Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

カゴメの株主優待(2013年3月) 

2013/05/26
Sun. 13:02

IMG_1239.jpgカゴメの株主優待が届いた。

今回は夏バージョン、

・Fruttoma(トマト)株主様特別品
・朝一番にとりたい野菜
・カゴメトマト100%
・野菜生活100 シークヮーサーミックス
・野菜生活100 SUKKIRI VITAMIN グリーンキウイMIX
・カゴメトマトケチャップ
・旨みぎゅっとトッピングトマト


という内容で、飲料がほとんど。
Fruttomaというのはゼリー、トマトのゼリーって甘いのかなぁ???
トッピング・トマトはけっこう使えるかも。調理例に、洋風卵かけごはん(卵、粉チーズとこのトマトトッピング)がのっていたので試してみよう~。

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【食事&おみやげ編】


さて、今回の旅行で食べたモノ・買ったモノについてのメモ。

実は、ブダペストに入るまでは観光に忙しく(店に入って食事をする時間がもったいなく)、あまりちゃんとしたものを食べなかったため、ポーランド料理、スロバキア料理はぜんぜんチャレンジできず、でした

クラクフのホテルでの夕食、豚のカツレツ。付け合せは、中欧らしく、ザウワークラウトとポテト
その隣は、アウシュビッツ強制収容所のそばにあるスタンドで買って食べた、ポーランドの国民食(?)ピザ風スナック、ザピエカンカ
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psh-m-19.jpgクラクフのユダヤ人地区、カジミエシュ地区にあるユダヤ料理レストラン『Ariel』での食事。
パプリカ入りのスープのグヤーシュ、ポテトパンケーキとコロッケのようなお料理。

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ブダペストのクラシックなカフェ『Central』での夕食。
グヤーシュと、オーストラリア=ハンガリー皇帝にも愛されたケーキ、ドボシュトルタ
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ブダペストの王宮付近の老舗カフェ『Cafe Pierrot』でのランチ。
色鮮やかなアスパラガスのスープと、ホルトバージ・パンケーキ。中にはチキンが入っていました。
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ブダペストのくさり橋とデアーク広場の間にある有名レストラン『Tigres』でのディナー。
付きだしのムース、メインのウサギ肉の料理、フォアグラづくしの前菜(クレームブリュレみたいなのにもフォアグラがしっかり入っていた!)、こちらも前菜のフォアグラのロースト(このフォアグラのローストは、ワタクシが食べたわけではなく、食事を一緒にした相手が食べたモノ)。
ブダペストはフォアグラが安いというけれど、確かにそんなに高級そうなレストランでなくても、フォアグラを使った料理が用意されていた。
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リスト広場近くのレストラン『Menza』でのランチ。
ガーリックたっぷりのスープフォアグラのローストがのった贅沢なマッシュルームのリゾット
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最後の晩餐、ペスト地区は自由広場の近くにあるレーテシュ専門店『Első Pesti Rétesház』でのディナー。
ハラースレーと呼ばれる魚を使ったスープと、ハンガリー名物のお菓子レーテシュ(リンゴ入りとチーズ入り)。
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買ってきたおみやげ。、今回は酒類多し。右から、
・ エゲルの赤ワイン、エグリ・ビカベール(オスマン=トルコ軍を破った原動力となったとの伝説がある“牡牛の血”と呼ばれるワイン)、
・ トカイの貴腐ワイン、トカイ・アスーの6プットニョシュ(500ml)、3プットニョシュ(250ml)
・ ハンガリーの養命酒(?)ウニクム(100ml)、
・ フォアグラのパテの缶詰、
・ チェリーボンボン(チョコレート)、
・ ハンガリーの民族衣装を着た人形のワインオープナー&コルク、ソルト&ペッパー入れ。

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自分への土産は、お約束のマグネット。
1か国1つと決めて、ポーランドではザコパネ、スロバキアではスピシュ城、ハンガリーではブダペストの夕景のものを購入。どれもけっこう気に入っている。

実は、トカイ・アスーはまだ試していないので(ハンガリーでも飲まず)、これから開けるのが楽しみなのです♪

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【最終日:ブダペスト → フランクフルト → 成田】


本日の最終日は基本、移動日。
ホテルをチェックアウトする前に、近くのスーパーに行ってハンガリーの通貨フォリントを使い切るべく、飲み物や土産になりそうなチョコレートなどを購入。

デアーク広場付近のホテルからタクシーに乗りブダペストの空港へ。30分ほどで到着、料金はホテルで手配したため高めで7,500Ftだった。

ワタクシが利用したターミナルは、シェンゲン協定加盟国内向けのフライトのみが飛ぶターミナル2A。セキュリティチェック後にある大きな免税店ではお酒をたくさん扱っていたので、思わず購入してしまった(【食事・おみやげ編】)。

10:40ブダペスト発フランクフルト行き1337便は、定刻より20分ほど遅れて出発。
フランクフルトでの乗り継ぎ時間が限られていたのでちょっと焦ったけれど、特に問題ナシ。
日本行きのフライトなので、大勢の日本人(当たり前か)、しかも30人超のグループのパッケージツアーの団体さんが3つくらいいてここでも圧倒された。添乗員って大変だろうなー。

13:50発フランクフルト発成田行き710便で、いよいよ帰国の途へ。
このフライトはダブルデッカーA380の機体だったけれど、それでもほぼ満席。さすがゴールデンウィーク。

機内で見たのは、『オズ・はじまりの戦い』(2013年/米国 原題:Oz: the Great and Powerful)。
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=ストーリー=

