Small Talk 2

旅の記録 + ちょこっと日常のあれこれ を綴ります

マルタ&シチリア旅行:8日目 

2017/05/05
Fri. 19:07

【マルタ&シチリア旅行:8日目】
(ノート → ポッツァーロ → マルタ → イスタンブール)


朝8:30発のフェリーに乗って、ポッツアーロ港からフェリーで再びマルタへ。
到着間際、船内から見たヴァレッタの眺め(↓右)。
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今日の夕方には帰国の途につくため、フェリー乗り場でタクシーで空港へ。マルタのタクシーは目的地を告げ運賃を事前に決めるシステム。空港まで15分くらいのはずなのに、30ユーロとかなり高額をふっかけられたので、値切り交渉を試みるも、会社が決めている運賃なので下げられないと。
足も痛いし、近くまでタクシーでその後バスというのも面倒だったので、ここは負けてそのままタクシーを利用。

空港で荷物を預かってもらい(Informationで有料で預かってくれる)、空港からバスに乗って、青の洞門(ブルー・グロット)へ。
一つ手前の「Panolama」というバス停で降りると、全体像を見ることができる(↓)。もう少し早い時間帯、午前10時くらいだと、太陽の光が洞門の内部にまで差し込んで、より美しいらしい。
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Panolamaの見晴らし台から下り坂をおりて10分くらい歩くと、ボート乗り場に到着。
しかーし、この日は波が高かったのか、洞門の中に入るボートはまったく出ていなかった(涙)、残念無念
ボートの乗り場の周辺をプラプラ歩いて、海の青さをしばし堪能。
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再びバスに乗り、マルタ島の南にある世界遺産、ハジャー・イム神殿とイムナイドラ神殿へ。
両神殿の入場券は共通。入口付近にちょっとした資料館があり、模型などがあって、この神殿について丁寧な解説がなされていた。今回はブルー・グロットでボートに乗れなかった分、時間の余裕があったため、音声ガイド(英語)を借りてみた。

こちら(↓)は、資料館にあったハジャー・イム神殿の模型。
紀元前2800~2400年ごろに造られたとされていて、こちらも女性の体を模ったといわれるひょうたん型の建造物となっている。
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今は落ちてしまっているものの、当時はドーム状の天井があったとされている。ドーム状の天井の石積みの名残がこちら(↓左)。少しずつ石の大きさが小さくなって、少しずつ重ねながら積んでいったとのこと。
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巨石神殿の名にふさわしく、一つ一つの石がとても大きい。マルタの数ある巨石神殿の中でも、こちら(↓右)にある石が最大のもので、幅7m、厚み70㎝、重さはおよそ20tもあるのだという。
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malta129.jpgハジャー・イム神殿とイムナイドラ神殿との間の、一本道。
海に向かってまっすぐ延びる道は、海風も吹き歩いていてとても気持ちが良かった(日焼け対策に日傘はあったほうがよい)。
ちょっと残念なのは、保護のために神殿が屋根で覆われていること。屋根がなければ、海をバックに神殿がより映えただろうに・・・でも、保護のためなので仕方がない。


こちら(↓左)は、イムナイドラ神殿の模型。
紀元前3000~2400年前に造られたとされ、3つの神殿が並んで見つかっている。
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(模型でいうと)左側の神殿の入り口(↓左)。中央の神殿は、一段高いところに設けられている(↓右)。
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malta135.jpgこちら(←)は、右側の神殿の入り口。
このイムナイドラ神殿の3つの神殿は、春分・秋分、夏至、冬至の日に太陽光が神殿内部に差し込むように設計されているのだとか。

のーんびり巨石神殿を見た後、再びバスに乗り、空港へ。
混雑する道路ではなかったせいか、空港~青の洞門~ハジャー・イム神殿の入り口を通るバスは、驚くほど時間に正確、ほぼほぼ時刻表どおりに運行されていた。
malta136.jpg以上でマルタの観光もすべて終了。
空港で時間があったので、ラウンジで飲み損ねていたマルタのビール、CISKをいただく乾燥している地中海のビールらしく(?)、かなりあっさり・さっぱりした味だった。


