Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

伊藤園の株主優待(2012年) 

2012/07/28
Sat. 19:22

itoen2012.jpg伊藤園の株主優待が到着。

昨年一昨年同様、“お~い、お茶”を含む缶飲料の詰め合わせ。

今年は野菜飲料が1本のみで、お茶、紅茶、コーヒー紅茶がほとんど。
伊藤園の野菜ジュースファンとしてはちょっぴりさびしいけれど、ゆっくりいただきます!
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郵便局からの届け物の不在票に「ダイドードリンコ」とあり、「優待シーズンにしては早いよね?なんだろう?」と思いつつ、再配達を待っていたところ。
本日受け取りました、今回のものは、フルーツゼリーでおなじみのたらみを完全子会社化した記念の株主優待品とのこと。

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たらみの〝くだもの屋さん”の詰め合わせで、
みかんゼリー 3個
白桃ゼリー 3個
ミックスゼリー 3個  計9個

という内容。

ありがたく、いっただっきまーす♪

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チュニジア旅行 ~おみやげ編~ 

2012/07/18
Wed. 11:49

【おみやげ編】

チュニジア旅行で買ったものなどをちょこっと紹介。

まずは、サハラで買った砂漠の薔薇
この写真では大きさがわからないけれど、握りこぶしより少し小さいくらいの大きさ。2ディナール、日本円にして約100円。たくさんある中からインスピレーションでこれ!と決めたんだけど、バラの花びらっぽくてなかなかいい感じでしょ?
そしてお約束のマグネットシディ・ブ・サイドのものと、カルタゴの遺跡(アントニヌスの共同浴場)のもの。1つ1ディナール。
ヨーロッパなんかだと、3ユーロとか5ユーロとかしてビックリすることも多いけど、ここチュニジアは安心価格。
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そしてこちらはチュニジアン・グラスのシャンパングラス。
チュニジアン・グラスは、ミントティーを飲むための小さなティーグラスで可愛いものがいっぱいあったけど、買って帰っても実際には使う機会はないだろうということで、こちらのシャンパングラスを購入。
それから、ナブールで買った小さな陶器(小物入れ)と、最終日にお金が余っていたのでシディ・ブ・サイドで購入した絵。ワタクシの部屋のこの一角だけが、アンダルシア風になってます(笑)。
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砂漠の薔薇にグラスに陶器に、気づけば割れ物ばかり買っていたけれど、手荷物にするのは面倒なので、すべてスーツケースの中へ。洗濯物にくるんでしまって、あとはスーツケースの中で動かないようにしっかり固定しておけば大丈夫。運が良かったのか、チュニス&ドバイの空港職員の取り扱いが良かったのかはわからないけど。

このほか、オリーブオイル、ドライフィグ(乾燥いちじく)、ミントティーのティーパックなどの口に入れるものを購入。
スーパー(カルフール)で買い物をしたのだけれど、物価は全般的には安めだった。特にフランス製のお風呂グッズや化粧品などは品ぞろえも充実、価格も安めに感じた(聞いたところによると、ティファールの鍋がとても安かったらしい)。
今でもフランス語が公用語として使われているし(学校でアラビア語とフランス語、両方習うことになっている)旧宗主国フランスとの関係が強いのでしょう。


次回の旅行は、どこに行こうかなー

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チュニジア旅行 ~最終日/食事編~ 

2012/07/15
Sun. 23:52

【最終日:ドバイ → 成田 / 食事編】


m-1.jpg旅行最終日の今日は、ドバイから成田までの移動のみ。
特に書くことがないので、チュニジアで食べたものをここで紹介。
パッケージツアーで出かけたこともあり、朝食も夕食もホテルのバイキングだったので、あんまり充実はしていないけれど・・・

まずはチュニジアのセルティアというビール(←)。
ヨーロッパからの観光客も多いせいか、どこのレストラン、ホテルにも置いてあった。銘柄はあまりたくさんないようで、このビールとは違うものはこの旅行中は見かけなかった。
味はさっぱり、あっさりのバドワイザー系(ビールに詳しくないのでうまく説明できないけれど)。カラッとした暑さには、シュワシュワを楽しむこういう軽めのビールが合うと思う。

続いてこちら(↓)、ブリックというとってもポピュラーな前菜。
玉子のクレープ包み揚げ、という説明がされていることが多いようで、玉子がまるまる1個入っている。他にはツナやパセリなどが入っていて、揚げたてのアツアツは美味。
ホテルの朝食でその場で揚げて出してくれたところがあって嬉しかった。

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こちらは、マグレブの代表的な料理、クスクス(↓)。
鶏と野菜がたくさん入っていて、それらの味がしっかり染み出たスープはかなり濃厚(そして塩分も多め)。クスクスがそのスープを吸い込むのでボリュームは満点。
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こちら(↓左)はケバブ。乱切りにされたレモンが串にささっていてちょっと驚いた。でも、皮ごと食べられて、口の中がサッパリするので、意外とイケた。ああいうレモンは、日本にはないなぁ・・・
付け合せのサラダは、細かく切った野菜をオリーブオイルと塩で和えたシンプルなもの。こちらも非常にポピュラーなもの。
↓(右)は、イノシシの肉の料理。豚に近いのでムスリムのガイドは食べていなかった。観光用のメニューなのかもしれない。パサパサしていて正直なところあまり美味しいとは思えず。
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チュニジアのスイーツの代表格であるマクロード(↓左)。マクロードは蜂蜜で漬け込んだ生地でナツメヤシの実(デーツ)を包んだお菓子で、見た目からも容易に想像できるように、めちゃめちゃ甘い!!!
メディナ(旧市街)の市場などでも、マクロードを売っているお店もたくさん見かけた。
一緒に飲むのはミントティー。こちらも砂糖たっぷりで甘いのだけれど、たくさん飲むものではないので、これはこれで美味しかった。刻んだ、もしくは小さな丸のままのアーモンドが入ったミントティーもあったけれど、ワタクシはシンプルなもののほうが好みだった。
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そして、珍しいものではないけれど、この旅行中ワタクシのパワーの源となってくれたのが、スイカ。あまりの暑さに食欲がちょっと落ちた日も、スイカは食べることができたし、何よりこれで水分&ミネラルの補給がしっかりできた。
スイカさん、どうもありがとう!