舞台はカンザス。小さなサーカス団のマジシャンオズ(ジェームズ・フランコ)が乗った気球が竜巻に巻き込まれ、彼は魔法の国オズへとたどり着く。その国は魔法使いの王が魔女に殺されてから、次の王の到来を待っており、オズがその次の王だと信じた魔女セオドラ(ミラ・クニス)は、姉の魔女エヴァノラ(レイチェル・ワイズ)のいるエメラルド・シティに連れて行く。エヴァノラは、前の王を殺した魔女グリンダ(ミシェル・ウィリアムズ)を倒すよう、オズを向かわせるが・・・

=感想(箇条書き)=

・ 「カンザスに善良な(good)男は多いが、俺は善良ではなく偉大な(great)男になる!」と言っていたオズ、でも彼も結局カンザスの男だったということ。

・ 3人の魔女のキャスティングが豪華だし、それぞれピッタリはまっていた。レイチェル・ワイズは悪役も似合う。同じキャストで本家本元の(?)『オズの魔法使い』を続編でやってもらいたい。

・ 普通に面白かったけど、子ども向けなのか大人向けなのか、やや中途半端な気がした。


=評価=
★★★(満点は★5つ)

あと、少し前の『プロバンスの贈りもの』というラッセル・クロウ主演の映画を観て、そうこうしているうちに、
成田空港には午前8時ごろ到着。

10日間の連休をフルフルに使った8泊10日の中欧旅行。
いろんなところに行けて、とても楽しく充実していた。やっぱり8日あると違うな~。


さてさて、次回はどこに行こう?!

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【8日目:ブダペスト・ドナウ川クルーズなど】


いよいよ実質の最終日。本日8日目は、ブダペストの町を散策。天気も良さそうなので、ドナウ川のナイトクルーズも試してみる予定。

まずは、くさり橋(↓)付近を散策。昨日はバスを使ったので、歩いて渡るのは初めて。
くさり橋は、ハンガリーの国民的英雄であるセチェーニ・イシュトヴァーン伯爵の提唱により10年の歳月をかけ、1849年に完成した。ブダとペストを初めて結んだ橋で、それまでは船で行き来しており、冬にドナウ川が凍り船が出ず、伯爵が父親の葬儀に出席できなかったことが、橋を造るきっかけになったのだという。
「ブダ」と「ペスト」ではなく、「ブダペスト」という町の名前で親しんでいるワタクシにとって、150年ほど前にようやく橋がかかったとは、なんとなく意外な感じ。
くさり橋のたもとに座すライオン像、堂々としているけれど、舌がない・・・。単なる設計ミス?何か意味があった???
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橋から見たマーチャーシュ教会(↓左)。天気が良くて空気が澄んでいるからとてもキレイに写真が撮れた。
そして橋をわたったところにあるのが、アダム・クラーク広場(↓右)。この広場から、王宮に上がるケーブルカーが出ている(ワタクシは結局乗らなかったけれど)。
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アダム・クラーク広場にあるトラム乗り場から、19番のトラムに乗ってゲッレールト温泉(Gellért Gyógyfürdő)へ。
当初の計画では、ルダシュ温泉に行こうと思っていたのだけれど、トラムの駅をひとつ乗り過ごし、戻るのが面倒だったので計画変更。
ここは、古くはオスマン帝国時代に温泉施設が整えられていたところ。現在は、1910年代に建てられたゲッレールトホテル(↓左)内にあり、受付のホールからしてオリエンタルな雰囲気が漂っている(↓右)。
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psh-8-7.jpgガイドブックにも載っていたけれど、温泉では着替えるスペースとして、個室のキャビンか、ロッカーかを選ぶ(それによって入場料が変わる)。
ゲッレールト温泉には、屋内&屋外プール(屋内プールはスイミング・キャップがないと入れないところがある)、35℃、38℃の温泉、ミストサウナ、サウナ、水風呂、さらにはエステ・マッサージ室(別料金)などもあり、まさに“スーパー銭湯”といった感じ。
35℃のお風呂はワタクシには、ぬるいを通り越して冷たく、入っても気持ちよくなかったけれど、35℃の温泉のほうが賑わっていた。外国人にはそちらのほうがいいのかなぁ?
ミストサウナはハーブ(薬草、と言ったほうがイメージ的にはピッタリ)の香りが強かったけれど、けっこう気持ちがよかった。

朝風呂でさっぱりした後は、再びトラムに乗って(47番or49番)に乗って、おみやげ調達がてら、中央市場(↓左)へ。
大勢の観光客でにぎわっていて、パッケージツアーの日本人団体客もちらほら。ガイド(添乗員)さんが、「今日は混雑しています。人が多いので、スリには注意してください!」と大声で説明していた。
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市場には肉、野菜、チーズなどの生鮮食料品の店のほか、観光客向けのアイテムも充実。にこにこマークのピクルス、カワイイ
ワタクシもここで、ワインとフォアグラ(【食事&おみやげ編】)を買ったけれども、実は同じワインがスーパーで安く売られていた(汗)。ま、そんなもんですよね~。
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クレジットカードが使えるのは一部のお店。とはいえ、市場内に両替所もATMもあったので、現金が足りなければ調達は容易。

買い物を済ませ、再びトラムに戻りいったんホテルへ。
戦利品を置き、温泉で着た水着を洗濯して干して(明日帰国なので)、一息ついてからアンドラーシ通り沿いにあるリスト広場に面したレストラン『Menza』にランチに出かけた(【食事&おみやげ編】)。

