア2世とフェルディナンド2世によって建築が始められたとのこと。

なんとも微妙な色合いの紫色のタイルがとても印象的(↓左)。それぞれの装飾も凝っている(ちょっとグロテスクなところも・・・)。
こちら(↓右)は、チャペル。やっぱり天井の装飾が凝ってます。
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内部は、王の宮殿らしくゴージャス。
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回廊から見た時計台(↓)。なんでこんな色にしたんだろ?
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6-sintra22.jpgこんなところにワニが!


ペーナ宮殿のパノラマ。てっぺんが切れてるけれど。
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建物自体が面白くて、長時間いてもまったく飽きることがなかった。
そのおかげで、シントラの他の見どころ=レガイラ宮殿もとても楽しいらしい=に行く時間がなくなってしまったけれども、また次回に訪れる機会に(そして今度はぜひとも青空のもとのシントラを訪れたい)。

帰りは、シントラの駅から鉄道でリスボンのロシオ駅へ戻った。
リスボンまでは40分くらいで、意外に近かった。

(その3)に続く。

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ポルトガル旅行:7日目(その1) ベルン 

2014/05/09
Fri. 14:10

【ポルトガル旅行:7日目(その1) ベルン】


さて、今日は午前中にリスボンの西にあるベルンへ、そして午後にはロカ岬とシントラを訪れるというプラン。

リスボンからは、市電15番に乗ってベルンへ移動。
最初に訪れたのは、司馬遼太郎に“テージョ川の貴婦人”と称されたベルンの塔(↓)。
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6-lisbon2.jpgこのベルンの塔は、もともとはテージョ川を行き交う船を監視し、河口を守る要塞として1520年に完成。その後は、税関や灯台の役割も果たしたのだという。

こちらは砲台。この下は火薬庫として使われていたとのこと。

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6-lisbon6.jpg塔は4階建てになっていて、1階が司令官の間、2階が国王の間、3階が謁見の間、4階が礼拝堂になっている。
階段が非常に狭いので、交通整理のため、「今は上がるのはOK、下がるのは待ちなさい」という案内が出ている。ご丁寧に、「あと何分何秒」で変わるのかも表示されている。


続いては、世界遺産に登録されているジェロニモス修道院へ。
この修道院は、エンリケ航海王子トヴァスコ・ダ・ガマの偉業をたたえ、また新天地への航海の安全を祈念して、マニュエル1世が1502年に着工、約1世紀をかけて完成したものとのこと。
昨日訪れた(といっても中には入っていない)バターリャの修道院の建築が未完成のまま終わったのは、このジェロニモス修道院を造るため、職人たちがみなリスボンに移ったからなのだとか。
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こちらは教会。バターリャの修道院と同じように、白を基調としているけれども、こちらは装飾あり。
ワタクシの好みとしては、バターリャのシンプルな教会のほうが好きかな。。。
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ジェロニモス修道院には、ヴァスコ・ダ・ガマの棺(↓)がある。ガマの棺には、カラベル船が彫られている。
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見事な2階建ての回廊(↑&↓左)。1階と2階とでは建築家が異なるらしい。
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こちら(↑右)は、食堂として使われていた部屋。壁面のアズレージョは18世紀のものとのこと。

しかし、この修道院を造るために、どれだけの人(奴隷)が使われたのだろうか。
そういうことを考えると、「わ~、すごい!立派!」と思ってばかりもいられない。
新大陸からもたらされた富を、ポルトガルはこういった豪奢な建築物に費やしてしまったため、国が豊かにならなかったという話も聞いた。


(その2)へ続く。

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【ポルトガル旅行:6日目(その2) バターリャ・ファティマ】


ランチの後、再びバスに乗って、バターリャという町へ移動。
この町にも世界遺産に登録されている、歴史ある立派な勝利の聖母マリア修道院(↓)がある。
“バターリャ”というのはポルトガル語で“戦い”という意味で、この近郊で1385年に、王位を狙って攻めてきたカスティーリャ軍をポルトガルが撃退して勝利をおさめたのが町の名前の由来。この戦いは、ポルトガルの独立を守った歴史上非常に重要な戦いで、その勝利を記念して、この修道院も造られたのだという。

ただ、ここも残念ながら、修道院内部の観光はできず、教会のみだった
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5-fatima5.jpgアルコバサの修道院を手本として造られたとのこと、教会の内部の様子もとてもよく似ている(→)けれど、こちらのほうがより洗練されている印象。


さて、最後の目的地は、カトリックの聖地として知られるファティマ
ファティマは、第一次世界大戦中の1917年、3人の子どもが聖母マリアに遭遇するという奇蹟が起こった場所と言われており、聖地となったところ。その奇蹟を記念して造られたバシリカの前には、何十万人もの巡礼者が集える大きな大きな広場がある(↓左)。最初に聖母マリアが現れたという5月13日には、世界中からの巡礼者でこの広場が埋め尽くされるのだという。ちなみに、前ローマ法王 ヨハロ・パウロ2世がバチカンで襲われた日が5月13日で、重傷を負った法王が回復したのは、聖母マリアが守ってくれたからだ、ということで、さらにこのファティマへの巡礼は盛んになったらしい。
うーん、たった(?)100年前の出来事から、これだけの聖地ができるなんて、宗教を持たないワタクシにはちょっと信じがたい・・・・
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5-fatima8.jpgバシリカ内はこんな感じ(←)。
さすがに大航海時代の富を費やした教会のようなゴージャスさはなく、ややシンプル・質素(?)。

5-fatima9.jpg5-fatima10.jpgバシリカ内には、聖母マリアに遭った3人の子どものお墓(←)もある。


こちら(↓)は、出現の礼拝堂
この場所に、聖母マリアが現れたとのことで、巡礼者が奉げるろうそくの火がたくさん灯されていた。
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このほか、聖三位一体教会という、何かイベントでもできそうなホールのような教会もあり、その地下の展示スペースには、聖母マリアに遭った日の子どもの日記の抜粋や、3人の子どもたちの写真などの資料が展示されていた。
あまり興味はなかったけれど、このファティマでは自由時間がたっぷりあったので(個人的には、ここでこんなに時間を取るなら、オビドスの散策に時間を使いたかったし、もっと言うと、アルコバサ or バターリャ、どっちか一つでよかったので修道院内部に入りたかった)、とりあえず覗いてみた。