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チュニジア旅行 ~7日目(その2)~ 

2012/07/14
Sat. 23:50

【7日目(その2):カルタゴ → シディ・ブ・サイド → チュニス → ドバイ】


シディ・ブ・サイドは、チュニス近郊にある、白い壁とチュニジアン・ブルーのドアの映える地中海沿いの美しい丘の上の町。町並み保存地区に指定されており、多くの観光客が訪れる。

時間が限られていたのでゆっくりできなかったのは非常に残念だったのだけれど、ちょっぴり散策。
19~20世紀の富裕層の個人の家が公開されている、ダール・エル・ダンナビ(↓)を覗いてみる。7-19t.jpg
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マネキンが置いてあり、当時の人々の生活の様子が再現されている。なんとも優雅な雰囲気。
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ドアの模様にはそれぞれに個性があって、可愛らしい。
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丘の上の町なので、急な坂道(崖)を下りていくと地中海に出る。青い空、青い海に白い壁。スペインのアンダルシア地方にも、こういう感じの町(ミハス)があったなぁ、との記憶がよみがえった。
こちら(↓右)の鳥かごは、シディ・ブ・サイドの名物。鳥を飼っていなくても、インテリアとして飾っておくのもステキかも。お土産にも好評のようで(荷物にはなるけど)、空港などでも鳥かごをぶら下げている人を見かけた。
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散策しているうちにどんどん時間は過ぎ、みやげもの屋を覗いている時間もほとんどないまま、空港に移動する時間になってしまい、以上で観光は終了。
ここシディ・ブ・サイドからチュニスの国際空港までは、車で20分ほど。

チュニジアは面積にすると日本の2/5程度。小さな国の割には見どころも多く、実質5日間の観光ではかなり慌ただしかったのが少々残念。南部はドゥーズしか行かず、サハラ砂漠も入り口だけしか行けなかったし・・・まぁ、モロッコもリビアもアルジェリアもまだ訪れていないし、サハラを楽しむチャンスはまだまだこれからあるでしょう・・・

15時過ぎに発つエミレーツ748便でドバイへ。チュニジアよ、さようならー(T_T)/~~~

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チュニジア旅行 ~7日目(その1)~ 

2012/07/14
Sat. 23:49

【7日目(その1):ガマルタ → カルタゴ】


いよいよ今日は最終日・・・まずは、チュニジア旅行のハイライト、カルタゴの遺跡観光へ。
最初に訪れたのは、フェニキア人が築いたカルタゴの中心だったビュルサの丘へ。(フェニキア人についての豆知識はコチラへ)。
住居跡などが少し残っているだけで、遺跡としての見どころは乏しいのだけれど、ここからは遠くにシチリア島が見える。もしかしたら、この地に名将ハンニバルも立ったことがあったのかと思うとなんかワクワクする。
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ビュルサの丘にあるカルタゴ博物館へ。
↓の左側はフェニキア人時代の、右側はローマ時代のカルタゴ。
第3次ポエニ戦争(BC149~BC146年)に勝利したローマは、カルタゴを徹底的に破壊したけれど(なので、フェニキア人のものはあまり残っていない。ただし、ローマが塩をまいたというのはデマらしい)、それから約100年後、シーザーがこの地に新たな植民市を作ることを決定。その後はアフリカ最大、西ローマ帝国領ではローマに次ぐ2番目の大都市に発展した。フェニキア人の作った軍港と商港が、ローマ時代もそのままの形で利用されているのは興味深い。
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これ(↓)はフェニキア人の残した奉納石
フェニキア人は神に捧げ物をする際に、この奉納石を納めたのだという。
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奉納石の上部の三角形部分には(模様がわかるように、写真の濃淡を調整)、フェニキア人のお守り(?)とされた手の絵柄が描かれている(※)。
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中央の部分には捧げ物のナツメヤシの木が描かれていて、その下にはフェニキア文字が刻まれている。
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こちら(↓)のスフィンクスは、ケルクアンのフェニキア人の遺跡で見つかったもの。貿易などを通じてエジプトの文化も取り入れていたのだろうか。
その隣は、ハトの形をした哺乳瓶。使いにくそうな気がするけれど、赤ちゃんはこういうファンシーな感じを喜んだのかも???
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続いては、奉納石がたくさん集まるトフェ(↓)という場所を訪れる。
ここは、フェニキア人が信仰していたバール神とタニト神を祀った聖域とされていたところとのこと。ギリシア人の残した記録によれば、フェニキア人には神に生贄を奉げる習慣があったという。
アーチ状の天井をもつ地下室のような所もあったのだけれど、こちらはフェニキア人の遺跡でなくローマ末期ごろのもので、穀物庫として使われていたらしい。
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バスでの移動中(前述のようにカルタゴは大都市だったため、遺跡も点在しており、歩いて移動するというわけにはいかないので注意が必要)、軍港だった場所(↓)を通りかかる。現在は、大使館なども立ち並ぶ閑静な高級住宅街となっているカルタゴにあってはオアシスのように見えるけれど、ここからフェニキア人たちが地中海へ出て行ったんだと思うと、なんだか不思議な感じ。
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7-14t.jpgカルタゴ最後の観光は、ローマ時代の遺跡、アントニヌスの共同浴場
古代ローマの五賢帝のひとり、アントニヌス・ピウス(在AD138~161年)により建設された広大な共同浴場。
造られた当時は2階建てで、更衣室、温浴風呂、水風呂、サウナ、プール、談話室、トイレなど100を超える部屋が左右対称に配置されていたのだという。

↓の写真でイメージできるかどうかはわからないけれど、この共同浴場の規模の大きさには、本当にビックリ
カルタゴという都市が抱える人口の多さ、豊かさ、これだけのものを造れることができるローマの財力、技術力、そして造ってしまうローマ人の風呂への愛情(?)・・・まさに、『テルマエ・ロマエ』の世界!?

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人の大きさでその規模の大きさがわかります?
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以上でカルタゴの観光は終了、次の観光スポットへ。

(その2)へ続く。
-- 続きを読む --

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チュニジア旅行 ~6日目(その2)~ 

2012/07/13
Fri. 23:47

【6日目(その2):ドゥッガ → チュニス=バルドー博物館 → ガマルタ】


6-10t.jpgドゥッガの観光の後は、チュニスにあるバルドー博物館の観光。
ここバルドー博物館の最大の見どころは、今回の旅行でも訪れたドゥッガエル・ジェムカルタゴ、スースなどのチュニジア各地にあるローマ遺跡から発掘されたモザイクの数々。
2000年近くも前のものなのに、どーしてこんなにきれいに残ってるの?!と不思議だったのだけれど、そもそもモザイクはローマの貴族の邸宅や、大浴場などの公共施設の床面を飾っていたものだと説明を受けて合点がいった。足で踏みつけられても問題ない、それだけしっかり造られていたからなんだ、と。しかし、石の文化って偉大だなー!