ランチの後、まっすぐに延びるアンドラーシ通りをひたすら直進、英雄広場へ。
この英雄広場は、ハンガリー建国1000年を記念して、1896年に造られた広場で、広場の中央には大天使ガブリエルをいただく記念碑が立っている(↓)。この大天使ガブリエルは、イシュトヴァーン1世にハンガリー王位を授けるよう、当時のローマ法王の夢に現れたのだとか。
記念碑の左右には、扇状に14人のハンガリーの英雄たちの像が並んでいる。
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記念碑の台座には、マジャール族の7人の部族長たちの騎馬像が置かれていた(↓左)。
英雄広場の北側には、堂々とした西洋美術館(↓右)が、
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南側には、派手な外観の現代美術館(↓左)があった(どちらも行かず)。
広場の奥に広がる公園内には、セチェーニ温泉(↓右)があったり、動物園、遊園地やサーカスがあったりと、市民の憩いの場になっていた。
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psh-8-19.jpgこちらはアンドラーシ通り(←)。
まっすぐに延びた道で、初夏(というにはまだ早いか)の木々の緑が美しく、その木々が作る木陰もあり、絶好の散歩コース。紫外線対策がやや甘かったのが悔やまれるけれど、でも本当に気持ちが良かった。

psh-8-20.jpg続いて訪れたのは、国立オペラ劇場
毎日(たぶん)15時、16時にガイドツアーがあり、しかも水・土は日本語ツアーも開催されているので、それに参加。
英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、日本語など、各国語のガイドツアーが始まるこの時間は、観光客でごった返していた。
ちなみに、ガイドツアーに参加する人は、オプションでミニコンサートに参加できる(といっても、5分弱、しかも舞台でなくビュッフェスペースでのコンサートなので、あまり期待はしないほうがよい)。


ガイドツアーは、中央階段(↓左)からスタート。そこを上がると、皇帝専用だったロイヤル階段(↓右)。
ロイヤル階段は、今では“VIP階段”となっていて、各国の要人やマドンナなどの有名人が来たときに使われるとのこと。鏡が効果的に使われていて、実際よりも広い空間に見える。
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こちらは、ダイニング(ビュッフェ)のスペース(↓左)と、皇妃エリザベートが使ったという待合室(↓右)。
この国立オペラ劇場が改修された際も、この赤い待合室だけはオリジナルのまま残されたらしい。
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劇場の舞台(↓左)と、観客席の様子(↓右)。観光客がたむろしている席は、皇妃エリザベートがお忍び(プライベート)で来たときに使われた席。死角が多そうな席だけど・・・
ちなみに、音響効果が最も高いのは4階席で、その4階席は市民のための席だったとのこと。
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こちらは、劇場のロイヤルボックス(↓)。
皇妃エリザベートは、夫の皇帝フランツ・ヨーゼフと一緒に来たときのみ、ここに座ったそうな。
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劇場のシャンデリア(↓)。
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劇場の音響効果をさらに向上させているというキューピッドの音楽隊(↓)。
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国立オペラ劇場観光の後は、少し時間があったので、ブダペスト西駅に隣接する“世界一美しいマクドナルド”(↓)を覗きに行った。まぁ、確かにクラシカルな雰囲気でステキではあるけれど、“世界一美しい”かどうかはやや疑問。とはいえ、外にはテラス席などもあり、けっこう繁盛していたようだった。
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ブダペスト観光も、いよいよクライマックス。
最後は、ドナウ川の夜景クルーズ♪
クルーズ乗り場まで行く途中、川辺の道を歩いていると、幻想的な夕景を見ることができた。しばし、うっとり~
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psh-8-34.jpgクルーズ船から見た、ライトアップされたゲッレールトホテル、自由橋と、ゲッレールトの丘の上のモニュメント
psh-8-35.jpgマーチャーシュ教会
psh-8-36.jpg国会議事堂

クルーズは約1時間。日本語の音声ガイドもあり、ワンドリンクもついていて、なかなか良い内容だったように思う。

以上で、ブダペスト観光、そして今回の旅の観光は終了。
ブダペストは見どころがたくさんあり、多くの観光客が訪れるのも納得だった。


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【7日目(その2):ブダペスト・王宮周辺とゲッレールトの丘】


【7日目(その1)】からの続き

psh-7-2-0.jpgデアーク広場近くのバス停から、16番のバスに乗って王宮(の丘)へ。王宮(の丘)へ行く方法としては、くさり橋をブダ側に渡ったところからケーブルカーに乗る、ケーブルカー乗り場から歩く、という方法もあったのだけれど、今日はこれからたくさん歩きそうだったので、体力温存のため、丘の上まで直接運んでくれるバスを利用した。

“王宮(の丘)”というのは、王宮そのものだけを指す呼び名ではなく、ひとつの町のようになっていて、ホテルやレストランなども立ち並んでいる(←)。
雨が降ってきたこともあり、雨宿りがてら、観光前に王宮(の丘)にある老舗のカフェでランチ(【食事&おみやげ編】へ)。


雨が上がったので観光開始(食べ終わったら止んだ・・・グッドタイミング!)。
まずは、三位一体の像(↓左)のある三位一体広場周辺。この三位一体の像は、中世に猛威を振るったペストが収束したことを記念して造られたのだという。
その広場に面してある、高い尖塔をもつ立派な教会が、マーチャーシュ教会(↓右)。
ハプスブルク帝国の皇帝フランツ=ヨーゼフとその皇妃エリザベートが戴冠式をおこない、そのためのミサをリストが作曲・演奏の指揮もしたという、由緒正しい教会で、ブダペストのMUST SEEの一つ。
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屋根のタイルにはジョルナイの陶器が使われていて(↓左)、なかなかキュート♪
オスマン帝国支配下にある時代には、モスクとして使われたという歴史もあり、内部はちょっとオリエンタルというか、ビザンチン的な色使いがされている(↓)。
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教会内部には博物館も併設されていて、国会議事堂にホンモノが展示されていた王冠のレプリカも展示されていた。