ファティマで今回のバスツアーの観光はおしまい。

リスボンに戻った後、ホテルから歩いて5分ほどのところにあった某サイトでクチコミ評価の高かった『Sessenta』というレストランでディナー。
こちらのレストランは、メインが選べるセットメニューがあり、一人でも食事がしやすかった(残すのは申し訳ないので、食べきれるポーションというのはポイント高い)。
いただいたのは、前菜のタコの入ったサラダ、本日のスープ、
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メインにマグロの赤身のステーキ(たたき風?)とアサリのリゾット、そして追加でデザートにチーズケーキ w/ パッションフルーツのソース。
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ポルトガルらしい料理だったかというと疑問だけれども、フツーに美味しかったです。

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【ポルトガル旅行:6日目(その1) オビドス・アルコバサ・ナザレ】


さて、今日はリスボン発の1日バスツアーに参加。ツアーのメンバーは25名くらい、日本人はワタクシだけで、ガイドのおばちゃんはものすごく気が強そうで、早口で、そしてマイペースな人だった・・・

最初に訪れたのは、オビドスという、城壁に囲まれた小さなかわいらしい町。ポルトガル人にも人気の町で、“谷間の真珠”という別名もあるんだとか。
城壁に囲まれているので、町に入るのもこんなゲート=ポルタ・ダ・ヴィラ=から入る(↓)。もともとはイスラム支配時代に造られたものだというが、門の上部はアズレージョで飾られていた。
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オビドスの町は、白い壁、黄色と青のアクセントが特徴的で、町並みが統一されている(↓右)。
門から続く道にはおみやげもの屋が立ち並び、その中でもひときわ数が多かったのが、このオビドスの名物、ジンジャというお酒。さくらんぼのお酒で、小さなチョコレートカップに注いで飲む(↓左)。
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通りを歩いていたら、教会かな?と思って入ってみたら、なんと本屋さんだった!(↓)
面白いとは思ったけど、観光地なので(町の人口は800人程度らしい)、こういうところで本を買う人ってそんなにいない気がする・・・
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おみやげもの屋にあまり興味はなかったので、城壁に上って歩いてみた
眺めはなかなか壮観!
ちなみに城壁の一番奥には、お城を改築したポサーダ(ホテル)があり、かなり人気があるのだという。
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オビドスの次に訪れたのは、アルコバサという町。
この町には世界遺産に登録された立派な修道院がある。
この修道院は、12世紀初め、初代国王アルフォンソ・エンリケスがレコンキスタに協力したシトー修道会に感謝して建設を始めたのがはじまりなのだという。
最盛期には1000人以上の修道士が暮らしていたとのことで、あまりに大きすぎて写真には納まらず(↓左)。

ただ、残念だったのは、ワタクシが参加したこのツアーには、アルコバサ修道院への入場が含まれていなかったこと
自分がちゃんと確認しなかったのが悪いのだけれども、入場できたのは無料の「教会」のみ。あぁぁ、、、ちゃんと内部を見たかった・・・・

ということで、教会のみを観光(↓右)。
ここは非常にシンプルで、彫刻などもまったくないといってもいいくらい。真っ白な柱が印象的で、ある意味、非常に洗練されたデザインともいえるだろう。。。
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この教会内部には、有名な棺が納められている。ポルトガルでは有名な、悲恋の物語の主人公、ペドロ1世とイネスの棺だ(↓)。
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凝った彫刻が施されていて、真っ白な教会に真っ白な棺がうまく調和していたように思う。
もともとはこの棺は悲恋の物語の舞台、コインブラにあったらしいのだけれど、こちらに移されたとのこと。でも、ピッタリの場所を見つけたのでは?とワタクシは勝手に納得してしまった。
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ちなみに、ペドロとイネスの悲恋の物語というのは、父である国王の決めた結婚相手、カスティーリャの姫と結婚したペドロ王子は、その妃の侍女イネスと恋に落ちてしまう。国王の怒りで引き離された二人だが、やがて王妃が亡くなり、ペドロはイネスを側室とし、3人の子どもにも恵まれる。が、カスティーリャの圧力をおそれた国王と家臣たちによってイネスは殺されてしまい、後に国王となったペドロは、教会にイネスを正式な妻として認めさせ、そのイネス殺害に関与した者をみな処刑したのだという。


アルコバサの後は、ランチをとりに、海沿いのリゾート地、ナザレへ。
なんでポルトガルにナザレなんて名前の町があるの?と思って調べてみたら、なんでも8世紀にこの地にやってきた僧のもっていたマリア像が、遠くイスラエルのナザレのものだったことに由来するのだとか・・・そんなことで、町の名前って決まっちゃうのかしらね?
いかにも団体客用のレストランでは、白身魚のフライが出てきた。フツーのお味。
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ナザレの海岸(↓)。まだ5月の初めなので閑散としていたけれど、夏にはきっと賑わうんだろうな。
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6日目(その2)へ続く。

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ポルトガル旅行:5日目(その3) リスボン 

2014/05/07
Wed. 20:12

【ポルトガル旅行:5日目(その3) リスボン】


4-lisbon1.jpg快適なバスでリスボンのバスターミナルに到着。

バスターミナルから地下鉄を利用、ホテルに移動しチェックイン、荷物を置いて、リスボン散策スタート。
まずは地下鉄に乗って市街地へ、最初に向かったのは、リスボンに来たらこれには乗らなきゃ!というサンタ・ジュスタのエレベーター!