ちなみに今年(2012年)の年末までには終わるらしいのだけれど、バルドー博物館はただいま改装工事中。そのせいか、通常は1ディナールかかる写真撮影代が無料だった。

さて、ここからは印象に残ったモザイクを紹介。
大きさがわかりやすいと思ったので、敢えてワタクシが写っている写真を載せてみました。

↓左は、春夏秋冬の装いの女神たち、その周囲には、狩猟をしたり、麦を収穫したりしているその季節の人々の営みが描かれている。大農場主の邸宅を飾っていたものなのかしら?
↓右は、動物や植物などさまざまなモザイクが組み合わされたもの。こういうデザインのものは、ダイニングルームに使われていたのだとか。
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↓は、↑のモザイクの一部分をそれぞれ拡大したもの。
左側の、上半身は馬、下半身はイルカ(?)の馬車に乗るポセイドン、なんだか情けない&頼りない感じの顔してるって思うのはワタクシだけ?
右側は、ゲームをしているところなのだけれど、テーブルの下にご注目。足で合図をしている、つまりイカサマをしてるところが描かれて、言われてみればちょっと意地悪そうな顔をしている。
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続いては、このバルドー博物館でも最も有名な作品『オデュッセウスとセイレーン』
ホメロスの叙事詩、『オデュッセイア』の一場面で、右端に描かれているのが、美しい歌声で航海中の人々の心を惑わせ難破や遭難をもたらしたセイレーン。中央のマストに縛り付けられているのがオデュッセウス。彼は、セイレーンの歌声を聴きたいと思い、自分をマストに固定させ、他の船員たちには耳栓をさせている。
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続いては、ローマ人が大好きな狩猟の様子が描かれたもの。
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こちらもローマ人が大好きなコロッセウムでの見世物が描かれたもの。
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こちらは、ビザンチン時代のモザイク
古代ローマのものと比べるとモザイクのひとつひとつの小片が大きくなって、芸術性はやや落ちた印象。
右側はモザイクで装飾された洗礼盤。
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これらの他、ローマ以前、フェニキア人の残したモザイク(ケルクアンで見たようなシンプルなもの)の展示などもあった。
ガイドの説明で印象に残っているのが、古代ローマ人に、「この見事なモザイク画、誰が描いたの?」と聞いても、「職人さん」としか答えは返ってこなかっただろう、という話。実用性重視の(?)ローマ人らしいなぁと思った。


以上で、6日目の観光は終了。
明日はもう最終日です・・・

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チュニジア旅行 ~6日目(その1)~ 

2012/07/13
Fri. 23:46

【6日目(その1):ガマルタ → ドゥッガ】


本日の観光は、北アフリカに残るローマ遺跡の中でも保存状態がよく、規模も大きな遺跡として世界遺産にも登録されているドゥッガ遺跡からスタート。
前日に添乗員から、「明日は広い遺跡を歩きます。日陰がないので日射し対策をしっかりしてください。僕も日傘持っていきます、格好なんてかまっていられません!」という発言があったので、ワタクシも帽子、サングラスはもちろん、腕カバー、夏用マフラーに日傘も準備。写真撮るとき邪魔になるし、あっちこっち歩きまわるワタクシとしては観光時に日傘をさすのって嫌だったのだけれど。
しかも、朝バスに乗り込むと、参加者のうち2名が体調不良でダウン、との情報が。ホント、暑かったし、日本でも暑さが本格化する前だったから、身体が慣れていなかったせいもったのだろう。そんな中、ガイドさんは、「みなさん、砂漠といえば暑い!というイメージがあるでしょう?砂漠らしさを体験するには、暑い夏が一番です、ベストシーズンに来たと思ってください!」との発言もあった。確かに、それも一理ある・・・体調が万全であれば、だけれども。

ガマルタからバスで約1時間半、ドゥッガ遺跡に到着。
エル・ジェムのものよりは小さいものの、見事な円形闘技場がお出迎え。
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観客席のてっぺんに上ってみると、トスカーナの田園風景を思わせる景色(←って行ったことないけど)が広がっていた。
これだけを見ても、いかにこの都市が豊かだったのかが容易に想像できる。
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円形闘技場からひときわ大きな建物(キャピトル)に向かう途中の広場に、皇帝の像を発見(↓左)。
頭が取れているのは、破壊されたというわけでなく、ローマ時代から皇帝が変わるたびに像を作るのが面倒だったため(?)、頭の部分は取り外し可能になっていたのだという。バランスがかなり悪いけれど、一応、皇帝気分で写真撮ってみました(笑)。
そしてこちら(↓右)がメインの神殿、キャピトル。この神殿の前にはフォルムが広がっている。
このキャピトルは、ローマの後のビザンチン時代、つまりローマがキリスト教化された後も、要塞として使われていたのだという。
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フォルムから続く道を下っていくと、都市の中心である神殿とフォルムが丘の上にあったことがよくわかる(↓左)。この形はギリシャのポリスから受け継がれているのだろうか。
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6-7t.jpgこちらは少し離れたところから見たキャピトル。
門(?)が額縁のようになる絶好のカメラスポット!