続いて訪れたのは、漁夫の砦(↓)。砦の前には、堂々たる聖イシュトヴァーンの騎馬像が置かれている。
砦といっても、戦争のために造られたものではなく、町の美化のために造られたもの。
ここは、ドナウ川の対岸のペスト地区を見渡せるビューポイントになっていて、多くの観光客が訪れるスポットになっている。
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psh-7-2-10.jpgくさり橋と聖イシュトヴァーン大聖堂
psh-7-2-11.jpg国会議事堂
psh-7-2-12.jpgドナウ川にかかるエリザベート橋(手前の白い橋)と自由橋(奥の緑色の橋)

雨上がりの曇天なのがやや残念だったけど、ブダペストが“ドナウの真珠”と讃えられるのも納得の眺めだった。

続いて訪れたのは、王宮(↓)。
王宮は増改築が繰り返されているのだけれど、その一部の建物は、現在、国立美術館になっており、ハンガリーの画家、彫刻家の作品が集められ展示されている。19世紀の美術が非常に充実していた。
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夕方近くになったので、ゲッレールトの丘へ移動。
トラムとバスを乗り継いで行くこともできるけれど、バスを降りてもけっこう歩く必要があるので、ここは効率を考えタクシーで移動。4,000フォリント(1,800円)くらいだった。

このゲッレールトの丘は、ドナウ川の両岸がいっぺんに見られるビュースポット。
昼間は曇りがちな天気だったけど、夕方にはずいぶん晴れ間もでてきたので、きれいな夕焼けが見えるかな~などと期待しつつ。

ゲッレールトの丘にそびえる女性像(↓左)と、ピンク色に染まる建物がなかなかステキな夕景(↓右)。
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psh-7-2-18.jpg灯りが点り始めたところ。
psh-7-2-19.jpgくさり橋(奥)と王宮、自由橋(手前)。

この写真は、ツィタデラと呼ばれる要塞に上がって撮ったもの。要塞に上ったほうが視線は上がるのだけれど、電燈などもあるので、夜景を撮影するにはイマヒトツかもしれない。

帰りはタクシーがいなかったので、自由橋のたもとまで歩いたのだけれど、日が暮れてから歩くとびっくりするくらい真っ暗な道で、標識などもなく、ちょっぴり怖かった。とはいえ、昼間は気持ちの良い散策コースなのかもしれない。

この後、フォアグラのディナー(【食事&おみやげ編】へ)をとって、盛りだくさんの7日目終了。
明日も、ブダペスト観光です。

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【7日目(その1):ブダペスト・国会議事堂と聖イシュトヴァーン大聖堂】


psh-7-1-1.jpgブダペスト観光初日、まず訪れたのは、国会議事堂(←)。
現役の国会議事堂なので、内部を見るためにはガイドツアーに参加する必要がある。
以前はチケットを求めて並ばないとダメだったようだけど、今はネットで事前予約ができるので、ワタクシはそれを利用した。

2013年5月の時点で、国会議事堂は修復(?)工事中。しかも、国会議事堂の面するコッシュート・ラヨシュ広場も大がかりな工事をしていた。あの様子では、当分工事は続きそう。

ガイドツアー(英語)は9時15分スタート。どこかの国の団体さんもいて、参加者は40人くらいいただろうか。

正面の入口(いつもは閉じられていて、要人が訪問するなど特別な日のみ開くとのこと)を入ると、階段があり大きな吹き抜けのあるホールになっている。どこもかしこも(?)豪華な装飾がなされていて、ため息がでてしまうほど。
窓のカーテンもステンドグラス(↓右)。美しいし、洗濯も不要で実用的(笑)。
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天井のフレスコ画も美しい。

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psh-7-1-6.jpgここ国会議事堂には、ハンガリーの初代国王イシュトヴァーン(後述)の戴冠から、最後の王が大二次大戦後に退位するまで、約1,000年に渡って受け継がれてきた王冠(←)が展示されている。戦後、国外に持ち去られていたとのことだが、1978年にハンガリーに返還されたのだという。
宝石がちりばめられたゴージャスな王冠、厳重な警備がされているので、あまり近くに寄ることはできないけれど、一見の価値アリ。

こちら(↓)は議場の様子。
慣れるまでは見とれてしまって、議員も審議に集中できなさそう・・・などと思ったのはワタクシだけ?
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ガイドツアーは約45分で終了(といっても、入場時のセキュリティチェックで15分近く時間を取られたので、実際は30分くらいだった)。
続いて訪れたのは、聖イシュトヴァーン大聖堂(↓)。
psh-7-1-9.jpg完全に余談だけれども。これまでこの旅行では、比較的のんびりしたところばかりを訪れてきたせいもあり、この大聖堂の前の広場に集まっている大勢の観光客に圧倒されてしまったワタクシ。ブダペストは素晴らしいところで、たくさんの人々を惹きつける魅力があることはまったく否定しないけれども、もう少しのどかな、観光客も少なめのところが、ワタクシは好きなのかも、、、などと思った。

話をもとに戻して。
大聖堂の名前になっているイシュトヴァーンとは、ハンガリーの初代国王。
ハンガリー統一を進め、ローマ教皇から授かった冠を用いて戴冠した王で、ハンガリーのキリスト教化に貢献したとしてカトリックでは聖人にも数えられている。