エレベーターの中は、こんな感じ(↓)。歴史を感じます。
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エレベーターを上がったところにある展望台からのリスボンの眺め(↓)。空の青さがまぶしいです


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エレベーターは、坂の多いリスボンの町の“移動手段”になっていて、低地から高地(と書くとオーバーだけど)に坂を上らず移動できる。ということで、ワタクシはエレベーターを下りることなく、そのまま高いエリアにある観光スポットへ向かった。
最初に訪れたのは、サン・ロケ教会(↓左)。
天正遣欧少年使節の少年は、この教会に1か月ほど滞在したのだという。
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サン・ロケ教会のそばにある、サン・ペドロ・アルカンタラ展望台からのリスボンの眺め(↓)。
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4-lisbon8.jpgカモンルイス広場の正面の通りを少し歩き、もっともリスボンらしい景色が見られるという、ケーブルカーのビッカ線の乗り場へ(←)。
ちょっと逆光で暗いけれども、遠くに青く明るく光って見えるのはテージョ川。
ケーブルカーの落書きも、なんだかアートに見えるのが不思議。


リスボン名物の市電28番に乗って、カテドラルへ(↓)。ちなみに、この市電、ほんとに観光客に大人気で、満員で2本見送った。。。
リスボンのカテドラルは、12世紀の中頃に建設が始まったもの。砦の役割も果たしていたとのことで、かなりいかついファサード。強固な造りで、リスボンに大きな被害をもたらした1755年のリスボン大地震にも耐えたのだという。
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ファサード正面にあるバラ窓がとても印象的。
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この後、リスボンの下町と呼ばれる“アルファマ”という地区をちょこっと歩き(ガイドブックに特集されているけれど、あまり印象に残らなかったし、いい写真も撮れなかった)、引き続き市電28番に乗って、グラサ展望台へ。
夕暮れまで少し時間があったので、展望台のスタンドでビールの飲みつつ、日の入りを待った。
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夕暮れのリスボンの景色を堪能し、その後ホテルへ戻って、エヴォラ、リスボンと盛りだくさんだった本日は終了。
明日は、リスボン発着のバスツアーに参加し、アクセスしづらい町を巡ります。


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【ポルトガル旅行:5日目(その2) 続々・エヴォラ】


さて、続いて訪れたのは、エヴォラのカテドラル
かなり大きな、存在感のある建物で、入場するとまず案内される(順路になっている)のは、屋上(↓左)。
ちょっと苔で緑色になっているところも、屋根や塔のデザインが凝っているので、絵になる感じ。
4-evora16.jpg 4-evora17.jpg
回廊もばっちり見下ろせます。
絵になるせいか、地元の高校生(?)が写生に来ていました(↓)。ポルトガルの高校生は、みんなでキャーキャー騒いだりすることなく、淡々としていた。まぁ、遠足というわけじゃないから、はしゃいだりはしないのだろうけれど、“オトナ”だったという印象。
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内部は、きらびやかではなく、むしろシックな感じ。
前述のとおり、このカテドラルには天正遣欧少年使節が訪れており、彼らはここでパイプオルガンの演奏を聴いたのだという。当時のこのカテドラルの姿がどんなものだったのかは想像するしかないけれども、そもそも九州にはこんなに天井の高い建物はなかっただろうし、さぞびっくりしたことだろう。
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カテドラルの次は、ロイオス教会へ。こちらはワタクシが宿泊したポサーダに隣接している。
ここも壁一面がアズレージョで飾られているのだけれど、そろそろアズレージョもおなかいっぱい(飽きっぽいワタクシ)
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ロイオス教会の入場券は、近くにあるカタヴァル公爵邸とセットになっていたので、そちらへも入場(↓右)。
このカタヴァル公爵邸は、14世紀末の古い建物で、国王(ジョアン1世)がエヴォラ市長のために建てたものなのだとか。一時期は歴代の国王(ジョアン3世、5世)も住んでいたこともあるらしく、“Palace”とも呼ばれていた。
この建物の中からは、ディアナ神殿がまた違った角度からよく見えた(↓左)。
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4-evora26.jpgこちらも公爵邸からの眺め。
エヴォラは緑の平原に囲まれている町だということがよくわかった。

そろそろおなかもすいてきたので、エヴォラの目抜き通り、10月5日通りのそばのお店でランチにする。
ビールと、アレンテージョ地方の郷土料理のスープ(ソーパ・アレンテージョ)をオーダー(↓)。
コリアンダーとニンニクがたっぷり入ったスープで、別に玉子と白身魚が付いてきたので、それも混ぜ混ぜしていただく。ちょっと塩気が強かったけど、まずまずの味だった。


4-evora27.jpg 4-evora28.jpg 4-evora29.jpg

4-evora30.jpg以上でエヴォラ観光は終了。
タクシーの中から、エヴォラを囲む城壁を撮影(←)。遠くに水道橋も見えて、我ながらなかなか良い写真だと自画自賛。

ポルトガルを個人旅行する場合、どうしても、リスボンとポルトを結ぶライン上での観光が多く、エヴォラまで足を延ばすことは多くないかもしれないけれど、ワタクシ個人的には、リスボンやポルトよりも、エヴォラの町の雰囲気が好きになりました。

バスターミナルから、バスに乗って再びリスボンへ。
1時間15分ほどでリスボンに到着。まだまだ5日目は続きます!