こちら(↓左)は、住宅街の中の住宅跡。ここにモザイクが残っているように、ドゥッガ遺跡からはたくさん美しいモザイクが発掘されており、その多くはチュニスのバルドー博物館に展示されている。
こちら(↓右)は、ローマ遺跡でよく見かける公衆トイレ。とりあえずお約束のポーズで1枚。
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もう少しゆっくりのんびり見たかった気もするけれど、以上でドゥッガ遺跡の観光は終了。
チュニスに戻り、前述のバルドー博物館へ向かいます。

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チュニジア旅行 ~5日目(その2)~ 

2012/07/12
Thu. 23:44

【5日目(その2):ケロアン → ナブール → ケルクアン → ガマルタ】


美しいシディ・サハブ霊廟の観光を終え、バスに乗り込もうとしたところ、目の前に飛び込んできたのはディズニーの有名キャラクターのネズミさん。しかしよく見ると、『KIDS LAND』と書いてある(↓左)。あらら、こんなところにまで・・・(苦笑)。
バスの中で、ガイドさんが各参加者の氏名をアラビア文字で書いたもの(書道、カリグラフィ)を配ってくれた。ワタクシの名前、読み上げられた時におかしかったので、おそらく間違ってるかと思うけど(間違ってるからこそ?)、こんな風になるそう(↓右)。
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続いては、陶器の産地として知られるナブールへ。
17世紀にスペインを追われたアンダルシア人たちがここに定住し、緑や黄色のうわ薬を使った陶器が作られるようになったのだという。
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5-16t.jpgナブールのスーク(市場)は、歩行者天国になっていて、道の左右にはずらりと陶器の店、土産もの屋が並んでいた。少し自由行動があったのでショッピングタイム。
とはいえ、荷物になるし、割れ物だし、実用的な器を買う気はゼロのワタクシ。気に入ったタイルとか絵皿があれば買おうかな~程度で店を覗いていたら、あっという間に時間が経ってしまった。こちらのスークは、かなりのにぎわいを見せていたのだけれど、海外からの観光客よりも国内からの観光客のほうが多かったように思う。
ナブールの陶器はチュニジアの人たちにはとてもなじみのあるもののようで、ワタクシたちのバスのドライバーさんも、「ナブール行くならあれとこれと買ってきて!」と奥さんに頼まれでもしていたのか、自由時間中に大量に買い物をしていたのには笑ってしまった。

5-18t.jpgナブール観光の次は、古代フェニキアの都市遺跡の残るケルクアンへ。
古代フェニキア人の都市は、ローマによって破壊されてその上にローマの都市が建てられているところが多いので、その姿が残っているところは非常に少ないのだけれど(カルタゴが好例)、ここケルクアンは、ローマによって滅ぼされる前に何らかの理由によって=ガイド曰く、ギリシャとの戦争による敗戦とのこと=棄てられたため、紀元前4~3世紀ごろのフェニキアの都市の遺構がそのまま残っている、貴重な遺跡なのだという(→。世界遺産にも登録されている)。

ローマの都市遺跡のように、大きな構造物もなく(アーチの技術がまだ無かったらしい)、発掘されずに雑草が生えたままになっているところも多いけれど、発掘が終わったところからは、この町には石工、左官、陶工、ガラス職人など工房の跡が見つかっており、職人の町として栄えていたことがわかったのだという。

こちら(↓左)は、床のモザイクが残っている部屋。後のローマのモザイクとは異なり、かなりシンプルなものだけれども、フェニキア人が信仰していた豊穣の神タニトのモザイクがくっきりはっきり残っていて興味深い(↓右)。
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その他、浴場の跡や、そこからスフィンクスが見つかったため(7日目の日記にて紹介)“スフィンクスの家”と呼ばれるようになった家の後などもあった。
遺跡の入り口にある小さな博物館には、当時の都市の様子が模型で示されていたり(↓左)、発掘された彫刻などが展示されていた。彫刻は、それと比べると精巧ではないけれど、ギリシャの影響を受けているように見えた(↓右)。
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ここで、フェニキアについてちょっと解説。

・ フェニキアは、もともとは地名で、現在だとレバノンのあたりを指す。レバノン杉で優れた船を作り、紀元前15世紀ごろから古代ギリシャが台頭する頃まで、エジプト、メソポタミアの文明圏の海上交易で繁栄、地中海世界の主役だった。旧約聖書に出てくるシドンやティルス、ビュブロスといった都市国家も、フェニキア人の都市。
・ フェニキア文字は、アルファベットの元になったことで知られる。
・ 海上交易のため、地中海の沿岸に植民都市を建設。イベリア半島から北アフリカまでその範囲に含まれ、紀元前9世紀ごろ建てられたカルタゴは特に有名。本拠地(レバノン)で居場所を失った後も、紀元前1世紀にローマに滅ぼされるまでカルタゴは大いに繁栄した。
・ フェニキア人の信仰の中心は、メソポタミアのバアル神と地母神アシュタルテ。この女神アシュタルテは、カルタゴではタニト神と同一とされる。ちなみに、アシュタルテはギリシャでは美の女神、アフロディーテとなったとのこと。
・ ローマ人は、カルタゴのフェニキア人たちのことをポエニと呼んでいた。第1次~3次に渡るローマとの戦争、ポエニ戦争はあまりに有名。


あー、レバノンにも行ってみたいんだよなぁ・・・(とこれを書きながら強く思う)。


この日の観光は、ここケルクアンで終了。
チュニスの北にあるリゾート地、ガマルタへ移動し、リゾートホテルへチェックイン。
明日は、チュニジアで最も保存状態の良いローマ遺跡ドゥッガや、チュニスの誇るバルドー博物館などを観光する予定です。

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チュニジア旅行 ~5日目(その1)~ 

2012/07/12
Thu. 23:42

【5日目(その1):ケロアン】


本日のケロアン観光は、グランド・モスクから。
ここケロアンのグランド・モスクは604年に建立されたアフリカ最古のモスク。ただし、現存するものは9世紀のアグラブ朝時代に再建されたものが原型となっている。
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中に入ると大理石が敷き詰められた広い中庭がある。この地下には貯水槽があり、中庭は真ん中に向かってわずかに傾斜がつけられ、雨水を集めていたとのこと。中庭の中央の排水溝(?)も、きれいに飾られていた(↓)。
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こちらは礼拝堂の入り口(↓左)。非ムスリムは入ることができない。お祈りをするため、い草のマットがきれいに敷き詰められていた。古い歴史あるモスクではあるけれど、まさに今も生きている・使われているということがよくわかる。
このモスクは、ローマ時代の建造物の石材を拝借して作っているので、ラテン語の文字が刻まれたブロックを見つけることができた。しかも、字が逆さま・・・(笑。↓右)。
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5-7t2.jpgグランド・モスクの次は、シディ・サハブ霊廟(→)へ。
ここはムハンマド(マホメット)の同志で、彼専属の床屋であったアブ・ザマ・エル・ベラウィが眠る霊廟。もともとは7世紀に建てられていたが、現在の姿になったのは17世紀とのこと。
ちなみによく出てくる“シディ”という語は、英語でいうSaint、聖人を表す語。

地味な外観とは裏腹に、中の装飾は見事。
壁や床、天井にタイルや漆喰で美しい模様が施されており、マグレブでは最も美しい霊廟と言われているというのも納得(↓)。

ガイド曰く、偶像崇拝が禁じられているイスラム教だけれども、女性は何かお願い事があると、モスクに行くのでなくこのように美しく飾られた霊廟にお参りに来るのだという。で、そういう女性を待っている(狙っている)男性もここに来るようになり、男女の出会いの場としての機能を持つに至っている、とのこと。
キレイな場所で出会うってのはいいことだと思うけど、待ち伏せされてると思うと少々興ざめな気もする。まぁ、本人同士が気にしなければ、どーでもいいことなんですが!