こちら(↓)は教会の内部。
主祭壇にはイエス・キリストでなく、聖人イシュトヴァーン像が置かれている。
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この大聖堂の最大の見どころ(?)は、聖イシュトヴァーンの右手のミイラ(↓右)。
聖遺物をありがたく思う、信仰の対象になるという考え方が、ワタクシにはどうもしっくりこないしのだけれど、どうやってこのミイラができたか、といったような説明の展示もされていて、信仰を持った人にとっては、大事なものなのだろうということは、なんとなく理解できた。
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psh-7-1-14.jpg教会の塔の上は、展望台になっている(別料金が必要)。
エレベーターと階段で上れるのだけれど、エレベーターが6人乗りと4人乗り。カップル社会のヨーロッパ、一人旅のワタクシはかなり迷惑な存在だったかも・・・

こちら(←)は、展望台からの眺め。
その一部のズームアップ(↓左)、王宮方面の様子。マーチャーシュ教会、漁夫の砦などが見える(詳細は【7日目(その2)】へ。)。

色鮮やかなタイル屋根が印象的な建物は、郵便貯金局(↓右)。タイルは、ハンガリーが誇る陶磁器工房(メーカー)、ジョルナイ製のもの。
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見晴らしがよいので、高い所が苦手でなければ、ぜひぜひこの展望台には上ってみるべし。

psh7-1-17.jpgところで。
聖イシュトヴァーン大聖堂の前の広場に面したジェラート屋さんがオススメ(繁盛しているのですぐわかるかと)。
人気の秘密は、おそらくこのバラの形の盛り付け(→)。
3フレーバーを選べるMサイズは550フォリント(約250円)と、ブダペストの物価からすると決して安くはないけれど、可愛らしい形にテンション上がること間違いなし。
ただ、オーダーした順番に内側から花びらを作っていくので、オーダーの順番は考えたほうがよいかも(ワタクシは、ストロベリー、バニラ、ピスタチオという順にオーダーしたのだけれど、逆に言ったほうが良かったとちょっぴり後悔)。

以上で本日のペスト側の観光は終了。午後は、ブダ側に移動します。

【7日目(その2)】へ続く

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【6日目(その2):ミシュコルツ → ブダペスト】

【6日目(その1)】からの続き。

ミシュコルツ散策のメインは、東方正教会(地球の歩き方の表記だと、マジャール正教会)。

psh6-10.jpgpsh6-11.jpgこの教会内を見るためには、まずその隣にあるハンガリー正教会博物館に入場する必要がある。博物館といってもこじんまりした建物だった。
展示の内容は、ハンガリー正教会の歴史(まったく言葉がわからず)、正教会が保有するお宝(?)の金細工、典礼書、礼拝のためのマントやイコンなど。金銀細工がとても細かくて(←左の写真の十字架のアップが、その隣の写真)、こちら(↓左)の典礼書の表紙のキューピッドなんかも、ちゃんと顔までついて、見ていて飽きなかった。
博物館の展示を見終えたところで博物館の入場料を払い、教会の鍵を管理しているおばちゃんが教会に連れて行ってくれた。
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教会の外観は非常に地味(↑右)なのだけれども、入ってみると・・・

ジャジャーン!(とワタクシの心の中ではファンファーレが鳴った)見事なイコンが現れた!!
中欧最大のイコンとのこと、宗教上の意味とかはよくわからないけれども、圧倒されました。
こういう、何も知らない人をも圧倒するというのが宗教美術の力なんだろうな・・・これを見ながら説教されたら、普通の人なら厳かな気持ちでそれを聞いてしまうように思う。
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高さ16mの壁一面に、5層にもなる64枚のイコンには、キリストの生涯が描かれている。このほか、天井のほうに近いところには、聖人が描かれた丸いイコンもぎっしり。
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psh6-19.jpgpsh6-18.jpg続いて訪れたのは雄鶏教会(→)。
てっぺんに十字架でなく雄鶏がある(いる)ことから、こう呼ばれているとのこと。残念ながら、どうやら中には入れないらしい。
このほか、トランシルヴァニア様式で建てられた、総板張りの板張教会もガイドブックには載っていたのだけれど、ザコパネで木造教会は堪能したし、事前予約しないと中が観れず、かつ火災で焼失され今の建物は1998年に造られたという解説を読んで少し興ざめしてしまったので、訪れなかった。

こちら(↓)は、ミシュコルツのメインストリート、セーチェニ・イシュトヴァーン通りとそこを走るトラム、そして広場 ・・・写真は早朝(アグテレクに行く前)に撮ったので人がいませんけれど、昼間や夕方はこんなに閑散としていたわけではありません・・・
ミシュコルツはハンガリーが社会主義国だったときに発展した工業都市ゆえ、どことなく暗く今はさびれた感じの町だ、というような感想をネットで見聞きしていたけれど、ワタクシが訪れたときはまったくそんな感じはしなかった。
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ミシュコルツ散策は以上で終了、ホテルに預けておいた荷物を取ってから、再び駅へ。

ハンガリー第3の都市であるミシュコルツから、首都ハンガリーまでは、少なくとも1時間に1本は特急らしき電車が走っていた。
ワタクシが乗った16:28発の電車内は驚くほどガラガラで、4人のコンパートメント席を一人で占領できた。

約2時間でブダペスト(東駅)に到着。
地下鉄に乗ってホテルへチェックインしたのだけれど、これまでずーっと田舎(といっては失礼?いい意味でなんだけど)にいたので、ブダペストの人の多さ、都会ぶりに少々圧倒されてしまった。
そして、噂には聞いていたけれど、地下鉄のエスカレーターの速度にもビックリ。スーツケースを転がして初めて乗るには、ちょっとドキドキのハイスピード、よそ見はしないほうがよさそう。

ホテルにチェックインして部屋に入って数分後、タイミングよく(?)雨がざーっと降ってきた。
春のヨーロッパ、天候はそんなに安定していないと思っていたし、週間天気予報でも雨が降りそうだったのに、今回の旅行はかなり天気に恵まれた。うん、日頃のおこないがいいってことだよね♪

雨が降ったので、少しだけ歩いて夕食を取りに出かけ、この日は終了。
朝も早かったし、おとなしくベッドに入りました。
明日からはブダペスト観光です!