ビーチリゾートであれば6~8月くらいがベストシーズンなのだろうけれど、遺跡巡りや街歩きをするのなら、ゴールデンウィークのこの時期はちょうどよかったように思う。



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【マルタ&シチリア旅行:3日目(その2)スリーシティーズ】
(ヴァレッタ → スリーシティーズ → ヴァレッタ)


malta72.jpg malta73.jpgヴァレッタのバスターミナルから1番のバスに乗り、スリーシティーズのうちの一つ、セングレア(マルタ語ではイスラ)へ。
スリーシティーズとは、ヴィットリオーザ、セングレア、コスピークワの3つの町の総称。
ロードス島を追われた騎士団がその複雑な地形を利用して、1530年にマルタに最初に砦を築いたのがヴィットリオーザ(マルタ語ではビルグ)。内陸のイムディーナでは、来るオスマン帝国との戦いの防御に備えて不都合があると考えたのだろう。
1番のバスを終点で下車、するとここもマルタらしい、マルタストーン一色の町並みが広がっていた(←)。マルタの階段の段差が小さいのは、重い甲冑を身に着けた騎士たちでも上り下りがしやすいように、とのことらしい。

途中、マルタ十字と魚を組み合わせた、不思議なドアノブを発見!ドアの色も鮮やかなグリーンで、海を泳ぐ魚のよう。
malta74.jpgセングレアの町の先端、岬の部分は公園(ガードヨーラ公園)になっている。
ここにはユニークな監視塔ヴェデッテがあり、また対岸のヴァレッタ、そしてヴィットリオーザの町がとてもきれいに見える。
監視塔には、目と、耳と、そして鶴が彫られている。

こちら(↓)は、ヴァレッタの眺め。
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セングレアから海沿いを歩き、対岸のヴィットリオーザへ。
この旧市街には、珍しい宗教裁判官の館(Inquisitor's Palace)(↓)が公開され、博物館になっている。
当時の拷問のやり方を記した書類だとか、拷問に用いられた器具などが展示されていた。ここでの宗教裁判は、18世紀末、ナポレオンの支配下に入るまで続けらていたという。
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こちらは尋問がおこなわれた場所(↓左)。ろくな事実検証などなく、異端とされた人は有罪宣告を受けたのだろう。
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malta86.jpgmalta87.jpgヴィットリオーザはヴァレッタよりも古い町なので、観光客がいないと静かで、ちょっと「しっとり?はんなり?」した感じ。
当初ヴィットリオーザに置かれていた騎士たちの宿舎(オーベルジュ)も少なからず残っている。

ヴィットリオーザの岬の先端には、聖アンジェロ砦がある。
ここには、イタリア出身の画家で元マルタ騎士団員であったカラヴァッジォが、彼を誹謗した騎士団員を襲い、重傷を負わせた際に収監された鳥籠と呼ばれる牢獄もあるのだとか。
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ここの内部もは博物館になっていて、マルタや十字軍の歴史が映像で紹介されていた。伝統的なマルタの小舟(釣り船)に乗って映像を見るといった趣向も。
こういうときは、英語が公用語というのはありがたい。
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しかし、まだ動力が蒸気機関でなかった時代に、こういった要塞をよく築いたなぁ、、、と感心する。
石を切り出し、運び、積み上げるのに、どれだけの労力がかかったのだろうか。
これをやり遂げられる人員動員力=権力や、そのための大義があったということなのか。

ヴァレッタへの帰路は、ビルグ(ヴィットリオーザ)からヴァレッタまで出ているフェリーに乗って移動し、フェリー下船後はバラッカ・リフト(砦に沿って設置されているエレベーター)を使おうと計画していたのだけれど、なんと!この日の花火大会の準備のため、午後早い時間にフェリーもリフトも営業を終了してしまったとのこと
ということで、往路と同じようにバスに乗ってヴァレッタへ。

3日目(その3)に続く。

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【マルタ&シチリア旅行:2日目(その1)ヴァレッタ】
(イスタンブール → マルタ(ヴァレッタ) → ラバト&イムディーナ → ヴァレッタ)


8:20発TK1396便にてイスタンブールからマルタへ。時差1時間、フライト時間は約2時間半。
定刻通りにマルタに到着、かなり小さな空港で、入国審査もあっという間に終了。
バッゲージクレーム近くにあるカウンターでホテルまでの乗り合いタクシーを申し込む。同乗したのは日本人女性の2人組。マルタは1泊のみで、この後ナポリやらローマやら南イタリアを訪れるのだという(かなり忙しい旅、ワタクシも人のことは言えないけど)。
道が混んでいなかったので、空港からヴァレッタまでは15分もかからなかった。しかし、マルタのドライバーはかなりスピードを出す。。。

malta1.jpgチェックイン前だったので、ホテルで荷物を預かってもらい、さっそく散策へ。
このときは、あいにくの曇り空だったけれど(ただし、この旅行中で曇っていたのはこの日のみ、残りはピーカンでした)。何かイベントをやっていたようで、パレス広場にはお花で飾られていた。