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5-10t.jpgしかし、本当にきれいに作られています、うっとり♪
5-11t.jpg家族連れ(おそらく母親、娘と母親の姉妹だと思われる)の女性たちがいたので、記念に一緒に写真撮影。ワタクシがお願いしたら、ツアーの人たちが「私も」「私も」と続いてしまい、彼女たちは帰るタイミングを逸してしまっていた。


以上で、ケロアン観光は終了。

5日目(その2)に続く。)

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チュニジア旅行 ~4日目(その2)~ 

2012/07/11
Wed. 23:40

【4日目(その2):エル・ジェム → ケロアン】


エル・ジェムを後にし、次の観光地ケロアンへ移動。
ケロアンは、7世紀にアラブ人がマグレブ征服のための拠点として作った町。9世紀のアグラブ朝の首都として栄え、マグレブではメッカ、メディナ、エルサレムに次ぐ第4の聖都とされている。

ケロアン観光はアグラブ朝の貯水池(↓)からスタート。
現在残っているものは大小合わせて4つのみだが、当時は14~15個もあったとのこと。大きい貯水池と小さい貯水池はワンセットになっており、水源から引かれた水は、まずは浄水用の小さい貯水池に貯められ、その後大きなほうへ移されたのだという。
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続いてメディナ(旧市街)を散策。
こちら(↓)の門(名前は確認せず)から入場し、ガイドさんの後に続いていると、3つの扉のモスク(↓右)に到着。この3つの扉は、男性用、女性用、子供用と用途が分かれている。先ほど説明したように、ケロアンはマグレブにある聖地として、数多くのモスクが存在しているようだ。
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ケロアンは、絨毯(キリム)の産地としても有名で、メディナ内にも絨毯屋さんがあちこちにあった。
しかしこの気温では、絨毯なんて暑苦しくて、じっくり見る気にはまったくなれず(汗)。とはいえ、絨毯屋さんの窓の飾りが涼しげでなかなかステキだった。
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本日の宿泊先は、メディナに隣接しているデラックス・ホテル、『ラ・カスバ』。要塞を改築している有名ホテルでもある。
メディナ散策の後、いったんホテルにチェックインし、その後夕食までの間が自由行動となったので、プールで泳いだりハマム(サウナ)に行ったりする人もいたけれど、ワタクシは再び散策に出ることに。

メディナの中に入ってしまうと迷うかもしれない・・・とびびってしまい(団体ツアーでなければ迷っても自己責任だからいいけどね)、メディナの外(=城壁外)にあるマーケットを覗いてみたところ、まずは大きなメロン売りに遭遇。身振り手振りで聞いてみると、この大きさのメロンが1個「ワンディナール!(50円)」とのこと。や、安い!
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お父さんたちが道端のカフェでたむろしていた(↓左)。奥さんが買い物をしているのを待っているのだろうか。
スイカやメロンを売っている横に、履物屋さん発見。こんなとこで、誰か買ったりするのかしら?
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4-22t.jpg洋服を売っている店では、インパクト大のマネキンも発見。
宗主国であったフランスからの輸入ものなのかもしれない。しかし、これだけマネキンが着ている服とマネキンの顔がミスマッチなのってどうなんでしょ?!

こういう生活感あふれる(?)マーケットって、楽しいよね。観光地じゃないから物売りもうるさくないし。
4-23t.jpg時間になったのでホテルへ戻る。
ホテルの雰囲気はこんな感じ(これは早朝に撮った写真なので誰も泳いでいないだけ)。
部屋はいろいろなタイプがあったのだろうけれど、パッケージツアーで利用しているので、特別な部屋であるわけはなく、決して広くはなかった。とはいえ、チュニジアのホテルは全般的に狭めで、ベッドも小さいところが多かった。

以上で盛りだくさんの4日目は終了。
明日も引き続き、ケロアン観光です。

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チュニジア旅行 ~4日目(その1)~ 

2012/07/11
Wed. 23:38

【4日目(その1):ドゥーズ → エル・ジェム】


4日目の今日は、日の出前、午前3時45分に起床、ラクダに乗ってサハラ砂漠で朝日の観賞に出発。
ホテルからラクダ乗り場までは、徒歩5分程度。そこからラクダに乗り込むとのこと。

ワタクシは、ラクダに乗るのはこれで2度目。最初はバブルの時代に家族旅行で訪れたエジプトでだったので、かなり久しぶり。
座っているラクダが立ち上がる時に、急に高さが変わってちょっと怖かったという記憶が残っていたのだけれど、今回ワタクシが乗ったラクダはお行儀が良かったのか、そんなにビックリすることもなかった。
においやよだれもそんなに気にならず。乗ったラクダが当たりだったのか?!
しかも、風もほとんどなかったので、舞い上がる砂も気にしなくてよくてラッキーだった。風が強いと、カメラに入り込んだりして大変らしい。


4-1t.jpgラクダに乗って20分ばかり歩き、砂漠の中へ。写真を撮ったりして時間を潰す。

ちょっと曇っていたので心配だったのだけれど、うっすらと東の空が明るくなってきた。
4-2t.jpg5時20分過ぎ、太陽が顔を出した。朝日なんだけれども、夕日のような大きさ!
4-3t.jpg昇りきったところ。繰り返しになるけれど、夕日みたいだ。

ラクダさんたちとパチリ(↓)。左の写真の後ろに、白いものが写っているけれど、それがワタクシたちが滞在していたホテルなどの建物。町はずれにあるとはいえ、ホテルと砂漠(町)がどれだけ近いかがわかるでしょ?
身に着けている衣装は、1TD(約50円)でホテルで借りたもの。ワタクシ、こういうオリエンタルな衣装がよく似合うとよく言われます・・・(ご参考:ベドゥインの民族衣装)。
4-4t.jpg 4-5t.jpg