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【6日目(その1):ミシュコルツ → アグテレク・カルスト → ミシュコルツ】


旅行6日目のハイライトは、今回の旅行で5つ目となる世界遺産・アグテレク・カルストとスロバキア・カルストの洞窟群
ハンガリーとスロバキアの国境付近に広がるカルスト地形で700以上の鍾乳洞があり、本日ワタクシが訪れるのは、ハンガリー側のアグテレク国立公園内にある、ヨーロッパ最大の鍾乳洞バラドラ洞窟(Baradla Barlang)

日本で計画を立てていたころは、電車とバスを乗り継ぎ乗り継ぎ、アグテレク国立公園の後、こちらも世界遺産に登録されている貴腐ワインの産地トカイの町を訪れようかとも考えていたのだけれど、こちらに来てバスはけっこう遅れることがわかり、時間ぎりぎりになってしまうこと、仮に時間どおりに行けてもゆっくりワインを楽しむ時間はなさそうだったことから、トカイ行きはやめ、ミシュコルツの町を散策することにした。

psh6-1.jpgと、前置きがやや長くなったけれど。
電車の本数が限られているため早起きして、ホテルで朝食を済ませ、トラムにのってMiskolc-Tiszai駅へ。
昨日来た道を逆に行くだけなので、迷う不安はナシ!

駅で降車駅の名前=Jósvafő-Aggtelek=を紙に書いた紙を渡して切符を購入。
電車の行き先ホームを確認して列車(→)に乗り込む。幸いここミシュコルツの駅が始発だったので、早めに乗り込みのんびりできた。

ローカル線をゴトゴト走る電車に1時間ほど乗って目的の駅に到着。駅を降りて駅舎を抜けると数人がバスを待っているようだったので聞いてみると、ここからアグテレク国立公園へ行くバスに乗れるという。
発車予定時刻から遅れること数分、バスが来たので乗り込む。
運転手に目的地を告げ(正確には紙を見せ)お金を払い、「ここに着いたら知らせてね」とジェスチャーで知らせる。英語は通じたかもしれないけれど、なんとなくジェスチャーのほうが確実に伝わる気が。。。

40分ほどバスに揺られ、バラドラ洞窟にもっとも近いバス停、Aggtelek, Baradlaで下車。
このバス停まで入ってくる公共交通機関のバスの数はめちゃくちゃ限られているのだけれど、観光バスなどはたくさん入ってくるのだろう、大きな駐車場がありバス停としてはわかりやすかった。

アグテレク国立公園内には観光・散策できる鍾乳洞がいくつかあるけれど、たいていは事前予約が必要(迷ってしまうため、個人で勝手に観光はできない)。
とはいえ、ここバラドラ洞窟には、事前予約の約1時間のショートツアーが用意されているので、それに参加。
ホームページには10時からは英語のガイドツアーがあると書いてあったけれど、行ってみると「ハンガリー語のみ」と言われる・・・まぁ、仕方がない。英語の説明書き(A4サイズ両面1枚)をくれたので、時間があったので熟読する。

1時間のショートツアーはここ(↓左)から出発。
この入り口はなんと自然にできたもので、先史時代の人類もここを出入口として使っていたのだという
入った瞬間、ひんやりした空気を感じた。洞窟内の気温は11℃くらいなので、夏に行く人は上に羽織るものを持参するべし。
ツアーで歩く道は、こんなふうに(↓右)観光客向けに整備されている。
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ハンガリー語のガイドだったので、ちっとも説明はわからず(汗)。
でも、いかにも鍾乳洞!!!という光景にテンションは上がり、(よくわからない)写真を大量に撮ってしまった
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ツアーガイドの説明がまったくわからなかったので、英語版説明書からいくつか情報をメモ。

・ この洞窟の全長は約26km、そのうち約8kmはスロバキア側にあり、そちらではドミツァ洞窟と呼ばれている。
・ オリジナルの岩石は、2億3千年前くらい(三畳紀)のもの。洞窟は約150~200万年前から浸食により造られはじめ、三層構造になっている。
・ 先史時代から人間はこの洞窟の存在を知っていてお墓や住居として使っていた。火を用いたため、鍾乳石が煙で黒くなっているところがある。
psh6-7.jpgこちら(←)は、洞窟内にあるコンサートホール
ガイドさんが音楽(クラシックからロックまで)をかけてくれ、音楽に合わせて照明も変わって、なかなか面白かった。ここで結婚式もできるらしい。

このコンサートホールのほど近くから、以前(1980年代)はボートに乗ってスロバキア側にまで行けるツアーがあったらしいのだけれど、残念ながら現在はそのツアーは廃止されてしまったとのこと。


1時間ほどのツアーはあっという間に終了。
入口と出口は違うところにあるので、とりあえず入口付近にあったインフォメーションまで戻った。
その道すがら、ロッジがたくさん並んでいて(↓左)、夏場などはキャンプができるようだった。このあたりには、珍しい野生動物もいるらしいので、のんびりしても楽しいかも。

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インフォメーション(↑右)で、帰りのバスに乗るバス停を聞く。
さきほども書いたように、バラドラ洞窟最寄のバス停に来るバスは本当に数が少ないので、少し歩いて別のバス停まで歩く必要があったのだ。
ちゃんと地図をくれ(英語表記はなかったけれど)、歩くこと10分少々で教えてもらった場所付近に到着。
いちおう小さな屋根のあるバス停があり、おばちゃんが待っていたので聞いてみたところ、この場所でOKのようだった。ここでも英語は通じなかったけれど、紙を見せたら頷いてくれて、さらにバスの時間まで教えてくれた。
ほんと、旅先で親切にされるって嬉しいですね!