こちら(↓左)は国立図書館。ナポレオン時代の書物などが所蔵されているらしい。
最初に訪れたのは、ヴァレッタのハイライトのひとつである聖ヨハネ大聖堂。ここは、土曜の午後、日曜日とも締まってしまうので、このタイミングで行けて良かった。飛行機がちゃんと定刻通りに到着してくれたおかげ。入口(↓右)はこちらで、人が並んでいなければここが大聖堂への入口とはわからなかっただろう。
聖ヨハネ大聖堂の入場料は10€(2017年5月現在)。これには音声ガイドの料金も含まれていて、日本語のガイドもあった。
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malta4.jpgこの聖ヨハネ大聖堂は、聖ヨハネ騎士団=マルタ騎士団の修道会教会堂として、16世紀半ばに建設が始まったもの(現在は、マルタ政府が所有)。
内部の装飾はまさに、豪華絢爛マルタ騎士団の財力がどれほどのものであったかが忍ばれる。

天井画などは、主にマルタ騎士団員であった画家のマッティア・プレッティが手がけたものなのだという。

床は、重要な騎士団員の墓石が埋め込まれている。大理石の床は、ひんやりと気持ちがいい(真冬は底冷えするらしいが)。

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malta11.jpg聖堂内の礼拝堂は、イングランド及びバイエルン、フランス、プロヴァンス、オーヴェルニュ、イタリア、ドイツ、アラゴン、カスティーリャの8つの騎士団を構成した騎士館ごとに作られていて、それぞれの守護聖人に献堂されている。
こちらはプロヴァンスの騎士団の礼拝堂(←)。絵画『大天使ミカエル』のサイドにあるツイストした柱がとっても印象的。
ちなみに、大天使ミカエルは、右手に剣、左手に秤を持つことから、武器と秤を扱う職業の守護者とされ、十字軍兵士の崇敬を集めたのだという。

写真撮影禁止の小礼拝堂(?)で、カラヴァッジョの『洗礼者ヨハネの斬首』と『聖ヒロエニムス』を見ることができる。
『洗礼者ヨハネの斬首』はかなり大きな作品で(そして、ヨハネから流れた血でカラヴァッジョの署名が描かれている希少な作品でもある)、その光と影の表現力には、絵画のことはよくわからないワタクシもすっかり圧倒されてしまった。


この後、ラバト&イムディーナの観光をして(その模様は、2日目(その2)へ)、夕方再びヴァレッタに戻り、少し散策。

まずは、バスターミナルから旧市街に通じる橋を渡り、左手(西側)にあるヘイスティング公園へ。
ここからは、ヴァレッタのシンボルであるカーマライト教会のドーム(クーポラ)が近くはっきり見え(↓左)、なかなかの眺め。
観光客は少なく、地元の子供たちや高校生らしきカップルなどがのんびりと過ごしていた。

続いては東側に移動し、アッパー・バラッカ・ガーデンヘ。その途中、立派なオーベルジュ ドゥ カスティーユ(カスティーリャの騎士館)の前を通る(↓右)。今は首相官邸として使われており、見学は不可。
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そしてこちらが、グランド・ハーバーに面したアッパー・バラッカ・ガーデン
大砲(ちなみにこの大砲、毎日正午には時報として(?)発射されるらしい。)など穏やかでないものも並んではいるが、花がきれいに咲いてきちんと手入れがされている公園。
ここからはヴァレッタの対岸、スリーシティーズの眺めが堪能できる。
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さらに歩いて、ロウアー・アッパー・ガーデンへ(↓左)。こちらはかなり静かな公園だった。
ちなみに、ヴァレッタの旧市街は、坂道&階段だらけ。平面の地図で見てすぐ近くだと思っても、実際に歩くと、上って下って、けっこう距離があったりするので要注意。石畳も多いので、スニーカーなど歩きやすい靴が必須。ところどころで、レンタルサイクルも見かけたけれど、ヴァレッタ旧市街に限っては、まったくオススメいたしません。
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malta18.jpgヴァレッタでの宿泊先は、旧市街内、ロウアー・バラッカ・ガーデンの近くにあるブティックホテル(←)。
旧市街は、マルタストーンと呼ばれる薄い黄色の石灰岩で作られた建物で街並みが統一されているので、ホテルの通りの名前をしっかり憶えておかないと迷ってしまいそう。
こじんまりとしたホテル内部は、内装にも工夫が凝らされていてなかなか素敵。部屋の調度品も品のあるものが多かった(古いのでちょっと建てつけが悪かったりもしたけれど)

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2日目(その2)へ)続く。

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