4-6t.jpg4-7t.jpgワタクシを乗せてくれたラクダくん(オスかメスかは未確認)、大きな耳を持つ小さなキツネ、フェネックと1枚(←)。
フェネックとの写真は、観光客相手に「ワン・ディナール!ワン・ディナール!」とおじさんが寄ってきたので撮ったもの。こんなに朝早くから、おじさんもがんばるねぇ・・・

ちなみに写真は全然撮らなかったのだけれど、チュニジアのメディナ(旧市街)などには至る所で猫を見かけた。ガイドに聞くと、野良犬は危ないので見つければ処分するが、猫はそのままにしているから多いのだ、とのこと。

ホテルに戻り、朝食を摂って、次の観光地であるエル・ジェムへ移動。
エル・ジェムの見どころは、ローマ時代の円形闘技場=コロッセウム。こちらももちろん、世界遺産に登録されている。

今は砂漠化が進み、このコロッセウム以外は何も見どころのないところなのだけれど、ローマ時代はシスドラスと呼ばれる豊かな都市だったのだという。
このコロッセウムは2世紀に建てられたもので、収容可能人数は北アフリカ最大で約3万人。保存状態がとても良く、ローマ帝国領内の至る所に現在残っているコロッセウムの中でも3本の指に入ると言われている。

コロッセウムの入り口。
4-8t.jpg

観客席に上り、アリーナを見下ろしたところ。
アリーナの下(地下)、猛獣たちや剣闘士たちの控室も残って入ることもできた。

実際にここにグラディエーターがいたのかと思うと、ちょっとドキドキ?!
ただし、ローマの見世物のイメージはハリウッドのイメージが強いけど、実際はもっと余興的なもので、現代のプロレスなんかのイメージのほうが近いのではないかと思う。
4-9t.jpg

観客席もしっかり保存されている。現在でも夏にはフェスティバルが開かれるという。
4-10t.jpg

よく見る角度からの写真。2,000年近く前の建造物が、これだけしっかり残っているってやっぱりスゴイ!
4-11t.jpg


ガイドいわく、このコロッセウムは2世紀に建てられたものなので、過去のコロッセウムの失敗などが活かされているのだという。たとえば、死角となる席が少ない、観客の動線がスムーズである、などがローマのコロッセウムより優れているらしい。

コロッセウムの観光を終えバスに戻ると、ガイドさんが「ただ今の気温、48℃です!」と教えてくれた。
48℃・・・もちろんワタクシ史上最高の気温。これくらいの気温になると、直射日光の当たる半そでだと逆に暑いので、長そで着用or腕カバー着用がオススメ。


4日目(その2)に続く。)

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チュニジア旅行 ~3日目~ 

2012/07/10
Tue. 23:35

【3日目:スース → マトマタ → ドゥーズ】


3-1t.jpg朝目が覚めてホテルの部屋の窓を開けると、視界に海が飛び込んできた!昨日は暗くなってからの到着だったので気づかなかったけれど、地中海に面しているリゾートホテルに滞在していたのだ。
せっかくだからと、朝食後にビーチを散策。ただし、暑くて滝汗をかきそうだったので早々に退散(汗)。

本日の観光は、世界遺産にも登録されているスースのメディナ(旧市街)観光から。
ここスースは今は地中海に面するリゾート地であり、チュニジア第3の都市。歴史的には、古くはフェニキア人が町をつくっていたとのことで、ローマやビザンチンの支配を経て、7世紀終わりにアラブ人が入ってきて、9世紀ごろケロアンを首都とするアグラブ朝のもとアラブ人の町として再建されたという。
3-2t.jpgチュニスのものと異なり、スースのメディナには立派な城壁が一部残っていた(←)。基本的に、“城壁で町を囲む”という発想(必要性)のなかった日本って、昔むかしから平和な島国だったんだなぁ・・・などと思う。

ガイドの後ろについてメディナ内を散策すると、「これ、売り物?」と思わざるをえないガラクタを広げている人たち(↓左)や、花嫁道具を売っている店(↓右)などがあり、なかなか面白かった。
ガイド曰く、チュニジアの夏は結婚のシーズン。暑いので仕事が半ドン(午前9時ごろ~午後1ごろまで)になるらしく、みんなも集まりやすいんだとか。雨も降らないし、真っ青な空のもと、花嫁衣裳もさぞかし映えることだろう。


3-3t.jpg 3-4t.jpg

続いて、このメディナ内でも最古の建物といわれるリバト(↓)を観光。
このリバトは、スースのグランド・モスクのすぐ近くに建っており、戦いの前線基地として、また町を外敵から保護するための要塞として機能していた建物。中には兵士たちのための小さな部屋がたくさん設けられていた。日陰は涼しい~(笑)。
3-5t.jpg 3-6t.jpg

3-7t.jpgこちら(←)は、丸い塔の上から見た景色。
真下にグランド・モスクがしっかり見え、遠くには港、地中海が見える。アグラブ朝時代には、海からの外的を特に警戒していたのだろうか。
ちなみにこの丸い塔に上がる階段、途中ほんの数段なのだけれど、真っ暗で足元がまったく見えなくなるので注意が必要。ほんとに少しの間だけなので、懐中電灯が必要なほどではないけれど、外が明るいだけに暗いところに目が慣れず、いつ明るくなるかもわからなかったので、最初はかなり焦った。

時間がなくてグランド・モスクには入場せず、以上でスースのメディナ観光は終了。
バスに乗り込み、続いての観光地、ベルベル人の穴倉式住居で、そしてあの名作映画『スター・ウォーズ』シリーズのロケ地としても有名なマトマタへ移動。

3-8t.jpg目的地マトマタは、スースから見ると南西の方角。海沿いのスースは地中海性気候なのだろうけれど、移動するにつれサハラ砂漠に近くなるのでステップ気候に移っていく。
車窓の景色は、ずーっとオリーヴの木がなっている景色なのだけれども(→)、よく見ていると、木が植えてある間隔がどんどん広くなっていくことがわかる。要は、降水量が多ければ間隔は狭くても育つけれど、少なければ広く取らないとダメだ、ということ。

3時間、いやトイレ休憩も含めると4時間近くかかっただろうか、ようやくマトマタに到着。
『スター・ウォーズ』の撮影がおこなわれたホテル『オテル・シディ・ドリス』でランチタイム
ランチをさくっと済ませ、撮影に使われたセットなどが残るエリアでの撮影タイム。