ほぼほぼ時間通りにバスは到着。
帰りは電車でなく(電車の本数も限られている)、バスを乗り換えミシュコルツまで戻る。
乗り換えるのは、Kazincbarcika(カジンツバルツィカ)のバスターミナルで、ローカルバスで40分ほどで到着。
カジンツバルツィカのバスターミナルから、ミシュコルツへのバスは平日なのにけっこう混んでいた。

ミシュコルツ到着後は【6日目(その2)】へ。


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【5日目(その2):レヴォチャ → スピシュカーノヴァベス → コシチェ → ミシュコルツ】


【5日目(その1)】からの続き。

スピシュ城からレボチャの町に戻り、レボチャの町を散策。
この町はスピシュ城とともに世界遺産に登録されている
在スロバキア日本大使館によれば、13世紀中頃のモンゴル軍侵略によりレヴォチャの町は破壊されたが、その後、貿易の要衝として次第に重要な位置を占め、後にハンガリー王国の中の自治都市として14世紀末から15世紀にかけて文化的・経済的繁栄の絶頂を迎えた、とのこと。
中世の町らしく、旧市街を囲む城壁がそのまま残っており、旧市街への入り口のメインゲートがこの(→)コシツカー門
コシツカー門から5分ほど歩くと、マイステル・パヴォル広場が広がっていて、この町の見どころもその広場のまわりに固まっている。

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17世紀はじめに造られた旧市庁舎(↓)。この個性的な建物の前には、“恥の檻”と呼ばれる檻があり、昔は罪人などをさらし者にしたのだという。中は、このスピシュ地方の歴史博物館になっていた。
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psh-5-2-4.jpg旧市庁舎の歴史博物館に入場すると、そのすぐ近くにあるマイステル・パヴォル博物館(←)にも入場できる。
マイステル・パヴォルは、16世紀はじめに数多くの宗教美術品を造った名工で、聖ヤコブ教会の祭壇も彼の作品。レボチャに住居兼工房を構えていたとのことで、そこが今、この博物館になっている。
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こらら(↑右、↓)は、聖ヤコブ教会の祭壇に施された木彫りの作品のレプリカ。
あまり入場する人がいないのか(またはメーデーで祝日だったせいか)、ワタクシが入ると慌てて職員さんが展示室の照明をオンにしに回っていた。
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psh-5-2-8.jpgさて、ここレヴォチャ観光のハイライト、聖ヤコブ教会へ。
スロバキアで2番目に大きな教会で、高さ18mを超えるゴシック様式の祭壇は、世界最大級の大きさなのだという。
この教会は自由には観光できず、決まった時間に開催されるガイドツアーに参加しなければならない。ガイドはもちろんスロバキア語・・・

そして残念だったのは、外壁のみならず、その最大の見どころであるゴシックの祭壇も修復中で見ることができなかったこと(涙)。幕に祭壇の絵(写真?)がプリントされていて、その幕が上がってくれないかなぁ・・・などと期待したけど無駄だった・・・残念無念

こちら(↓)は、レヴォチャ旧市街の町並み。右は旧市庁舎を別の角度から見たところ。
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こちらはワタクシが宿泊したホテルとそのレストラン。
ホテルの建物が古いので、客室はすごく快適!というわけではなかったけれど、レストランはなかなか雰囲気があって素敵なところだった。遥か向こうには、丘の上にそびえる聖マリア教会の姿(↓)も見えた。
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psh-5-2-15.jpgバスの時間まで少し時間があったので、広場に面したカフェで一休みした。
英語メニューもなかったため、ビールと隣の人が食べていたケーキをオーダー(変な組み合わせ)。
グラスビールにケーキで支払ったのは、2.2ユーロ。スロバキアは物価が安くて感動(笑)。

さて、ホテルに預けておいた荷物をピックアップして、バス停へ移動。
スピシュ城に行った時のバス停と、これから向かうスピシュカー・ノバー・ベス(Spišská Nová Ves)行きのバス停、名前は同じだけれど場所が違って焦った。今日はバス、電車、さらに電車と乗り継ぐことになっていたので、このバスを逃してまうと宿泊先を変えなきゃならない事態も想定されたので。

スピシュカー・ノバー・ベスのバスターミナルに降りて、はて・・・駅はどこ?ときょろきょろ見回す。
地図看板も見当たらないし、荷物を持ってウロウロするのも嫌だったので、バスターミナルの建物に入り、そこにいた人に聞いて教えてもらった。英語はもちろん通じなかったけれど、親切に道を教えてくれてとてもうれしかった。
ワタクシも日本に来ている旅人が困っていたら、絶対に力になってあげようと心に誓う。

スピシュカー・ノバー・ベスの駅で、本日の宿泊地、ハンガリーのミシュコルツまでの切符を購入。
スロバキアのコシチェという駅で乗り換えるので、そこまでの切符とコシチェからミシュコルツまでの切符、2枚が発券された。
もともと乗ろうと思っていた電車より前に、コシチェ行きの電車があったので、それに乗ってみた・・・けれどもどうやら後の電車は急行で、ワタクシが乗った電車は各駅停車。途中で追い越されてしまった(苦笑)。
各駅停車の車窓から見た景色、一面の黄色い花畑で、季節は春なんだなぁ・・・と改めて感じた。
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各駅停車に乗ったので、1時間40分ほどかかってコシチェに到着。
コシチェはスロバキア第2の都市で、駅もかなり大きく売店やレストランも充実しており、利用者も多かった。
この東スロバキアの中心都市からハンガリーへ抜ける電車は、ブダペスト行きが朝の6時と夕方の6時の1日2本しかなく、乗り損なったら大変!でも、もうちょっと本数があってもいいような気が・・・

