Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

オットー・ネーベル展@Bunkamuraザ・ミュージアム 

2017/11/19
Sun. 08:26

ottonebel.jpgBunkamuraで開催されているオットー・ネーベル展に行ってきた。

オットー・ネーベル(1892-1973)は、スイス(ナチス・ドイツを嫌いベルンに移住)、ドイツで活動した画家。建築技師としてのバックグラウンドを持ち、俳優の道を志したこともあるという異色(?)の経歴の持ち主。ドイツのバウハウスでカンディンスキーやクレーと出会い長年にわたり友情を育んだとのことで、カンディンスキーやクレーの作品も一部展示されていた。

展示は、
プロローグ:オットー・ネーベル「シュトゥルム(Strum)」と「バウハウス(Bauhaus)」の時代
1.初期作品
2.建築的景観
3.大聖堂とカテドラル
4.イタリアの色彩
5.千の眺めの町 ムサルターヤ
6.「音楽的」作品
7.抽象/非対象
8.ルーン文字の言葉と絵画
9.近東シリーズ
10.演劇と仮面
11.リノカットとコラージュ ネーベルの技法の多様性

という構成。
ottonbel2.jpg構成が物語るように、建築に影響を受けたり、演劇や音楽に影響を受けたり、詩や文字に影響を受けたり、と多彩な技法・画風が興味深かった。
ポスターに採用されている絵は、イタリアの色彩地図帳(カラー・アトラス)。町から感じた光を色彩に落としこんだもので、以降のオットー・ネーベルの作品のベースにもなっているもの。淡い黄色がベースのものがナポリで、グレーの土台のものがポンペイ

作品は色鮮やかなものが多く、ギフトショップで売られていた展覧会オリジナル商品も、なかなか可愛らしかった(←)。
Bunkamuraザ・ミュージアムの展覧会には毎回行っているけれど(←株主優待券があるので)、これまで触れることのなかった、全く知らない画家・芸術家の作品を知るきっかけになってくれている。好みじゃないなぁ、、、というものもなくはないけれど、今回のオットー・ネーベルの作品は好きな部類でけっこう楽しめた。
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ThisisKyosai.jpg渋谷のBunkamuraで開催中の、『これぞ暁斎!ゴールドマンコレクション』展に行ってきた。
河鍋暁斎(きょうさい)は、江戸末期から明治初期にかけて活躍した画家。歌川国芳に弟子入りしていた浮世絵師でもあり、狩野派の絵師でもあった。注文が来たものは拒まず、真面目な仏画から風刺画まで、さまざまなジャンルの作品を残している。

展示は、

序章 出会い - ゴールドマンコレクションの始まり
第1章 万国飛 - 世界を飛び回った鴉たち
第2章 躍動するいのち - 動物たちの世界
第3章 幕末明治 - 転換期のざわめきとにぎiわい
第4章 戯れる - 福と笑いをもたらす守り神
  笑う - 人間と性(春画)
第5章 百鬼繚乱 - 異界への誘い
第6章 祈る - 仏と神仏、先人への尊崇


という構成。

印象に残ったことをメモ。

・ 風刺画が過ぎ、逮捕されたこともあった暁斎は、枯木寒鴉図で日本画の最高賞を獲得、名誉挽回したとのこと。その際に、その作品に当時は法外な値段といえる「100円」という値をつけたが、栄太郎総本舗がその言い値で買い取ったというエピソードが紹介されていた。鴉の絵1枚の値段ではなく、これまでの精進に対する評価だ、と暁斎は語ったのだという。

・ 個人的には、第2章の動物の絵たちが可愛らしくて好きだった。けれども、地震をおこすといわれるナマズは明治維新で「揺れに揺れている国(日本)」や「役人」を表していて、ナマズをからかう猫=芸者の風刺画を多く残したとの説明も。

・ 虎と豹を描き分けた、「舶来虎豹幼絵説」も素晴らしかった。作品のアイデアも豊富なほか、絵そのもの、写生も上手だったことが良くわかった。

・ 音声ガイドは、今を時めく(?)笑点の司会者、春風亭昇太。第5章では幽霊の落語を聞かせてくれた(笑)。第5章では、「三味線を弾く洋装の骸骨と踊る妖怪」が特に印象に残った。当時この絵は、ものすごく斬新に写ったのだろうなぁ。