最初の作品で、ハン・ソロ&チューバッカが、ルーク&オビ=ワンに出会ったバー
入り口も中も、思っていたよりもずいぶん小さかったけれど、そもそもあまり大きな穴倉はない(作らない)のだろう。
3-9t.jpg 3-10t.jpg

バーには、『スター・ウォーズ』シリーズゆかりの写真などが飾ってあった。
3-11t.jpg

3-12t.jpgこのバーの他にも、ルークの叔父の家のダイニング(ルークが奇妙な色の飲み物を飲んでたところ)として使われた小部屋も残っていた。

何を隠そう、ワタクシは実は『スター・ウォーズ』シリーズ大好き、ここに来ることは今回のチュニジア旅行の目玉のひとつだったので、限られた時間にも、暑さにも負けず、汗だくになりながら走り回ってしまいました(若干、過剰表現)。

こちら(←)が、この穴倉式住居を上から見たところ。映画のセットらしきものも一部残っていたし、上から見るのと、中に入ってみるのとではずいぶん印象が違うので、これはこれでまた面白かった。

3-13t.jpgランチ後は、実際に人が生活している穴倉式住居の観光。
玄関付近にある穴に靴が置いてあった、合理的だし、お茶目でステキ(←)。
このお家は、ワタクシは見ていなかったのだけれど、1か月ほど前(2012年6月)にミヤネ屋が取材に来たというお家らしい。

ちなみにベルベル人とは、マグレブ地方の原住民のこと。みな日に焼けて浅黒い肌になっているけれど、もともとはコーカソイド(いわゆる白人)に分類される。ベルベル人の名前の由来は、ギリシャ語の“バルバロイ”(理解できない言語を話す者)・・・世界史の教科書にも出てきたっけ。
ガイド曰く、チュニジアでは少数民族だが(モロッコなどは人口の半数近くを占める)、差別などの問題はあまりないとのこと。そうそう、あるホテルのレストランのボーイさんで、フランスのサッカー有名サッカー選手・ジダンによく似た人がいたのだけれど、ジダンはベルベル人とのこと。なるほど、彼(ボーイさん)もベルベル人だったんだろうね、きっと。

ちょっと脱線したけれども・・・こちらがこのお家の女主人さま(↓左)と、お家を上から見たところ。
かなり立派な、大きなお家。聞かなかったけれど、何人くらいで生活してるのかしら?
3-14t.jpg 3-15t.jpg

以上でマトマタの観光は終了。
再びバスに乗り込み、サハラ砂漠の入り口の町で本日の宿泊地であるドゥーズへ移動。
明日は、サハラ砂漠で朝日観賞の予定です!

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チュニジア旅行 ~2日目~ 

2012/07/09
Mon. 23:33

【2日日:ドバイ → チュニス → スース】


定刻から遅れること1時間、午前10時40分ごろドバイからチュニスへ向けEK747便が出発。
ドバイ→チュニスは意外と遠く、飛行予定時間は約6時間15分。
ある程度眠ったものの、時間をつぶす必要もあり、エミレーツの機内エンタメシステム『ICE』をチェック。ドバイ→チュニスというこの便でも、本数は少ないとはいえ日本の映画が数本ラインアップされていたことに少々驚いた(※)。

現地時間(ドバイとの時差は3時間)13時半ごろ、ようやくチュニスの空港に到着(↓左)。
こぢんまりした空港だったけれど、比較的新しく建て替えられたようで、宇宙船を思わせる(?)カプセル型のエレベーターがあった。ドバイの空港でも思ったのだけれど、幾何学的な模様の多いイスラム建築と、近未来風のデザインって、親和性が高い気がする。
2-1t.jpg 2-1-2t.jpg
空港で両替を済ませる。日本円からの両替も可能で、レートは、1チュニジア・ディナール(TD)=約50円だった。
旅行中、目にしたお金は、20TD札、10TD札、5TD札(↑右の上)、5TDコイン(同右下)、1TDコイン(同左下)、1/2TDコイン、0.1TDコイン。
現地ガイドいわく、カルタゴの名将ハンニバルが描かれた5TD札は流通量が少ないらしく、目にできたのはラッキー!とのこと。ハンニバル好きのワタクシとしては、お土産に持って帰ろうかと思って最終日まで使わず残していたのだけれど、結局は最後に使いきってしまった。
最もよく使ったのは、1TDコイン。観光地の土産物屋などでも、「ワンディナール!ワンディナール!」という売り子(?)の声を良く聞いたし、観光地でのカメラ撮影代も、枕銭もこのコイン1枚。あと、1/2TDコインは、トイレチップの時に大活躍した。

2-2t.jpg37人全員の荷物が出揃ったところで、ようやく観光開始。
バスに乗り込み、現地ガイドのラサードさん(中年男性)と顔合わせ。チュニジアからの日本ツアーのガイドもこなすなど、日本のことをよく知っている&勉強している、熱心なガイドさんだった。

最初の観光は、チュニジアの首都チュニスの旧市街=メディナ=の観光
バスを降りたのは、カスバ広場(カスバとは、もともと“砦、要塞”の意味)の近くだったのだけれど、官庁街ということもあり、パトカーやら迷彩色のジープやら有刺鉄線やらが間近に!!!ガイドさん曰く、昨年の“アラブの春”以前はもちろんこんなものはなかった、とのこと。

2-3t.jpg2-4t.jpgくねくねと曲がりくねる道をガイドさんの後ろについて、メディナの散策。
細い道からミナレットが見えると、あぁ、イスラム圏に来たのだなぁという実感がわく(←)。

17時前の夕方といってもいい時間帯とはいえ、まだまだ明るく気温も高いここチュニス、涼しさを求めてか、お茶をしながら涼んでいる人たちもちらほら。イスラム圏だと、たいてい喫茶店でお茶を飲んだり、ゲームをしたり、シーシャを吸ったりしているのは男性だけれど、ここチュニスでは女性の姿も見かけた(←)。このなじみ方から、観光客には見えなかったのだけれど・・・

2-5t.jpg少し歩いて、チュニスのグランド・モスク(←)に到着。
このグランド・モスクは、9世紀のアグラブ朝時代に完成したもので、マグレブ(エジプトを除く北アフリカのイスラム圏)でも最も古いモスクのうちのひとつとも言われているのだけれど、これより古くて立派なモスクはケロアン(5日目)で観光することになっているので入場観光はナシ。