(その3)に続く。

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ポルトガル旅行:5日目(その1) 続エヴォラ 

2014/05/07
Wed. 11:10

【ポルトガル旅行:5日目(その1) 続エヴォラ】


起床後は、せっかくなので修道院を改装したポサーダ内を散策
客室は、修道士の個室を改装したものだったので、それほど広くもゴージャスでもなかった。もちろんスイートルームなどに泊まれば、ぜんぜん違ったのだろうけれど。。。あと、壁が厚いせいか、客室内ではWi-Fiが使えなかったのがちょっと不便だった(ロビー近くの共有スペースでは使用可)。
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レストランは回廊に設けられていて、素敵な雰囲気(↓左)。朝食(ブッフェスタイル)もこちらでいただけました。
↓右は、フロントから客室へ移動する際の階段。大きなタペストリーは歴史を感じさせるものだった。
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4-evora7.jpgさて、エヴォラ観光は、エヴォラ大学からスタート(↑←)。
もともとはイエズス会の神学校で、ルネサンス期から大学としての機能をもつようになり、それ以来、ここアレンテージョ地方の学問の中心になっている大学とのこと。
2階建ての回廊があり、その回廊はアズレージョが飾られていた。
アズレージョは至るところに見られ、教室の入り口や内部にも。ちなみにこの教室は、バリバリの現役。覗いてみた教室に教授らしき人が座っていてちょっとびっくり(向こうのほうが驚いたかも?)。


続いて訪れたのは、サンフランシスコ教会(↓)。16世紀に建てられた教会で、内部はアズレージョで飾られている。
4-evora8.jpg 4-evora9.jpg
ここの最大の見どころは、教会に隣接して造られた、人骨堂
5000体以上もの人骨で、柱や壁が覆われている(↓)。
ガイドブックで見ていたときは、もっと暗くて狭い場所だと思っていたのだけれど、かなり広々としていて光も入り(その分、人骨がはっきり見える!)、まったく“おどろおどろしい”感じはしなかった。
この場所は、修道士たちが瞑想する場所として造られたらしい。「人はいつか、必ず死ぬ」ということなんかを、考えたりしたのかなー?
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サンフランシスコ教会を後にして、少しエヴォラの町を散策。
町のあちこちにローマ時代の水道橋のあとが見られ、うまく家屋や店舗に利用されていたりした。
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水道橋は町(城壁)の外にまで続いている。ホントにこういうのを見ると、ローマ人ってすごかったんだなぁ・・・と思ってしまう。そして、道路を造るには邪魔になるだろうに、こういうものを残してくれているエヴォラの町の人々にも感謝の気持ちがわいてくる。ま、ホントに邪魔なところは取り壊したりしたのだろうけれど・・・
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まだまだエヴォラ散策は続きます。
5日目(その2)へ続く。

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ポルトガル旅行:4日目(その2) エヴォラ 

2014/05/06
Tue. 22:06

【ポルトガル旅行:4日目(その2) エヴォラ】


コインブラからリスボンでバスを乗り継ぎエヴォラに到着。到着時間は19時を回っていたけれど、まだまだ明るい♪
エヴォラは、アレンテージョ地方(テージョ川の向こう、という意味)の中心都市で、ローマ時代から栄えていた町。
日本の天正遣欧使節もこの町を訪れたのだという。

バスターミナルからはタクシーでホテルへ移動。本日の宿泊先は、旧市街の中心に建つロイオス修道院を改装したポサーダ、『ポサーダ・ドス・ロイオス』(↓左)です

正面には、ローマ時代の神殿跡、ディアス神殿(↓右)がある。中世には要塞として使われていたとのことで、比較的保存状態が良いのだという。
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神殿の向こうにちょっとした広場があり、その一角には日本人彫刻家が制作したという彫刻が置かれていた(↓右)。ガイドブックによれば、“波立つ海の中に光る満月”という作品とのこと。
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さて、おなかがすいたので、検索して評判の良さそうだったレストラン『Tipica Quarta-Feira』という店(↓左)に行ってみた。
こちらのレストランは、ディナータイムであってもセットメニューのみの提供。なので注文する(というか選択する)のは、ワイン赤か白か、だけ。ワタクシは白をチョイス。
最初に出てきたのは、前菜。大きなマッシュールームをオリーブオイルで焼いたもの、ハム、こってりとしたチーズ(↓右)。
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メインはどどーんと、黒豚のロースト。付け合せはジャガイモとクリーム状のほうれん草。いやぁ、ボリュームたっぷり!!!
黒豚は思ったよりしつこくなく、そして柔らかかったので食べやすかった。半分も食べられなかったけれど・・・。
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デザートはフルーツとケーキ。さらにはポルトワインも出てきました、さすがポルトガル!
最後はコーヒー(エスプレッソ)、大満足でした
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3-evora9.jpgこちらのお店、観光客よりも地元の人のほうが多かったような印象。ホール係りとお客さんが「まいど!」みたいな感じであいさつ・おしゃべりをしているのをよく見かけた。

おなかがいっぱいになったところで、ホテルへ戻る。
ディアナ神殿がライトアップされていて、昼間とはまた異なった趣があったように思う。

明日は半日エヴォラを散策し、その後リスボンへ向かう予定。
おやすみなさーい

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【ポルトガル旅行:4日目(その1) コニンブリガ】


さて、本日は午前中にコインブラ近郊のローマ時代の遺跡コニンブリガを訪れ、午後にはアレンテージョ地方のエヴォラに移動するというけっこうな強行スケジュール。

3-coni1.jpg車を運転しないワタクシは、公共交通機関=バスを利用しての移動となるので、前日のうちにコインブラのツーリスト・インフォメーションでコニンブリガ行きのバスの時間とバス停(コインブラA駅のすぐそば)をチェックしておいた。コニンブリガ行きのバスは午前中に2本、午後に1本と本数が少ない。

コインブラからのバスは、約45分ほどで、コニンブリガのビジターセンター近くに到着。
コニンブリガは、イベリア半島最大のローマ都市遺跡。ローマ時代には、リスボンとブラガ(ポルトガル北部の町)を結ぶ交通の要所として栄えた都市だったが、5世紀に西ゴート族の侵入により滅びてしまったのだという。

3-coni2.jpgコニンブリガの遺跡の最大の見どころは、床に残されたモザイクの数々
見事なモザイクは、2年ほど前にチュニジアのバルドー博物館で観てはいたけれども、遺跡の中で見るのと、博物館とで見るのは、また少し違う感じ。


