Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

カゴメの株主優待到着 

2010/05/31
Mon. 08:05

今年も届いた、カゴメからの株主優待


今回は、

・野菜生活5本
・トマトのレモネード
・豚肉となすのトマト味噌炒め(の素)
・サラダそうめん用トマトつゆ


という内容。夏バージョンで野菜ジュースが中心(ちなみに前回のものは調味料・加工食品類が中心の冬バージョン)。

東京はここのところ気温が上がらずだけど、暑くなってきたら冷蔵庫でキンキンに冷やしていただきませう。
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300<スリーハンドレッド> 

2010/05/30
Sun. 12:13

『男と女の不都合な真実』を見てジェラルド・バトラーに惚れたので、『300<スリーハンドレッド>』(2007年/米国 原題:300)を見てみた。

300

=ストーリー=

紀元前480年。都市国家スパルタの王レオニダス(ジェラルド・バトラー)のもとに、アジアの大国アケメネス朝ペルシャの王クセルクセス1世(ロドリゴ・サントロ)からの使者が来て、服従するよう要求するが、専制君主国家であるペルシャの支配は受けないとレオニダスはその使者を殺してしまう。
ペルシャとの戦争が始まろうとするとき、ギリシャの神々の祭りの時期と重なったこともあり、「戦争をするな」という神託が下る。レオニダスはわずか300の重装歩兵の精鋭を率い、“灼熱の門”と呼ばれるテルモピュライでペルシャの大軍と戦う。
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マミーズ(Mammies)のアップルパイ♪ 

2010/05/29
Sat. 23:56

最近食べ物の日記ばっかりだけど、今日もまた食べ物日記。
m_applepie1.jpg職場の元同僚のKちゃんの家に遊びに行かせてもらい、同じく元同僚のIちゃんが持ってきてくれた谷中にある『マミーズ(Mammies)』のアップルパイをデザートにいただいた。

ホールのアップルパイ、焼き色がとっても美しい~

6人分にお店でカットしてくれたとのことで(大きさの大小はあったけど、そこはご愛嬌)、断面もスッパリきれい。
りんごのフィリングが立派!
先週食べた自由が丘の『Bon Moments(ボンモマン)』のアップルパイのフィリングでも大きいと思ったけど、それとは比べ物にならないくらい大きい。

りんごは季節によって種類が異なるらしく、今は“ふじ”りんごを使っているらしい。
そのせいか、りんごのフィリングはみずみずしくさっぱりした感じ。パイは少ししっとりしているけれど、手づくりの優しい味がした。
m_applepie2.jpg

谷中エリアに行くことはないけれど、松屋銀座に常設店があり、百貨店の催事場に出店もしているみたい。
手土産に良い一品を教えてもらいました。
Iちゃん、ごちそうさまでした&ありがとう

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女の子ものがたり 

2010/05/28
Fri. 09:02

『女の子ものがたり』(2009年/日本)を見た。

onnanokomonogatari.jpg

=ストーリー=

漫画家の菜都美(深津絵里)はスランプに陥り、自堕落な生活を送っていた。新米の編集者財前(福士誠治)に、友だちも恋人もいない菜都美にはいい漫画は描けないとまで言われる。しかし菜都美には、少女時代を共にすごしたきいちゃんとみさちゃんがいて・・・
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以前からずっと行ってみたかった『リストランテ ラ・バリック トウキョウ(Ristorante La Barrique Tokyo)』で、大阪から出張で東京に来ていた旧友Kとディナー

江戸川橋駅4番出口を上がったところで待ち合わせ、地図を片手に歩き、無事迷わず到着。
古い日本家屋の一軒家を改装しているので、思わず「ごめんくださーい」と言ってドアを開ける(ガラガラと引くタイプの扉)。
靴を脱ぐのかな?と思ったら、「靴はそのままでけっこうです」と説明されるものの、ちょっと不思議な感じ。
古い家なので天井は高くないけど、テーブルとテーブルの間隔はそこそこあるので、あまり狭くは感じなかった。
La Barrique Tokyo1

スパークリングワインを飲みながら、メニューの説明を受ける。
ディナーは、前菜・プリモピアット・メインディッシュ・デザート・コーヒーor紅茶・小菓子という郷土料理のコース(6500円)、お付出し・小さな前菜・冷前菜・温前菜・パスタ・メインディッシュ・デザート・コーヒーor紅茶・小菓子という『ラ・バリック』コース(8500円)、シェフおまかせのコース(12000円)の3つのコースがあり、ワタクシたちは迷うことなく『ラ・バリック』コースを選択。
冷前菜・温前菜・パスタ・メインディッシュ・デザートは数種類の中から選べ、メニューに載っていないものはスタッフの人が丁寧に説明してくれた(とても全部覚えられないので、説明を聞きながらこれにしよう、と決めるべし)。

付き出しは小さな、可愛らしいパン。コースにもパンは付いていたけど、冷前菜のボリュームを見て、メインまで完食できるかちょっぴり不安になったので、パンを食べるのをセーブした。
La Barrique Tokyo2 La Barrique Tokyo3

小さな前菜は稚鮎のフリット
ふわっと柔らかい身がからっと揚がっていた。
La Barrique Tokyo4

冷前菜は、トマトの冷製スープ。
スープを凍らせてシャーベットにしたもの、モッツァレラチーズのふんわりしたムース、かにのフレークがトッピングされていて、いろんな食感が楽しめた。
もちろんトマトの甘さと酸味のバランスも絶妙でスープ自体も美味しかった。
La Barrique Tokyo5

Kが選んだ冷前菜のテリーヌ(?)。普通の前菜の2倍はあるんじゃないかというボリューム。
La Barrique Tokyo6

温前菜は、ホワイトアスパラガスのソテーをチョイス。
先々週残念な思いをしたこともあり)立派なホワイトアスパラでテンションが上がる
上に乗っているのは卵黄の入ったラビオリで、ラビオリを崩してとろとろの卵黄をアスパラに付けて食べる。卵黄とも合うけれど、アスパラそのものがとても柔らかくて美味しかった~
La Barrique Tokyo7

フォアグラが大好きというKは、温前菜にフォアグラのソテーをチョイス。
上に乗っているのは赤ワインのチップだそう。
La Barrique Tokyo8

パスタは、空豆と車海老のパスタをチョイス。
手打ちのきしめん状のパスタはもっちりした食感がGood
ソースにも空豆のピューレが使われていて、旬の空豆を存分に味わえた。
La Barrique Tokyo9

Kが選んだパスタは、きのこのパスタ。
La Barrique Tokyo10

メインは、Kもワタクシも仔牛のカツレツを選択。
メニューの説明の時に「厚切り」とは聞いていたものの、この厚みには二人ともびっくり
薄い衣の食感が、ジューシーな仔牛のステーキ(?)のアクセントになって、かなりおなかいっぱいだったけど飽きることなく完食。
付けあわせのトマトもとても甘くて美味しかった。
La Barrique Tokyo11

ちなみに二人とも仔牛のカツレツをメインにしたので、「ワインはフルボディにしよう!」と話すも、ワインの銘柄などよくわからないので、予算を伝えて適当に薦めてもらうことに。3種類薦められ、(ワタクシよりもはるかに飲む)Kが“Long Now”というワインというワインを選んだ。
口の中にねっとりワイン独特の渋み(タンニン)と甘みが残るタイプ。飲みやすい軽いワインでなく、どっしりフルボディ。あまりこういうワインを飲まないワタクシには新鮮だった。

デザートは、ほろ苦いチョコレートのソルベ、オレンジソース
甘すぎず(その名のとおり)ほろ苦く、ドライオレンジ(?)との相性はバッチリで美味しかった。
La Barrique Tokyo12

Kが選んだパッションフルーツのジュレ。ヨーグルトのジェラートと一緒にさっぱりと。
La Barrique Tokyo13

小菓子も種類が豊富で見た目もかわいい。真ん中にあるのはほおずき。ほおずき食べたのって何年ぶりだろう?
La Barrique Tokyo14

コーヒーといただいて、素晴らしいディナータイムは終了。
お料理はどれも美味しく、ボリュームもあり、総じてサービスも気持ちよく(ちょっと自信なさげなスタッフもいたけれど)、事前の期待を上回るディナーだった。
またぜひぜひ再訪したい!