絵のことはよくわからないけど、日本画もなかなか面白いと思い出した、今日この頃ここ数年です。

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風景画の誕生展@Bunkamura ザ・ミュージアム 

2015/09/13
Sun. 18:44

Bunkamuraで開催中の、『ウィーン美術史美術館所蔵 風景画の誕生』を見てきた。
ちょうど、ウィーン美術史美術館には、先月訪れたばかり。ちょっと親近感がわいた展示でもあった。
genesisoflandscapepainting2015.jpgヨーロッパにおいて、独立した風景画がどのように誕生していったのか?という、ちょっと変わったテーマでの展覧会。風景画発祥の地と言われるフランドル地方の絵画をたくさんコレクションに持っているウィーン美術史博物館にとっても、初めてのテーマだったようだ。

第1章 風景画の誕生 - 第1節 聖書および神話を主題とした作品中に現れる風景では、人物が中心の宗教画の窓の外が描かれたり、人物たちの背景として風景が描かれている絵画が多く展示されていた。
印象に残っているのは、初めて「風景画家」と呼ばれたフランドルの画家、ヨアヒム・パティニール(1480年頃 - 1524年)の『聖カタリナの車輪の奇跡』ペーテル・ファン・アーフォント、ヤン・ブリューゲル(子)の『幼児ヨハネと天使のいる聖家族』ヒエロニムス・ボスの模倣者による『楽園図』など。

第2節 1年12ヵ月の月暦画(カレンダー)中に現れる風景では、レアンドロ・バッサーノの月暦画(1~8月、11月)と、マルテン・ファン・ファルケンボルフの月暦画(1、4、7、11月)が展示されていた。月暦画は、その月の農作業などが描かれていてなかなか面白かった。
たとえば、2月は謝肉祭の様子、5月はチーズとバター作りの様子、8月はブドウの収穫に備えてのワインの樽作りなど。
マルテン・ファン・ファルケンボルフの月暦画は、農作業のモチーフの他、風景として遊んでいる子供たち(冬であればスケート、夏であれば水遊びしている姿)が描かれているのも印象的だった。

第2章 風景画の展開 - 第1節 自立的な風景画で印象に残っているのは、ルーカス・ファン・ファルケンボルフの『盗賊の奇襲が描かれた高炉のある山岳風景』。盗賊から逃げている旅人の表情がリアルだった。
宗教改革を経て、偶像崇拝を嫌ったプロテスタントたちが、風景画そのものを楽しむようになったのだという。

第2節 都市景観としての風景画では、イタリアのヴェネツィアやローマなど、旅人が好んで訪ねた場所の風景画が展示されていた。旅人のみやげとしても、この種の風景がは売れたのだという。

宗教画から風景画が独立していった様子はなかなか興味深かった。
ちょっと地味な作品が多かった気もするけれど・・・

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botticelli2015.jpgBunkamuraザ・ミュージアムで『ボッティチェリとルネサンス フィレンツェの富と美』を観てきた。

この展覧会は次のような構成になっていた。

序章 富の源泉:フィオリーノ金貨

第1章 ボッティチェリの時代のフィレンツェ
金融業、商業の栄えたフィレンツェで使用されていた貴重品入れ(ポータブル)、貨幣経済の広まりに伴って、教会が貧困者救済のためその必要性を認めたという“公益質屋”の金庫、南京錠と鍵、為替手形などが展示されていた。
印象に残っているのは、ロフェンツォ・メディチの息子のために数学者が書いたという算術書(算数の教科書)。カラーで見やすく、メディチ家の活動が例題になっているようで、もっと他のページも見てみたかった。

第2章 旅と交易:拡大する世界
大航海時代の前のヨーロッパの交易の中心地であったフィレンツェ。
交易に従事する裕福な人たちは、航海、旅の無事を祈って、大天使ラファエルと旅に出るトビアスを題材にした絵画を画家たちに描かせたのだという。ちなみに、宗教画の中で、トビアスはお守り(魔除け?)の魚を持っていて、大天使ラファエルと一緒に描かれるのが決まりのようなので、素人でも見分けがつけやすい。

第3章 富めるフィレンツェ
人々の贅沢を戒めるため、13世紀以降、フィレンツェでたびたび出されたという奢侈禁止令は、人々の衣服や装飾品だけでなく、婚礼や葬儀などについても節制を求める法令だったのだとか。
結婚の贈り物とされたカッソーネ(婚礼用の長持ち)に描かれた『聖母マリアの婚礼』『聖母マリアの埋葬』には、この奢侈禁止令に則ってちょっと地味目な衣服を身にまとった人々が描かれている部分、決まりを破ってゴージャスになっている部分、両方が描かれていてなかなか面白かった。