こちら(↓左)は、浴場の跡。天井を支えていたと思われるアーチがきれいに残っている。この都市遺跡の中にも、浴場跡は複数あり、ローマ人はほんとにお風呂好きだったのねーと実感。
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『カンタベルの館』と言われる邸宅の跡(↓左)。↓右は、ローマ遺跡ではよく見られる水道管。
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こちら(↓左)もローマ遺跡ではよく見られる円形劇場。ローマの偉大さは、ローマから遠く離れた都市でも、ローマ式の“都市”を築き上げていたところ。
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このコニンブリガの遺跡のハイライトは、こちら(↓)の『噴水の館』
水路には水が張られており、当時の庭園の様子を再現している。
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3-coni11.jpg 噴水の館に残されている、非常に保存状態のよいモザイク。

3-coni12.jpg こちらも同様。
ローマ時代から、ここ(ポルトガル)の人たちは魚をいっぱい食べていたのでしょう・・・

小規模ながら、遺跡のほとりには博物館(レストランも併設)があり、ここから出土したコイン、食器など、当時の人々の生活のようすが忍ばれる展示がなされていた。

再びバスに乗ってコインブラへ。
コインブラには、新カテドラルや、国立マシャード・デ・カストロ美術館、旧サンタ・クララ修道院など、他に見どころもあったようだけれども、時間も限られていたので、今回は訪れず。

コインブラから、次の目的地のエヴォラは、バスで移動。
直行便もあるようだけれども便数が限られているので、リスボンのバスターミナルで乗り換え。
コインブラからリスボンまでは2時間半、リスボンからエヴォラまでも1時間半くらいかかるので、午後はほとんどバス移動。
しかも、リスボンからエヴォラへ向かうバスの時間が、リスボンの帰宅ラッシュの時間とぶつかり、渋滞に巻き込まれてしまい、予定時間を1時間近くオーバーしてのエヴォラ到着。

エヴォラでの様子は、4日目(その2)に続く。

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【ポルトガル旅行:3日目(その2) コインブラ散策】


ポルトから特急で約1時間、コインブラに到着。
なお、特急列車が停まるコインブラの鉄道駅は、「Coimbra B駅」で、コインブラの市街地へは、そこでローカル路線に乗り換え、「Coimbra A駅」に行く必要がある。このローカル線の電車の本数が少なく、かつ特急電車との接続も良くないので、時刻表を調べて待ち時間の少ない電車を選ぶか、もしくはCoimbra B駅からはタクシーを利用するかしないと、なーんにもないCoimbra B駅で長時間待つはめになるので、注意しましょう。
2-coim1.jpgコインブラは、イスラム教徒の支配を経て、ポルトガルが建国された12世紀、最初に首都になった古都。
1290年にはコインブラ大学が設立され、以降、大学を中心にポルトガルの文化と学問の発展に貢献してきた。今も、リスボン、ポルトに次ぐポルトガル第3の都市である。

コインブラの観光の起点は、こちら(←)のポルタジェン広場
広場から北に延びるメインストリートをてくてく歩くと、別の広場、5月8日広場に到着。


2-coim2.jpg 2-coim3.jpg 5月8日広場に面して建っているのは、サンタ・クルス修道院(←)。
ポルトガルの修道院らしく、アズレージョが施されている。赤いパイプオルガンってちょっと珍しい。


2-coim4.jpg 続いて訪れたのは、コインブラのハイライト、コインブラ大学
図書館などに入場するためには、あらかじめビジターセンターでチケットを購入する必要がある。ちなみに、図書館については内部の環境を維持するためだろう、門の開閉が少なくて済むよう、入場時間が決められることに注意が必要。

こちら(←)は、旧大学への入り口『鉄の門』。入口の足元には、見事な学校の校章(?)のモザイクがあり、学生や観光客たちを迎えてくれる。
ちょうど黒マントを着た学生さんたちがいたので、ここぞとばかりにシャッターを切った。
ちなみに、恋人ができるとこの黒マントの裾を破くという習慣があるらしい(裾がビリビリになっている学生ほど、モテるってこと)

門をくぐって中庭を通り、いよいよ世界でもっとも美しい図書館のひとつと言われるジョアニア図書館(↓左)へ。
18世紀に建てられたもの(増築で今は最初のものから3倍の広さになっている)で、蔵書は30万冊以上。何より内部の金泥細工が見事で、うーっとりしてしまう。
中は本にとって優しい温度と湿度が保たれており、非常に快適。虫が付きにくい木材を用いるなど、蔵書を守るさまざまな工夫がされているとのこと。

残念ながら内部は撮影撮影は禁止で、こちら(↓右)は、ポストカードを撮影したもの。
この見事な蔵書スペースの下には、図書館として使われているところもあり、そこには16世紀に日本を訪れ、その様子を書き綴った16世紀の本なども展示されていた。
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こちら(↓)は、学位授与の儀式などに使われるという『帽子の間』
いやぁ、こんなところで卒業式とかしたら、たいして勉強してなくても(?)、感動するだろうなぁ・・・
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こちらは、帽子の間の近くにあった窓から見たコインブラの眺め
ポルトガルの街らしく、オレンジ色の屋根瓦が印象的。
すぐ近くに見える、どっしりとした大きな黄土色の建物は旧カテドラル(この後訪れました)。
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2-coim10.jpg こちらもコインブラ大学のキャンパス。さきほどの『帽子の間』があるのもこの建物。ほかに、礼拝堂(こちらも写真撮影禁止)などもあった。
時計塔は学生たちから「カブラ(山羊)」と呼ばれている。