気の置けない人とおしゃべりしながら美味しいものを食べてて、「幸せやなぁ」を連発していた幸せなひとときでした♪

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2年ぶり@九段 斑鳩 

2010/05/26
Wed. 22:45

ikaruga1.jpg久しぶりに九段下に出かけたので、開店時間(11時~)を事前にチェックして、ランチは『九段 斑鳩』へ。九段下にはたまに出かけるけど、ここに来たのはなんと2年ぶり

開店1分前くらいに到着したところ、先客は2組3名のみ、行列は必至だと聞いていたのでラッキー

開店時間になると、店のスタッフが期間限定のらーめんの説明をしてくれた。この頃にはすでにワタクシたちの後ろには5人以上並んでいたと思う。
食券販売機が1台しかないので、交通整理をされて順番に店内へ。

ワタクシがオーダーしたのは、1番人気だという『特製らーめん』、870円也(→)。ちなみに“特製”とは、具がスペシャルになるという意味で、スタンダードなものに煮玉子1個とチャーシュー2枚がプラスされ、めんまが増量される。ikaruga2.jpg

まずはスープを一口。
最初に感じるのは魚介系の澄んだ味なんだけど、後味はまろやかで臭みのない豚骨系。
みなさんレビューに書かれているとおり、スープは確かにぬるいけれど、熱々にするよりも、このスープの上品さが味わえてワタクシはいいと思う(店側がこれが適温だと考えていることに、まあ納得できる)。

麺はやや太めで少しだけ縮れているタイプで、スープとよく絡む。
大きめのチャーシューは柔らかくてこちらも上品なんだけど、ワタクシにはちょっとしょっぱかった。

全体的にけっこうボリュームがあって、おなかいっぱいになった(朝食を控えめにしたとはいえ、ランチを早く食べすぎたせいかもしれない)。

行列に並ばなくてもいいなら、つけ麺や杏仁プリンも食べてみたい。

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沈まぬ太陽 

2010/05/25
Tue. 23:45

『沈まぬ太陽』(2009年/日本)を見た。

shizumanutaiyo.jpg

=ストーリー=

国民航空で労働組合の委員長を務めた恩地元(渡辺謙)は、経営側と激しく対立、委員長を退いた後も経営陣に目を付けられ、カラチ、テヘラン、ナイロビと前例のない約10年の海外の僻地勤務を強いられる。他方、労組の副委員長で恩地を支えてきた行天四郎(三浦友和)は経営陣側に寝返り、御用組合を裏で指揮する。
帰国後も10年間閑職につかされるが、1985年に御巣鷹山で起こったジャンボ機墜落事故の遺族係を担当。後に、諸問題が噴出した国民航空の改善のため、恩地は社長室で新社長の国見(石坂浩二)のもとで改革にまい進するが・・・
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エノテカ・ドォーロ 

2010/05/24
Mon. 23:40

半蔵門にお勤めの、尊敬する大先輩Nさんとごはん(お忙しいなかワガママを言って付き合っていただいた)。
『麹町カフェ』で待ち合わせしたものの、貸切だったので、急遽『エノテカ・ドォーロ』へ。
人気店らしいのだけれど、月曜日の早い時間(19時前)だったこともあり、幸い空いていた。

前菜は、燻し鴨といちじくのインサラータ
EnotecaDoro1.jpg

パスタは、真蛸とオリーヴ、ケッパーのピリ辛ラグーソースのバベッティーネ
EnotecaDoro2.jpg

メインには、和牛イチボのタリアータ 伝統的なトスカーナの手法で
EnotecaDoro3.jpg

デザートに、ティラミスをオーダー。
EnotecaDoro4.jpg

ティラミス以外は、予め1ポーションを2等分して取り分けてくれていた。

前菜は“インサラータ”という名前だったので、サラダっぽいと思ったらそうでもなくて、メインの和牛イチボのタリアータとちょっとかぶってしまった(汗)。前菜はバーニャカウダにすれば良かったかなー(どちらにするか悩んだので)。
どちらもソースの味はかなり濃いめ。豊富に揃えられたワインに負けないよう、しっかりした味にしているのだろう。

真蛸のパスタは、蛸が挽肉のようになっていて面白い食感。
アルデンテに茹で上がったパスタは、ピリリと辛いラグーソースによく合い、なかなか美味しかった。

ティラミスは、思ったよりずっと大きく(これも何人かで分けるのが前提のサイズだったのか?)、やや甘さ控えめ(料理の味が濃かったからそう感じた可能性アリ)。サイズが大きい分、あっさり味に仕上げているせいか、濃厚なマスカルポーネを期待していたワタクシにはちょっぴり物足りなかった。


自慢の窯で焼くピザもいろいろあったし、ワインの種類は豊富だけどグラスワインは限られていたので、大人数で来ると楽しいお店だと思う。

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Bon Momentsのアップルパイ&バナナレモンパイ 

2010/05/23
Sun. 18:54

先日イートインした『Bons Moments(ボン・モマン)』で、アップルパイ(490円)とバナナレモンパイ(450円)をテイクアウト。
先日日記を書いた時に見たホームページに、“雨の日クーポン”なるものがあったので、ケイタイのカメラに収めて持っていったところ、パイ1個につき100円引きになった、ラッキー


アップルパイ(→)は、大きなリンゴがたっぷり入っていてボリューム満点!
甘すぎず、リンゴの酸味も食感もしっかり残ったフィリングは、アップルパイが苦手な人でも美味しいと思えるんじゃないかな?
でもパイ生地はちょっと残念。前にイートインしたときに、サクサックの焼きたてパイを食べただけに、軽めのものを想像していたのだけれど、厚めでどっしりしていた。
applepie.jpg
バナナレモンパイ(→)のバナナはアップルパイとは違って、バナナの原形は保たれていない。
熟したバナナを使っていないのか、意外にあっさり。もちろんレモンの酸味の効果もあるだろうけれど。
生地はパイって感じじゃなくて、チーズケーキのようにしっとりしていた。これはこれでアリかな。
bananalemonpie.jpg

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クヒオ大佐 

2010/05/22
Sat. 22:48

『クヒオ大佐』(2009年/日本)を見た。

kuhiotaisa.jpg

=ストーリー=

米軍特殊部隊ジェットパイロット、父はカメハメハ大王の末裔、母はエリザベス女王の双子の妹であると言い、次々と女性を騙し結婚詐欺を働いた詐欺師(自称)“ジョナサン・エリザベス・クヒオ大佐”(堺雅人)と、交際した女性たちを描く。
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夢屋(ロマンヤ)@代々木上原 

2010/05/21
Fri. 23:57

職場で衝撃的なことがあり動揺してしまったので、先輩Aさんに付き合ってもらい、Aさんがランチによく行くという『夢屋(ロマンヤ)』に飲みに行く。
場所は『カーサ・ヴェッキア』の並びで『il tarrivo(イルタリーヴォ)』の斜め向かい、私も何度か前を通っていて気になってはいたけれど、常連さんが多そうでハードルが高く行けていなかった店。

カウンターと2人がけのテーブルが4卓ほどのこじんまりしたお店で、マスターが一人で切り盛りしている。ご近所の常連さんが多いようだった。

まずは生ビールで乾杯。次に焼酎へ。グラスに並々と注がれた。

食べたものは、大根と山芋のサラダ(↓左)、きのこのオイル煮(写真なし。メニューには別の名前がついていたけど記憶なし)、鶏皮餃子(↓右)
roman_ya0521_1.jpg roman_ya0521_2.jpg

豆腐ステーキ(↓左)、ガーリックポテト(↓右)、
roman_ya0521_3.jpg roman_ya0521_4.jpg

ここの名物つくね(↓左)、タコキムチ(↓右)。
roman_ya0521_5.jpg roman_ya0521_6.jpg

大根と山芋のサラダは食感がよく、見た目もキレイ。
鶏皮餃子はしっかり味がついていてジューシー。おつまみにピッタリ。
ガーリックポテトはポテトがしっとり・ほっくりしていて美味。ボリュームも満点。
つくねは絶品!お酒にも合うけれど、ワタクシは白いごはんが欲しくなった。
ランチメニューにも「つくね弁当」はあるらしいので、次回はお昼に、ごはんと一緒にいただきたい。

品切れが多くて残念だったけど(ワタクシたちが行く前に団体さんが来ていたらしい)、どれを頼んでもハズレがなかったし、お値段も良心的だったの満足、満足

会社が移転してこのエリアに来てから早半年、「ちょっと飲みに」って店を開拓できていなかったので、良い店を教えてもらいました♪

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ファンボーイズ 

2010/05/20
Thu. 08:52

『ファンボーイズ』(2008年/米国 原題:Fanboys)を見た。

fanboys.jpg

=ストーリー=

1998年。ハロウィンパーティーで久しぶりにスターウォーズおたくの旧友たちに再会したエリック(サム・ハティントン)は、かつての親友ライナス(クリス・マークエット)が余命数ヶ月と聞き、公開前のエピソード1を観ようと、オハイオの片田舎からサンフランシスコにあるルーカスフィルムの本拠地、Skywalker Ranchを目指すが・・・
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Eggs'n Thingsで朝ごはん 

2010/05/18
Tue. 22:55

職場の友人KさんとTちゃんと3人で、2ヶ月ほど前にオープンしたハワイ発(※)のパンケーキ屋さん『Eggs'n Things(エッグスンシングス)』で朝食。
eggsnthings1.jpg店内はハワイっぽくサーフボードが飾ってあったりハイビスカスの花(遠目に見ただけなので造花かも)が飾られていたり。テラス席もあり、今日はとても天気がよかったので賑わっていた。

3人いるので、パンケーキ、ワッフルとオムレツをシェアすることに決め、

●ストロベリーホイップとマカダミアナッツのパンケーキ(1050円)
●パイナップルホイップとマカダミアナッツのワッフル(1050円)
●ベーコンとチーズのオムレツ(チーズは、チェダー・モッツアレラ・ペッパージャックの3種から選べ、ペッパージャックをチョイス。付け合せはポテト)

をオーダー。
飲み物はKさんがコナブレンドのアイスコーヒー、Tちゃんとワタクシはコナブレンドコーヒー(ホット450円)にする。

小学校高学年から中学までハワイで生活していたKさんは、「普通のアイスコーヒー。コナコーヒーの味はしない」と話していた。
コナブレンドコーヒー(ホット)はアメリカンサイズのマグカップに入っていたけど、おかわりできない。アメリカだったら絶対おかわりOKなのにねぇ・・・残念(特別美味しいコーヒーでもなかったけれど)。

