Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

猪熊弦一郎展 猫たち@Bunkamuraザ・ミュージアム 

2018/04/14
Sat. 17:05

nekotachi.jpgBunkamuraザ・ミュージアムで開催中の、『猪熊弦一郎展 猫たち』に行ってきた。
猪熊弦一郎は四国は香川県、丸亀市の出身。ずいぶん前に(調べたら2009年8月だった)丸亀を訪れたとき、猪熊弦一郎美術館にも行ったことがあったのだけれど、抽象画家という印象しか残っておらず、猫の作品が多いと知ってちょっと意外な感じがした。

展示は  
初期作品
猫のいる暮らし
猫のスケッチ
モニュメンタルな猫
人と猫
にらみ合う猫
再び猫を描く
猫のコンポジション
猪熊弦一郎の世界

という章立て。
若い頃の具象性の高い絵から、パリで師事したマティスの影響を受けたと思われる色彩の油絵、だんだん抽象性の高い作品になっていく様子などがわかり、一人の画家がこんな風に成長・変化していったのかとなかなか興味深かった。

「猪熊弦一郎の世界」は、ニューヨークの摩天楼に着想を得た(?)抽象画が多く、猫はあまり登場せず。その他の章は、無題の小作品というか、下書き(?)みたいなものも含め、猫ちゃんがいっぱい。
もともとは奥さんが猫好きで、子供がいなかった夫婦はたくさんの猫に囲まれて暮らしていたのだとか。戦時中、疎開先にも猫を連れていき、しかもその猫が卵を産み始めた鶏を殺してしまい騒動になったとか、去勢していなかった雄のマーキングがすさまじく家が動物園のように臭かったとか、猪熊弦一郎猫のエピソードも紹介されていた。

一部の作品は写真撮影OK。ワタクシは、こちら(↓左)の作品が気に入った。色合いがやさしいし、いろんなポーズの猫がいるし。
nekotachi1.jpg nekotachi2.jpg

猪熊弦一郎の、妻と、そして猫たちへの愛情がたっぷり感じられ、あったかい気持ちになりました♪
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rudolf2-1.jpgBunkamuraザ・ミュージアムで開催中の、『神聖ローマ皇帝ルドルフ2世の脅威の世界展』に行ってきた。
ハプスブルク家の神聖ローマ皇帝ルドルフ2世(1552-1612)は、ウィーンに生まれたがスペイン宮廷で育ち、父の死後24歳で即位。帝国の都をウィーンからプラハに移し、そのプラハの宮廷に芸術家たちを集め、美術品、工芸品や化学機器、自然物を収集したコレクターとして知られる。
最も寵愛され活躍した宮廷画家はアンチンボルト、鳥獣画を得意としたオランダの画家ルーラント・サーフェリーも皇帝のお気に入りだったとか。プラハ城の庭には南国から連れてこられた動物や鳥が飼育され、宮廷に集まった人たちの中には、天文学者ブラーエケプラーも含まれていたという。

ルドルフ2世の死後即位した弟マティアスは都を再びウィーンに戻したが、プラハに残ったコレクションはその後30年戦争に勝利したスウェーデンにも多く持ち帰られたようで、スウェーデンのスコークロステル城の所蔵品も多く展示されていたのが興味深かった。この展覧会のポスター(→)にもなっている、アンチンボルトの『ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世』も、スコークロステル城の所蔵。

展示は、
プロローグ ルドルフ2世とプラハ
第1章 拡大される世界
第2章 収集される世界
第3章 変容する世界
エピローグ 驚異の部屋

という構成。

“驚異の部屋(クンストカンマー)”とは、15~18世紀にヨーロッパで作られていた、様々な珍品を集めた陳列室。ルドルフ2世は、プラハ城(当時の王宮)の南翼と北翼をつなぐ回廊を作り、クンストカンマーとして膨大なコレクションを陳列していたとのこと。
“ユニコーンの角”として取引されていた北極海などに棲む哺乳類「イッカク」の牙や、貝や天然石を加工し金細工を施した食器、からくり時計などがあり、なかなか面白かった。

最後に、写真撮影OKな特別展示、アンチンボルトの四季を再現(?)した、フィリップ・ハースの作品が(↓)。
rudolf2-2.jpg

正直、あまり好みの絵はなかったのだけれど、ルドルフ2世という人物や、当時の歴史的背景には、おおいに興味をそそられた展示でした。

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オットー・ネーベル展@Bunkamuraザ・ミュージアム 

2017/11/18
Sat. 22:26

ottonebel.jpgBunkamuraで開催されているオットー・ネーベル展に行ってきた。

オットー・ネーベル(1892-1973)は、スイス(ナチス・ドイツを嫌いベルンに移住)、ドイツで活動した画家。建築技師としてのバックグラウンドを持ち、俳優の道を志したこともあるという異色(?)の経歴の持ち主。ドイツのバウハウスでカンディンスキーやクレーと出会い長年にわたり友情を育んだとのことで、カンディンスキーやクレーの作品も一部展示されていた。

展示は、
プロローグ:オットー・ネーベル「シュトゥルム(Strum)」と「バウハウス(Bauhaus)」の時代
1.初期作品
2.建築的景観
3.大聖堂とカテドラル
4.イタリアの色彩
5.千の眺めの町 ムサルターヤ
6.「音楽的」作品
7.抽象/非対象
8.ルーン文字の言葉と絵画
9.近東シリーズ
10.演劇と仮面
11.リノカットとコラージュ ネーベルの技法の多様性