続いて訪れたのは、旧カテドラル(↓)。コインブラには新旧二つのカテドラルがあり、この旧カテドラルは12世紀にポルトガルの初代国王アルフォンソ・エンリケスの命によって建てられたもの。
ただ、新しいほうといっても16世紀末に建設が始まったという歴史を持つ。新カテドラルにも行きたかったけれども、残念ながら月曜日は休館でした。。。
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2-coim19.jpg観光のラストは、コインブラ・ファドの鑑賞。アルメディーナ門を少し上ったところにある、コインブラ・ファド・センターへ。
18時~の回と19時~の回があり、1回あたり約50分で、10ユーロ也。
コインブラのファドは、リスボンのファドとは少し異なっていて、ヴォーカルは男性のみ。コインブラ大学の学生によって発展したからだそう。男子学生が想いを寄せる女性に捧げた恋の歌や、学生生活、青春時代を謳歌している様子を歌った明るい歌などが演奏された。
コインブラ・ファドを広めたいという団体が運営しているので、説明なども丁寧だった(ポルトガル語、英語の2か国語でやっていたが、フランス人などがいればフランス語でも説明するものと思われる)。
恋の歌は、暗くなってから、男子学生が意中の女性の家の近くに出かけ、外からその女性の部屋に向かって歌い、女性はそれをベッドに座って窓越しに聴いた、それゆえ、素晴らしい歌に対しては拍手でなく、“咳払い”をするのが作法なのです、という説明がされ、ワタクシたちオーディエンスも咳払いをするように言われたり、一緒に歌ってみましょうと促されたり、なかなか面白かった。
ヴォーカルなし(ギターのみ)の曲も数曲聴いたけれども、やっぱりしんみりとした(ちょっと演歌ちっくな)歌があるほうがワタクシは好みだった。

コインブラ・ファド鑑賞のあとは、ちょっぴり、みやげもの屋を冷やかす。
コインブラの近くの陶器で絵付けに特徴のあるコニンブリガ焼き、ポルトガルの幸運のシンボル(?)鶏のガロなどが所狭しと並んでいた(↓左・中央)。あと、民家なのかお店なのかわからないけれども、ジーパンを加工したプランター(?)がベランダに飾ってあって、可愛らしかった(↓右)。これは日本でも受け入れられそう?!
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さて、夕食の時間。
コインブラでは、ぜひここの郷土料理であるシャンファーナ(仔ヤギの香草&赤ワイン煮込み)をぜひとも食べたいと思っていたので、下町のレストラン街をウロウロ。。。
某クチコミサイトで評価の高かった店は、外まで行列が出ていたのであきらめ、ホテルにほど近くで、人がそこそこ入っている店に入ってみた。
2-coim20.jpgオーダーしたのは、赤ワイン(グラス)、本日のスープ:野菜スープと、お目当てのシャンファーナ。残念ながら、半分サイズ(メイア・ドーセ)にしてもらえなかったので、このボリューム!(→)。
仔ヤギは、香草や赤ワインで煮込んであるせいか、まったく臭みはなく、見た目よりギトギトしている感じもなく、柔らかくて食べやすかった。付け合せのジャガイモもしっとり&ホクホクで美味(おなかいっぱいになるので、たくさんは食べられなかったけど)。
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盛りだくさんの3日目はこれでおしまい。

明日は、コニンブリガのローマ遺跡を訪れた後、アレンテージョ地方のエヴォラに移動します。

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【ポルトガル旅行:3日目(その1) 続々・ポルト】


2-port1.jpg宿泊先のホテルGrande Hotel Parisは、某クチコミサイトで朝食が充実しているとのことで、それが滞在の一つの楽しみだった。ビュッフェスタイルで、こんな感じの朝ごはん(←)。お料理はとりたててスゴイ!ということはなく、ただ、中庭のあるレストランの雰囲気はとてもよかった。
1泊55.5ユーロ、立地は申し分なく、それなりにコストパフォーマンスはなかなか。ポルトガルは他のヨーロッパに比べると、物価は比較的安めなのかもしれない。
ホテルをチェックアウトし、荷物をフロントに預けて、散策スタート。

まず訪れたのは、昨日前を通りがかったカテドラル(↓)。
12~13世紀に建てられたもので、ロマネスク様式、ゴシック様式、さらにはバロック様式での増改築が繰り返されたのだという。
外壁や回廊などが、見事なアズレージョで飾られていて、とても見応えのある大聖堂だった。


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2-port6.jpg2-port7.jpg内部は宝物館になっていて、大司教が使ったと思われる部屋や、礼拝堂などを見学することができた。


2-port8.jpgポルトの街並みをもう一度見ようと、ドン・ルイス1世橋へ。
上の橋をのーんびり歩いて渡る。


2-port9.jpg2-port10.jpg続いては、昨日の日曜日は閉まっていた、「世界で最も美しい書店」といわれるリヴラレア・レリョを覗いてみた(←)。
観光客だらけで、写真撮影はお断りとなっていたけれど、記念に一枚撮ってしまいまいした

さらに坂を上って、側面がアズレージョで飾られた立派なカルモ教会のあるカルモ広場へ。
さらにこの広場には市電が停まっていた(市電はリスボンのほうが有名だけど)。
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2-port14.jpgさて、ポルト観光はここまで。
サン・ベント駅から電車に乗って、長距離列車の発着するカンパニャン駅へ。
このカンパニャン駅の近くに、タコの天ぷら(フィレテス・デ・ポルヴォ)とタコの炊き込みご飯で有名なレストランがあるとのことなので、そこでランチ。
ただ、ガイドブックに載っている『Casa Aleixo』は最近味が落ちたとのクチコミをたくさん見たので、もう少し離れたところにある『Casa Ines』というお店へ。駅からは5分も歩かないけれど、スーツケースをガラガラ引きずるにはちょっと道が悪かった・・・

このお店には、開店時間よりも早く着いてしまったのだけれど、中で座って待たせてくれた。
オーダーしたのは、ワインは、ヴィーニョ・ヴェルデ(微発砲の白、いやいや緑!)と、お目当てのタコの天ぷら(炊き込みご飯はセットになっている)。
ちょっとごはんは塩辛かったけれど、タコの天ぷらは驚くほどやわらかくて美味しかった。

食事を済ませ、駅に戻り、特急電車(IC)に乗ってポルトガルの文化の都、コインブラへ。

【3日目(その2)】へ続く

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【ポルトガル旅行:2日目(その2) 続・ポルト】


1-port17.jpgさて、ボルサ宮に到着(→)。
もともとは、19世紀に建てられ、つい最近まで証券取引所として使われていたもの。ボルサとは、ポルトガルで“株”という意味とのこと。
こちらの見学は、45分程度のガイドツアーに参加してのみ可能で、残念ながら写真撮影不可。
ガイドブックにも記載のあるとおり、“アラブの間”と呼ばれる、スペインのアルハンブラ宮殿を模して造られたという部屋は見事だった。ポルトと友好関係のあった国家や都市などの紋章で飾られた天井の高い解放感あるホール、商業組合の裁判が行われていたという部屋、アフリカや南アフリカから取り寄せた木材が使われた床の寄木細工が見事な“黄金の間”など、なかなか興味深かった。ポルトガルの繁栄は大航海時代で、19世紀にはもうかなり衰えていたのでは?と思っていたのだけれど、ポルトはポートワインがあったので、経済力があったということなのかしら???