最初に来たのはパンケーキ。普通、オムレツを最初に出すだろーって思ったけど、まぁここの看板商品だから良しとしよう。
山盛りのホイップクリームはふわっと軽く、しつこくなく、ぺろっと食べられる。
カロリーを考えたら恐ろしいけれど、この店に来る時点でカロリーのことは忘れないとね
テーブルに置いてある3種(メープル、グアバ、ココナッツ)のシロップも試してみたんだけど、意外にもミルキーな感じのココナッツが一番ワタクシの好みで、グアバの酸味のあるシロップもなかなかよかった(ホイップクリームにはあまり合わない)。メープルシロップは普通のものより濃度が薄い気がした。
eggsnthings2.jpgeggsnthings3.jpg

次に来たのはオムレツ。
とろーっとしたオムレツを期待していたので、平べったいものが出てきてちょっぴりショック
ケチャップは好みでかける(ハインツのケチャップがテーブルに置いてある)のだけれど、ペッパージャックのチーズを選択したのでしっかり味がついており、そのままで問題ナシ。

オムレツとほぼ同時に来たのがワッフル。こちらもパンケーキ同様ホイップクリーム山盛り。
ワッフルはふくらみが足りず、パイナップルは大好きだけどこのホイップクリームとは相性が合わない気がした。
eggsnthings4.jpgeggsnthings5.jpg


ところで。
たいしたサービスはそもそも期待していなかったけど、それでもサービスの悪さ(というよりスタッフの気の利かなさ)に閉口した。
立って客席を見ているのに、ワタクシたちがお皿を片付けていても呼ぶまで取りに来ない、
水も注ぎ足しに来ない、
それはまだ許せるとしても、「紙ナプキンをください」と頼んだら「何枚ですか?」と聞かれ、「適当に」と答えたところ、なんと2枚しか持ってこなかった(3人いるのによ!?)。

誰かに行こうと誘われたら付き合うけど、自分からはまた行きたいとは思えず。
本場ハワイ(※)のパンケーキを食べたことがないので、機会があればチャレンジしたい。
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ピザトーストのランチ@ル・シァレ 

2010/05/17
Mon. 10:24

ルシァレ1『ルヴァン』に併設されているカフェ『ル・シァレ』(←)でランチ。

店内は2人がけのテーブルが1つ、6人がけのテーブルが1つ、外に2人がけのテーブルが1つ。こじんまりしていて、キッチンは丸見えだけど、それが気にならなければ&人が多くなければ(テーブルとテーブルの間が狭いので)落ち着ける雰囲気。
ルシァレ2
メニューは、アンチョビと新玉ねぎのピザトースト(840円)、胡麻味噌サンド(840円)、本日のスープ(野菜たっぷりミネストローネ)とパン(892円)など。

ワタクシは、アンチョビと新玉ねぎのピザトーストと、アイスのハーブティー(630円)をオーダー(←)。
一緒にランチしたOさんは、胡麻味噌サンドとアイスのカフェオレをオーダー。


ルヴァンのパンを使ったピザトーストはチーズがたっぷり、アンチョビの塩気も効いていてなかなか美味しかった。
ただボリュームがなく物足りない・・・胡麻味噌サンドには、サンドイッチのほか2種類のパンがついていたのだけれど、こちらのピザトーストにはなし。

ハーブティーはやや“葉っぱ”っぽい味(笑)。品の良い青臭さはキライではないので、暑かったこの日にはぴったりだった。

それから。ピザトーストは焼く時間がかかったせいか、胡麻味噌サンドが出てきてから5分くらい出てこなかった。少ないスタッフでやりくりしているのはわかるけど、ちょっとねぇ?
誰かと行くなら同じものを頼むか、1人で利用するほうがよいかも。

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南極料理人 

2010/05/16
Sun. 01:04

『南極料理人』(2009年/日本)を見た。

nankyokuryorinin.jpg

=ストーリー=

海上保安庁の西村(堺雅人)は、単身で南極ドームふじ基地に調理担当として赴任する。
西村は、限られた食材で、雪氷学者本さん(生瀬勝久)、気象学者タイチョー(きたろう)など8人の隊員が飽きないよう奮闘する。
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のんびりランチ@神楽坂ラ トゥーエル 

2010/05/15
Sat. 23:26

La Tourelle 1前の前に働いていた会社の後輩Nちゃんと、久しぶりにランチ。
お店は、神楽坂にあるフレンチ『ラ トゥーエル』。人通りの多い賑やかな通りから1本入った静かな場所にあり、フランス国旗が目印。

休日のお昼のコースは、
アミューズ・前菜1品(2品より選ぶ)・魚料理・お口直し・肉料理(2品より選ぶ)・デザート・飲み物という内容のGrand Cruコースが3800円(税サ込)、
アミューズ ・ 前菜2品・魚料理・お口直し・肉料理(2品より選ぶ)・デザート・ 飲み物という内容のShef Specialiteコースが5500円(税サ込)、
アミューズ・前菜3品・魚料理・お口直し・肉料理・デザート・飲み物という内容のコースが7000円(税サ込)。

ワタクシたちはGrand Cruコースを選択、食前酒にシャンパンもオーダー。

アミューズは、ガスパチョ。
前菜は、わがままを言って(?)Shef Specialiteコースの前菜から選ばせてもらった“白アスパラのソテーとウズラのサラダ仕立て ラビゴットソース”をいただく。
La Tourelle 2La Tourelle3

魚は黒鯛のムニエル、お口直しのシャーベットをはさんで、肉料理は“仔牛と才巻海老のブランケット 白い野菜のピューレソース”
La Tourelle4La Tourelle 5

デザートは2種類あり、ワタクシはガトーショコラ、ココナッツミルクを使ったプリンとカシスのシャーベットの盛り合わせ、Nちゃんは桃のスープにチーズのムース(?)、ベリー系のフルーツがたっぷり入ったものをチョイス。
La Tourelle 6La Tourelle 7

飲み物はブレンドコーヒー、エスプレッソ、紅茶から選択でき、お茶菓子もつく。レモン風味のマシュマロと胡麻たっぷりの焼き菓子だった。
La Tourelle 8
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男と女の不都合な真実 

2010/05/14
Fri. 23:15

約1ヶ月ぶりのDVD鑑賞。
『男と女の不都合な真実』(2009年/米国 原題:The Ugly Truth)を見た。

theuglytruth.jpg


=ストーリー=

朝の情報番組のプロデューサーアビー(キャサリン・ハイグル)は、仕切り屋で理想が高いのでしばらく彼氏がいない。視聴率の低迷している彼女の番組に、電話参加型の恋愛相談番組“The Ugly Truth”のパーソナリティマイク(ジェラルド・バトラー)がレギュラー出演することになる。
そんなころ、アビーの家の近くにコリン(ウィンター)という整形外科医が引っ越してくる。アビーの「理想の10項目リスト」のほとんどを満たすコリンにときめいたアビーは、マイクのアドバイスに従うことにして・・・
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今年もやってきました、アサヒビールの株主優待
ビール党ではないのだけれど、せっかく“株主限定”なのだからと、毎年株主限定特製ビールをもらっている。
(参考:昨年のもの2年前3年前4年前5年前。)

今年の株主限定特製ビールは、「自然のめぐみ」を感じられるようなあじわいを目指したという、有機麦芽と有機ホップを使用した麦芽100%のビール。

飲んでみると、すごーくスッキリしていてクセがない!他のメーカーのコピーだったような気もするけど、“混じりけのないピュア”な味ってのは、こういう味なんじゃなかろうか。
asahi2010.jpg



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焼きたてパイ@Bons Moments(ボン・モマン) 

2010/05/08
Sat. 20:45

自由が丘で時間をつぶす必要があったので、パイとキッシュの店『Bons Moments(ボン・モマン)』にふらっと入ってみた。

店内にはテイクアウトできるパイとキッシュがずらりと並んでいた。


bonsmoments2.jpg左から、アップルパイ(490円)、パイナップルスフレチーズパイ(480円)、アーモンドパイ(430円)
bonsmoments3.jpg左からベリーパイ(480円)、バナナレモンパイ(450円)
bonsmoments1.jpg左からミートパイ(430円)、アンチョビ、トマトとモッツァレラのキッシュ(490円)、パンチェッタとクリームチーズのキッシュ(490円)。

イートイン限定メニューは、
 ・ポットパイ(きのこのクリームシチュー)。単品890円、ドリンク付き1250円。
 ・焼きたてカスタードパイ。ドリンク付き1100円。
 ・焼きたてレアチーズパイ。ドリンク付き1100円。
 ・焼きたてアイスクリームパイ。ドリンク付き1100円。
があり、ワタクシは、焼きたてレアチーズパイ(↓)をオーダー。
bonsmoments4.jpg運ばれてきてちょっとイメージが違ったのだけれど、焼きたてアツアツの細長いパイ(中には何も入っていない)と、ブルーベリーソースのかかったレアチーズクリームが別々に出され、自分でソースをつけて食べるスタイル。
パイはサックサクで、これまで食べたていたパイと比べると格段に軽かったけど、ちょっぴり物足りない気もした。カロリーはめちゃめちゃ高いだろうけどね~


ただこのイートインメニューはどれも、オーダーを受けてから焼くため、20分くらい待たなくてはならないので、待っている間に食べようとテイクアウトメニューのミートパイ(↓)もオーダー。
bonsmoments5.jpgミートパイは温めてくれ、アツアツのものが出てきた。
たっぷり使われた生姜が肉の脂をさっぱりさせてくれていて、少し変わっているけど美味しかった
でも430円はちょっと高いなぁ・・・