ここからは1本道(ジャマー・エズ・ジトゥナ通り)でメディナの入り口であるバブ・ブハル(フランス門)まで辿り着けるとのことなので、ほんの少しだけの自由行動が許された。37人の大所帯だと、自由行動の時間を確保するのも大変・・・

モスクの周り、そしてジャマー・エズ・ジトゥナ通りには、土産物屋がびっしり並んでいた。
あっちへふらふら、こっちへふらふらしたかったけれど、時間が限られているのでそれもかなわず。。。ただまだ初日、土産ものを買うにはまだ早いし、雰囲気だけを楽しんだ。

こちらがバブ・ブハル(フランス門。↓左)と、その前に広がるビクトワール広場の様子(↓右)。
通常、メディナは城壁に囲まれているけれど、チュニスのメディナの城壁はすべて取り壊されており、現在は存在しない。
2-6t.jpg 2-7t.jpg

2-8t.jpgフランス門から新市街へまっすぐ伸びる、フランス通りとカテドラル(大聖堂。←)。このフランス通り沿いには、オープンカフェが立ち並んでおり、宗主国だったフランスの影響を色濃く感じた。
ちなみにこのフランス通り、“ジャスミン革命”時にはデモの人たちで埋め尽くされたのだという。

以上でチュニスの観光はいったん終了(6日目にまた戻ってきて観光することになっている)、本日の宿泊先であるスースへバスで移動。
2時間半くらい走ってホテルに到着。ホテルで夕食を済ませてから部屋に入り(人数が多いのでチェックインにもかなり時間がかかるため、食事中に手続きを進めてくれていた)、ようやく長い長い1日が終了。


ちなみに、チュニジアの観光地ではどこでもやたらと「ニーハオ!」と声をかけられたのだけども、ガイドさん曰く、「中国人観光客は、チュニジアにはあまり来ていない」とのこと。
おそらく、彼らは、中国人と間違えられるとあまりいい気分がしないという一般的な日本人の気持ちなどつゆ知らず、東洋人のあいさつの言葉として「ニーハオ!」しか知らないものだと思われる。日本にいる西洋人観光客に、日本人が「ハロー!」とは言っても、「ボンジュール!」と言わないのと同じですな。
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チュニジア旅行 ~初日~ 

2012/07/08
Sun. 23:28

【初日:成田 → ドバイ】


さて、今日7月8日から、チュニジア旅行に出発。
本当はゴールデン・ウィークに行こうと思っていたのだけれど、諸事情により行くことができず、少し早い夏休みを取ることに。お手軽なパッケージツアーに申し込んだところ、なんと参加者37人!!!

チュニジアへは、成田からエミレーツ航空でドバイに飛び、ドバイで乗り継いで首都チュニスに入る、というルート。
エミレーツを利用するのは今回で2度目。前回はビジネスクラスだったので、エコノミーは今回が初めて・・・サービスなどは比べてはいけませんね。

ちょうど1週間前、2012年7月1日から成田⇔ドバイ線の機体が2階建てのエアバスA380に変わったとのこと、2階に上がれたらいいなーと思ったのだけれど、エコノミークラスの搭乗客にはアクセス権がなく(涙)。通常の機体と何が違ったかって、エコノミークラスで実感できたのは、当然のことながら座席数が多いということと、トイレが広かったことくらいだった。

EK319便は22時に成田を出発、10時間強飛んで、予定到着時間より1時間近く早い深夜27時ごろドバイに到着。
ただでさえチュニス行きの便までの乗り継ぎ時間が5時間半と長かったのに、それよりもさらに待ち時間が長くなるとは・・・。

ということで、ドバイの空港を隅から隅まで(?)散策。
前に来たときは、ラウンジが使えたこともあり、欧米路線の発着の多い第2ターミナルの真ん中あたりしか見ていなかったけれど、今回は近隣諸国からの発着便の多い第1ターミナルにも潜入、第2ターミナルと比べると、中東らしいイスラム的な雰囲気が漂っていた(↓)。
それから、入っているお店も微妙に違って興味深かった。第2ターミナルでは、いわゆる免税店の王道欧米の高級ブランドショップのほか、王室御用達のデーツの専門店『Bateel(バティール)』や、ラクダの置物やシーシャ(水タバコ)などの中東ならではのお土産が置いてある店が目立つのに対し、第1ターミナルには、日本でもおなじみとなったアイスクリーム店『Cold Stone Cremery』や激甘シナモンロールの店『CINNABON』など米国発の店があった(『PAUL』のカフェはどちらにもあった)。
その路線を使う乗客にとって、“ここならでは”の店を置いている、ということなのだろう。バグダッドやダマスカスから来た人にとって、『COLD STONE CREMERY』や『CINNABON』は珍しいだろうから(※)。
1_1.jpg 1_2.jpg

文字通り、24時間眠らない空港。閉まっている店がほとんど、いや皆無なのには驚いた。そして深夜でも早朝でも人が多い!!!この空港には、まさに“不夜城”という言葉がふさわしい。。。
特に、午前6時を過ぎたころから、トイレは混雑してくるわ(ゆっくり顔を洗ったりするんだったら深夜の時間帯がオススメ)、床に豪快に寝っころがっている人が続出するわ・・・おそらく、利用客の数に比べると座るところが少ないと思われる・・・その混雑ぶりや、東京の超絶通勤ラッシュを知っているワタクシでも一瞬ひるんでしまうほど。

エミレーツでは、ドバイでの乗り継ぎが5時間を超える場合、ミールクーポンを提供してくれている(↓左)。空港内のファーストフード店(マクドを含む3店舗)で提示すると、決められたものを無料でサービスしてくれる、というもの。
今回ワタクシたちはその対象となっていたので、第1ターミナルと第2ターミナルの間にあるInformationカウンターでクーポンを受け取り、チキンのホットサンドイッチ、ポテトチップスに水というジャンキーな朝食(↓左)を済ませた。
1_3.jpg 1_4.jpg


長い長い待ち時間ではあったものの、Wi-Fiが使えたのでネットで遊んだり、持って行った本を読んだりして、なんとか時間を潰し、いざ、チュニス行きのフライトEK747便の搭乗ゲートへ。

2日目の旅行記へ続く。
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2012-07