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1-port20.jpg続いては、ボルサ宮の隣にある、サンフランシスコ教会へ(↑)。
14世紀に建てられた修道院付属の教会で、無骨(?)な外観とは裏腹に、内部は金泥細工(ポルトガルではターリャ・ドゥラーダというそうだ)で飾られていて、ゴージャスな印象。
こちら(←)の、『ジュッセの樹』と呼ばれるキリストの系図は、有名な作品らしい。

そろそろお腹が空いてきたので、レストランの並ぶ川沿いのエリア、カイス・ダ・リベイラへ。
レストランはたくさん並んでいるものの、これ!とピピッとくるレストランがなく、最終的にはドン・ルイス1世橋のすぐ近くのカフェに入店。暑かったのでビールを1杯と、ポルトのB級グルメ“フランセジーニャ”をオーダー(↓左)。このフランセジーニャは、ポルト版のクロックムッシュで、食パンに薄切りステーキとハムを挟み、チーズをかけて焼いたものに、トマトソースをかけたもの。
パンの目が詰まっていてかなりボリュームがあり、ステーキもハムもけっこう塩味が強く喉も乾くので、完食はギブアップ。まさにB級グルメといった食事でした。

腹ごしらえを済ませ、いよいよ、ポルトのシンボルであるドン・ルイス1世橋を歩いて渡る。
1-port21.jpg1-port22.jpg橋のたもとに人が集まっていたので何かと思って見てみたら、観光客の若者が橋からドウロ川に飛び込んでいた!!!(→)

ドン・ルイス1世橋は、ポルトの中心部とドウロ川対岸のヴィラ・ノヴァ・デ・ガイア地区を結んでいる。 Wiki先生によれば、ギュスターヴ・エッフェルの弟子の一人、テオフィロ・セイリグが設計し、1881年から1886年の間に建設されたとのこと。2階建てになっており、2階は歩行者とメトロ用に、1階は自動車と歩行者用となっている。下のほうは歩く距離が短く、のんびり景色を楽しみ写真を撮りながら歩いても、10分もかからないくらい。

1-port23.jpgこちらは、橋からのカイス・ダ・リベイラの眺め。ブラボー!!!な眺めです。

こちら(↓)は、橋を渡りきり、対岸のヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアからの眺め。
ラペーロと呼ばれる船があちこちに停まっているが、これは昔、上流の生産地からポルトまで、ポートワインを運ぶために使われていたのだという。今は、観光・観賞用になっている。
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1-port26.jpg歩き回るには日差しが強く、暑かったので、1時間ほどのドウロ川クルーズに乗ってみる。

ドン・ルイス1世橋以外の、ドウロ川にかかる橋も観ることができたけれど、ここで若干時差ボケが出たのか、途中うとうとしてしまった。


さて、続いてはポートワインのワイナリーを見学。
黒マントとソンブレロ(つばの広い帽子)のシンボルで有名な『サンデマン(SANDEMAN)』(↓)を訪れる。
英語のツアーは行ったばかりだったようで、次のツアーまで1時間ほど待つことになってしまったので、その間に、さきほど利用したドウロ川クルーズでテイスティングのチケットをもらった、なにやらモダンな感じのワインセラー『ESPAÇO PORTO CRUZ VINHOS』にも行ってみた。
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ポートワインは、ルビー、トウニー、レゼルヴァ、コレェイタ、ヴィンテージ、レイト・ボトルド・ヴィンテージ、ホワイト、ロゼといった種類がある。コレェイタ、ヴィンテージ以外(つまりワタクシたちが通常口にするものは)、複数年度のものをブレンドして一定の品質を保っているとのことだった。
サンデマンでテイスティングしたのは、このルビーとトウニー、1杯ずつ。色が全然違うの、わかりますよね?
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1-port31.jpgポートワインを楽しんだ後、今度はドン・ルイス1世橋を上(2階)から渡ってみる。
こちらはヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアの眺め。高さがある分、とっても気持ちがいい!!!

1-port32.jpg1-port33.jpg橋を渡りきったところから少し歩くと、アズレージョの美しい教会を発見。
後で調べてみたところ、サント・イルデフォンソ教会という教会とわかった。日曜日だったせいか、それとも18時近くという時間が悪かったのか、中に入ることはできなかったのだけれど、教会内のステンドグラスも美しいらしい・・・ちょっと残念。

1-port34.jpg朝から歩きっぱなしでけっこう疲れていたこともあり、いったんホテルに戻って休憩。石畳は思いのほか足腰にこたえる(・・・自分の年齢を感じてしまった)。

夕食にはぜひとも、ポルト名物のもつ煮込み“トリパス・ア・モーダ・ド・ポルト”を食べたくて、うろうろとレストランを探し歩いたのだけれど、日曜日は閉まっているレストランが多く、結局断念。

足腰を休め、ポルトの夕景を楽しむべく、再びドン・ルイス1世橋へ向かう。なお、サマータイムにもなっているし、日没は20時半過ぎとかなり遅め。

対岸からのポルトの街並みは、うっとりするほど美しく、ココロが洗われるようでした。
1-port35.jpg

明日は、引き続きポルトを散策した後、午後はコインブラへ移動します。

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ポルトガル旅行:2日目(その1) ポルト 

2014/05/04
Sun. 13:28

【ポルトガル旅行:2日目(その1) ポルト】


1-port1.jpg朝食を済ませ、散策開始。昨夜はタクシーで空港から直行したのであまり実感がわかなかったけれど、ポルトの街は坂道だらけ!しかも、けっこうな急勾配、石畳だし、スーツケースを持っての移動は大変そうだ。