ドリンクメニュー(単品)は500円~と、やはり自由が丘プライス。
次回はアップルパイやキッシュをテイクアウトしてみよう。

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イラン旅行 ~食事編~ 

2010/05/06
Thu. 12:31

イラン旅行中の食事について。

朝食はホテルの朝食で、アメリカンスタイル。
パン、玉子料理、生野菜、ソーセージ、フルーツ、ヨーグルト、シリアルなどのビュッフェだったので、特筆すべきことはないのだけれど、ジュース(オレンジとアップルが多かった)が水っぽくかつ甘ったるくて残念だった。

昼の食事も、夜の食事もパターンは同じ。
飲み物はノンアルコールビールかコーラ/スプライト、パン(平べったいナン。焼き立ては出ず常に冷たかった)、サラダ、スープにメイン、たまにデザートのフルーツ、紅茶、以上。


ノンアルコールビールは、“モルツ”と呼ばれる通常のもののほか、フルーツフレーバーのものがいくつかあって、ここじゃなきゃ飲まないと思ったので、いろいろチャレンジしてみた。
最もポピュラーだったのはレモン味(ジンジャエールっぽい?)、変わったところではトロピカルフルーツ(マンゴー味?めちゃめちゃ甘かった!)、
beer-lemon.jpgbeer-tropical.jpg

ピーチ味(昔飲んだ“ピーチツリーフィズ”のような味)、ざくろ味などもあった。
beer-peach.jpgbeer-zakuro.jpg

サラダは、キャベツ、トマト、キュウリのシンプルなもの。
朝食も含め、ほぼ毎食このパターンだったので、モンシロチョウとかカブトムシになった気分だった。
ドレッシングは、発酵させすぎたヨーグルトまたはヨーグルトベースの酸味の強いものが多く、ワタクシの口には合わず。添乗員が日本から和風ドレッシングを持ってきてくれていて、本当にありがたかった。
たまに違う種類のサラダ(豆とか和え物とか)が出ると嬉しくてそればっかり食べたんだけど、ピクルスはめちゃめちゃ酸っぱくて、かつ、唐辛子たっぷりで辛かった
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スープは、大麦を使ったスープが定番。
添乗員が「日本の味噌汁のようなものです」と説明していたとおり、こちらも2食に1度は出たかなぁ。
まずくはなかったけど、とにかく塩気が強くしょっぱくて、ワタクシは残してばかりだった。
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メインは、2回を除いてすべて肉料理。うち半分は羊肉。
煮込み料理が圧倒的に多く、付け合せにはバターライスのような味の付いたライス
、焼き野菜が付くことが多かった。
これ(↓左)は初日の夜に出たケバブ。その隣(↓右)はチキンの煮込み。
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これ(↓左)は、ソフトボールくらいの大きさの巨大な羊肉のミートボール。
中にはイチジクが入っていた。1個食べただけでおなかいっぱい。
これ(↓右)は、何度となく出されたシチュー。
肉は羊、牛、鶏のいずれか。塩気が強いけれど、全体的には食べやすい味付けだったように思う。
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これら(↓左右とも)もシチュー。
揚げ過ぎてあるフライドポテトが入っていた・・・そのままジャガイモ入れてくれたほうが美味しいのに。
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さらにこれら(↓左右とも)もシチュー(笑)。
右のものは、最初運ばれてきた時、みな「メインはまだかなぁ?えらく付け合せのライスが多いなぁ」と思っていたのだけれど、ライスの中によく煮込まれた肉がごろごろ入っていた。
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肉料理ばかりでは飽きてしまうだろうと、旅行社の人が気を使ってくれて、ある日のディナーはカスピ海の魚のソテー(↓左)。焼き過ぎでパサパサになっていたけれど、あっさりした白身魚にレモン汁がよく合った。
最後の夕食は、焼き海老(↓右)。これも、「何もこんなに焼かなくても・・・」というくらいしっかり火が入っていて、串から外すのに一苦労。こちらもレモン汁との相性はバッチリ。
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デザート(朝のフルーツも)はスイカが多かった。
乾燥した気候のイランはスイカが美味しく、当たりのものは確かに甘くて美味しかった。ただ、かなりハズレもあり・・・ますますカブトムシになった気分に
右のメロンはバスでの移動中(?)添乗員とガイドが買ってきてくれたもの。ワタクシの顔くらいの大きさがあった巨大なものだったけど、とっても甘くて美味しかった~
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食後のチャイ(紅茶)は、ベッコウアメのようなものを口に含んで飲む。お茶菓子のクッキーは種類が豊富。いずれもかなり甘かったけど、ピスタチオを使ったものなどは美味しかった。
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デザートビュッフェで取ったケーキやゼリー(↓左)。ケーキは激甘、ゼリーは駄菓子屋に売っていたようなケミカルなテイスト(でもちょっと懐かしかったり)。
アイスクリームは観光地でみんな食べていたけれど、食事に出ることはなかった。あくまでもおやつなんだろうか。これ(↓右)は、シラーズのエラム庭園内にあったチャイハネ(喫茶店)で、同じツアーの人が購入したもの。粘り気のあるトルコアイスっぽいアイスクリームだった。
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まずくて食べられない!というものではなかったけれど、何度も書いたとおり、しょっぱくてワタクシの好みには合わなかった。
似たような羊肉料理なら、ウズベキスタンの料理(メインの料理パン、スープ、サラダなど)のほうが口に合った。

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イラン旅行 ~7日目~ 

2010/05/05
Wed. 17:18

【7日目: テヘラン】

いよいよイラン旅行最終日。今日は19時55分テヘラン発のフライトで帰国するまで、テヘラン市内を観光。
iran2010-7-1-2.jpgまずは、サアダーバード宮殿博物館へ。
ここは、イスラーム革命で倒されたパフラヴィー朝(1925-1979年)の王家の離宮で、建物のいくつかが博物館として公開されているところ。ワタクシたちは、そのうちのひとつ、かつてはシャー(王)の宮殿だった宮殿博物館(←)に入場。
外観はかなり地味なのだけれど、中はかなりゴージャス!
iran2010-7-2.jpgこちら(←)は、1階にあった応接室(?)。
シャンデリアもカーテンもペルシャ絨毯も品がよく、今でも十分使えそう。
iran2010-7-3.jpgこちら(←)は、2階にあった来客用のダイニング(?)。
奥に見えるのは日本から贈られたという屏風。このセンスはどうなんだろう・・・?
iran2010-7-4.jpgこちら(←)は、シャー(王)の寝室。
立派な虎の毛皮に目が釘付け

ワタクシたちが訪れる観光地では、やたらと遠足に来ている小~高校生の集団を見かけた。
遠足が多いなぁ・・・と思っていたら、イスラーム革命以降、イランの学校では自国の文化や歴史を積極的に学ばせており、課外授業が多いのだという。
このサアダーバード宮殿博物館では、小学校低学年の男の子・女の子の集団に会った。
ちなみにイスラーム革命以降、小学校から高校まで学校は男女別。現地ガイドはしきりに、「ずっと男女別なんておかしい。かわいそうだ。」としきりに話していた。
女の子たちは日本人を見たのが初めてだったのか、珍しくてキャーキャー騒いで先生が大変そうだった。男の子は騒ぐことなく、でもやはり珍しいので気になっていて、ちらちらこちらを見ているといった様子で可愛かった。
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しかし、小学校低学年の子どもたちがこの宮殿を見て何を学ぶのだろう???「シャーのように贅沢してはいけません!」ってなこと???・・・な訳ないか。

お次は絨毯博物館へ。
絨毯博物館は、イスラーム革命直前の1978年にオープンした新しい博物館。
当時のシャーの妃が建築を専攻していたとのことで、彼女自らがこの建物を設計したのだという。
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絨毯博物館には、当然ながらたくさんの絨毯があったのだけれど、その中でいくつかを紹介。
↓の写真の左は、遊牧民が使っていたもので家畜の模様の絨毯。偶像崇拝を禁じるイスラムの国なのに、動物やら人間やらの模様が多かったのは意外だった。イスファハンのイマーム広場にあるアリカプ宮殿にも人の顔がタイルに描かれていたし、ペルシャ文化圏ではタブーではなかったんだろうなぁ。
↓の写真の右は、天国を表したという図柄の絨毯。これはとてもイスラームらしい。
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↓の写真の左は、四季の風景が描かれたもの。右上から時計回りに、春夏秋冬となっている。
↓の写真の右は、西洋の12星座と、東洋の十二支が描かれたもの。東西文明の見事な融合!?
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↓の写真は、中央にドラゴン(龍)とフェニックス(不死鳥)が戦っている様子が描かれているもの
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ここで紹介したのはごくごく一部で、他に面白かったのは、ジョージ・ワシントン、エブラハム・リンカーンや明治天皇などを含む世界の偉人が描かれた絨毯や、歴代のイランの王の顔がすべて描かれた絨毯などもあった。

iran2010-7-19.jpgイランでの最後の食事は伝統料理(これ以外の食事については後ほどまとめて日記を書く予定)アブ・グーシュトという煮込み料理
羊の肉、野菜が壷の中で煮込まれているもので、食べ方にルール(?)がある。
その食べ方とは、まず、壷からスープのみを別の器に取り、ナン(パン)を手でちぎり入れ(↓左)、ナンにスープを浸して食べる。
次に壷に残ったものをすりこぎのような棒でよく混ぜてペースト状にして(↓右)、これをナンに付けて食べる。
見た目は美しくないけれど(食事中、誰かが「動物のえさ?」「ドッグフードみたい」などと発言したので思いっきり顔をしかめてしまった。思うのは買ってだけど、横で他人が食べてるんだから!)、しょっぱすぎることもなく、野菜と肉の旨みが凝縮されていて美味しかった。羊肉が苦手な人はダメだろうけど、日本人の口にもあう味だった。