第4章 フィレンツェにおける愛と結婚
婚礼時の贈り物にされた象牙の鏡や、精巧な細工が施された象牙の櫛、出産祝いをのせる出産盆などが展示されていた。象牙の櫛はとても1本1本が細く、壊れることを恐れて一度も使わていないのだとか。

第5章 銀行家と芸術家
富を得たフィレンツェの銀行家や商人たちは、自身の名声を得るため、また富を芸術(美)に使うことに対しては庶民や教会からの反発も受けにくかったこともあり、次々に芸術家たちに制作の注文を出していった。
メディチ家の信頼を得たボッティチェリも、その恵まれた環境のもと、次々と名作を生み出していく。
ここでのハイライトは、ピアチェンツァ市立博物館からやってきた、『聖母子と洗礼者ヨハネ』、誕生したばかりのキリストが厩の中ででマリア&ヨセフ夫妻、ヨハネや天使たちに囲まれている『キリストの降臨』、病院の回廊に飾られていたという、横幅5メートルを超える大作『受胎告知』、ボッッティチェリの作品の中で最も有名な『ヴィーナスの誕生』からヴィーナスだけを切り出して描かれた『ヴィーナス』
聖母子と二人の天使を描いた絵も数点展示されていたのだけれど、注文者が異なるからなのだろうか、同じボッティチェリの作品といっても絵によって人物の顔の感じが全然違って興味深かった。

第6章 メディチ家の凋落とボッティチェリの変容
メディチ家没落後、サヴォナローラの影響を受けてボッティチェリの画風も暗く変わっていたとのこと。
サヴォナローラの時代に好まれた、テラコッタの浮彫の紋章なども展示されていた。


前述の『聖母子と洗礼者ヨハネ』をはじめ、フィレンツェのウフィツィ美術館や国立古文書図書館、イタリア国内外の美術館からもたくさん作品が来ていて、なかなか見応えがあった。
現代の大富豪たちにも、ぜひぜひ才能ある芸術家のパトロンになってもらいたいものです。

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dufy.jpgBunkamuraザ・ミュージアムで開催されている『デュフィ展 ~絵筆が奏でる 色彩のメロディー~』に行ってきた。

ラウル・デュフィ(1877-1953)は、「色彩の魔術師」と言われる20世紀のフランスのパリを代表するフランス近代絵画家。アンリ・マティスに感銘を受けつつも、原色ではなく、陽気で透明感のある色彩と軽快な筆さばきが特徴とのこと。

展示は、4部構成で、それぞれで印象に残った作品をメモ。

第1章:1900-1910年代 造形的革新のただなかで
南仏の町レスタックの風景を描いた作品が多かった。

第2章:木版画とテキスタイル・デザイン
群馬県立館林美術館蔵の『動物詩集あるいはオルフェウスとそのお供たち』の版画がたくさん。親しみやすかった(逆に言うと、庶民的な感じで革新的な画家の作品とは思えず・・・)
テキスタイルのほうは、実際にその生地が使われていたワンピースの展示アリ。パリジェンヌに似合いそうなものだった。

第3章:1920-1930年代 様式の確立から装飾壁画の制作へ
ハイライトは、1937年に開催されたパリ万博の電気館のために制作された『電気の精』のミニチュア版。
この作品は発想が愉快でとても気に入った。
画面の下方には、古代ローマの自然哲学者ルクレティウスから始まり、画面向かって右から左へ、電気の発明と発展に貢献したとされる100名を超える科学者や発明家が描かれており、画面中央にはギリシャ神話オリンポスの神々と天空を司るゼウスの雷が蒸気機関(?)を祝福している、というもので、見ていてとても楽しい気分になれた。

このほか、『馬に乗ったケスラー一族』『サン=タドレスの大きな浴女』と海の女神を描いた『アンフィトリテ』、『電気の精』と似た感じで淡い色彩が可愛らしい『パリ』など、見ごたえある作品が多かった。

第4章:1940-1950年代 評価の確立と画業の集大成
↑のポスターの『ヴァイオリンのある静物:バッハへのオマージュ』。ワタクシには、バッハから赤やピンクという色はイメージできないのだけれど、華やかで目を引く作品だった。

『電気の精』の壁画は、パリ市立近代美術館に展示されているとのこと。見てみたいなー。

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