さて、ホテルから坂道を下ると、ぶつかったのがリベルダーデ広場(→)。何やらイベントが開かれるようで、仮設置されたステージでマイクテストが行われていた。

まず訪れたのは、リベルダーデ広場からすぐ、サン・ベント駅(↓)。
この駅のホールは、ポルトガルの歴史的な出来事が描かれた見事なアズレージョ(15世紀ごろ、スペインを経由してムーア人によりポルトガルに伝えられた、上薬をかけて焼かれたタイル)で装飾されており、とても美しい。

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1-port4.jpgこちら(←)は、セウタ攻略の際のエンリケ航海王子を描いたもの。
セウタとは、ジブラルタル海峡にほど近い地中海に面する北アフリカの要所(現在はスペイン領)。1415年にエンリケ航海王子がこの要所を攻略、このセウタ攻略からポルトガルの輝かしい大航海時代が始まったと言われている。

アズレージョ鑑賞を堪能後、明日コインブラへ移動するための切符を購入しておく。切符売り場のおばさんに、「コインブラ行きの電車はこの駅からではなく、カンパニャン駅から出るから間違えないでね!と何度も説明される。サン・ベント駅から出る電車はすべてカンパニャン駅に停まるとのこと、所要は5~10分程度。


1-port5.jpg1-port6.jpg続いては、急な坂道を上って、クレリゴス教会(←)へ。
坂道を上っているとゴシック様式のファサードが出迎えてくれるのだけれど、残念ながらこちら側に出入り口はなく、さらに坂を上りきって反対側に回らなければならない。

このクレリゴス教会はポルトガルで最も高い塔(76m)を持ち、ここからポルトの街並みが一望できる。
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こちらがその眺め(←)。
川はドウロ川、その対岸はワイナリーが並ぶヴィラ・ノヴァ・デ・ガイア。
屋根瓦がオレンジ色で統一されていて、おもちゃ箱みたい。街並みを保存するため、ここに暮らす人々はこの景観を壊さない努力をしているのだろうな(どこかの国のどこかの街も見習ったらいいのに・・・)。


続いては、ソアーレス・ドス・レイス国立美術館へ(↓)。日曜日は14時まで入場料が無料、ありがたい♪
ちなみに迷ったわけではないのだけれど、念のためここまでの道を地元のおっちゃん(初老の紳士と呼ぶには愛嬌ありまくりのキャラクター)に確認したら、ものすごーく丁寧に教えてくれた。英語は通じなかったのだけれども、通りがかった他の人にも「英語できるか?」とか聞いてくれて、いや、迷ってるわけじゃないんだけど・・・と恐縮してしまったほど。
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この美術館は、19世紀の彫刻家ソアーレス・ドス・レイスの作品が数多く集められているとのことだけれど、ワタクシたち日本人にとっての見どころは、なんといっても、こちらの2双の南蛮屏風(↓)。
白人に仕える黒人が描かれていたり、豹らしき珍しい動物が描かれていたり、見ていて飽きなかった。これを観たポルトガルの人たちも、日本人の着ものを見て、不思議に思ったりしたのかなぁ???
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1-port14.jpg美術鑑賞の後は、ボルサ宮へ向かうべく、来た道を戻ってみる。
途中、かなり寄り道をしてカテドラル前の広場(←)を通り(カテドラルは翌日に観光)、広場から続く階段を下りていくと、眺めのよい場所に到着。このあたりは、細い路地も多く、まさに“下町”といった雰囲気。

さきほど上ったクレリゴス教会もばっちり見えた。上って下って、平地よりも表面積(?)が広く、その間はオレンジの瓦屋根が密集しているせいか、実際よりも遠くにあるように感じた(↓)。

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2日目(その2)へ続く。

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ポルトガル旅行:初日 

2014/05/03
Sat. 20:22

【ポルトガル旅行:初日 成田 → フランクフルト → ポルト】


少し遅めのゴールデンウィーク休暇をとって、1週間のポルトガル旅行
羽田11;25発のNH223便にて、まずはフランクフルトへ。
ANAが羽田発着国際線を増やしたので、成田が遠いワタクシとしてはとっても便利になったわ~。
免税店をぶらぶらしていると、普段デパートで買っている化粧品ブランドがかなり安く免税店で売られていることに気付いてしまった・・・乗継便だったからあまり買えなかったけど、次回こそは!

機内では、映画『ミケランジェロ・プロジェクト』『エージェント・ライアン』を観る。どちらもあまり面白くなかったせいか、昼間の便にもかかわらず、かなり爆睡してしまった。

フランクフルトで入国審査を済ませ、ATMからユーロをゲット。
乗り継ぎ時間が4時間くらいあったけれど、本を読んでいたのでけっこうあっという間に時間が経った(というか、何をして時間を過ごしたのか、まったく覚えていない・・・帰国時のトラブルで他の空港での記憶が吹っ飛んだ)。
20:45発のLH1180便でポルトへ。思っていたより混雑していて、ほぼ満席だった。

ポルトにはほぼ定刻どおり、22:30ごろに到着。
あまり大きな空港ではないはずなのに、ターンテーブルからタクシー乗り場がけっこう遠くてちょっと迷ってしまった。地下鉄が乗り入れているので、夜遅くなければ地下鉄を使ってもよかったのだろうけれど。

ポルトでの宿は、サンベント駅にもほど近い老舗ホテルGrande Hotel Paris
古いホテルなので設備はイマヒトツとはいえ、朝食が充実している(朝食の様子は、3日目(その1)へ)のと値段が良心的ということで、ここを選んだのだけれど、外で若者が騒いでいてかなりうるさかった。5月は大学生が卒業するシーズンとのことで、この土曜日の夜には、学生のパーティーか何かが開かれていたらしい。

明日からは、ポルトを堪能します♪

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2014-05