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次は、考古学博物館へ。
入口から右手に進むと、有史以前、紀元前5000年ごろに使われていた陶器(↓左)などがガラスケースで展示されている。展示の仕方は正直ちゃちくて、重みが感じられなくて残念だった。
紀元前1000年ごろに使われていた動物の形をした土器(↓右)などもたくさん展示されており、どれもなかなか愛嬌のある顔をしていた。
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iran2010-7-23.jpgもう少し進むとアケメネス朝ペルシャ時代の展示があり、こちら(←)は、ペルセポリスの“百柱の間”から運ばれた牡牛の柱頭
完全な形で残っているものは珍しいとのこと。これが100本あっただなんて(全部の柱頭がこれではなかったと思うけど)、ものすごい広間だったんだろうなぁ・・・


こちら(↓)は、ペルセポリスの“謁見の間”にあったレリーフ。
中央にいるのはダレイオス1世またはクセルクセス1世と言われている。
きれいな状態で残っていて、当時の技術の高さがうかがわれる。
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アケメネス朝時代の展示の後は、アルケサス朝パルティア時代、サーサーン朝時代と展示は時代順に続く。
気持ち悪いけど興味深かったのが、1993年に塩坑で見つかった、“ソルトマン”と呼ばれる3世紀ごろのミイラ(↓左)。狩りに行った身分の高い人が足を捕られてしまい、(塩分が高かったので)そのまま自然にミイラになったのだという。
もうひとつ、日本の正倉院にも似たような形のものがあるガラスの容器(↓右)。
正倉院のもののほうがずーっと美しいのだけれど、そもそもサーサーン朝では珍しいものでもなんでもなかったので、大事にされていなかったのかな、という気もした。
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以上で、駆け足だったけど、テヘラン観光終了。
空港に向かい、帰国の途に着いた。


テヘランで宝石博物館に行けなかったこと(閉館日だった)、ペルセポリスで曇りがちだったこと(やはり遺跡は青空に映える!)、途中腰痛に悩まされたことを除いては、概ねハッピーに過ごせた旅行だった。

10年近く前の犯罪だとか、米国との関係だとかで、イランという国のイメージは良くないかもしれないけれど、本当に行ってヨカッタと思う。歴史や建築に興味のある人には、ぜひぜひ訪れてもらいたいです!
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イラン旅行 ~6日目(その2)~ 

2010/05/04
Tue. 23:12

【6日目 : シラーズ → ペルセポリス → ナクシェ・ラジャブ → ナクシェ・ロスタム → シラーズ → テヘラン】

iran2010-6-39.jpg朝イチで、シラーズにある、“マスジェデ・ナスィーロル・モルク”、通称“ローズモスク”へ。
その名のとおり、タイルにピンク色が多様されている美しいモスク。

ステンドグラスがあり、日が中に入るととても素敵♪
実は朝ホテルを出た時は曇っていてお日さまが出ていなかったのだけれど、ここに到着してしばらくすると幸いにも顔を出してくれた。
朝早い時間のほうが日が低くて建物の奥まで光が差し、より美しく見える。

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ローズモスクを見た後、ペルセポリス観光に行き、ナクシェ・ラジャブ&ロスタムを見た後シラーズに戻り、夕方観光したのが、バラの美しさで有名な“エラム庭園”
“エラム”とはペルシャ語で“楽園”の意味。
現在は、シラーズ大学(テヘラン大学、イスファハン大学に並ぶ名門国立大学)の所有になっていて、バラ園と、イラン中の植物が集められているという植物園の2つの庭から成っている。
庭園の中には、“エラム宮殿”(↓)という19世紀に建てられた宮殿もあった。
建物自体のデザインも凝っているけれど、漆喰、タイル、モザイクなどを駆使した装飾も見事で、19世紀の建築の最高傑作とされているらしい。ワタクシ個人的には、ちょっとごちゃごちゃしすぎてるなぁ・・・なんて思ってしまったのだけれど。
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バラ園には、真っ赤なバラはもちろん、真っ白なもの、ピンク色のもの、ピンクと白のミックス、黄色、黄色と白のミックス、ピンクと黄色のミックスなどなど、色とりどりのバラが咲いていた。
イランを旅行するのは、やっぱりバラの咲くこの時季が一番!
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さて、ここで時間を少し戻して。
ペルセポリス観光の後、遅い昼食をとってから向かったのが、ナクシェ・ラジャブというところ。
ここにはサーサーン朝(226-651年)時代の大きなレリーフが4つ残っている。
1つ目は、サーサーン朝を開いたアルデシール1世(在位226-241年)の戴冠式のレリーフ(↓)。
丸い輪をアフラ・マズダ神が王に授けている。アルデシール1世の後ろには、息子で後のシャープール1世(在位241-272年)も控えている。小さく描かれているのは幼い王子たち(?)、アフラ・マズダ神の後ろにいて体感の様子を見ていない(反対方向を向いている)のはお妃なのだという。
2つ目は、ゾロアスター教の聖職者カルティールのレリーフ。アルデシール1世の戴冠式のレリーフの左、大きな紙のようなものを読んでいる人がカルティールで、ガイドの説明によれば、その紙には、カルティールがいかに苦労してゾロアスター教をサーサーン朝の国教にしたかが描かれているらしい。
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3つ目のレリーフは、シャープール1世とその臣下たちのレリーフ(↓)。
馬に乗っている大きく立派な人がシャープール1世。
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もう1つ、シャープール1世の戴冠式のレリーフもあったのだけれど、シャープール1世については、この後訪れたナクシェ・ロスタムで説明することにし、以上でナクシェ・ラジャブはおしまい。

iran2010-6-34.jpgバスで移動していると、良質な絨毯を作ることでも知られる、カシュガイ族という遊牧民の家(テント)があったので、ガイドが機転を利かせて声をかけてくれ、カシュガイ族の女性にテントを見せてもらった。
女性に年齢を聞くなんて不届き千万だけれども、この女性は49歳とのこと。紫外線はやっぱり肌に悪いのねー。
iran2010-6-33.jpgナクシェ・ラジャブの近くには、ペルセポリスのレリーフのレプリカをおみやげに売っている露店があった。
“双頭の鷲”や“ダレイオス1世の戴冠式”など、かなりしっかり造られているように見えて3ドル~とお値段もお手ごろだったのだけれど、サイズが大きすぎる(日本人みたいに小さいものを好む観光客は多くない)こともあり購入せず。
iran2010-6-35.jpgナクシェ・ラジャブの次に訪れたのは、ナクシェ・ロスタム
ここは、アケメネス朝時代の王の墓が並んでいるところ。
クセルクセス1世、ダレイオス1世、アルタクセルクセス1世、ダレイオス2世の墓とされている。
ペルセポリスにあった(ペルセポリスの全景を見るため上った丘にあった)アルタクセルクセス2世の墓と同じ形。
彫られた十字の上のほうに、アフラ・マズダ神、従者に担がれた玉座の王という図も彫られている(この構図は、“百柱の間”のゲートのレリーフのものと同じ。アケメネス朝時代、好まれて使われた図なのだろう。
iran2010-6-38.jpgこちら(←)は、ゾロアスター教の寺院と言われている建物。良い状態で残っている。ヤズドにあった建物と同じ形をしている。


このナクシェ・ロスタムにも、サーサーン朝時代の立派なレリーフがたくさん残っており、最も有名なものが、馬に乗ったシャープール1世がローマ皇帝ヴァレリアヌスの右手をつかむ姿を描いた“騎馬戦勝図”
シャープール1世は、ローマ帝国と戦い、260年にエデッサの戦いに勝利した際に当時のローマ皇帝ヴァレリアヌスを捕虜とした。
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こちら(↓)は、“叙任式図”のレリーフ
左側の善の神、その乗る馬の足に踏まれているのは悪の神。右側はアルデシール1世で、その乗る馬の足に踏まれているのはサーサーン朝と戦ったパルティアの王を示しているとのこと。
ナクシェ・ラジャブにも“アルデシール1世の戴冠”のレリーフがあったけれど、絵が違って面白かった。アルデシール1世は、サーサーン朝を興した初代の王なので、神により王として認められたこと、つまり王朝の正統性を示す必要があったのかもしれない。
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ナクシェ・ロスタム観光後、シラーズへ戻り、シラーズ観光(前述のエラム庭園)をして、盛りだくさんな6日目の観光は終了。
夕食後、シラーズの空港から空路でテヘランへ飛ぶ
プロペラ機で羽の近くだったのでものすごくうるさくて、かつエアコンの効きが悪くて環境は悪かったけど、無事到着。ホテルに入ったのは深夜2時近くだった。
疲れたけど、充実した1日だった

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イラン旅行 ~6日目(その1)~ 

2010/05/04
Tue. 22:04

【6日目 : シラーズ → ペルセポリス → ナクシェ・ラジャブ → ナクシェ・ロスタム → シラーズ → テヘラン】

今日6日目は盛りだくさんな日。
実際に観光した順番は上の(→の)とおりなのだけれど、旅行記は、(その1)でペルセポリスについて、(その2)でシラーズ、ナクシェ・ロスタム、ナクシェ・ラジャブについて書いていくことにする。。。写真の色がすべて茶色の日記になってしまうけれど(笑)。