という構成。
ottonbel2.jpg構成が物語るように、建築に影響を受けたり、演劇や音楽に影響を受けたり、詩や文字に影響を受けたり、と多彩な技法・画風が興味深かった。
ポスターに採用されている絵は、イタリアの色彩地図帳(カラー・アトラス)。町から感じた光を色彩に落としこんだもので、以降のオットー・ネーベルの作品のベースにもなっているもの。淡い黄色がベースのものがナポリで、グレーの土台のものがポンペイ

作品は色鮮やかなものが多く、ギフトショップで売られていた展覧会オリジナル商品も、なかなか可愛らしかった(←)。
Bunkamuraザ・ミュージアムの展覧会には毎回行っているけれど(←株主優待券があるので)、これまで触れることのなかった、全く知らない画家・芸術家の作品を知るきっかけになってくれている。好みじゃないなぁ、、、というものもなくはないけれど、今回のオットー・ネーベルの作品は好きな部類でけっこう楽しめた。

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ThisisKyosai.jpg渋谷のBunkamuraで開催中の、『これぞ暁斎!ゴールドマンコレクション』展に行ってきた。
河鍋暁斎(きょうさい)は、江戸末期から明治初期にかけて活躍した画家。歌川国芳に弟子入りしていた浮世絵師でもあり、狩野派の絵師でもあった。注文が来たものは拒まず、真面目な仏画から風刺画まで、さまざまなジャンルの作品を残している。

展示は、

序章 出会い - ゴールドマンコレクションの始まり
第1章 万国飛 - 世界を飛び回った鴉たち
第2章 躍動するいのち - 動物たちの世界
第3章 幕末明治 - 転換期のざわめきとにぎiわい
第4章 戯れる - 福と笑いをもたらす守り神
  笑う - 人間と性(春画)
第5章 百鬼繚乱 - 異界への誘い
第6章 祈る - 仏と神仏、先人への尊崇


という構成。

印象に残ったことをメモ。

・ 風刺画が過ぎ、逮捕されたこともあった暁斎は、枯木寒鴉図で日本画の最高賞を獲得、名誉挽回したとのこと。その際に、その作品に当時は法外な値段といえる「100円」という値をつけたが、栄太郎総本舗がその言い値で買い取ったというエピソードが紹介されていた。鴉の絵1枚の値段ではなく、これまでの精進に対する評価だ、と暁斎は語ったのだという。

・ 個人的には、第2章の動物の絵たちが可愛らしくて好きだった。けれども、地震をおこすといわれるナマズは明治維新で「揺れに揺れている国(日本)」や「役人」を表していて、ナマズをからかう猫=芸者の風刺画を多く残したとの説明も。

・ 虎と豹を描き分けた、「舶来虎豹幼絵説」も素晴らしかった。作品のアイデアも豊富なほか、絵そのもの、写生も上手だったことが良くわかった。

・ 音声ガイドは、今を時めく(?)笑点の司会者、春風亭昇太。第5章では幽霊の落語を聞かせてくれた(笑)。第5章では、「三味線を弾く洋装の骸骨と踊る妖怪」が特に印象に残った。当時この絵は、ものすごく斬新に写ったのだろうなぁ。

絵のことはよくわからないけど、日本画もなかなか面白いと思い出した、今日この頃ここ数年です。

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風景画の誕生展@Bunkamura ザ・ミュージアム 

2015/09/13
Sun. 18:44

Bunkamuraで開催中の、『ウィーン美術史美術館所蔵 風景画の誕生』を見てきた。
ちょうど、ウィーン美術史美術館には、先月訪れたばかり。ちょっと親近感がわいた展示でもあった。
genesisoflandscapepainting2015.jpgヨーロッパにおいて、独立した風景画がどのように誕生していったのか?という、ちょっと変わったテーマでの展覧会。風景画発祥の地と言われるフランドル地方の絵画をたくさんコレクションに持っているウィーン美術史博物館にとっても、初めてのテーマだったようだ。

第1章 風景画の誕生 - 第1節 聖書および神話を主題とした作品中に現れる風景では、人物が中心の宗教画の窓の外が描かれたり、人物たちの背景として風景が描かれている絵画が多く展示されていた。
印象に残っているのは、初めて「風景画家」と呼ばれたフランドルの画家、ヨアヒム・パティニール(1480年頃 - 1524年)の『聖カタリナの車輪の奇跡』ペーテル・ファン・アーフォント、ヤン・ブリューゲル(子)の『幼児ヨハネと天使のいる聖家族』ヒエロニムス・ボスの模倣者による『楽園図』など。

第2節 1年12ヵ月の月暦画(カレンダー)中に現れる風景では、レアンドロ・バッサーノの月暦画(1~8月、11月)と、マルテン・ファン・ファルケンボルフの月暦画(1、4、7、11月)が展示されていた。月暦画は、その月の農作業などが描かれていてなかなか面白かった。
たとえば、2月は謝肉祭の様子、5月はチーズとバター作りの様子、8月はブドウの収穫に備えてのワインの樽作りなど。
マルテン・ファン・ファルケンボルフの月暦画は、農作業のモチーフの他、風景として遊んでいる子供たち(冬であればスケート、夏であれば水遊びしている姿)が描かれているのも印象的だった。

第2章 風景画の展開 - 第1節 自立的な風景画で印象に残っているのは、ルーカス・ファン・ファルケンボルフの『盗賊の奇襲が描かれた高炉のある山岳風景』。盗賊から逃げている旅人の表情がリアルだった。
宗教改革を経て、偶像崇拝を嫌ったプロテスタントたちが、風景画そのものを楽しむようになったのだという。

第2節 都市景観としての風景画では、イタリアのヴェネツィアやローマなど、旅人が好んで訪ねた場所の風景画が展示されていた。旅人のみやげとしても、この種の風景がは売れたのだという。

宗教画から風景画が独立していった様子はなかなか興味深かった。
ちょっと地味な作品が多かった気もするけれど・・・

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2018-04