ブダペスト行きの特急列車に乗り、1時間20分ほどでミシュコルツのMiskolc Tiszai駅に到着(↑)。赤レンガの駅舎はどこか懐かしい感じ。
この駅もそこそこ立派で、構内にATMがあり、そこでハンガリーの通貨、フォリントをゲット。

駅からホテルまではトラムを利用。ここでもトラムの乗り場の切符売場の人がとても親切で、「このホテルに行くなら何番目のストップで降りて」と教えてくれた。しかも、そのときちょうど運転手さん(女性だった)もその話を聞いていて、ワタクシがトラムを降りた後も、「ホテルはあっちよ~!」と窓を開けてわざわざ手で方向を指して教えてくれた。
・・・ホントにありがとう・・・

と、移動の多かった1日だけれど、とても気分よく終えることができた。

明日はアグテレク・カルストの世界遺産に出かけます!


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【5日目(その1):レヴォチャ → スピシュ城 → レヴォチャ】


本日、5日目のハイライトは、なんといっても世界遺産・スピシュ城(Spišský hrad)
午前中にスピシュ城を観光、午後にレヴォチャに戻って散策後、バスと電車を乗り継いでスロバキアを出国、ハンガリー東部の都市ミシュコルツまで移動する予定。

レヴォチャの町のバス停で、旅行好きのエジプト人男性と出会う。旅行者同士、ちょこっと話をしながら~彼はいつも1回の旅行で1カ国のみを回っているらしい。今回はスロバキア周遊中~、バスに乗ってしばらくすると、その男性が「ここで降りるんだ!」と言うので一緒に降りた。
しかし、スピシュ城の姿も見えないし、どうも様子がおかしい・・・
あとでわかったことだけれども、彼はスピシュ城に行く前に、スピシュスカー・カピトゥラという丘の上にある町(これもスピシュ城の周辺文化財として世界遺産に登録されている)の教会に行きたかったようで、そのカピトゥラの町のバス停=ひとつ手前=のバス停で降りてしまったのだ。。。。

そのエジプト人男性が観光しようとしていた教会は10時オープン、まだ1時間以上あるので、やはり先にスピシュ城を目指すことにする。祝日(メーデー)の朝(9時前)だったこともあり、人に尋ねようにもあまり人が歩いていない(汗)。
丘を下って行くと、反対側の斜面にスピシュ城が見えたので、とりあえず坂を下りてくてく歩く。
15分くらい歩くと、ガイドブックやネットで見たことのあるスピシュスケー・ポトフラジエの町に到着。さらに町を抜けると、とうとう丘の上にそびえるスピシュ城と、そこへ続く道が見えてきた!
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角度を変えながら、だんだん大きくなるスピシュ城の姿を見ながら、道なりに延々歩くこと45分ほど、スピシュ城の入り口に到着。気温はそれほど上がっていなかったけれど、天気が良かったので、これだけ歩くとやっぱりけっこう汗をかいた。
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入口でチケットを買うと、オーディオガイドがあるけれど使うか?デポジットは10ユーロ必要なものの、無料とのことだったので、利用することにする。当時の騎士になりきった声優の演説や音楽なども入っていて、なかなか凝ったつくりのガイドだった。もちろん日本語はないけれど、英語は聴きやすかったので興味がある人はぜひ借りてみて。
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psh-5-1-6.jpgさて、今さらながらスピシュ城の紹介。
スピシュ城は、そもそもモンゴル人(タタル人)の襲来に備えて1209年に建造が始まった城
十字軍で発達した築城技術が使われていて、確かにシリアのクラック・デ・シュヴァリエと雰囲気が似ている。
バトゥの西征は1236年に始まり、この地方は1240~41年ごろに征服されているけれど、音声ガイドでは、この城がどのように戦いに用いられたかといったことは説明されていなかったので、実戦はおこなわれなかったようだ。

建造以降、ルネサンス様式、バロック様式を加えて増改築を重ね大きな城となったが、1780年の火災で焼け落ち、その後は廃城になってしまったのだという。

城の内部には、当時のここでの生活の様子(↓は食堂、教会の様子)や、使われていた武器、拷問に使った道具などが展示されていて、小さな博物館のようになっていた。
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スピシュ城からは、城下町スピシュスケー・ポトフラジエ、その向こうに聖職者の町スピシュスカー・カピトゥラがキレイに見えた。
お天気良くってサイコー!見晴らしのいいところって、どうしてこんなに気持ちがいいんでしょうかねぇ???
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psh-5-1-11.jpgこちらもスピシュ城からの眺め。
モンゴル軍は騎馬兵で機動力があったため、遠くまで見渡せるところに城を構えたのだろう。
・・・とはいえ、この眺めは西向き。タタル人がやってくる方角とは逆ですな・・・
オーディオ・ガイドを聞きながら、お城を散策すること1時間半、帰りのバスの時間もあるので、名残惜しみながらも城をあとにした。
psh-5-1-12.jpgこちら(←)は、ふもとの町スピシュスケー・ポトフラジエから臨むスピシュ城。
う、美しい


全然関係ないけれど・・・ここに来て、「ヨーロッパはカップル社会」ということを痛感させられた。
写真にも小さく写っているけれど、こんなところに来るのにも、男女のカップルが基本。一人で旅してる人って、男女問わず、たいていはアジア人だった気がする。

【5日目(その2)】へ続く。



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2013-05