ペルセポリスは、アケメネス朝ペルシャの祭事上の首都だったところ(行政上の首都は、パサルガダエからスースに移った)。ダレイオス1世(在位紀元前522-紀元前486年)が建設に着手し、その息子クセルクセス1世(在位紀元前486-紀元前465年)の時代に完成した。

シラーズからバスに乗ること1時間弱でペルセポリスに到着。
みやげもの屋(数軒しかなくこじんまりしていたのに驚いた)やツーリストインフォメーションのある場所から数分歩くと、遺跡の入口の大階段(↓)に到着。
大階段は、左右両方に広がっており、初っ端からスケールの大きさを感じさせられた。
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写真を見てわかるとおり、階段の段差がかなり小さい。これは、馬に乗っていても乗り降りが容易にできるようにとの配慮からだという。

大階段を上ると、立派な牡牛像と人面有翼獣神像を伴った、都への正門であるクセルクセス門(↓左)がお出迎え。
偶像崇拝を嫌うムスリムに顔を削られてしまっているのは非常に残念だけれども、人面有翼獣神像(↓右)のレリーフには圧倒された。
テレビや書籍などで、ペルセポリスをペルセポリスたらしめているのはレリーフだということは知っていても、こうやって実際に見ると、想像以上でかなりワクワク、テンションが上がった
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この(↓)写真は、クセルクセス門を横から見たところ。左側(牡牛のお尻が見えているほう)が入口に近い。
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iran2010-6-5.jpgクセルクセス門を直進すると、イラン航空のシンボルマークにもなっている双頭鷲像がある。
近くで見ると、なんだか愛嬌のある顔をしていた。


直進せず右手に曲がると、“謁見の間(アパダーナ)”へ繋がる。
この“謁見の間”は一段高くなっており、北側、東側の階段には見事なレリーフが残っている。

北側にあるのは、ペルシャ人とメディア人の高官が交互に並んで手を繋いだり肩に手を置いたりしているもの。
もともとアケメネス家はメディアの支配下にあったので、平和の象徴として描かれたのだろう。
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同じく北側の階段には、牡牛を襲うライオンのレリーフもあった。
これは、牡牛が冬、ライオンが夏を表し、季節の変わり目を表しているのではないかと解釈されているという。
ちなみに同じ構図のレリーフは、東側の階段やその他ペルセポリスの至るところ(というとちょっとオーバーだけど)にある。よっぽど好まれていたのか、それとも何か特別な意味がこめられていたのだろうか。
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東側の階段には、属国の使者が王に贈り物を献上するため行進しているレリーフがある。
面白いのは、使者の衣装や贈り物にお国柄が出ているところ。
そして、謁見の間に遠い階段(下のほう)には地理的にも遠い属国のレリーフ(最も遠い一番下の段にはエチオピアからの使者のレリーフ)があり、謁見の間に近い階段には地理的にも遠い属国のレリーフ(最も近い一番上の段にはメディアの使者のレリーフ)があるというのも興味深い。

全部で23の属国があり、レリーフも23種類あったのだけれど、そのうち一部(わかりやすいもの)を紹介。

まずはインドからの使者(↓)。
正装であるドーティを着ている。天秤に入っている贈り物はスパイスか?
iran2010-6-9インド

これ(↓)は、パルテアからの使者
あごひげは地位の高さの象徴なんだとか。
iran2010-6-10パルテア

これ(↓)は、ガンダーラからの使者
長い槍と大きな盾を持っている。連れている動物は牛だろう。
iran2010-6-11ガンダーラ

これ(↓)は、バクトリアからの使者
フタコブラクダのレリーフがきれいに残っている。
iran2010-6-12バクトリア

これ(↓)は、イオニアからの使者
布やトウモロコシを持っている。顔や髭の感じなんかも、なんとなくギリシャ人っぽい。
iran2010-6-13イオニア

これ(↓)は、アッシリアからの使者
連れている2頭の牡羊のレリーフは見事!!!
iran2010-6-14アッシリア

これ(↓)は、カッパドキアからの使者
馬(種馬らしい)や布を持っている。
iran2010-6-15カッパドキア

これ(↓)は、バビロニアからの使者
写真は途中で切れてしまっているけれど、牛を連れている。
適当な写真がなくて今さらながらの説明になるけれど、この写真に写っているように、それぞれの属国のレリーフは糸杉で区切られている。この糸杉のレリーフもとても細かくて見事だった。
iran2010-6-16バビロニア2

これ(↓)は、アルメニアからの使者
グリフィンを模った壷を持っている。
iran2010-6-17アルメニア

そして最後(↓)は、エラムからの使者
ちょっと見づらいけど、ライオンを連れている!
iran2010-6-18エラム

東階段を上りきると、“謁見の間”に到着。残念ながら今は柱が数本残るのみなのだけれど、そのまま残っていた柱頭はテヘランの考古学博物館に展示されている。
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“謁見の間”の近く(南側のスロープだったかな?)にあったレリーフ。
王にご馳走を捧げている様子とのこと。下にある花は、花びらが12枚あり、1年を表しているらしい。
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東階段の後ろには、“百柱の間”(↓)がある。
当時は本当に100本柱があったんだろうなぁと思わせるほど、柱だっただろう石が規則正しく(?)転がっていた。
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“百柱の間”のゲートにあたる部分には、50人の武将のレリーフ(↓左)と、玉座に座る王のレリーフがある(↓右)。この玉座は従者に担がれていて、これはアケメネス朝の王が属国を支配していることを表しており、王の頭の上には“翼ある日輪”で表されたアフラ・マズダ神がいる。
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ちなみにダレイオス1世は、ペルセポリスの碑文に、
「天地を創造し、人間を想像し、且つ人間に至福を与え給うたアフラ・マズダこそは、偉大なる神である。」
と彫らせていたとのこと。

少し戻って、“謁見の間”の奥にあるのが、“タチャラ”と呼ばれるダレイオス1世のプライベートな宮殿。
内側にはたくさんレリーフが残っているらしいのだけれど、残念ながら立ち入り禁止で見ることができず
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この後、ペルセポリス内にある博物館を見て、待望の(?)フリータイムとなった。
ペルセポリスを一望できるスポットである、アルタクセルクセス2世の墓(↓。“百柱の間”の写真の奥に写っているものと同じ。)に登ってみた(登ると言っても丘の中腹にあるので、10分もかからない)。
当時の王墓については、(その2)ナクシェ・ロスタムのところで説明する予定なので、ここでは割愛。
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そしてこれ(↓)が、アルタクセルクセス2世の墓から見たペルセポリス
中央に写っているのが“百柱の間”、テントで屋根が作ってあるのは東階段(レリーフ保護のため)、その奥が“謁見の間”。“謁見の間”の左、写真の隅に見えているのが“タチャラ”。クセルクセス門は“謁見の間”の右手のほうだけれど、この写真には写っていない。
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2時間半近くフリータイムがあったので、思い思いに写真を撮りながらペルセポリスを散策。
途中少し雨がぱらついた(青空が見られなかった)ことと、イラン人の若者たちが「一緒に写真を撮らせろ」とまとわりついてきた(ワタクシはそういうのは無視するのでマシだったけど、無視できない人はかなりしつこくつけ回されていた)こと、この2つがちょっと残念だったけど、ペルセポリスを満喫できた。
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イラン旅行 ~5日目~ 

2010/05/03
Mon. 23:55

【5日目: ヤズド → パサルガダエ → シラーズ】

5日目の今日も、バス大移動の日。
朝8時にヤズドを出発、アケメネス朝ペルシャ発祥の地パサルガダエを目指す。

車窓から、鷲の形をした岩山や、テーブルマウンテンが見えた。
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移動の途中に立ち寄った、樹齢4000年の糸杉
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糸杉は成長が早く、空に向かってまっすぐに伸びるので、天国を象徴する木として描かれることも多いという。
幹にしがみついている(どれだけ太いかを示そうと思った)のがワタクシ。
イスファハンのバザールで購入したチャドルを着てみた(しかし、めちゃめちゃ動きづらくて1日で挫折)

iran2010-5-5.jpgこちら(←)は、移動の途中に立ち寄ったアバルクという町にあった大きな氷室
150年くらい前に使われていたもので、氷を藁に包み、この氷室に保管していたとのこと。
夏の暑さ、冬の寒さの厳しい砂漠の町に暮らす人々の知恵が見られる。


昼食後、アケメネス朝(紀元前550-紀元前330年)の最初の首都で、現在は世界遺産に登録されているパサルガダエに到着。
メディア、リディア、新バビロニアを征服し、エジプトを除くオリエントを統一した大帝国を築いたキュロス2世(大王)のもと建設が進められた都で、キュロス2世の墓(↓)が残っている。
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キュロス2世は、イラン人からはイラン建国の祖として大変尊敬されており、被征服民に対しても寛容だったため、後世には理想の王とされた。“バビロン捕囚”に苦しんでいたユダヤ人を解放したことでも有名。
アケメネス朝を滅ぼしたアレキサンダー大王も、キュロス2世を尊敬していたので、この墓は破壊されることなく残ったとも言われている。

写真(↓)左は、ゾロアスター教の寺院(拝火神殿)とも、キュロス2世の息子カンビュセス2世の墓とも言われている遺構。
さきほど、キュロス2世の説明のところで、「エジプトを除く」オリエントを統一したと書いたけれど、カンビュセス2世の時代にエジプトを征服、文字どおりオリエントの大帝国となった。
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写真(↑)右は、楔形文字の残る柱。
古代ペルシャ語、エラム語、バビロニア語の3ヶ国語で「朕はキュロス、アケメネスの王である。」と書かれている

こちら(↓)は、柱の残る宮殿。
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パサルガダエには、キュロス2世の墓、ゾロアスター教の寺院/カンビュセス2世の墓、宮殿のほか、キュロス2世の私邸などが残っており(敷地はとても広いので、一部は車で移動する)、ところどころ興味深いレリーフが残っている。
そのうちのひとつが、片方が魚、牡牛になっている人(の足。皮をかぶっている?)
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さらにもうひとつ。王(大きく描かれている方)と従者(の足)。
ガイドの説明によれば、王の衣に開いている穴には金でできたボタンがはめ込まれていたとのことで、今はルーブル美術館にそのボタンが展示されているとのこと。
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以上でパサルガダエの観光は終了。
もっと発掘や調査をすれば、いろいろ出てくるのかなぁとも思ったけれど、あまりに修復された遺跡も好きではないので、これはこれでいいかな。


また2時間ほどバスに乗り、バラと詩人で知られる町シラーズへ。
イランでもっとも偉大で尊敬されている抒情詩人で、ここシラーズで生涯のほとんどを過ごしたハーフェズ(1325-1389)の眠るハーフェズ廟へ。
ワタクシはハーフェズという名前を今回の旅行で初めて聞いたけれど、かのゲーテも、ハーフェズの詩の影響を受けており、また「ハーフェズの詩を理解するには 魂まで一汗かく必要がある」と語ったという。

ハーフェズ廟の手前は、バラはもちろん、色とりどりの花が咲く美しい庭園になっている。
この時期に訪れて本当によかった

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奥にあるハーフェズ廟。
たくさんの人で賑わっていたのだけれど、ハージュ橋で見たような、男同士・女同士のグループは少なくて、カップルがとても多かった(シラーズはとても自由な都市)。
ガイドの説明によれば、ここハーフェズ廟は絶好のデートスポットで、男性がハーフェズの詩を女性に読んであげるんだとか(かなり照れくさいと思うけど)。

天井のモザイクも細かくてとてもきれいだった。


こちらがハーフェズの棺。
大理石でできたゴージャスなもので、ハーフェズの有名な詩の一説が彫られている。
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以上で本日の観光は終了。

イスファハン、シラーズと大きな都市を見回しても、中近東でよく見られる物乞いがまったくいないことには少々驚いた。観光地で観光客に寄ってくるみやげものを売る子どももいなかった。
これだけで判断できるものではないかもしれないけれど、思っていたよりずっとイランは豊かな国なんだと感じた。

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イラン旅行 ~4日目~ 

2010/05/02
Sun. 22:22

【4日目: イスファハン → ヤズド】


午前9時ごろにイスファハンを出発、バスに乗ってゾロアスター教の聖地ヤズドへ向かう。
ゾロアスター教は、紀元前15~6世紀(諸説あり)にザラスシュトラ(ドイツ語読みするとツァラトゥストラ)によって始められた、古来より信仰の対象となっていたアフラ・マズダを創造主とする宗教。
火、水、土を神聖なものとしたため、火葬や土葬を避け、風葬・鳥葬をしていたことはあまりに有名。

ゆっくり昼食を取ったりしながら移動、ヤズドに着いたのは午後3時すぎ。
まずは、鳥葬のための施設、いわゆる“沈黙の塔”へ。
左の大きい塔が男性用、右の小さい塔が女性用。
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塔のあるエリアへ入るところにゲートがあり、そこに89歳のおじいさんがいた(写真↓左)。
鳥葬が禁止されたのが1930年代なので、このおじいちゃんは若い頃、鳥葬していたことを覚えているとのこと。
(このおじいさん、写真のチップに5米ドルも要求してきた!!!1人につき5米ドルではなく、一緒に写真を撮った人は10人弱くらいいたけど、鳥葬がどうやって行われたかとかの説明も何もしないのに、ちゃっかりしすぎ
右の写真は、塔のふもとにある建物の内部。
鳥葬は、1週間くらい続き、その間(骨を回収するまでの間)はこの建物で生活したらしいので、台所があり、黒く煤が残っていた。
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小さいほう(女性用)の沈黙の塔に登る。
塔のてっぺんは、真ん中に穴が開いているのみ。ここに遺体を入れて1週間後くらいに残った骨を回収したのだという。
穴の中に転がっている石は、かつては穴に敷き詰められていたもの。ここが使われなくなってから70年ほどしか経っていないのに、ひどく壊れているのは誰かが破壊したのだろうか。


沈黙の塔からヤズドの町を見下ろす。
サーサーン朝時代の古い街並みが残るヤズドは、建物の外壁は茶色にするなど規制があるらしく、なかなか雰囲気がある。他方、沈黙の塔のすぐ近くまで町が迫っていて、町が拡大しているんだなぁとも思った。
ちなみに、緑の木々で囲われたところは墓地。鳥葬が禁止されて以降、ゾロアスター教徒も土葬を余儀なくされている。

このヤズドの町や、そしてバイクで沈黙の塔に上って遊んでいる若者たちを見ると、鳥葬がおこなわれなくなったのは、数百年も前のことのように感じた。この70年間に、ものすごいスピードで社会は変化しているのだ。。。

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次は、1500年以上も前から絶え間なく燃えている聖火のある、ゾロアスター教の寺院へ。
でも、建物が新しい(75年くらい前に建てられたもの)ので、その重みがまったく感じられず(涙)。
聖火の写真はなかなか上手く撮れず(これまた涙)。
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こちらは、ゾロアスター教のシンボル、翼ある日輪。
アフラ・マズダを表している。

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次は、サーサーン朝(226-651年)時代の街並みが残るという旧市街の散策
しかしあまり時間がなくて、残念なことに一歩二歩ほど足を踏み入れただけに終わる
写真の右手に映っているえんとつのようなものは、採風塔
砂漠の中のオアシス都市ヤズドの夏は酷暑なので、いわばクーラーの働きをしている。

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もうひとつガイドが紹介してくれたのは、古いドア(↓)。
右と左のドアベルが異なっており、違う音がする。片方は男性専用、もう片方は女性専用(左右どちらか決まっているはずなんだけど、記憶に残っていません・・・)で、男性専用のドアベルが鳴ったら家にいる男性がドアを開け、女性専用のドアベルが鳴ったら女性がドアを開けたとのこと。


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次は、イラン国内で最も高いミナーレを持つ、ヤズドのマスジェデ・ジャーメ(金曜日のモスク)
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続いて、15世紀に造られた、マスジェドやバザールなどが並ぶ広場、アミール・チャグマーグのタキーイェへ。

右手にある木造の山車のようなものは、カルバラーの戦いで殉教した第3代イマーム、ホセインのシンボルとも言える“ナフル”というもの(ホサインの殉教を悼んで、イランでは現在でも毎年お祭りが行われている)。ホサインの棺を模したものとか、ホセインと共にカルバラーで死んでしまった息子のゆりかごを表しているとか、諸説あるらしい。
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以上で、あっという間に時間が来て観光終了。
もっと旧市街の散策をしたかったなぁ・・・
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イラン旅行 ~3日目(その2)~ 

2010/05/01
Sat. 23:49

【3日目: イスファハン】


イマーム広場周辺以外で観光したのは、アルメニア教会のひとつヴァーンク教会、マスジェデ・ジャーメ(金曜日のモスク)、そして再びハージュ橋。

まずは、アルメニア人居住区ジョルファー地区にあるヴァーンク教会
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ここは、サファヴィー朝の偉大な王アッバース1世が経済発展のため、職人や商人をアルメニア人を移住させたエリアで、ジョルファーという地名はアゼルバイジャンとの国境付近、アルメニア人の故郷の地名をそのままとったもの。
イスファハンの経済発展に貢献した彼らに、アッバース1世は宗教の自由を認めたので、ジョルファー地区には13のアルメニア教会があり、このヴァーンク教会もそのひとつ。
イスラム支配下の教会らしく外観はかなり地味なのだけれど、聖書の場面が描かれた壁画で有名な教会で、ワタクシたちのほか、たくさんの観光客が訪れていた。

話が少し逸れるけど。
観光地では、必ずと言っていいほど制服を着た児童・生徒の集団に遭遇し(「Can you speak English?」と聞かれ)た。
こんなにやたらに遠足があるのか?と疑問に思っていたところ、イスラーム革命後、イランでは自国の歴史を学ぶため積極的に課外授業が組み込まれるようになったという。
ちなみに、英語が話せるかと聞かれて「Yes」と答えても会話が続くことはまずなかった・・・話題もなく、英語力も足りなかったから。
ただ、英語を話せる人も少なからずいて、バザールで買い物している時に出会った人には助けられた。店の人にまったく英語が通じない時に通訳してくれ、しかも広いバザールを案内までしてくれたのだ。

話を元に戻して。。。
こちらが『最後の審判』の壁画(↓)。
地獄に落ちた人々が火で焼かれている姿が、一番目に入りやすい高さにあって、強烈な印象だった。
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iran2010-3-31.jpg『キリストの磔刑』(←)。
釘が3本なのは、三位一体を表しているとのこと。キリスト教初期の絵画は、釘が4本あるものも見られるそうだ。

このほか、知恵の樹の実を食べたアダムとイブ、バベルの塔、モーセの十戒、幼児虐殺(新しい王がベツレヘムに生まれたと聞き、怯えたユダヤのヘロデ大王がベツレヘムで2歳以下の男の子を皆殺しにしたという出来事)を描いた絵もあった。
いつも思うけど、西洋美術を楽しむには、聖書の知識が不可欠。次回ヨーロッパに行く時には(いつのことやら?)、勉強して行くぞー!


そして、このヴァーンク教会の敷地内に、いわゆるアルメニア人虐殺問題に関する資料が展示されていた。
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第一次世界大戦下の1915年4月24日、アルメニア人の知識人がトルコ(オスマン=トルコ)に殺害されるという事件がおき、その後、大戦下のトルコ領内で数百万人ものアルメニア人が死亡したという。
アルメニア側は、これをオスマン=トルコの国家組織的な虐殺行為だと認識している(アルメニア人は、当時南下政策を採りトルコと対立していたロシア寄りの活動家やスパイがいたとのことで、トルコ領内でムスリムと対立していたという背景がある)が、他方トルコは、戦時下の前線でおこった出来事で国家は関係していないとの認識。両国の歴史認識が異なっており、いまだ両国間に国交はない。

教会には博物館も併設されていて、アルメニア人がイスラムの支配下で、いかに彼らの信仰を守ったか、といったことが説明されていた・・・あまり面白くはなかったけど。

次に訪れたのは、マスジェデ・ジャーメ(金曜日のモスク)
金曜日のモスクは町に1つと決まっており、ここイスファハンのものはイラン国内で最大のもの。歴史的にも4番目に古いという。
このマスジェドは、セルジューク朝時代の1100年ごろから600年にも渡って増改築されたため、さまざまな時代のペルシャ建築様式、タイルワークなどが見られる。


iran2010-3-32.jpgこちら(←)はマスジェデ・ジャーメへの入口。
入口の手前までバザールがあり、そのバザールはイマーム広場まで繋がっている。
iran2010-3-33.jpgこちら(←)はマスジェデ・ジャーメへの模型。
これを見ると“エイヴァーン”がどんなもので、4つあることが多いという説明が理解しやすいかな?


模型でもわかるように、たくさんの小さなドームがあるので、それらを支えるために、建物の中は柱がいっぱい。
茶色いレンガで造られているのだけれど、ところどころレンガの組み方を変えて模様を作っていたりして、なかなか面白かった。

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ミナーレ(尖塔)のあるエイヴァーン。
マスジェデ・イマームに比べると、実用的で質実剛健な印象。
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そしてイスファハン最後の観光は、ライトアップされたハージュ橋
これはこれできれいだけど、ワタクシは昼間(夕方)のハージュ橋のほうが好きだなー。
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イラン旅行 ~3日目(その1)~ 

2010/05/01
Sat. 20:19

【3日目: イスファハン】


今日3日目は、終日イスファハンの観光。
イスファハンは、昔は野営地を意味する“セパハン”と呼ばれていた(今でもイスファハンのサッカークラブチームの名前として残っている)古い町。
1597年にサファヴィー朝のシャー(王)アッバース1世(在位1588-1629)がこの地を首都と定め、計画的な街づくりを進めた結果、飛躍的に発展。イマーム広場、33(スィー・オ・セ)橋やバザールなどもこの頃にでき、ヨーロッパからの旅人が、“イスファハンは世界の半分”と賞賛したというのは有名な話で、遠く離れた極東の日本の世界史の教科書にも出てくるほど。

イスファハンの一番の見どころは、イマーム広場(イスラーム革命前は“シャー(王)の広場”と呼ばれていた)、別名“全世界の図”
なので実際に観光した順でなく、この“”3日目(その1)”の日記では、イマーム広場周についてまとめて書き、次は“3日目(その2)”に記したいと思う。

このイマーム広場は、縦510m、横163mの長方形の広場で、広場を囲って、ペルシア美術の傑作であるマスジェデ・イマーム(革命前は“マスジェデ・シャー”)、マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラー、アリカプ(アーリー・ガープー)宮殿などがあり、回廊部分にはみやげもの屋が並んでいる。
広場は、緑豊かな公園になっており、観光客向けに馬車が走っていたりした。
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まず最初は、広場の正面にある壮麗なマスジェド(モスク/寺院)は、マスジェデ・イマーム(イマーム・モスク)。
エイヴァーン(※)の見事なムカルナス(鍾乳石飾り)にうっとり何時間見ていても飽きないわ~。

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※エイヴァーンとは:ガイドの説明によると、ペルシャ建築に見られるドームを支える部分のこと。中庭を囲むように4つあることが多く、そのうち1つはたいてい入口(門)になっている。エイヴァーンは、ムカルナス(鍾乳石飾り)で飾られることも多い。

実はこの美しいエイヴァーンは装飾にすぎず、この門をくぐったところにある短い回廊を抜けると、メッカの方向を向いた本物のエイヴァーンが現れる。
下の左の写真は、広場の正面にあるクルミの木でできた扉を撮影したもの、その隣の写真は、門をくぐって本物のエイヴァーンを正面から撮ったもの。光の加減で、斜め45度ずれているのがわかるでしょ?
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この本物のエイヴァーンの奥にある礼拝堂の装飾もとても美しかった。
さらにこの礼拝堂のドームは、2重構造になっており、音が反響するように造られている。ドーム中央の真下の床に四角い床石が埋められていて、これを踏み鳴らすと音が反響するのが実感できた。
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礼拝堂の左右には、マドラセ(神学校)の夏の学舎(正面向かって右側。写真左。)と冬の学舎(正面向かって左側。写真右。)がある。
このマドラセの中庭から礼拝堂のドームを見ると、ドームが頭、ミナーレ(尖塔)が両手で、お祈りをしているようにも見える。しかも、ミナーレには、預言者ムハンマド、初代イマームのアリー、ムハンマドの娘でアリーの妻であるファーティメ、アリーとファーティメの息子で第2代ハサン、同じくアリーとファーティメの息子で第3代イマームのホセインを表しているという5本の指のようなものも付いている。
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ちなみに、この写真ではわかりにくいけど、夏は唐草模様、冬は幾何学模様と装飾タイルの模様が違っおり、凝っているなぁ・・・と感心した。

次に、マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーへ。
アッバース1世の命によりレバノンからやってきた説教師シェイフ・ロトゥフォッラーを迎えるために造られたもので、アッバース1世は後に彼の娘と結婚する。
その妃の趣味(?)なのか、ここのドームの色は、ブルーでなくベージュ!!!
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王族だけが使うマスジェドなのでこじんまりとしており、中庭もなくエイヴァーンも正面入口の1つのみ。
礼拝堂の中のモザイクタイルもベージュというか、黄色系の色が多くて、他のモスクとは雰囲気が違った。
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ドームの天井も同様にベージュ・黄色系の色が多様されている。孔雀のように見える模様、太陽の光りが採光窓から入ると尾のように見えるという仕掛け。
このマスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーは、全体的にとても細かく丁寧な仕事がされていて、マスジェデ・イマームに負けず劣らず素晴らしかった。
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続いて、アリカプ(アーリー・ガープー)宮殿へ。
この宮殿は、1~2階はアッバース1世の時代に、3~7階はアッバース2世の時代に作られた、イランで最初の高層建築。
正面にはユーモラスと言ってもいい雰囲気の人の顔が描かれていた。この旅行中たくさん見たペルシャ絨毯も、動物や人物が織り込まれているものが多く、イスラムでは偶像崇拝につながるのでタブーとされる人や動物が、ペルシャ芸術では問題ないというのがちょっと不思議だった。

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少し話が逸れるけど、この顔を見て、サマルカンドのレギスタン広場にあるシェルドル・メドレセのを思い出した。
で、調べてみたら、レギスタン広場にある3つのメドレセのうち、ティムールの孫のウルグベクが造ったウルグベク・メドレセは15世紀前半のものだけれど、残りの2つは17世紀半ばに造られていたものだと判明。
このイマーム広場を手本にしたんだー!とわかって、なんだかちょっと嬉しくなった。

iran2010-3-14.jpg話を元に戻して、アリカプ宮殿。

テラスの天井は木の柱で支えられているのだけれど、かなり劣化しており修復中。
ガイド曰く、現代のイランの技術ではこの木造建築をうまく修復できないらしい。


テラスからは広場が一望できた(写真は、マスジェデ・イマームの向かい側を撮ったもの。奥の門の先はバザールで、そのバザールはマスジェデ・ジャーメへ続いている)。
アッバース1世はこのテラスからポロ競技を観戦して楽しんだのだという。
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急な階段をえっちらおっちら上り、最上階に到着すると、そこは音楽堂。
天井部分の穴は、楽器の音が変に交じらないよう工夫されて作られているとのこと。穴の形も楽器になっていて、とても可愛らしい♪

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広場を出て、次に向かったのは、40柱宮殿(チェヘル・ソトゥーン庭園)
“40柱宮殿”という名前だけれど、実際の柱の数は20本。柱が池に映って40本に見えたため。
迎賓館として使われていた建物で、アッバース1世の時代には庭園がアリカプ宮殿まで繋がっていたとのこと。

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迎賓館の中は博物館になっていて、サファヴィー朝の栄華を称える6枚の絵画がある(6枚のうち1枚は修復中で見えず)。
そのうちの1枚は、インドとの戦いの絵(↓)。この戦いで勝利して得た宝石類が、テヘランにある宝石博物館(今回の旅行では、残念ながら休館日にあたってしまい、宝石博物館には行けなかった)に展示されているとのこと。
このインドとの戦いの絵には白い象が、トルコとの戦いの絵には鉄砲が描かれていたのが興味深かった。
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以上でイマーム広場周辺の観光は終了。
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2010-05